Ⅲ 難癖の訪問者
「なんですかいきなり!? あ、や、やめてください!」
大声の後、そんな対応に出た弟子の声が聞こえてきたかと思うと、時を置かずして数名の男達が診察室へ押し入ってくる……。
「アスキュール・ド・ペレス! 貴様には悪魔と契約し、神の教えに背いて死者を蘇らせた異端の罪の疑いがある! おとなしく縛につき、神の御前で裁きを受けるがよい!」
部屋へ入るなり、そう怒鳴り散らす男は神父の黒い平服を細身の身体に纏い、髪型は茶髪のトンスラ(※おかっぱで頭頂を丸く剃る)、こめかみの血管が今にも切れそうな神経質っぽい人物だ。
また、その背後にはやはり平服姿の厳格そうな顔立ちの男と、キャバセット(※つばのない帽子型の兜)と胸甲(※胴部だけを覆う当世風の鎧)を着けた衛兵も数名控えている。
「なんだ貴様らは? いきなり無礼であろう!?」
「そなたらこそ何者だ? 我はアテーノス大聖堂の補佐司教ハデーソである! そこのアスキュールが異端であることはすでに明白! ゆえに異端審判士を伴い捕縛に参った!」
傍若無人なその振る舞いにアゥグストが食ってかかると、神経質そうなその神父は大仰に名乗りをあげる。
補佐司教といえば、その教区において大司教に次ぐ序列第二位の高位聖職者だ。
「私はアッティリア教区の異端審判士イノケーンだ。医師アスキュール、そなたが死者を蘇えらせたという証言は数多く得ている。おとなしく同行し、神前裁判に出廷いただこう」
また、続けて厳格そうなもう一人の平服の男も、自らの身分とともに来訪の目的を幾分丁寧に老医師へ伝えた。
「異端審判か。ならばこちらにも口を挟む余地はある。なにせ、異端の討伐が我ら本来の責務だからな……白金の羊角騎士団・団長ドン・ハーソン・デ・テッサリオだ」
しかし、無礼な来訪者達の素性を知ると、ハーソンがおもむろに立ち上がり、面と向かってこちらもその身分を明かす。
「羊角騎士団!? ……確かに、その〝神の眼差し〟と巻き角の紋章は白金の羊角騎士団のもの……」
「だが、なぜ羊角騎士団がここに……」
それを聞いた異端審判士イノケーンとハデーソ司教は、彼らの
聖職者として、彼らがエルドラニア国王直属の護教騎士団であることはもちろん存じているのだ。
「じつはその蘇生の件についてはこちらでも取り調べを今し方したばかりでな。すでに目撃者達の勘違いであり、薬も悪魔とは無関係の品だと調べはついている。よって異端の疑いはなく、裁判を行うまでのこともない」
そんな表情の変化を見逃さず、ハーソンはさらにたたみかける。
「また、国王陛下…いや、この神聖イスカンドリアの地に置いては皇帝陛下から与えられた最重要任務実行のため、アスキュール殿は我ら羊角騎士団で預かることとなった……ま、そういう事情なので、しのごの言わずにさっさとお引き取りを願おうか」
また、ハーソンの意を汲んでアゥグストも援護射撃を続けざまに加える。
「な…こ、ここは我らの教区。いくら羊角騎士団とてそのような横暴は…」
「まあ、納得いかぬとあれば、皇帝陛下にお頼みして仲介していただくしかありませんなあ。ちなみに、カルロマグノ陛下が預言皇レオポルドゥス10世
無論、反論しようとするハデーソ司教であるが、その口を塞いで再びアゥグストが、ここぞとばかりに権威と権力を後ろ盾に使う。
〝預言皇〟というのは、プロフェシア教会レジティマム(正統派)の最高位聖職者、唯一、神の声を預かれるとされる霊的世界の絶対権威である。
「うっ……」
俗世の最高権力である皇帝に加え、いわば彼ら聖職者のボスに当たる人物の名まで出されては、さすがにもうハデーソ司教も口を噤むしかない。
「ドン・ハーソンといえば、帝国最強の騎士、〝
また、異端審判士イノケーンは小声でハデーソにそう囁くと、責任の所在を明らかにした上でさっさと踵を返して部屋を出て行ってしまう。
「クソっ! アスキュール、これで許されたと思うなよ!?」
イノケーンの後を追って衛兵達も出て行ってしまい、残されたハデーソも司教らしからぬ捨て台詞を悪党のように吐くと、ひどく悔しそうに診療所を後にしていった。
「ハァ……これだから教会の連中は……ああ、なにはともあれ助かりましたぞ。お礼を申し上げる。じゃが、わしはまだ船医になると決めたわけでは……」
乱入者が消え去った後、深く溜息を吐いた老医師は礼を述べるとともに、アゥグストの使った方便に対して断りを入れるが。
「なに、私もああいった古い考えに固執する輩が嫌いなのでね。それはまた別の話……それに、あの様子だとこれで素直に諦めるとも思えぬし……」
ハーソンはそう言って老医師を安心させた後、開け放たれたドアを眺めて懸念を呈する。
「にしても、ずいぶんと目の敵にされたものですな。あのハデーソなる者、補助司教と申しておりましたか? 補助司教となればこの教区でも第二位の高位。アテーノス大聖堂と何か揉め事でも?」
「いえ、あのハデーソが異常なんですよ」
続いてアゥグストが探りを入れると、今度は廊下の方から若い声が聞こえてきた。
「もともとアテーノスの教会は〝スタンダド〟だったこともあり、それほど異端的考えに厳しくないですし、先生は大公さまをはじめとする街の有力者にも顔が利くんで、教区を統べる大司教さまにしても我関せずといった感じなんです」
「でも、預言皇庁から派遣されてきたあのハデーソはガチガチのレジティマム信奉者で、その教義から少しでもはみ出た者を異端呼ばわりするんですよ」
それは、アスキュールの弟子達だった。来訪時に並ぶよう言ってきた真面目な青年と、もう一人、同じくらいの溌剌とした若い男子だ。
「ああ、わしの弟子のマッカオとポッダレオじゃ」
突然現れた二人に若干の戸惑いをアゥグストが示すと、それに気づいた老医師がそう言って彼らを紹介する。
「そうか。かつてここら辺はビンスタンツ帝国の影響下にあったからな。あの補佐司教は教化のために送り込まれたといったところか」
だが、弟子達の名前よりもハーソンは、その語った内容に興味を覚えて独り納得している。
ビンスタンツ帝国とは、古代イスカンドリア帝国が東西に分裂した際、東側の領土にできた大国である。現在、エルドラニアや神聖イスカンドリアがあるのはそれと反対の旧領西側だ。
だが、100年ほど前に異教徒であるアスラーマ教(帰依教)国の一つ、オスレイマン帝国によってビンスタンツは滅ぼされ、そのどさくさに紛れてアテーノスを含むアッティリア半島は、神聖イスカンドリアの領内に組み込まれたのであった。
そんな歴史的背景の中、ビンスタンツ帝国の勢力圏では、レジティマムとは異なる〝スタンダド(標準派)〟と呼ばれる宗派がプロフェシア教会を占めており、神聖イスカンドリアに組み込まれてレジティマムに改宗すれまでは、アテーノスもスタンダドだったのである。
「加えてあのハデーソは司祭時代から慈善事業として医療も行っていたようなのですが、どんな病でもやることといったら、一も二もなく昔ながらの
「やつの治療を受けた重病人達はほぼ間違いなく天に召されるので、ついた仇名が〝死神ハデーソ〟。無論、そんな死神を頼る病人はいなくなり、先生がこの街に来てからというもの、患者をみんな取られてしまったんで、やつは先生のことを逆恨みしているんです」
二人の弟子は歴史的背景に加え、そんな個人的要因もさらに付け加える。
「なるほどのう。それはますます逆恨みもしたくなるというものだわい。なんとも困ったちゃんだ」
「ただ昔ながらのやり方を踏襲するだけで、医術と呼ぶのもおこがましいくらい、あやつには知識も観察眼もまるでない。だから、いくら蘇生でないと説明しても理解すらできんのじゃ。まったく、始末におえん」
アゥグストも納得して冗談混じりに呟くと、老医師も憤慨した様子でハデーソの人となりを嘆く。
「ならば、ますます過激な行いに出る可能性が高いな……メデイア、悪いが少しの間、あの補佐司教に張り付いてもらえるか?」
話を聞き終わると、なぜかアゥグストではなくメデイアに、そんな監視任務をハーソンは命じる。
「わかりました。では、さっそくに……
すると異論なくメイデアもすぐさま答え、老医師達にも断りを入れると、独り先立って夕闇迫る診療所の外へと出て行った。
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