第9章 運命の絆
目が覚めると、僕は病室にいることに気づいた。周りには誰も居なかった。
なぜか、頭がぼんやりとして、不快な気分に覆われていた。
「ああ、痛え! 足が動かねぇ……」
足のくるぶしに鋭い痛みが走り、我慢できなかった。僕の意識が戻ったのを知ったのだろうか、看護師さんがひとり病室に駆け込んできた。
「神崎さん、意識を取り戻したの。すぐに医師を呼んでくるから待っててね」
彼女はそう口にして、病室から出ていこうとした。思わず、僕は看護師さんを手で制止した。そうして、痛みをこらえてまでベッドに起き上がろうとした。
「まだ動くのは、無理なの」
看護師さんはそう言いながら僕をベッドに押し戻した。けれど、僕にはどうしてもひとつだけ気になることがあった。黙ってはいられずに、声を張り上げた。
「僕と一緒に、もうひとり少女がこの病院に運び込まれませんでしたか?」
「一緒の少女って?」
「あかねという名前の少女です」
「ああ、あの女の子。身投げしたらしく傷だらけで重体の娘さん。まだ集中治療室で手術中なの。もうすぐ終わるかもしれない。助かれば良いのだけど……」
可愛い顔した看護師さんが、悪びれもせずに教えてくれた。そのとき、ひとりの医師がやって来た。彼は彼女の言葉を聞いていたのだろうか……、「余計なことを口にするな」と言わんばかりに眉をひそめた。その態度には、僕やあかねという異質なものを受け入れたくないように感じられた。
あかねは本当に自殺しようとしたのだろうか……。僕には信じられなかった。そして、偶然にも同じ病院に運ばれたというのだ。
これは、神さまがくださった運命的な絆なのかもしれない。早く彼女に会いたかった。
「娘さんとお知り合いなの? あの少女の連絡先が分からなくて……」
看護師さんが僕に向かって言った。僕はあかねの知人だということを彼女に伝えるべきか、一瞬悩んだが、連絡先や住所は知らなかった。ただ、あかねが好きだということだけは確かだった。
「ええと……」
僕は言葉に詰まった。そのとき、医師が冷たい口調で話を切り出した。
「神崎さん、君は足の骨折でしばらく入院することになるんだ。手術も必要だから、覚悟しておいてくれ。一ヶ月は動けないよ」
僕は驚いて、目を見開いた。
「手術? 足の骨折で?」
僕は信じられなかった。自分の足元を見ると、ぐるぐると包帯が巻かれていた。
「そうだよ。君は水中で意識を失っていたんだ。その時に足を岩にぶつけてしまったんだろう。骨が折れているから、ギブスで固定しなければならない」
医師は冷たい宣告を下してきた。僕は呆然としたまま聞いていた。彼はそう言い終わると病室から出ていった。
「大丈夫だよ。けれど、水中で意識を失っても、彼女を離さなかったのはすごいね。なんて、ロマンティックなの」
医師の姿が見えなくなると、彼女が励ましてくれた。僕は思い出した。あかねを助けようとして川に飛び込んだこと。彼女の鼓動と温もりを感じたこと。そして、救急車のサイレンが響く中、意識が薄れていったことを。
「あかね……」
僕はつぶやいた。
「彼女を助けようとしたんでしょう? 勇気ある行動だよ。男らしくて素敵ね」
看護師さんがさらに褒めたたえてくれた。でも、少しも嬉しくなかった。あかねの方が心配になっていた。
「けど、彼女は……」
僕は言葉を続けられなかった。
「あかねさんはまだ分からないのよ。頭も強く打っているしね。でも、君が助けてくれなかったら、もっと危険だったかもしれない」
彼女が僕の心配を察してくれたのか、そう言いながら優しく微笑んでくれた。
「本当に? 大丈夫?」
僕は期待して聞いた。
「本当だよ。君は彼女の命の恩人だよ」
看護師さんの笑顔を知って、僕は少しだけ安心した。
「ありがとう……」
僕は感謝した。
「でも、神崎さんも自分のことを大切にしないとね。手術は明日の朝になるから、今日はゆっくり休んでね」
「はい。そうします」
「あかねさんのこと、分かったら教えてあげるから、あまり心配しないで」
彼女は僕の耳もとに口を寄せて、こっそりと話してくれた。その白衣のネームプレートには、
僕よりひと回りぐらい年上だろうか。まさに白衣の天使だ。とても上品で爽やかな女性だった。もっと、看護師の碧さんと話したかったが、彼女は「またあとでね」と笑顔で言って、病室から出ていってしまった。
「あかね……」
僕は寂しく取り残された気持ちとなり、彼女の名前を呼んだ。聞く相手がいないというのに、病室内に独り言が響きわたる。
あかねはどの病室にいるのだろう。どうして身投げなどしたのだろう。彼女は僕のことを覚えていられるのだろうか。記憶喪失にでもなったらどうしよう。不安ばかりが頭をもたげてくる。自分のことながら、僕は本当に心配性の損な性格だ。
僕はあかねに会って、話したかった。もっと寄り添って、ぬくもりを分かち合いたかった。そのとき、僕はすでにあかねを愛していたのかもしれない。
救急車で運ばれてきたときに打たれた麻酔がまだ多少は効いているのだろうか。
「ただ、助かってほしい」僕はそう心の中で叫びながら、生死をさまよう風花の舞を抱くように眠りへと落ちていった。
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