第40話


                   ⁂


 車で移動して数分後、また辺りが昼のように明るくなった。防壁に生じた空孔ブランクが次第にその大きさを増し、火の手が増大しているのだ。

 空はより騒がしくなっていた。爆撃機の群れは数を増し、消火ヘリや威力偵察機、母艦へのミサイル攻撃、その他諸々の影と火花で溢れかえっている。

「――あの、あそこ……」

 不意に、ヴィルが意識帯に座標とその画像を共有。天蓋の空孔の直下、すでに第二激への準備を整えつつある母艦をちょうど真上に見上げる位置に、軍服姿の男がぽつりと立っている。

「何だ? あいつ。自殺志願者か?」

「レキならともかく、ヴィシュにそんな奴がいるわけないと思うけど……」

 ヴィルが継続してドローンの中継映像を確認すると、彼は何かを喋っているようであった。ヴィルは男の口の動きをAIに掛け、テキスト変換して共有した。

<<:ケインだ。天蓋のC-12を限定的に解除してくれ:>>

 途端に、三人の顔色が冷え固まった。細かい言葉の意味は不明だが、要するにそれは、あのドームシールドの一部を開けという意味だった。

「……マジで死ぬ気じゃない? そいつ。心中するつもりよ」

 数秒後、彼の言葉通り、天蓋の中心にあたる場所が一部だけ色を喪失。おそらくは毎度レーザーが照射されているその場所が、一切の防御を失ってガラ空きとなる。ケインと名乗った男は何の動力装置もなしに体を浮かせ、その隙間を通って天蓋の上に立つ。

<<:――よし、閉じろ。仮に私が死んだ場合、部隊の指揮権はマニュアルに則って指クライズに移行する。なに、本望さ。気にするな……:>>

 母艦の中心が青く点灯。間欠的な攻撃の準備に入る。アルカがアクセルをベタ踏みして現場から距離を取るものの、三人の視線はそちらに釘付けだった。

 母艦の核が何度か青白い光を放ち、直後に一筋の光芒を発射。これまで見た中でもとびきり強い光で、およそ直視できる代物ではない。三人それぞれの戦闘アシスタントが同時に作動し、瞳孔を狭窄。網膜に入る光量を安全域まで減らすとともに、視神経の信号に特殊な処理を施すことで、なんとか見るに堪える。

 そのタイムラグを経て彼らの視界が捉えたものは、母艦の隣に移動した光柱の端が、母艦の放つそれとT字を描くように進み、あろうことか母艦そのものを貫いた瞬間だった。

<<:撃墜完了。天蓋を全面解除し一斉攻撃用意:>>

 ケインと呼ばれた男に傷はなく、また疲労した様子も見えない。

 宙では爆炎が吹きあがり、一面が赤色に染まっていた。母艦のあちこちから火が噴き出し、纏わりつくように漏れ出たスパークが自身を蝕んでいる。

<<:撃て:>>

 彼の命令により、これ見よがしに発射されたミサイルが、かろうじて運航を保っていた母艦に止めを刺した。母艦の動力源と思しき中央部が爆発し、四散したパーツが火を纏って降下。ケインを中に受け入れ、再度展開されたバリアの上で砕け散る。その直後、地面がヘヴィメタルを垂れ流すスピーカーのように重く振動した。

「んがッ!」

 窓から顔を出していたテオの後頭部がフレームに炸裂し、鈍い音を鳴らす。

<今すっごい音したわね。大丈夫?>

 アルカが舌を噛まぬよう、意識越しに確認する。

<マズいな、頭が悪くなったかもしれない>

<それ以上悪くなるの!?>

<なるわ!>

 振動は止まないどころか、その規模を増している。だが不意にヴィルがドローンで頭上を確認すると、既に破片の大半がバリアによって消滅させられており、見える範囲では振動の原因がわからなかった。

<あの、この振動、物理的におかしくないですか>

 言われてテオも気付かされたが、確かにいくら大質量の物体が上空に炸裂したとはいえ、こうも車体が揺り籠のようになることはない。天井の衝撃は相当なものだが、距離によって減衰される。

 その矛盾を解決しうる最悪のアイデアがテオの脳裏を過って、それが残りの二人にも伝わった。おもわず一行の視線が、フロアマット越しの地面に集中した。

<嫌な予感するよな> <ちょっ、フラグ勘弁してよ! ぜったい来るじゃない!>

 するとアルカの言葉通り、突如として地面が盛り上がり、車体が数メートルほど飛び跳ねる。

<だぁぁぁぁぁぁから言ったのにいいいいい!>

 着陸。それと同時にアクセルを全開。ひび割れたフロントガラスをテオが蹴り飛ばして視界を確保するが、その足元にまた別の隆起が生まれたのを見て、思わず気管を生手で絞られたような声が出た。

<来るぞッ!>

 ひび割れた道路を駆け抜けるバンの両側を追い縋るように無数の隆起が地面を貫き、大穴を穿つ。ヴィルのドローンが、そこから飛び出てきた存在を捉え、意識帯に共有すると、いの一番に、アルカが叫んだ。

「キモッ!」

 地下トンネルや用水路掘削用のシールドマシンを頭に縫い付けた、金属のとでも言うべきもの。それが機械マギアスであるということは分かるが、従来型でこんなものは誰も見た試しがない。新型だ。これまで見てきた幾千の機体とはまるでコンセプトが違って、不気味なほどに生物的・・・だ。

<掘削穴より、小型のマギアスが大量に這いずり出てきています。形状タイプは……不明エラー。カテゴライズ不能。すべて新型機です!>

 瞬く間に共有されたその中継映像に、テオは愁眉を寄せる。群れたサソリのようだった。総延長は3mほど。長く節のある胴体と、六本の節足。そして頭よりも巨大な二対の鋏と、針付きの尻尾。体表は全て鈍色の金属で覆われ、炎を受けて鈍く光っていた。そんな奴らが無数に巣穴から湧出して、途端に彼らのバンが走る後方を覆い尽くすと、耳を劈くような爆発音。見るとビルに群がった蠍の軍勢に破壊された対空ターレットが炎を上げていた。

<おいアルカ出番だ! あの鉄の塊をぶっ飛ばしてやれ!>

<もうガス欠よ! 脱出する時の為に休憩しないと!>

<役立たずめ!> <誰がですってぇ!?>

<喧嘩してる場合ですか!>

 炎の中に身を投じ、爆発に巻き込まれて四散した仲間の残骸を足蹴にしながら、蠍の群れが、次の砲台を破壊する。鋏によるせん断や、爆薬を仕込んだ尻尾による爆裂刺突を武器としているようだ。

 状況を把握するため、ヴィルはドローンの探査領域を拡張し、半径20㎞の範囲を俯瞰する。そしてそこに、累計123カ所の掘削穴を見て、思わず彼女は口にした。

「――要塞ヴイシユが、堕ちる!」

 慄きと共に。

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