第47話


                   ⁂


 実験開始から二時間後、二人は無事に目を覚ました。徐々に五感を取り戻し、瞼の隙間から外の景色を垣間見た彼らを、緊迫した面持ちの博士がいの一番に歓迎した。

「……どうだった。実験は成功か?」

「はい。間違いなく」

 その言葉を聞いて、彼は表情を一気に氷解させた。途端、緊張の抜けた彼は膝を折り曲げ、そのまま童のようにしゃくりあげながら熱い涙を流した。

「――良かった。本当に、本当に……。よかった……ッ!」

「えっ、ちょ、アンタ泣いてんの?」

「許してあげて。父親冥利に尽きてるのよ。日付を見たら分かると思うわ」

 言われてアルカはリンクデバイスから暦を見た。時刻は既に零時を跨ぎ、今日の日付は2月24日。妙に覚えのある日だと彼女は過去へと記憶を辿り、そして、それが居酒屋で聞いたヴィルの誕生日――即ち成人・・の日であったことを思い出す。

「回収してから複製までやけに早い思ってたけど……さては狙ってたわね?」

「なんとしてもこの日に間に合わせて見せるって躍起だったわ。寝ろって言ってもなかなか聞かないし……今なんか、もう5日は起きてるんじゃない?」

「そりゃぁ、そうだろう……! 一生に一度の晴れ舞台に、間に合わせられないようなら、僕は、父親失格だ……!」

「……そう言うなら、もう少し背筋を伸ばしなさい。父親がみっともない」

 アイリスは息も絶え絶えに答える彼を両手で無理やり起き上がらせると、その背中に平手で喝を入れた。その勢いで涙が引っ込んだ彼は、歪んだ眼鏡を掛け直し、頬をはたいてヴィルの前に立った。

「……ありがとう、お父さん。あなたのお陰で私はやっと、一人前になれました」

「……おめでとう。これからも、君の人生に幸あらんことを」

 すると突然博士は指をスナップし、床の下からパイプ・エレベーターを登場させた。

「――というわけで、さっそく測定試験場に行こう! 君の能力がどんな特性を持っているのか、日が出るまでに調べあげておきたいからね。ダリス、君も助手を頼むよ。IIIが彼女にどんな影響を及ぼしたのか、君の方が詳しくわかるはずだ!」

 先程までの残息奄奄から一転した彼の振る舞いに、テオとアルカは苦笑する。助手として巻き込まれたダリスは困惑した面持ちを浮かべ、祝いは良いのか、と彼に尋ねるものの、能力アクトが祝いさ、と笑顔で返され、カルチャーショックに愕然とする。勇み足にパイプ・エレベータへ乗り込む彼を指差し、ダリスはヴィルに問いかけた。

「……嬢ちゃんも、それでいいのか? いいんだぜ別に、今日は家族団欒でも――」

「いえ。私もプレゼントの中身が気になるので」

 言って、彼女もエレベータの中に乗り込んだ。

 ダリスは苦笑して、半ば諦めたように肩をすくめる。

「……血筋だな。血は争えない」


                   ⁂


「……なんだ、行っちまうのか」

 二人が去って静かになると、テオの少し拗ねた呟きがアルカにも届く。

「なんでアンタが残念そうな顔してるわけ?」「いや、別に……」

 するとテオの意識に、ヴィルが個別に接続してきた。

<また今度、どこか素敵な場所に行きましょう。二人でも、皆でも>

<わかった、行こう>

 即答だった。恐らくは脳味噌が動く前に、彼の脊髄が勝手に返事をしていた。

「なんで今度はニヤニヤしてんの。キモいんだけど」「いや……別に?」

 あっそ、とアルカはけんもほろろに欠伸を噛み殺しながらラボを出ていった。テオもその後を追おうとしたが、その矢先、背中を指で突かれて足を止めた。

 振り返ると、アイリスが満面の笑みで立っている。

「あの娘と、なにかあった? ない方がおかしいわよね?」

 無論その質問に、嘘をつくなどできる筈もなく――テオは弄られることを覚悟の上で、自分がしたことを正直に話した。

「あいつが自分の心に自信がないと言ったので、僕の想いを告げました。お前の心と、僕の心の重さは同じだから……その、お前がくれた分だけ、僕のをやる、と」

 改めて口にすればなかなかに恥ずかしいもので、覚悟はしていたが、赤面は避けられなかった。するとアイリスは少し沈黙して、どこか遠い昔を眺めたあと、深遠な愛情を面持ちに浮かべて呟いた。

「……私達では満たせなかった、最後の部分を、あなたが埋めてくれたのね」

 アイリスはテオを我が子のように抱き寄せて、柔和な声音で、言った。


「――ありがとう、テオ。どうか末永く、あの子を宜しく」

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