第21章 心の交差点


 あかねの退院が迫る中、僕はスタジオ主催の写真展の準備に追われていた。


 僕の写真もそこで初めて世に出ることになる。それは自分にとって大きなチャンスだったが、同時にプレッシャーも感じていた。僕は、自分が撮った京都の風景や人々の姿が、どんな反応を呼ぶのか、不安と期待で胸が高鳴っていた。


 写真展の前日、詩織から電話がかかってきた。明日、新しい彼氏を連れて写真展に来ると言っていた。そして、僕に会えることを楽しみにしていると伝えてきた。その連絡に、僕は動揺を隠せなかった。どう答えようか迷いながら、お礼を述べた。


「ありがとう。楽しみにしてるよ」


 電話を切ってから、僕は心の中で迷っていた。本当にそう思っているのだろうか。自分の気持ちに確信が持てなかったのだ。


 写真展の当日を迎えると、僕は朝早くからスタジオに向かった。社長や同僚の結衣と一緒に、最後の準備をしていた。


 自分の作品は、京都の四季折々の美しい風景や人々の姿を切り取ったものだ。できる限り、よそいきではなく、ありのままの姿を写真に収めたつもりだった。

 

 僕は、古都の静寂と艶やかさが好きだ。京都に住んで、雅を慈しむ美意識を大切にする人々も好きだった。だからこそ、京都の魅力を伝えたかった。

 京都は千年以上も続く歴史が育んだ悠久の都だ。その土地で暮らす人々は、四季の移ろいや自然の恵みに感謝し、美しく豊かな文化を築いてきたのだろう。

 僕はその姿に惹かれて、ひたすら写真を撮り続けてきた。この写真展では、京都への愛と敬意を表現したかった。


 開場時間になると、次々とお客さんが入ってきた。僕は緊張しながらも、自分の写真を見てくれる人々に感謝した。最初にひとりの女性客が立ち止まり、嵐山の冬景色に目を細め、褒めてくれた。


「この静けさ、この美しさ……まるで自分がそこにいるかのようですね」


 その言葉に、僕は胸が熱くなった。


 また、ある男性客は祇園祭の写真を指さして、「この華やかさ、この活気、すごく伝わってきますね。自分も祭りに参加しているような気分になります」と言った。


 そんな反応を見て、僕は自分の写真が人々に何かを伝えられていることを実感し、自信を持つことができた。しかし、同時に、僕の写真がこれからどのように評価されるのか、不安も感じていた。


 今回の全体テーマは「京都四季物語」だった。僕は、京都の古き良き風情や新しい魅力を写真に収めることで、自分なりのメッセージやストーリーを伝えたかった。


 写真展の一角には、僕が撮影した20点の写真も展示されていた。その中には、嵐山で撮った冬景色、昨夏の祇園祭で撮った山鉾や神輿の郷愁を誘われる様子、鴨川で撮った納涼床の夏と冬の侘しさなどがあった。それぞれの写真には、僕が感じた京都の魅力や想いが込められていた。


 お客さんからは、さまざまな感想や質問が寄せられた。例えば、「この写真はどこでいつ撮ったの?」「どんなカメラやレンズを使ったんですか?」「どんな技術や工夫をしたんですか?」「どんな意味やメッセージがあるんですか?」などだった。

 彼らは、僕の写真に興味や好奇心を持ってくれていた。僕は、お客さんの表情や声色から、彼らが感じてくれた感動や驚きや共感を感じることができた。


 そのお客さんたちの輪の中には、詩織の姿も見られた。新しい彼と手をつないで、僕の写真を見ていた。彼女は、僕に笑顔で挨拶してくれた。


「悠斗くん、おめでとう。すごく素敵な写真展だよ。京都の魅力が伝わってくるよ」  


 彼女の言葉を聞いて、僕は感謝の気持ちを伝えた。


「ありがとう。詩織さんのおかげだよ」  


 彼女の隣には、仲良さそうに笑顔の男性が寄り添っていた。その姿を見ると、僕の言葉はかき消されてしまうような気がした。彼は優しそうな顔をしていた。「この人が悠斗さんか。よろしくね」と口にして握手を求めてきた。僕の身体は突然にぎこちなくなり、固まってしまった。


 詩織から電話で聞いたときは、新しい彼氏と対面することに驚いたけど、彼は僕に似ていた。僕と同じ髪型や丸い眼鏡をしていた。さらに彼の笑顔や話し方も僕とそっくりだった。詩織は僕のことを忘れられなかったのだろうか。それとも、恋する相手に僕の代わりを探したのだろうか。


「あ、ありがとうございます。……」


 僕は笑顔を取り繕って、言葉を詰まらせながら返した。でも、心の奥では激しい葛藤が渦巻いていた。詩織さんは僕の想いに気づかないように、「悠斗くんの写真を案内してくれる」と優しく言って歩き出した。僕はその後ろ姿に目を奪われながら、ぼんやりとついていった。


 詩織は、僕の写真を見つけると、真剣な表情でひとつずつ立ち止まり、懐かしそうにコメントをくれた。


「これは嵐山で撮った新人賞の作品だね。一緒に行った時のことを覚えてるよ。あれは昨年の祇園祭かしら。すごく華やかだから。これは鴨川の納涼床かな……」


 彼女は思い出話を交えながら笑っていた。彼は詩織に寄り添って、その言葉にうなずきながら、僕に話しかけてきた


「悠斗さんは京都が好きなんだね。写真のひとつひとつが生き生きしている。詩織さんも、君の写真のセンスを褒めていたよ。彼女と仲が良さそうだね」


「まだまだ勉強中なんだけど……。詩織さんはとても良い写真仲間です」


 僕は苦笑しながら聞いて、正直に答えた。けれど、心の中では「それ以上でも、それ以下でもない」と囁いた。でも、本当は嘘だと言いたかった。彼女に対してまだ想いを残していたからだ。


 一方では彼らが帰ってしまうと、急に寂しくなった。この場にあかねがいなくて、写真展を見せられないのが悔しかった。彼女がいたら、僕の撮った色鮮やかな花鳥風月や儚げな自然の風景に感動してくれただろうと思うと、涙があふれてくる。


 僕はまず写真展の状況をカメラで撮影すると、あかねにメールで送ってあげた。彼女からの返事が待ち遠しかった。

 

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