第33話


「……ねぇテオ、あれ」

 アルカが指さした先の交差点には、十を優に超える人影があった。逃げ遅れた人間がまだいたのか、とテオが向こうを眇めると、人影の一つが銃口を構え、引き金を引いた。

「――来るぞッ!」

 ポン、と気の抜けた音で放たれた榴弾が、アイアンクレイの進路前方に着弾。アルカの減速が間に合い辛うじて直撃を免れるが、間髪入れずに二発、三発目の射撃音。

<このッ――>

 テオが反射的に二人の前に出ると、自身前方に保護膜を展開。乱発される榴弾を無力化するが、続く一発は保護膜手前で炸裂し、テオは爆風をもろに受けた。

<――> <ちょっ!?> <テオ!>

 テオの意識がリンクデバイスから消えたことを、二人が悟る。

<指定形状プライムカプリヨ!>

 アルカがアイアンクレイを繭状に再構築し、三人をその内側に庇護。同時に磁界を強化することで剛性を高め、半流体を固形化する。

 パラパラと表面で弾ける銃弾に遅れて、一発の巨大な衝撃。命中した榴弾の爆砕片が繭に衝突するが、貫徹は防いだ。代わりに犠牲となった装甲の一部が消耗。動かねばジリ貧になり、無事では済まない。

<飛ぶわよ、掴まってなさい!>

 アルカが戦線離脱の判断を下すと、即座に上空へ磁力点を生成。そのまま繭を吊り上げるように磁界を操作して浮上すると、そのまま夜闇へ韜晦しようと加速する。

<天井をひらけますか? 監視ドローンを飛ばします> <あいよ!>

 指示通りに繭の頭が解放。ヴィルが太腿に取り付けた計六基のドローンを片手で鷲掴みにし、外へ放り投げる。

<ハミングバード、展開デプロイ!>

 その意思に応じて、小型の鳥の形状をしたドローンが全機起動。胴体に埋蔵された3軸ホルダに内蔵された電動ダグデット・ファンが、揚力供給と姿勢制御を一役でこなす。それによって、無事滞空状態に遷移した全基は、次いでヴィルの思考に応じ四方へ展開。周囲空間掌握のために立体陣形を形成すると、尾の部分にある光学式三次元LiDARを起動。取得された付近の地形情報をヴィルが取得/演算し、半径約500mの空間を頭中に収めた。

<っ……悪い、一瞬トンでた。状況は?> <敵にバレて逃げてる!>

<マジかよ幸先悪っ!> <ほんとそう!>

 幾らか高度を獲得すると銃撃が止み、アルカは敵の視認を外れたと判断。上昇をやめて繭を停止させ一息つく。だが直後、テオとアルカの意識帯上に、ヴィルからの強い警告・・が走った。脊髄反射と酷似した、強い電撃のような感覚である。

 反射的に、アルカが繭の位置を後方へ移動。ワンテンポ遅れて、繭の外を猛烈な風切り音が擦過する。

<――周辺のターレットにロックされてます! 滞空は危険です!>

<今の対空砲かよ! あのターレットの群れを掻い潜るのは無理だぞ!>

<レイコートでアタシ達へのロックオンは阻害できる!?>

<不明ですが、私達のサイズではそもそも射撃対象に入りません!>

<OK。逃げの道は無し! このまま仕掛けるわよ! 形態解除、落下注意!>

<おい待て僕は飛べな――>

 テオの叫びは届かず、アルカの御心のまま、繭は細かな子弾に分離。空に解き放たれた三人はターレットのロックオンから解放される代わりに万有引力の束縛を受ける。

<地上の情報です。敵は二十名前後、全員が銃器で武装。武装ヘリが300m先より接近、および200m南西に狙撃手を一名確認。先手を取られた理由が分かりましたね>

<狙撃手て、なぁんでこんな街中に出張ってるのよ! レイコートは!?>

<レイコートに搭載されているのは、対肉眼用の欺瞞のみだとか>

<なぁんで輸送機みたいに全部迷彩しないのよあのバカ眼鏡!>

<小型化の弊害かと……>

<あぁもう! あったま来た! 範囲攻撃するわ! ヴィルはヘリ、テオは雑用!>

<了解>

<雑用って何だ!?>

<アンタの能力アクトは拡張性高いから、色々といい感じにカバーしなさい!>

<曖昧にも程があるぞ! というかまず助けてくれ! このままじゃ臨終だ!>

<気合と根性で飛べ! 男の子でしょ!>

<クラーク・ケントに頼め!>

 するとテオの四肢にアイアンクレイが高速で纏わりつき、彼の体を宙に固定した。

<そこで待ってなさい! あとから呼ぶから! 指定形状プライム! 槍雨ルヴイア・インテンサ!>

 繭から大量の小片に分離されたアイアンクレイが等間隔に並び、計163本の小槍に変形。螺旋になった鋭利な先端が照準を定めつつキリモミしながら、一気呵成に射出される。それを先鋒に、四肢にアイアンクレイを纏ったアルカが直上より強襲チャージ

 一方テオは、空中で磔にされた状態で、暗闇の奥からやってくる戦闘ヘリの姿に気付いていた。

<……なぁ、なんか戦闘ヘリが見えるんだけどさ。あれ僕のところに来てないか? 保護膜使えばアイアンクレイが壊れるし、使わなかったら蜂の巣なんだけど>

<大丈夫、私が守りますよ>

 すると彼を磔にする足首の金具を、ヴィルの手首から発射されたグラップリング・フックが刺突。猛烈なトルクで巻き上げられた彼女の体が、テオの眼前でふわりと舞い上がる。そのまま彼女は背中の長物を引き抜き、そのを起動。銃そのものに搭載されたシステムが、彼女とデジタル的に同期する。彼女はデジタル処理系を有するが故に、単なるデジタル信号を第六感的に扱うことができる。

<<:Versatile Accelerator=接続完了:>>

 汎用加速器Versatile Accelerator――全長2.5m、重さ125kgの巨大な銃。細く伸びたバレルと太く思い装填部、フライホイール発電機構を有した銃床。トリガー直上にある薬室の真上と左右に弾倉を持ち、それぞれに対応するレバーをコッキングすることで、任意の弾丸を発射可能だ。

 慣れた手つきで右側のレバーを牽引し、口径60mmに小型化されたミニ成形炸薬弾HEATを装填。銃口から薬室、果ては銃床を貫く一本のコイル・バレルが菱状の輪郭を浮上させ、逆螺子周りに回転し、バレル長を短縮しながら、口径を60mmまで拡張させる。

 ストック部分に内蔵された多重フライホイールが、バッテリーからの給電を受け高速回転。徐々に周波数を高めながら、コンマ数秒後に運動エネルギーの重点を完了。

 安全装置を人差し指で外す。

<スコープの接続を> <<:照準システム=接続完了:>>

 照準装置がヴィルの視界に接続され、視点を重ね掛けする。サイトを覗く必要はない。ただ、視えた通りに撃てばいい。

 放物線運動の極大に差し掛かりながら、無重力を活かして片手で照準、トリガを牽引。瞬間、フライホイールの運動エネルギーが回生ブレーキによって膨大な瞬間電力に変換され、一気呵成にバレル内部のコイルへ流入。生成された強烈な磁場が弾丸を超音速まで加速し、標的へ飛翔させる。

 爆発、金属の拉げる音。ヘリのメインローター下部、即ちエンジンに命中した暖冬がメタルジェットを噴出し、装甲を貫通して機関部に引火。途端にヘリは浮遊を失い、炎と黒煙を噴き出しながら暗闇へ消え、やがて特大の火花を散らす。

<撃墜完了!>

 それを尻目に、彼女は正面のビルへグラップリング・フックを発射。支点を中心に弧を描きつつ、左手甲に装着された装置の内蔵モーターと膂力で己を引き込むと、ビルの屋上にあるターレットの麓に着地。同時にプローン姿勢を取り、バイポッドを立てて狙撃準備を完了。狙うは200m先、彼女らを見つけた狙撃手の居城だ。

<狙撃手あれは私が。後は任せます!>

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