Part.6 収斂――Evolvution

第41話


                   ⁂


「これは新型機体どころの騒ぎじゃないな……」

 博士は両手で空間ディスプレイを展開した。テオ、ヴィル、アルカの三人が捉えた五感から復元された映像が映し出され、システムがその解析を始める。動画から形状の輪郭を取り、モデル化して分類。数フレームで確認された動きから大まかな機構を予測し、簡単なブール―プリントまで再現してみせる。

 それを見て、息をのんだ。

「奴ら、ついにモーターと油圧を卒業し、筋肉そのものを動力装置アクチユエータに採用したのか」

 ターレットの麓まで上り詰めた機体が別のターレットに撃ち抜かれて破壊されたると、その装甲が剥がれ、被覆されていた動力装置から鮮血が散る。地面にべちゃりと打ち付けられた赤い塊は間違いなく、質量出力比の優れた動力装置である筋肉だ。

「オイなんだよ博士、こいつはどうなってる?」

 ダリスが、困惑した面持ちで問いかける。

「マギアスが、何処からか生物のパラメータを得て変化したようだ。人類がかつてデザインした機械としての系譜から逸脱し、全く新しい存在に自己進化した」

「つまり、どういうことだ?」

 博士は唾液の乾いた腔内を舐めて苦い顔をしながら言った。

「奴らは人の被造物という呪縛から離れて、一つのになろうとしている」


                   ⁂


 宙から太陽が降って来たのを見たのは、ケインにとってこれが最初の経験だった。

 融合炉――おそらくは、かの母艦の核として用いられていたのであろうそれが、高度8000mの彼方から切り離され、天蓋を突き破って眼前まで降りてきたのだ。

 その表面を覆う殻が展開し、蛇のような頭と折り畳まれた翼、そして太い四本の足と尻尾が伸びる。項から背中へ魚類を思わせる鋭いヒレが立ち、尾は孔雀のように鮮やかな鱗片を広げる。最後に翼が大手を振ると、腹に抱えた太陽の光を受けて、その全身が眩く銀と金色の輝きを放った。

「もとは我々から生まれたお前たちが、最後の手綱を絶つというのか」

 ケインにとっても、その姿は進化の過程にある生物を思わせた。歪で醜く合理性に欠けた、進化の始点――始祖鳥の姿を。

 変形を終え、炉が活性化すると、波及する数千度の熱波が周囲から紅と黒以外の色を奪った。ターレットの砲身が飴細工のように折れ曲がり、ビルの装甲は蝋燭のように融け、地面に影を焼き付けている。周辺温度が急激に上がり、数万年は続く爆発が辺りを破壊し続ける。

 ケインだけがその力に抗い、普段通りの異彩を放っていた。

 事象の転置。それが彼の力だ。この奇妙な太陽を撃ち落とした時も、今こうして灼熱のなかに立っている時も、やっている事は全て同じ。自身に及ぶ事象を別の場所へ押し付けるという、至極単純な作業だ。

 赤熱化した竜が、頭を持ち上げて高らかに吠えた。壊れたオルガンのような、不快な音が鳴る。炉から放たれたプロミネンスが周囲を薙ぎ払い、溶けたビルを水のように吹きとばし、足元には融けた地面が湧き立ち、さながら地獄の火口のようである。

「来るか、成り損ないめ」

 彼が一歩踏み出すと、竜は相対した。表情を歪ませ、顎を開いて吠えた。

「来ないならば、私から行く」

 ケインは悠然と歩みよる。彼は機械との戦いにおいてはじめて、明確な殺意というものを抱いていた。もはや職業軍人としてではなく、一人の人間という存在そのものを賭して、この”何か”を殺さねばならぬと思った。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る