第47章 除夜の鐘の絆


 今日は年の終わりを告げる大晦日だ。空気は冷たく、息は白く、街は静まり返っている。どこからともなく除夜の鐘がゴーンと響き渡った。


 その深く伸びやかな重い音は、僕の心にも届き癒してくれた。そしてその音色は、一年を振り返る時間を与えてくれた。過ぎ去っていく喜びや悲しみ、成功や失敗、出会いや別れを胸に刻んだ。そのとき、あかねが真剣な表情で語りかけてきた。


「これ、六角堂はんからのご褒美の音や。聞かな一年終わらへんね。なんべん聞いても、ええ鐘の音色やなあ。これでもういっぺん新しい年を迎えられるのや」


 彼女は、幼い頃から除夜の鐘を自分でつくことが好きだったそうだ。すずさんは娘が大きくなったら運命の糸を手繰り寄せられるようにと、十九年に一度の満月の大晦日、年が変わる直前に六角堂へ連れていってくれた。


 百八回の鐘をつき鳴らす機会のうち、あかねと母親の親子で、一回分を担当したという。すずさんはついた鐘の音色にあかねの幸せを託して、新年を迎えたらしい。その思い出は母と娘ならではの燃ゆるような熱い絆を感じさせてくれる話だった。


 僕の生まれ育った東京は、寺の鐘の音色が苦情の種になっていると聞いたが、京都ではしっかりとその習わしが息づいていた。そんなところも、1200年の歴史を誇る悠久の都らしく、僕が京都を好きになる一因となっていた。


 僕はあかねとの出会いから今日までの一年間を鐘の音色に重ねて振り返った。それは、これからもずっと聴き続けたい音色だった。

 一方で、回り灯篭の光に照らされた影のように、色々なビジョンが脳裏に浮かんでは消えていく。彼女の笑顔は僕の心を暖めてくれた。その涙は僕の胸を締めつけた。舞妓としての姿は僕の目を魅了した。普段の姿は僕の孤独を癒してくれた。


 僕は機会があるたびに、何度も夢や希望をあかねに語って約束した。僕がカメラマンになって成功したら、必ず彼女の故郷の京都で結婚しようと。そして、すずさんや隣近所のおばさん、あかねが世話になった看護師さんたちにも祝福されたいと……。

 いずれ近い将来、一緒に日本中の美しい景色を見て回りたいと心に刻んでいた。それらのひとつひとつが、僕にとってはあかねそのものだった。


 僕らはテレビの前に座って、お互いに励まし合ったり、笑い合ったり、時には喧嘩したりした。テレビでは、各地の除夜の鐘や花火や新年を迎えるカウントダウンの様子が映し出されていた。


 店の近くにある六角堂から、鐘の音色が続く中、テレビでいよいよカウントダウンが始まると、あかねと手を繋いでひとつずつ数え始めた。

 10,9,8,7,6,5,4,3,2,1……新年がやって来た。「あけましておめでとう」と言って抱き合った。そして、熱いキスを交わした。


「うちは春になれば高校を卒業や。この先どんな未来が待ち受けてるんやろう。楽しみやなあ……。悠斗はどうなん?」


 あかねはそうつぶやいて笑った。


「僕も同じや。専門学校が終わったら、いよいよ一本立ちしなきゃいけない。あかねは舞妓の修行の方はどうするの?」


「うん。それなんやけど……。悩んでるとこや。どないしたらええ思う?」


「ううん。難しいなあ。あかねが好きなようにしたらいいよ。応援してやるから」


 僕らは、年越しの月見そばをすすりながら、過ぎ去った一年のことを振り返った。あかねは、後ろ髪を引かれるように、舞妓としての仕事や勉強や友人について語ってきた。まだ、心残りがあるのか、虚ろな眼差しを僕に向けてきた。僕は、カメラマンとしての仕事や夢や師匠について話した。


「今年はどないな年になるんやろうな」


 年越しそばを食べたあと、新年のことについて話し合った。あかねは舞妓としての腕をもっと磨いて、踊りの華やかな舞台に立ちたいと目を輝かせた。僕はコンクールに受賞して、カメラマンとしての実績を上げたいと力強く言った。

 僕らはもっと幸せになりたいと抱き合った。そして、すずさんが一刻も早く元気になって、笑顔で家に帰ってこられるように願った。彼女にも、あかねと同じくらいの幸せが訪れることを心から祈った。


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