全校集会の悪魔
すーみと
全校集会の悪魔
全校集会。
これほど嫌なものはない。
そもそも、月曜日の朝にある。一週間でもっとも憂鬱な時間帯だ。
そしてなにより、つまらない人間が、つまらないことを延々と話す。
例えばこんな話。
「先日、えー、本校の一学年の生徒が、えー、下校時に寄り道をして、えー、友人とアイスを食べたとの報告が、えー、ありました」
無駄に「えー」が多く、聞き取りにくい中年男性の声が、マイクを通して体育館全体に不協和音みたく響いている。あの人はたしか、生活指導主任だったか。
生徒は大半が眠そうだ。
もちろん、僕もあくびを嚙み殺している一人だ。
僕は悪魔に取り憑かれている。
(くだらない話をそれ以上続けないでほしいよ、老害。そんな話をする時間があるなら、今話題のお昼寝タイムでも導入したら? お前の話は、超がつくほど退屈で眠たくなるのに、寝たら怒られる。ほんっとうに、ストレス以外の何ものでもない)
たっぷりの毒を含んだ言葉が、僕の耳元から聞こえてくる。
僕だけに聞こえる、悪魔の囁きだ。
その悪魔は、某少年漫画の悪役の姿をしている。
僕はそのキャラが嫌いだ。たいした目的もないくせに、己の楽しみのためだけに、主人公たちを翻弄するから。妙にイケメンなのも癪に障る。
僕は勝手に喋り出した悪魔を、キッと睨みつけた。
「このような行為は、えー、れっきとした校則違反であり、えー、またその様子をSNSにアップしたと。えー、これもまた立派な、えー、校則違反です」
(校則違反、校則違反、うるさいね。放課後にアイスを食べる、SNSにアップする。それのどこが問題なの? なんでそんな校則あるの? だいだい、「インライ」って言葉すら知らない老害が、SNSについて語ってるのがナンセンスだよ)
――黙れ、悪魔。
僕は心の中で念じた。
(黙らないよ。ボクは君だもの。君の中にある本音を、ボクが代弁してあげてるんだよ)
からかうような動作で、悪魔は僕の周囲をひらひらと浮遊する。
「SNSにアップすれば、えー、我々教員にばれるのは、えー、自明の理です」
(生徒のSNS監視してるの? キモ。これだから、老害は。君もそう思うだろ?)
――いいから、黙れ、悪魔。
(またまた~。本心では、このままあいつの悪口を言い続けてほしいくせに~)
悪魔がニヤニヤと笑いながら、僕の頬を指で突いている間にも、壇上のお説教は
続く。
「このようなことをする人間は、えー、はっきり言って、えー、馬鹿、です」
わざとらしい溜め息を吐き、中年教師は生徒たちを見渡す。
(それなら、「このようことをする人間」だけに、直接言えよ。無関係なボクらを巻き込むな、貴重な時間を奪うな! 老害!)
抗議するように腕を上げながら、悪魔は暴言を吐き続ける。
教師と悪魔、二つの声が、グワングワンとこだまする。
――ああ、もう!
――うるさい、うるさい、うるさい、煩いっ!
周りの生徒たちは、いたって静かだ。そう作られた人形のように、虚ろな眼差しでただ沈黙している。
騒がしいのは、僕の胸中だけ。
――偉そうな教師も、偉そうな悪魔も、全部ぜんぶ消えろっ!!
無性に涙が出てきそうになり、必死に嗚咽を堪える。
いつからだろうか。
毎週の全校集会で目まいがするようになったのは。生徒の自由を抑えつける先生たちの振る舞いに疑問を持つようになったのは。その疑問に向き合う暇すら与えない多すぎる課題に忙殺されるようになったのは。クラスメートたちほど器用になれず浮くようになったのは。何も感じなくなったのは。
いつからだろうか。
僕の前に悪魔が現れるようになったのは。
悪魔が真正面から、僕を見つめてくる。
(やっと、君の心の底にある、真実の気持ちを引き出せたよ。ずっと我慢してた
でしょ)
今までとは別人のように優しい声音で、悪魔は僕に語りかけてくる。
(嫌な奴には消えてほしい。誰だって思う自然なことだ。その感情を無理に封じ込めなくていい。自分の気持ちを大事にしていいんだ)
――悪魔に何がわかる!?
憐れむような目を向けられ、僕はムキになる。
(わかるよ。ボクは君で、君はボクだから)
――っ! そんなこと、とっくに知ってる!!
悪魔なんていない。
あれは、悪魔の囁きなんかじゃない。
僕の心の声だ。
「馬鹿、というのは、えー、少々言葉が悪かったかもしれません。えー、では、言い換えれば、えー、愚か、です」
(ほら、勇気を出して)
そう言い残して、悪魔は完全に消えた。
「えー、今後は、えー、二度とこのような……」
「うるせーーーーー!!! 老害!! 馬鹿で、愚かなのはお前だっ!!!」
空気を震わせるような、その叫びが、自分の口から発せられたのだと、僕は一瞬遅れて気がづいた。
ああ、言ってしまった。
完
全校集会の悪魔 すーみと @suimido_dododo
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます