第37話


 目の前が白く染まり、点滅するかのような絶頂に、カルスしばしは耽溺していた。ストレスからの解放と、渾身の一撃から齎される至上のカタルシスが、全身の毛穴を泡立たせ、震えた奥歯がぶつかってカチカチと音を鳴らす。

「最高だ、最高だ、最高だ……ああヤバい、クセになっちまう」

 カルスはいま一度スコープを覗き、どこかで叩きつけられているであろう敵の姿を探した。自分の放った弾丸でぱくりと空いた頭蓋を無残に晒しながら、ぶらぶらと力なく揺れる彼女の肢体を、今すぐにでも目に焼き付けたかった。

 直後に、背後でドンと重い銃声。力が抜けて、腕からするりと銃が放れ、スコープから視線が外れ、街を見下ろしていた筈の目が、いつしか天を仰臥していることに気付く。

「あ、……え?」

 起き上がろうとするものの、腹筋に力が入らない。視線を遣ると、そこから脈々と血が溢れている。頭上に足音を聞いて。目玉を遣ると、そこに夜に少し染まった白髪がなびいているのを見た。

「――わたしの勝ち」

 視界にひょっこり映り込んできた、先ほど自分が撃ち殺した筈の相手の顔に、カルスは吃驚する。反射的に力んだ腹部に痛みが走るのを堪えながら、掠れた声で「何故だ」と呟く。

「……お前は俺をここに誘い込み、出し抜こうとした。この……ゲホッ、この、俺の移動先が、確定する場所で……! 罠だと分かった。だから俺は、そ、……それを逆手に取った! お前はなぜ、今ッ……俺の、後ろに……!」

「真の愚者は、罠を掛ける時、自分が罠に掛けられるとは思わない、でしたっけ」

 自分がかつて口にした言葉だ。それを聞いたカルスは、あのとき彼女は既に後ろへいたのだと理解した。自分が撃った標的は、本物ではない。囮だったのだ。

「……ハメやがったな!」

 必至の形相で体を起こし、太腿の拳銃に手を伸ばそうとするが、ヴィルがその手元を足で踏みつけ、骨ごと粉砕した。最後の望みを奪い取られ、カルスは絶望を顔に滲ませながら、がくんと首を金網に放り出した。

「……その力、人ではないな。薄々感づいてはいたが……お前も、奴らと同じ機械バケモノか」

 くく、とカルスは喉を締めるように笑う。幹部からは血液が溢れて、次第にその顔色は白くなってゆく。

「ヴィシュに隠れて、コソコソ暮らすような連中が、どんなものかと、思ったら……まさか、こんな、キチガイ連中、だったとは……趣味の悪い、人形性愛アガルマトフイリアの、連中だとは……ハハ、あぁ、バカらしい、バカらしい……血が流れない奴は生き物じゃねぇんだよ」

 ヴィルの手が太腿から補綴剤を取り出し、患部に突き刺してガス圧を開放。血中に放たれたマイクロマシンが、傷口を検知して塞ぐとともに彼の意識を奪う。そうして無力化できたことを確認すると、彼女は少しの間うずくまって、唇を噛んで黙した。

「……私は、わたしは、」

 肉体の痛覚が消えていようと、心の痛みはスイッチがオンのままだ。彼の言葉は、ヴィルの心に深く突き刺さった。そして、彼の言葉に圧されてすぐ言い返せなかった自分を少し嫌いになった。ベネチアでテオから貰った言葉を、わずかでも信じきれなかった自分が。

 恨めしそうな目で、深い眠りについたカルスを一瞥する。修復が終われば、あとはスイッチ一つで目覚めさせられる。殺してやってもよかったが、ここへは人殺しをしにきたのではない。敵はマギアスだ。可能なら、誰も殺さずに任務を遂行せねばならない。でも、スイッチを押すタイミングは任意だ。だから、ここを脱出し終えたあと、ヴィシュが滅びゆくタイミングで起こしてやることにした。


 戦闘に集中するため抜け出していた共通意識帯に戻り、状況を報告。

<終わりました。そちらは?>

 応答は、アルカからだ。

<――アタシ、ちょっとヤバいかも>

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