第32話


                   ⁂

     

                                <<:22:13:>>

     <<:III回収作戦発動:>>


 高さ半キロに及ぶヴィシュの防壁は、頂上より見下ろした麓で列を成す資材搬入トラックが働きアリの如し威容を放っている。集荷されているのは、鉄鉱、ボーキサイト、十数種のレアメタル、石炭、その他多岐に渡る鉱産資源だ。ここ数年、マギアスが活動休止状態になったことを機に集積範囲が拡大されていたが、その再活性化が確認された午後18時を境にヴィシュへ呼び戻された。

 その荷台に、三人の泥棒を積んで。

<……僕だ。侵入成功。現在地より目標地点の国立研究所群まで、北西22㎞>

<こっちでも確認した。着物を起動してくれ。監視カメラを避けるんだ>

 三人は博士の指示に従い、それぞれの装備に塗布された光学迷彩レイコートを起動。発光素子が周辺の景色に合わせた映像を投影し、対象を可視光線から透明化。蜘蛛の巣のように張りめぐらされた監視カメラ網を掻い潜る。

<移動を開始してくれ> <りょ~。アタシの出番ね>

 アルカが悠然とアイアンクレイを展開し、箱状にして二人を乗せる。彼女が目を眇めて道路を見渡すと交通はない。皆、厳戒態勢の発令と同時にどこかへ避難したようだ。

「これなら大っぴらに通れるわね。さっさと泥棒して帰りましょ」

 箱が無音で加速する。テオは硬くつるつるとした鉄の座席から前を仰ぎ見る。星と三日月の放つ淡い光が、ドミノじみた団地の無装飾を、重く映し出していた。

「――本当に、こんな街があるんですね……」

 ヴィルはそう興味深そうに周りを見つめながら言った。360度、どこを見てもほぼ同じ街の碁盤構造。旧世界のレプリカを生きてきた彼女にとって、それは作り物のように奇妙な眺めだ。いちどシミュレータを通して見た程度では、まるで慣れない。

「必要十分、って感じですね。不要なものが、全部削がれている」

「生きる為の場所だからね。貧しいのよ、それ以外の何もかもが」

「あぁ、同感だ。ここは世界で一番つまらない」

 駄弁りながら一行は建造物の低層区域を抜け、第七区域に突入した。数百メートル級のビルが等間隔に、どこまでも連なる人工の森だ。

「僕が潜入する時に住んでた場所だな。……あ~、思い出したくない……」

 テオが両耳を手でふさぎ、愁眉を寄せながら、小刻みに首を振る。それから不意に、彼らの足元から電磁アクチュエータの音が響き渡ると、すべての棟がウェーブを描くように、地面へ沈降・・しはじめた。

「これは一体?」

 ヴィルが二人を振り向き尋ねるが、返答はない。すぐにどちらかから渋い顔と返事が返ってくるものと思っていたが、二人はともに硬直していた。

「何よこれ……こんなの聞いてないわよ!」

 静寂が訪れる頃には、あれほど鬱蒼とビルの茂っていた街が、一瞬にして平坦な更地になっていた。見渡す限りの地平線に、等間隔に屹立する枯れ木のような鉄塔が間欠的に登場するだけの景色が、暗闇に融け合うまで続いている。

 そして少し異なる振動を感じたあと、三人が目にしたのは先程の逆再生だ。

 装甲で覆われ、屋上に幾つものターレットを備えた対空砲塔が、沈んだビルの跡地から出現。その暗黒をターレットの紅い照準レーザーが埋め尽くし、一挙にして、夜空に浮かぶすべての星を手ずから撃墜せんとするような気迫を帯びる。

「……こりゃぁ、早めにオサラバした方がよさそうだ」

 テオが油汗を拭った。沈黙を貫いてきた要塞・・が起動したのだ。半信半疑だったアイリスの未来予測が、今この瞬間、彼の中で強い現実味を帯びた。

 斯くて最終戦争ラグナロクの幕開けである。


                   ⁂


 高度250mの電波塔、その頂上から見下ろすヴィシュの姿は壮観の一言にに尽きるが、それが要塞化していく様ともなれば、もはや筆舌に尽くしがたいとカルスは思う。項を戦慄とさせながらコンバット・ゴーグルを外し、全方位から聞こえる要塞の駆動音と、レーザーの乱舞を鑑賞。血沸き肉躍る戦争の鬨が、彼を心から歓喜させる。

『こちらクライズ、偵察の首尾は?』

『――少し待て。すぐに見つかる』

 ゴーグルを再装着すると、カメラのモードを熱探知に変更。人っ子一人いない今のこの街では、体温の熱が異彩を放つ。それは見事に的中し、第七区域を行く三人の影を鮮明に捉えた。対肉眼用の迷彩は、赤外線からは逃れられない。

『見つけた。南南西600m先。不明な乗り物を使って例のサンプル保管所へ移動中。……光学迷彩を使っているらしいな。肉眼では見えない。サーマルを使え』

『了解。何人いる? 上の報告では精鋭の三人だったはずだが』

『見たところ二名だが、座り方を見るともう一人いてもおかしくはない』

『了解。まぁ、撃ってみれば分かる事だろう。部隊へ通達。先回りだ。行くぞ!』

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