呪い (後編)
馬車に揺られながら、消え入りそうな意識をなんとか保つ。私は諦めない。最後に目を合わせた時、ヤインも諦めていなかったから。
呪術師を探して、ヤインの解呪を依頼して、クシュナを殺す。
大丈夫。私達は、幼馴染だから。
二日掛けて、ようやく王都に着いた。呪術は病や不運との区別が付かず、疑われ、憎まれやすい。だから呪術師を探すのは難しいけど、人の多い王都なら需要がある筈だ。クシュナの気がいつ変わるか分からないから、急がないと。
「すみません。近付かない方がいい場所ってありますか?王都は久しぶりなので……」
手続きを終えたので、門兵に聞く。呪術師の情報を集めるのなら、酒場か治安の悪い場所。前者は時間もお金も掛かるから、まずは後者に狙いを絞る。
「北の裏通りだな。前にも聞いたかもしれないが、相変わらず犯罪の温床だよ」
「ありがとうございます。気を付けますね」
これは期待が出来るかもしれない。放置されている。つまり、少なからず王族や貴族に利益があるという事だ。呪いは暗殺によく使われる。
私は呪術対策の護符を購入してから北に向かい、布で顔を隠してから、裏通りに入った。まだ昼間にも関わらず薄暗く、地面には人が寝転んでいる。
あの人にしよう。
私は、ローブを深く被った人の前で立ち止まった。
「……薬が欲しいのか?」
呪術師かと思ったけど、違ったみたいだ。私は銀貨を一枚、見せてから聞く。
「呪術師を探してる」
「……二枚だな」
癪だけど、目立ちたくないし、急ぎたい。もう一枚を懐から取り出す。
「……金装飾のある、黒い仮面を着けた奴に聞け」
私は銀貨を二枚渡してから、通りを出た。今のやり取りを見られていたら、お金を持っていると思われるだろう。一度、服装を変えるべきだ。
服装を変えてからその人物を探したけど、見つからなかった。情報の真偽を疑って他の人にも尋ねたけど、同じ事を言われたから、運が悪かっただけだと思う。
やっと見つけた。
王都に入ってから三日が経ってしまったけど、ようやく見つけた。金色の装飾がある黒い仮面を着けて、ローブを深く被っている人物。
「呪いたい人が居るの」
解呪と知られれば足下を見られるから、直前までは伏せる。
「……誰から聞いた?」
よし。情報通り、呪術師みたいだ。
「言うつもりは無いわ。それよりも、受けるか受けないか教えて。金貨30枚までなら出す」
「……はあ。理由は?何があった?」
呪術師は依頼主の事を知ろうとしない。理由なんて無くとも、お金を受け取れば呪う筈だ。
違和感を感じながらも、理由を考えた。
「……復讐。男を盗られたの」
「嘘だな」
嘘を見抜かれてしまったけど、お金はある。解呪の相場は高くても金貨10枚だから、受けてくれる筈だ。呪術師は、そういう人達だから。
「お金なら払う。悪い話では無いでしょ」
「……ふむ。復讐では無いが必死か。本当の理由を話せば考えなくも無い」
見透かされているのが気に食わないし、違和感は強まった。けど、すぐに他の呪術師が見つかるとは思えない。仕方が無いか。
「……パーティーメンバーが呪われたの。その人は他の街に居るけど、旅費はもちろん、報酬もしっかり払うから、解呪を依頼したい」
「よし、良いだろう。着いてこい」
呪術師が歩き始めた。罠の可能性もあるから、油断はしない。襲われてもすぐに対処出来るように、魔術はいつでも撃てるようにしておこう。
呪術師は追手を警戒しているのか何度も曲がりながら、時折振り返りながら、歩いていた。着いた先は、一般的な家のように見える。
「いやー、久しぶりの依頼だよ。私はシウカ。よろしくね」
家に入ると、呪術師は口調どころか、声すらも変えた。先程までは男だと思っていたけど、今は分からなくなっている。
「混乱してんの?女だから安心しなよ。着替えてくるから、これを書いて待っててね」
余計に混乱したけど、少なくとも敵意は感じない。渡された紙には、名前、依頼の日時、場所、具体的な呪いの症状などを書く欄があった。
「じゃあ、依頼内容の確認だね」
戻ってきた呪術師は、路地裏に居た姿とは打って変わって、そこら辺を歩いている女の人と全く変わらない見た目をしていた。
「ふーん。面倒くさい呪いを掛けられたね。って、呪われたのが5日前なのに、もうここに居るなんて。そんなに急いでるんだ?」
シウカは紙の内容を読みながら、聞いてきた。
「そうね」
「……あんた、まだ隠してる事があるね?」
紙には詳しい内容を伏せて、弱いと思われる呪い、そして死ぬ呪いとだけ書いた。けど、シウカには気付かれているらしい。
「言わないなら依頼は受けないよ。私を信用出来ないなら、そこら辺の人にシウカって名前を聞けばいい。私は解呪専門の呪術師として、それなりに有名だからね」
解呪専門の呪術師なんて聞いた事も無いけど、嘘を吐いているようには見えない。話してみる価値はありそうだ。
「うっわ。凄いことになってんね……」
私があの出来事を話すと、シウカは顔を引き攣らせていた。
「まあ、解呪をするのはいいけど、二つだけ言っておくよ。まず、その状況だと、解呪をしても再び呪われる。そして、失った記憶は二度と戻らない」
「……それは、分かってる。その聖女は私が殺すから、解呪さえしてくれればいいの。幻影系統の魔術は一通り使えるから、確実に殺せるわ」
クシュナの気が変わって、ヤインの記憶を消されてしまえば、その時点で手遅れになる。それを分かっているから、私は急いだ。
「物騒だねぇ。ま、仕方ないけど。依頼内容は、その街まで同行して、その男を解呪する。それでいいね?」
「はい。お願いします」
「じゃ、報酬は旅費も含めて金貨20枚でいいよ。今持ってる?」
「いや。ここに持ってくればいい?」
今の所持金は銀貨三枚しかない。でも、魔術書を売れば金貨50枚にはなる筈だ。
「何を売るつもり?」
「……魔術書。その、人の考えてる事を勝手に探るの止めてくれない?」
話が早いのは助かるけど、流石に不愉快だ。
「いやぁ、ずっとこの仕事やってるとね。自ずとこうなっちゃうのよ。それより、魔術書なら私が買い取るよ。依頼料より高い物なら、お釣りもちゃんと払うからさ」
「まずは、いくらか聞いてからね」
私は魔術書を取り出した。
「あ、これ欲しかったやつじゃん!それなら依頼料は要らないから、金貨100枚で買い取るよ」
「……本気?」
確かに、この魔術書はそれなりの値段がしたし、価値は下がるどころか、上がっている。それでも、金貨120枚の価値があるとは思えない。
「本気だって。私は魔術の勉強をしててね。いずれは、呪術師の仕事を辞めるつもりなんだ。確実にこれを手に入れたいのよ」
「そういう理由なら、納得。だから解呪専門なのね」
違和感の正体が見えた。シウカは、呪術師らしくないのだ。呪術師はお金さえ貰えば何でもして、依頼主の足下を見て法外な報酬を要求するのに、シウカは真逆だ。
「そ。下手な反感は買いたくないからね。交渉は成立でいいかな?」
「もちろん。よろしく、シウカ」
「こっちこそ、よろしくね」
やっと、解決の兆しが見えた。予想していたよりは早く進んだけど、もう既にヤインの記憶が消されているかもしれない。そう思うと、心が締め付けられる。
「風が気持ちいいね〜」
「そうね」
馬車から身を乗り出して、シウカは楽しそうに髪を靡かせているけど、私はそういう気分にはなれない。
「気持ちは分かるけどさ、平気と思うよ?私なら、何も言わずに殺して、記憶も消すから」
「……どういう事?」
「その聖女は、記憶を消せないんじゃないかってこと。弱くする呪いは継続的に掛ければいいし、自分の命と引き換えに殺すのも比較的簡単なんだ。でも、記憶を消すのは難しいのよ。幼い頃から呪術やってる私でも、記憶を消す呪いを使えたのは16歳だったからね」
……確かに。
クシュナがわざわざ選択肢を突き付けてきた理由が分からなかったけど、記憶を消す事が出来ないから脅したと考えれば、辻褄は合う気がする。
「まあ、その聖女は頭おかしいし、分かんないけどね。でも、何を考えても馬車は速くならないし、悲観してばっかだとよくないよ」
「ありがと、シウカ。気が楽になったかも」
「どういたしまして」
気遣いまでしてくれるなんて。シウカは本当に、呪術師らしく無い。
「じゃあ、予定通りにお願いね」
「うん。おっけー」
私達は、馬車に揺られながら作戦を決めていた。解呪には時間が掛からないけど、ヤインとクシュナを離す必要があるらしい。だから、二人が離れたタイミングを狙う。
その為に、魔術で私達の姿を隠して、尾行する。
「え、本当にこれで見えてないの?」
「うん。だけど、声は聞こえるから気を付けてね」
「うわぁ、この魔術が使えたら何でも盗り放題じゃん」
「当然、盗みに入るような場所は対策されてるわよ」
「なんだ。でも、ちょっと覗き見するのには充分だよね」
「……そうね」
そういえば、この魔術を覚えてすぐに、ヤインの水浴びを覗きに行ったけど、すぐに水の音で気付かれたっけ。そのまま二人で水浴びする事になって、恥ずかしかったけど、楽しかったな。
「ここで待ってれば、本当に見つかるの?」
「うん。そろそろ依頼を終えて、帰ってくる時間だから」
クシュナが何を考えているかは全く分からないけど、依頼は受ける筈だ。お金が無ければ、生きていけない。
「あの二人ね。追うわよ」
少しすると、腕を組んだヤインとクシュナが見えた。二人とも、幸せそうに話している。
シウカに心配そうな目を向けられたけど、私には分かる。あれは、ヤインの演技だ。
「どうされたんですか?ヤイン様」
「いや、何でも無い」
尾行を初めて少しすると、突然ヤインが振り返った。目があった気がして驚いたけど、今は音も出していないし、私の魔術は完璧な筈だ。
「ちょっと用を足してくるから、先にギルドに行っててくれ」
「それなら待ってますよ」
「愛しのクシュナに何かあったら、嫌なんだよ」
「それなら、はい。分かりました」
それから少しして、ようやく二人が別れた。私はクシュナを、シウカはヤインを追う。
シウカと別れてすぐに、手元にある魔石が、青色に光った。解呪成功の合図だ。
よし、殺そう。
事前に考えていた殺害場所。ギルドに行く途中にある石橋。ここは人通りが少なくて、今はクシュナ以外に人は居ないけど、一応クシュナにも幻影魔術を使って、他の人から見えないようにした。
私は、拳の大きさにした氷の塊を放つ。
――ゴッ
クシュナの肩に当たり、鈍い音がした。
聖女の治癒力は凄まじい。今のだけでは死なないだろうから、続けて魔術を使う。水草を操って、倒れたクシュナを川底に引き摺り込む。
私は石橋の上から様子を伺った。川の奥底にクシュナが沈んでいるのが、薄っすらと見えた。でも、念には念を入れて、足に絡んだ水草の上から魔術で足枷を造る。このまま放置すれば、溺死するだろう。
ずっと、クシュナが羨ましかった。神に愛された聖女。ただそれだけで、聖剣を扱えるヤインとの相性がいい。ヤインへの治療は早く終わり、補助魔術の効果も強くなる。
私は、ヤインの隣に並ぶ為に必死に努力してきた。本来魔術師に求められる威力は、聖剣を扱えるヤインに任せて、普通の魔術師は見向きもしないような魔術を学んだ。激しい戦闘の中でもしっかりと敵に当てられるように、何度も練習して、精度を高めた。
そのおかげで、クシュナを殺せる。こんな形になるとは思いもしなかったけど、色々な魔術を勉強していて良かったと思う。
数分が経った。全く動きが無いし、死んでいるだろう。血痕は洗い流したから、川底を注意深く覗く人さえ居なければ、遺体はあのまま朽ちるだろう。私はシウカとの待ち合わせ場所である、宿へと向かった。
「マシャ!!」
「ヤイン。良かった……!」
宿の前で待っていたヤインが走ってきて、抱きしめられた。一週間ぶりの匂いが、一週間ぶりの暖かさが懐かしい。
「本当に、本当にありがとう」
「うん。無事で良かった」
「良かったね、マシャ。記憶は無事だし、呪いも全て解呪したよ」
少し遅れてシウカも歩いてきて、解呪の報告をしてくれた。
「ありがとう。シウカに解呪を頼めて、本当に良かった」
「そう言ってくれると嬉しいよ」
これで、日常が帰ってきた。いつも通りヤインに起こされて、ヤインと一緒にご飯を食べて、ギルドに行って、依頼を受ける。幸せな日常。
やっぱり、私達は幼馴染だから。何があっても、絶対に、ずっと一緒。
ああ。水面越しの夕日が綺麗ですね。
やっぱり、マシャさんが憎い。魔術が上手で、それでも油断しない。マシャさんはどこかへ行ったけど、足には枷があるから動けません。魔力が尽きたら、息ができずに死んでしまうでしょう。
最期の一週間だけ。短い間でしたけど、形だけでしたけど、ヤイン様の一番に成れて良かったです。
聖女の呪い。幼馴染の想い。 炭石R @sumiisi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます