Ⅴ 偽りの鉄槌(2)

「ハデーソ司教、貴殿のたくらみはすべて失敗に終わった。己の独善のために神の裁きを偽り、罪なき者を殺そうなどとは聖職者にあるまじき行い……貴殿のその考えこそが異端。おとなしく投降し、神の御前でその罪を償うのだ」


 メデイアの種明かしが終わると、呆然と立ち尽くすハデーソ司教にハーソンが懺悔を諭す。


「わ、私が異端? なにをバカな……私こそが真の正統派レジティマム……あるべきプロフェシア教徒の姿だ! ええい! かくなる上は私自らの手で異端を成敗してくれる!」


 しかし、往生際の悪いハデーソ司教はそれでも非を認めない。それどころか隠し持っていた瀉血しゃけつ用のきりを取り出すと、不意にアスキュール医師目がけて突進しようとする。


「なぬっ……!?」


 完全に油断していたアスキュールは目をまん丸く見開いて後退る……この距離で突っ込まれたら避けるのは不可能。肺か心臓でも刺されたらもう終わりだ。


「フン……フラガラッハ!」


 だが、鼻を鳴らしたハーソンがそう命じると、彼の腰に佩く魔法剣〝フラガラッハ〟がひとりでに鞘走り、銃身から放たれた弾丸の如く、ハデーソの方へと真っ直ぐに飛んでゆく。


「うごっ…!」


 そして、その柄頭がハデーソの後頭部をゴツン…と打つと、彼は頓狂な悲鳴をあげて気を失うとともに倒れ伏した。


「ふぅ……一瞬、走馬灯が脳裏を過ぎったわい……」


 急死に一生を得たアスキュールは肩の力を抜き、へなへなと項垂れながら安堵の溜息を大きく吐く。


「まったく。悪魔がダメなら自ら刺し殺そうとするとは……司教どころかとんだ生臭坊主ですな」


「…………」


 一方、無様に横たわるハデーソ司教を細めた眼で眺め、呆れたようにアゥグストがそう呟くと、自身も腰に魔女の短剣〝アセイミ〟を着けた修道女メデイアは薄布ベールの下で複雑な表情を浮かべる。


「ま、これでも一応、司教座聖堂の補佐司教だ。さすがに大司教には仁義・・を通さねばなるまい。とりあえず縛りあげてアテーノス大聖堂へ連れて行こう」


 そんな二人の傍ら、ハデーソに歩み寄ったハーソンはひどく面倒臭そうな顔をして事後処理のことを考えている。


「預言皇庁の送り込んだお目付け役、大司教にとっては目の上のたん瘤だったろうから文句は言わんでしょうが……いろいろと政治的に揉めそうですな」


「あ、あのう……ぼ、僕の処分はどうなるんでしょうか?」


 ハーソンの言葉を受け、アゥグストが愚痴りながらも気絶したままのハデーソを縛り始めると、忘れていたが実行犯の魔法修士デウーザがおそるおそるハーソン達に尋ねる。


「まあ、大聖堂の序列第二位にそう言われたら、君のような新米魔法修士としてはさすがに断れまい。裁判には証人として出廷してもらうことになるだろうが、大司教や異端審判士には俺の方からも言っといてやるから安心しろ」


「あの人混みの中、アスキュール先生にだけ雷を落とした魔術の手腕は見事でした。その魔法修士としての才能を潰すのももったいないですからね」


 デウーザの質問にハーソンがそう答えると、魔術担当官の観点からメデイアも彼を擁護する。


「ほ、ほんとですか! ハァ……助かりますぅ……」


 そんな二人の反応に、デウーザは先程のアスキュール同様、大きな溜息を吐くとともに脱力してその場へへたり込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る