第26話

                   ⁂


「――ねぇ、ミス・アイリス。アタシ的にはそのことより、サラッと流された未来視の話が気になって仕方ないんだけど……もしかして、この戦争の結末ってもう決まってるの?」

「そうね、決まってるわ。アイリスで良いわよ。そんな畏まらないで」

 アイリスは意識から博士の部屋に備え付けられた立体投影装置にアクセスすると、その右手を薙ぐようにして、薄暗い空間の中に、巨大な木構造を描いた。一つの丸いノードから二つ四つと枝が伸び、時に交差や融合、断裂を経て、最後は果てしない数の終端へ至っている。

「これ何?」

「アバウトな未来の構造よ。こんな感じで、様々な出来事を軸に分離を繰り返して、木の枝みたいな形になるのが未来。だからそれがどこに行きつくかは、その時になるまで分からない……。本来は、そのはずなんだけどね」

 彼女がパチンと指を鳴らすと、無数に分かれていた枝が伸び、やがて二つのノードに結実した。一つは、ほとんどすべての枝が収束するノード。もう一つは、一本の枝が結びつくノード。

「これは何?」

「私の見た、未来の行きつく先。どの経路を辿るかによって、二つの可能性がある。言い方を変えると、二つしかない」

「ほとんどは、一つのノードに集まっているように見えるけど」

 そうね、とアイリスは頷いた。

「これは、私達を含む全人類が滅亡する結末よ」

 テオは少しのあいだ思考を凍らせて、それから絶句した。

「……99.99%、人類は滅ぶのか」

「えぇ。人類は、マギアスに勝てない」

「残りの一つはどうなってるの?」

 アイリスはまた指を鳴らして、木構造からその結末へ至る経路を浮上させた。百十数のノードの終点付近に、現在地を示す赤色のピンが打たれている。彼女が見た未来が、すぐそこに迫っているということだ。

「この経路の名は。ここでもヴィシュは滅亡する。でも、私たちレキだけは生き延びる」


                   ⁂


 アイリスが結末を語ると、場は奇妙な沈黙に包まれた。テオとアルカは、特に衝撃が大きかった。人類がマギアスに勝利する未来を信じて戦ってきたのに、それが否定されてしまっては、突然目の前が真っ暗になったようだ。

 一方で、ヴィルは平静を保っていた。レキに生まれ、レキに育てられた彼女には、まだ『人類』や『国家』のような、個体を超えた種族としての感覚がなく、それらが滅ぶと言われても、あまりピンと来なかった。ただ、テオとアルカの見せる自分の知らない面持ちが、どこか遠く思えて不安だった。

 沈黙は、博士が破った。彼は未来の木構造を消し、今の地球儀を再表示する。それから彼は、彼女の予言と実際の状況について比較を述べた。

「――今現在、ホロンに浸食された地域は全体の50%。それと同規模の第二波も、既に兆候が確認されている。彼らの数年間の稼働停止は、おそらくこれらの準備期間だったんだろう。彼らは眠ってなどいなかった。人類の息の根を止めるために、虎視眈々と計画を進めていたようだ。

 二時間前、地上にいるほぼ全てのマギアスが進路を変え、ヴィシュに進行をはじめた。支配域内の機体生産工場も、数日前から稼働を再開している。じきに最終侵攻が始まる。世界の9割を支配する彼らの手にかかれば、ヴィシュの敗北は避けられない。現実は、アイリスの予言を辿っている。幸い、地下にあるレキが発見された痕跡はないから、ここが巻き込まれることはない」

「どうにかできないのか? 僕らを除く全人類の滅亡だなんて……とても、大団円とは思えないんだが」

 できない、と博士は端的に首を振った。

「勝てない戦はすべきじゃない。だから、僕らはこの戦争に参加しない。レキは可能な限り引き継いだ人類の財産を持って存続し、来る復興の時に備える。滅んだ後の世界で、人類再興をめざす。……悪いけど、そこは折り合いをつけて欲しい」

「……再興って、どうするんだよ」

「レガリウムを見ただろう。あれこそ旧世界の再興そのものだ。世界が滅んでも、僕らにはまだ種が残っている。嵐が過ぎれば、またそれを撒いて、育てればいい」

「滅んだ後の世界に、マギアスっているのかしら」

「それは分からないわ。私が見たのは、滅びの結末だけ。それ以上先に進めば、きっと私の命がなかった」

 アルカは黙って目を瞑り、頷いた。博士は眼鏡を指で押し上げて、力のこもった声で続ける。

「ただ僕らは、ヴィシュが滅びるのを黙って待つわけじゃない。タイプG計画の最終ステップには、彼らの持つ技術が要る」

「最終ステップ? もう完成したんじゃなかったのか」

「正確には、完成したかどうかの実証実験だ」

「実験って、何をやるんだよ」

 IIIアイスリー、と博士は言った。

「単なるエミュレータではなく、独自の遺伝子構造や脳構造を持つタイプGは、理論上、独自の意識――内的世界を持っている。それを確かめる指標が、原風景クオリアの有無。つまり、能力アクトの根源だ。

 IIIを投与し、タイプGが能力アクトを宿すかどうか確かめる。これが確認できたとき、計画は完了――機械に、が宿ったことの証明になる」

 テオは隣にいるヴィルを振りむいて、思わずその顔をまじまじと見た。そして彼女が自分と同じように、あの穏やかな夢を見る所を想像した。

「IIIはヴィシュにしかない。ヴィシュが滅びる前に、それだけは回収しておく必要がある。あれは人類最大の奇跡にして、継承されるべき、最後の遺産だ」

 その声音には強い思念が籠っていた。長年のあいだ身をやつしてきた計画の完成を間近にして、彼の目には炎があった。

「人類は負け、戦争は終わる。だがそれと同時に、僕等は新たな人類の萌芽を見る。これは君達にしか頼めない任務だ。どうか僕等と共に、人類の未来を創り出そう」

 博士は念を押すように、三人へ順に目配せした。テオは黙し、ヴィルは頷き、アルカはこれまでの話を、無慈悲に一言でまとめあげた。


「――要するに、火事場泥棒しろってことね?」

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