第34話



 アルカの放った無数の槍は凡百を倒し、つわものだけを生き延びさせた。

<17人やった! あと2人だけ残ってる!>

<なぁ、雑用の出番はどうした? このまま磔で神々しく君臨すりゃいいのか!?>

<半分こしましょ! あたしの後に続きなさい! ――集え槍達! 指定形状プライムマーテイロ!>

 地面に突き刺さった槍を集積し、身長ほどの大きさを持つ鉄槌へ変形。両手の先に作った磁場で手を触れずに把持しながら、生き残りの片割れめがけて渾身の一撃。

 砂埃が、衝撃を中心にパッと晴れる。アルカの脳には妙な手ごたえがあった。槌の下に誰かがいる。そして槌を振り切れていない。

<ありゃ?>

 ややあって、槌の頭に未知の力が働き、亀裂が発生――その後、爆撃された硝子の様に木っ端微塵と砕け散る。アルカは破片を回収して両足に纏わせ、余った分を双槍に変える。足元に形成した地場の上に、その足下を凝視する。

「無事? クライズ隊長」

「あれくらい、心配すんなって」

 眼鏡をかけた童女が、衝撃でズレた眼鏡を右手で治し、腕についた埃を払う。その背後、彼女より頭二つ分ほど高い所に、クライズと呼ばれた青年が立っている。

「俺が居なければ危なかったな」

「いいえ。別に、あの程度なら助けは不要でした」

「え? あ、そう……相変わらずの馬鹿力だな」

<あの程度?>

 テオが項に奇妙な威圧感を覚えると、彼の想像通り、侮られたアルカの憤怒が意識帯上に溢れていた。

<手ェ貸しなさい、テオ>

<ちゃんと返してくれよな>

 憤懣に煮えたぎる彼女は、密かに二人の背後へテオを配置した。

「さぁ侵入者、降伏しろ。今なら命までは取らない……かも、しれない」

 アルカは無視して、双槍の先端に螺子巻き状の磁場を形成。さながら見えない弓の弦を引くが如く、発射準備を整える。

「沈黙は拒絶と見做すぞ。もう一度言う、降伏しろ」

「やなこった、あっかんべ!」

「わかった。メアリ、やれ」

 瞬間、童女の矮躯が弾丸のように加速して、瞬きする間もなしにアルカの喉輪へ手を伸ばす。しかしアルカは身動ぎせず、メアリを睥睨しながら言った。

<降伏なんて死んでもゴメンよ!>

 直後、メアリの体から加速度と動きが消える。その背後にはテオがいた。彼女の体内で起こる酸素結合とATPサイクルを止め、全筋肉の動力源を根絶やしにする手だ。メアリの手は惰性でアルカの喉へ触れるが、握ることは敵わない。同時にテオはもう片方の手を近づけ、クライズの動きも止めた。相手の能力アクトを警戒して、直接は触れていない。リンクデバイスによって拡張された皮膚感覚で、数センチの隙間を空けている。

「悪いけどアタシ達、急いでるから」

 横に並んだ二人を前に、アルカが再度双槍を展開。二人の水月に照準を定める。

 しかしその発射の直前、テオは自身の前に奇妙な気流を感じた。自身とクライズの間にある空気が流動し、気圧を高めているような感じがする。だがアルカはそれに気づかないまま、

「――殺しはしないけど、痛いのは覚悟してね」

 と、勝ち誇った顔で指銃を放つ仕草をした。

 その気流が突如としてテオを吹き飛ばしたのは、その直前のことだった。高圧ボンベが張り裂けたような爆音と共に、二人が金縛りから解放される。

「むん」「おっと」

 メアリが槍を片腕で食い止め、クライズは槍を粉々に砕く。遅れてテオが数メートル先の地面に衝突。装備の内側に着込んだ緩衝繊維がなければ、いまごろ全身骨折であろう衝撃。

「丁度いい、アイツからやろう」「ん……」

 メアリがアスファルトを蹴り壊し、テオの起き上がり様へ迫る。

「――ッテェェェェェイ!」

 アルカは即座に四肢へアイアンクレイを纏わせ、その背後へ吶喊。双槍を再編成し、全速力で射出。しかしメアリは尋常でない感覚センスと反射速度を発揮し、振り向きもせず受け止める。

<これならどう?>

 アルカはメアリの手中で槍を融かし、その両腕を封じるギプスへ変形。それからメアリの斜め上へ磁場を形成し、彼女を地面から引き剥がした。

<こっちはアタシが! あとは宜しく~!>

 テオを追い込しながら、アルカはそう伝えてメアリの追撃にかかる。

 踏ん張る足場を失ったメアリの身体は、そのままビルの外壁を砕いて内部へ貫入。固定された腕を支点に体を回し、内壁を蹴ってギプスを引き剥がす。

「ざ~んねん」

 眼前に迫るメアリの姿を、アルカの獰猛な笑みが歓迎した。引き剥がされたアイアンクレイを腹へ巻きつけ、天井と床を突き破らせながら最上階まで運び上げると、今度は逆向きに加速し、剥き出しの地面へ叩きつけた。

 瓦礫が彼女の身体へ積み重なり、束の間の沈黙が訪れる。これでどうかとアルカは一息つくが、幾何かして瓦礫の山から手が飛び出すのを見て、兜の緒を締め直す。

「やっぱ、これだけじゃ終わってくれないわよね……。――ッ?」

 追撃を与えようとするが、不意に強烈な片頭痛を覚えて眉をしかめる。一度に大出力を放った影響で、脳周辺の神経が過剰に興奮している。

「少しやりすぎたわね……。ああやって死なないなら、どう殺せば済むものかしら」

 アルカは太腿から一本のシリンダーを取り出し、頸動脈に押し当ててスイッチを押す。中身は凝縮糖分と興奮剤だ。能力アクトの燃料を補給するとともに、痛みを緩和する。しかし劇薬であり、乱用はできない。

 瓦礫から這い出てきたメアリを見ると、破れた服の隙間から、幾つもの傷口が塞がりつつあるのが見える。

「ふざけた膂力と同時に治癒能力もあるわけ? 生体兵器も大概にしなさいよ」

 仲間に応援を頼もうかと密かに思うが、今は全員が戦闘中で、合流は難しい。どうにかして力を振り絞って、これと正面から渡り合うしかないようだった。

 臍を固めて、詠唱する。

「――指定形状プライムアーマデユラ

 瓦礫の中に埋もれたアイアンクレイと、メアリの両腕に纏わりついていたものが融合。アルカの全身を覆うような流線を描き、彼女を守ると同時に、その運動能力を強化する攻守一体の鎧となる。

「困った時は、やっぱこれよね」


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