第29話


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「――って事は何、アンタこれ全部覚えたの? ダウンロードしたんじゃなくて?」

 アルカが驚きと共にテオの方を振り向くと、彼は苦い顔をしながら頷いた。

「落とすとログが残るからな。匿名性を担保しながらネットを使うなら、地図は表示するのが限度だった。リンクデバイスの手を借りながら、マインドマップ法を使って覚えたんだ。建物が規格品で、かつ区画も規則的で覚えやすかったのが、不幸中の幸いだった」

 アルカが苦虫を噛み潰したような顔でテオを捉えた。

「うぇ……お疲れ様。よく頑張ったわね。日課だった腕立て伏せの回数、増やしておかないと」

「冗談じゃない、次は頭脳戦で勝負だ。こちとらストレスで禿げそうだったんだぞ」

「……でも、よく考えたら地図だけじゃ足りなくない? 目標物はIIIでしょ。場所が分からないなら、泥棒なんてできっこないわよ」

「目標には入ってたんだけどな。流石に機密を破る暇は無かった」

「じゃぁダメなのでは……?」

「大丈夫だ。僕が出来なかったことはきっと博士がなんとかしてくれる」

 テオが投げやりにそう言い放つと、それまで彼らを取り囲んでいたビル壁に突如、無数の巨大なモニタが出現し、博士の顔を映し出した。

『――そう丸投げされても困るんだけどねぇ』

「うわ、ビックリした。何よいきなり」

『どうかな。世界はちゃんと動作してる?』

「あぁ、問題ない。通信も正常だ。それで博士、IIIの場所はどこだ?」

『少しは悪びれてくれてもいいと思うんだけど』

「僕はアンタに全幅の信頼を置いてるんだ。きっと何とかしてくれるってな」

『まぁ、実際何とかなったんだけどね。これまでの数年間、君たちには、この計画に必要なピースを集めてもらっていた。ヴィルがアルカを回収し、アルカがテオを回収したように。そしてテオが帰還する時も、僕は君に能力者アクターを捕獲するよう求めたはずだ』

 直後、博士の顔がモニタから消え、代わりにダリスが現れた。その眉間に記憶と異なるいえた火傷の後のようなものを見て、テオは込み上げてきた笑いを咳で誤魔化した。

『よう。あんときは世話んなったな、クソガキ。これから宜しく!』

 それは不自然なまでに清々しい笑顔であった。見覚えのない人物の登場に当惑を浮かべる二人をよそに、テオはひとり、起きた後の我が身を案じながら視線を逸らした。


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 コロイドは、顎に手をやりながら思索顔で言った。

「――ただ妙なのは、彼がIIIの居場所までは掴んでない所なんだよね。事前ブリーフィングの時には第二目標として聞かされていた筈なんだけど、独り言では最後まで無理だの何だの文句を言ってたし」

『こっちから裏切り者が出たのよ。ダリスって男。数日前、トロール回収部隊がレキに誘拐される事件があってね。そこで彼が寝返るところを、私、ばっちり視たから』

 するとコロイドは、何の気なしに彼女へ問うた。

「ちなみに、場所は何処だった?」

『軍部は難しいから、国立研究所群のサンプルを狙うと言っていたわ』

「あぁ。確か研究用に数本置いてるんだっけ……しかし、数が問題じゃなさそうなところを見るに、彼らには未知の薬剤を解析して且つ複製できる技術・設備があることになるね。いやはや、よくもまぁ長いことバレずに力をつけたもんだ。恐れ入るよ」

 心底感心した様子で、コロイドは胸ポケットから薄く透明な端末を取り出した。この国で最もメジャーな通信器具スマートパネルだ。そこから数刻前にあったケインの着信を折り返して、仕事の成果を一先ず報告。レキの存在や内偵者の持ち帰った情報、その真の目的や予測目標などを端的に告げた。それから後日詳細なレポートを送ると提言したが、そんな暇はないとケインは断り、ご苦労、と通話を切った。

『お仕事は終わり?』

「あぁ。面倒なレポートが無くて助かるよ」

『口報告だけでいいなんて、信頼されてるのね』

「ま、非公式だし、長い付き合いでもあるしね……。さて、もう朝の5時過ぎか。徹夜になっちゃったな。あぁ、社会評価レスポンスが恐ろしい」

『私も、こんな時間まで起きてたの初めてだわ。早く帰って寝ないとね』

 うーん、とコロイドは微妙な顔をした。既に眠気は峠を越して、床についたとて眠れる自信がない。明日は雑貨屋の仕事が休みであるため、ぼうっと昼間を過ごして早めに眠り、昼夜逆転を防ぐほうが、社会評価レスポンスへの悪影響も少ない。

 顔を上げると、既に天球の端が明るんでいて、未明が終わろうとしていた。コロイドはふと先程の彼女の言葉を思い出して、何気なく、こんなことを尋ねてみた。

「ところでレイ、日の出を見たことは?」

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