Part.5 混沌――Chaos
第31話
ヴィルはひとり、ラボの隣室に立っていた。
これより任務に向かうのは要塞。
生き残るには、
服を脱ぎ、下着を外し、裸で鏡の前に立つと、右の掌の構造を変更。そこへ背後に垂れ下がったプラグを差し込み、コマンドを宣言。
<――
<<:……相当器官の削除完了 換装開始:>>
次いで、上半身から順に筋組織が初期化。より高密度な繊維組織がその代替として構築され、筋出力を二回りほど強化。それから左右に突き出た取っ手を掴んでバランスを取りつつ、同様に下半身も強化する。脳モジュールより信号を受け取る神経系も取り替えられ、従来よりも素早く、かつ精密な、筋アクチュエータの力制御が可能になる。
<<:コアユニット形成開始:>>
次いで胸の中心密度が上がり、新たな動力領域が誕生。マイクロマシン、つまりは彼女の体を構築する共通単位そのものを活物質としたバッテリーであり、1年間の非戦闘行動、および30日間の戦闘行動を可能とする。
<<:プロセス進行……装甲化:>>
最後に、全身を鱗粉のような結晶型のデバイスで掩蔽する。耐衝撃構造をとるように配置されたマイクロマシンの鱗片は、防御のための装甲と、
<<:シーケンス終了 オペレーションは全て正常に完了しました:>>
再構築された彼女の体からプラグがひとりでに抜け落ちると、開いた穴はすぐに塞がった。いまの彼女には擬似的な再生能力がある。全身が共通単位で構成されるが故に、一つの場所が破産しても、マイクロマシンの余剰を回せば、即座に再構築が可能となる。
「……もう大丈夫、ですよね」
顔を上げ、鏡に映った自画像を見て、確かめるように話す。確かにこうすれば、戦場における命の不安は減るのだが、それとは別に、憂いが生まれた。人との互換性を犠牲にして、戦闘機能に傾倒した今の自分を、
「しかし、なんでこんなデザインに……」
ヴィルは頬を染めた。皮膚に張り付き、くっきりとボディラインを映し出したタイル状の生地は、少しみだりがましい。機能上はこのまま戦場に赴いて何の問題もないが、乙女の貞淑には大問題なので、戸棚から動きやすい上着を手に取った。
羽織る前に一瞬、テオはこういうの好きだったりするのかな、と――思い浮かばなかったかと聞かれれば、それは嘘になってしまうけれど。
「…………何考えてるの、私」
瞬く間に我に返って、途端に熱くなる顔を両手で覆った。頬を叩いて、襟を正し、背筋を伸ばしてなかったことにする。これから戦いの最中に突っ込んでゆく身で、こんなに浮ついているようでは、スクラップになるのが目に見えた。壊れてもそれが死を意味するわけではないとはいえ、彼の前で、そんな姿は見せたくなかった。
扉を開ける。既にそこには、異なる戦闘服を着た二人が待っていた。
「調子はどうだ、ヴィル」
テオはいつもの様子のようだ。彼女の抱いたささやかな不安は、朝霧が如く解消された。
「オール・グリーンです」
これから別室で装備を調達し、二時間後には、もうヴィシュの中だ。
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