第24話

                   ⁂


              <<:ヴィシュ防衛部 ホロン第一波襲来後:>>


『――今日、明日にすべきことで、予定表が全て埋まるような毎日を過ごしましょう。これから先、我々の身の回りで起こることは自明であり、不測の事態は極稀なものになります。明日から明後日へ、来月から来年へ……その積み重ねが、我々の未来を予測可能なものに変化させてゆきます。我々は現在ではなく、未来を支配できるのです。

 最新鋭の人工知能とヴィトリアスを代表とする政府の采配により、国民の皆様の理想的な未来を、我々は最後までデザインします。平和で静謐に満ちた理想郷を目指しましょう』


 ベージュの壁に一面を覆われ、装飾のない照明が灯る寝室からは、ビルの外壁に備え付けられたモニタからのプロパガンダがよく見える。

「……どうにも、この事態は深刻なようだ」

 ヴィシュの軍隊で曹長を勤めるケインは、そう言って眉間を揉んだ。全てはつい先ほど提出された、昨日の事変に関するレポートが原因だった。

 正体不明の『柱』、およびそれより放たれた謎の流体、マギアス活動再開の兆候、及びある爆心地にて目撃された正体不明の武装集団。一晩にして現れ、爪痕を残し、露の如く消えていったそれらについて、詳細と対応が記載されている。

 ――不明物体『柱』は合計千八百六十二本が発射され、着弾済み。

 ――『液体』はマギアスによる恣意的な操作が可能な流体・あるいは微細機械と推測。人工物に対しては攻撃性を持ち、生物に対しては浸食性を持つ。サンプル採取は現段階では不能。目的・性質ともに依然不明だが、物理接触は推奨されない。

 ――衛星が捉えた未使用地下発射基地の存在から、第二、第三波の存在は確実。マギアス活動再開の兆候と捉えるべし。

 ――現場映像に映り込んだ謎の武装集団は、かねてより注目されていたトロール回収部隊の相次ぐ失踪に関わる組織の可能性が大きい。

 レポートを閉じ、端末からボイスアシスタントを起動。

「確認された武装集団のデータと合致率が高い旧ヴィシュ国民の情報を出せ」

:[情報権限――照合――登録番号2321 ケイン・シモノフ曹長と確認]:

 指示が承認されると、光の粒子が爆発的に眼前へ拡散。照合された顔写真のサムネイルと、その情報が表示される。


:[ヒイラギ・テオ/登録番号112356/能力者アクター/域外調査第五小隊員/社会評価レスポンス0]:

:[アンノウン1/座標112・38・5849にて確認/骨格・顔認証より個体112356との78%近似を確認]:


:[アルカ・アマビスカ/登録番号112269/能力者アクター/域外調査第三小隊員/社会評価レスポンス0]:

:[アンノウン2/同時・同座標付近にて確認/骨格・顔認証より個体112269との81%近似を確認]:


 ヒイラギ・テオ、及びアルカ・アマビスカ。二人は社会評価が0である点から、直ぐにトロールだとわかる。だが問題は、次の二人だ。


:[アンノウン3:同時・同座標にて確認 個体認証データ 全て不明]:

:[アンノウン4:同時・同座標にて確認 個体認証データ 全て不明]:


「不明?」

 ケインは、しばし黙考した。

 ある人間がヴィシュに戸籍を持たないなら、生まれの地は外の世界ということになる。だがマギアスが常時跋扈する危険地帯で、そう長くは生きられない。

 にも拘らず、彼らの背格好は明らかに十代から二十代のそれ。装備も高度であり、白髪の女に至っては、ジェットパックの様なものを身につけている。

 文明の荒涼地帯で生きるトロールが、そんな工業能力を有する事など有り得ない。

 何らかの組織が背後に存在しているのではないか。

 それも、村落の一つや二つでは済まない規模の。

「……ひとまず会議で提言するが……誰も聞き入れはしないだろうな」

 同僚から傍聞かたえぎきしたところによれば、今の上層部は専らマギアスの動向把握に執心している。数年間の沈黙を破り、あの悪魔達が姿を変えて動き出す兆候とあらば無理もない。たかが数人の不穏分子について話しても、対応は後回しになるだろう。

 しかし彼らが『柱』の降った当日、あの現場に居合わせたことは、恐らく偶然ではない。そんな確率は億に一つだ。ヴィシュが予想だにしていなかった『柱』の到来を、彼ら――あるいは、その司令部が看破していたことは明白であり、一目おくに値する事実である。そう、ケインは考える。

 つい先日に正体不明の勢力から攻撃を受け、トロール回収部隊が消息不明になった事件も、おそらく彼らの工作が原因だ。マギアスの仕業なら、現場には必ず死体が残る。

「――仮にこれらの事件が、仮定した組織の存在で一つに繋がるのだとしたら、あまりいい予感のする話ではない」

 憶測が多分に含まれている以上、まだ上には報告できない。だが遅さは時として、事態を致命的にする。

 彼は生真面目な軍人だった。国を守護すること、その職務への献身に生き甲斐を覚えていた。気付いた以上、放っておくことなどできる筈もなく、焦燥に駆られながら端末を操作し、とある人物へ電話を繋いだ。現在の時刻は夜の11時を回り、国民の就寝標準時を過ぎている。ケインのように職務上の理由がない限り、これ以降のは、社会評価にマイナスだ。しかし、2コールで応答があった。

『……今何時だと思ってる? 夜更かしさせてぼくの社会評価レスポンス下げようとしてるの?』

 間延びした口調。暢気な奴めと、ケインは身勝手な柄も、少し腹立たしい気分になるのを止められなかった。

「心にもないことを言うな、。それを気にするような奴がする仕事ではないだろう。急ぎの依頼を持ってきた。報酬は貸し一つだ」

『それは依頼でもないし、仕事でもないよ』

「どうせ万年閑古鳥だろう」

 電話口の向こうで、コロイドの溜息が聞こえた。

『……それで、いつから?』

 今すぐだ、とケインが食い気味に言うと、コロイドは如何にも嫌そうな声を漏らし、貸し三つね、と吹っ掛けた。ケインは諾々と了承した。

『で。依頼内容は?』

「追って連絡する。機密事項が多分に含まれた内容だ。外部に漏らしてくれるなよ」

『そんなに不安なら、諜報機関インテリジエンスに報告すればいいのに』

「私の独断専行だ。国は動かん。アテになるのはお前だけだ。今どきこの国で私立探偵・・・・を名乗る酔狂者など、お前以外にいない」

『ま、それは違いないね』

 ではよろしく頼む、と念押ししてケインは通信を切る。


 項に霧吹きされるかのような冷気を感じたのは、その直後のことだった。

『――少佐、ご報告が』

 不意に背後から話しかけられて、振り向くと、張り付けたように敬礼する少女が、半透明の出で立ちで佇んでいた。ケインは目をしばたたかせながら、確かめるようにその名前を呼んだ。

「……?」

 トロール回収部隊が消息不明になった件の事件、その実行犯を知る生きた証人である。

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