Epilogue. 創成――Gnenesis

第48話


<<:ヴィシュ滅亡より数週間後:>>


 長きに渡った冬を終え、大地は新緑の萌芽に覆い尽くされた。そこに屹立するホロミッドの麓に穿たれた窪み、その変わらぬ土色を例外として。

 もはや面影はないが、ここはテオの運命の折り返し地点となった場所だ。ランカの自宅と湖があり、ホロンの波に呑まれたカイトが、その骨を埋めて消えた場所に、テオ達は来ていた。

「テオ、こっち来てください」

 窪みの中央で手招くヴィルの元へ掛けつけ、その墓標が如きホロミッドを仰ぐ。

 天気は良好、温度も快適。墓荒らしには絶好の日和だ。

「ここを破壊できますか? 表層30mmだけ削ぎ取って、内部は傷つけずに」

 非破壊式の超音波スキャナを片手に、彼女は膝ほどの高さを指差す。装いは以前テオに言われて買った白柄のワンピースであり、首には造花を提げている。

 仰々しい武器の類が一切見られないのは、ヴィシュの滅んだ翌日のうちに、地上からマギアスの姿が消滅したためだ。ホロンはマギアスをも飲み込んだ。大地はホロンによって掩蔽されたのち、雪解け水のように地面や生物の中へ染み込み、これもまた地上から姿を消した。

 いま地球上に、彼らの生命を脅かすような存在は何処いずこにもない。先月までの戦争はまるで泡沫のように弾け、あまりにも呆気なく、半世紀ぶりの平穏が訪れていた。

「どのくらいの太きさに?」

「人差し指一本分ぐらいで構いません」

 了解、と短く相槌して、テオはホロミッドの装甲に人差し指を接触。能力アクトを使ってその第一関節までを貫入させると、ちょうどキツツキの穿ったような穴ができあがる。

 テオが中を覗き込むと、それは装甲とは異なる素材の金属だった。表面を鱗粉のような何かで覆い尽くされており、光に当たると玉虫色になる。

「なんだこれ。多重装甲か?」

「いえ、ホロンの制御装置です。マイクロマシンで出来た一種のコンピュータですね。ザックを貰えますか?」

 テオは彼女の代わりに持っていた荷物を手渡した。彼女が取り出したのは円筒の形をした小型のシリンダーであり、中には探査用のナノマシンが入っている。穿った穴からそれを注入すれば、まるでスポンジに水が染み込むかのようにして、マイクロ単位で構成された構造の隙間へ、ナノマシンが徐々に侵入してゆく仕組みだ。

「お~い! 周辺の偵察終わったけど、問題ナシよ! 始めちゃって!」

 声と共に、アイアンクレイに乗ったアルカの影が二人にかかる。ヴィルは返事をしながら、自身のリンクデバイスを注入したナノマシンに接続。情報を受け取りながら制御信号を送り、探索を進める。

「総処理時間は255日と13時間になるそうです」

「……これじゃ日が暮れるどころか、また冬になっちまうぞ」

「サハラ砂漠から21グラムの砂金を探し当てるような処理をしていますからね」

 けれどご心配なく、と彼女は自慢げに、自分の側頭部を指で叩いた。すると、彼女の髪が幾つかの太い束となって地面に食らいついた。

「――能力アクト起動オン

 途端、尻に火を点けられたかの如くプログレスバーが急加速。五千時間を超える計算処理が一分弱で完了し、マイクロマシン内部に散らばる億を超えるナノマシン全ての座標を特定する。同時に、その地面には数センチほどの窪みを生じさせながら、彼女の髪の毛が元の形に戻る。

「……そういえば、お前が能力アクトを使う所を見るのは初めてだな」

 テオが唖然としながら問いかけると、ヴィルは髪束を元に戻しつつ、その内容を説明した。

「私は、質量おもさと演算能力を相互に変換コンバートできるようになったみたいです」

 今のでだいたい5グラムくらいですかね、と彼女は窪ませた地面を見ながら言う。

「確か250日ぐらいかかる計算だったよな。お前の演算力は、それを一瞬で終わらせられるくらい凄いってことなのか」

「そのようです。全力で演算した場合、FLOPSは接頭辞が未定義の桁になるとか」

 よくわからん、とテオはかぶりを振る。

「……待てよ。相互に変換、ってことは――」

「えぇ、逆も然りです」

 言うや否や、彼女は適当な露出した岩盤に髪の毛を突き刺し、そこから子牛ほどの体積を消失させると、同時に掌の上へ緑のビー玉を出現させる。一体どんな手品かとテオが目を凝らすと、正に今、二つ目のそれが極小の粒から果実のように成長して形を結んだところであった。

「……は?」「すごいでしょう」

 鼻を高くするヴィルを尻目に、テオは愁眉を寄せながら二つのビー玉を手に取り矯めつ眇めつするが、質感や質量、見た目からして本物の硝子であることは明らかである。

「……なに考えたらこんなモンが出てくるんだ?」

「生成したいと思う物質の構造を、電子レベルから一通りシミュレートするんです。……とはいえ、まだあまり正確にはできないんですが」

 テオはただただ感嘆の溜息を漏らす他に今の感情を形容する術を持たなかった。だが二つの玉を掌の上で手遊んでいると、ある拍子に衝突し、そのまま細かく砕けてしまった。「……ムラノグラスに達するまでは、まだまだ時間がかかりそうだ」

「あはは……精進あるのみですね」

 後ろ頭を掻きながら、ヴィルは誤魔化すように苦笑した。

「しかし、こういう能力はどんな世界観から出てくるんだ?」

「なんというか……私はどうにも、世界がすべて電子の動きに見えているようです。有機物も無機物もみんな、電子が鼓動する生き物のように見える。大地も巌も、川も木も。その電子の動きや配列は、脳神経の繋がりと、私にとっては同じ。みんなそれぞれに意識があって、何物かを考えている。質量を演算能力に変えるというのは、例えれば、そういう山や川の声を聞いているようなものです」

「自然の声を聞く、というやつか。じゃぁ、物を生産できるのは?」

「私があるものを作ろうとして作り出したイメージもまた、脳内回路を巡る電子です。私が思うに、脳内で完全に想像できたものは、現実にあるのと何ら変わりません。芸術家が筆を執る時、既に絵が完成しているのと同じように。私の能力アクトは、それを本当に現実にしてしまう。だから、考えたものを作りだすことができる――それが、現状、お父さんと私の結論です」

 なるほどな、とテオは得心した。今となっては、ヴィルにとってそれが機械であるとか人であるとかは、大した問題ではなくなったらしい。彼女の心の中に自分の姿を感じ取って、テオはひとりでに嬉しくなった。

 そうこう話しているうちに、ナノマシンがカイトの脳を回収し始めたと、二人の脳裏に通知が入る。新たなプログレスバーが示すプロセス完了までの残り時間は、およそ半刻だ。

「いま、ナノマシンがカイトの回収に向かいました。これは物理的な問題ですし、処理能力ではどうにもなりません」

 どうしましょう? と彼女は、わざとらしく問いかけた。その答えは既に決まっていた。

「何処かに行こうって話、今からどうだ?」

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