第10話
⁂
足元に一機のマギアスを見て、テオも戦闘態勢を余儀なくされた。
<
リンクデバイスとの意識帯にて、
<テオ、家の地下室に行って。要救助者二人、母親と子供ね> <了解>
先陣を切ったアルカの報告を受け、落下軌道を民家の周囲へ微修正。視界に三つの赤色が見える。燃え盛る家の炎と、リンクデバイスによる二機の脅威表示。敵はどちらも家を挟み込むように配置された多脚汎用機で、救助のためには排除せねばならない。
<炎上してる手前、あまり時間はかけたくないけど――> <では、私が>
テオの思いが共通意識帯で伝達されると、即座に右側後方より二発の銃声。双方の装甲へ軽く減り込んだ弾丸が短く
<倒したのか?> <小型EMPで制御回路を破壊しました。もう動きません> <サンキュ>
テオはブラスターで減速し、家の周辺へ着地した。ヴィルは背中に装着したジェットパックを吹かし、空から周囲を哨戒する。
煌々と燃え盛る家を背後に、テオは降下用酸素ボンベの残量を見た。残量50%、推定動作時間5分程度。
本来は高高度降下による気圧差をカットするためのもので、降下と同時に用済みとなるが、煙や熱された空気の吸引を防ぐことができるため、再利用の価値があった。テオは化学反応を触媒できるが、その結果として発生した熱や炎のようなエネルギーそのものは管轄外だ。炎を浴びても、体組織の酸化を防いで自身の燃焼を防ぐことは出来る。だが熱は防げないので、どのみち重い火傷を負う。
今回は降下時に来た耐熱スーツによって、救助に踏み入るくらいは問題ないが。
<酸化負触媒領域を展開しろ> <<:了解:>>
命令に、リンクデバイスの仮想意識が応答。彼をとりかこむ感知可能領域の最外縁に、酸化負触媒を適用する。テオは軋む段差を越え、黒焦げた玄関扉を肩で突き破り侵入。途端、領域内の炭素/酸素間の酸化反応が負触媒され、その領域から内側の燃焼が停止。部屋を包み込む炎の壁に、ぽっかり大きな穴が開いた。
「さて、どうしたものか……」
中は煙による視度不良が酷く、数メートル先も見渡せなかった。要救助者ありとは言ったものの、この状況では居場所まで判明していなければ手の打ちようがない。
<此方アルカ、追伸よ。家屋から離れた場所で家主を保護。家族は地下室にいる>
<良いタイミングだ>
視線を足元に移し、部屋の捜索をはじめるが、そこも煤と炭で覆われており、視認性の悪さに変わりはない。酸素残量30%。その通知で闇雲に探していたのでは間に合わないと思い、先に頭を動かすことにした。
――状況から想定して、構築された地下室の用途は、マギアスの探査波を掻い潜ることだ。機体の残骸を漁ればモノは揃う。避難場所、すなわち全員が長い時間を共に過ごす場所だ。リビングか居間。椅子と大きな机があるはずだ。
見回すと、右隣に炭化した机と椅子らしき残骸がある。潜り込んで煤を払うと、そこだけ床が掘り炬燵のようになっており、その底に、鈍い輝きの扉を見つけた。
「ここじゃないならどこに隠れるってんだ」
急いで穴の中に降り、取っ手を掴んで全力で牽引。しかし扉の淵が炎の熱で溶け固まっており、膂力ではどうにも動かなかったので、半ば強引に
「――ランカ!? ッ、違う! あなたは誰ッ!」
中に飛び込むと、いの一番に、裏返った女の声が聞こえた。マスケットを構えた女が、震える手でテオに照星を合わせている。テオが咄嗟にホールドアップしようとしすると、彼女はその動きを攻撃の起こりと勘違いし、反射的に引き金を引いた。
だが、テオは無傷だ。発射された銃弾はテオの
保護膜――彼の意識にアクセスしたリンクデバイスが、人間が持ちうる最速の反応である脊髄反射をもとに全方位展開する、万物の崩壊領域だ。爆薬は不発になり、弾丸は消滅し、刃は灰燼に帰して、毒は無毒化される。道具が人を操作するという特性から普段は使用されないが、
「一体、何……?」
そういう事情を知らないイーラは、慄いていた。テオは彼女が竦んだのを見てすかさず銃を奪い取って砂に変えると、それから改まって両手を上げ、敵意が無いことを示した。
「僕はヴィシュの人間じゃない。あなた達を救いに来た」
「
「そんな事はしない」
「あんたらの言う事なんか信用するもんですか!」
「そんな――」
追い込まれて激昂した彼女を目にした時、テオは酸素残量が10%を切ったという警告を受け、苦渋の決断を余儀なくされた。一歩踏み入って彼女の首筋に触れ、
「ごめんな、怖がらせて。代わりに助けてやるから、それで勘弁してくれ」
二人を両肩で抱え上げると、炎の中を駆け抜けて外へ出る。直後に家全体が音を立てて頽れ、ひときわ大きな篝火となった。
安全圏まで避難してからヘルメットを外し、冷たく乾燥した冬の空気を肺腑に吸い込む。気絶した二人を木陰に寝かせ、すぐさま輸送機を呼び出した。
<二人とも無事だ。輸送機を頼む。間に合って良かった>
そのとき、直後に空が轟くのを聞いて、反射的に天を仰ぐ。
<――此方ヴィル。上空より、不明な物体が接近中! ――避難を!>
見えた眩い光の塊に目を眇めると、直後に爆風が吹き荒れて、意識が消えた。
⁂
「……来たか」
頽れた小屋が辛うじて見える湖の辺、カイトはひとり空を見ていた。
<目標物が接近中。到達まで残り十二秒>
博士の事務的な口調がそう通達すると、同時に
空気が振れる。数えきれないほどの光源が、尾を引いて大地を目指している。その軌道をカイトは目線で追いかける。屹立し、その場から一歩もたじろぐこともない。
やがて底面を赤熱化させながら、大質量の物体が湖面に落ちた。解き放たれた猛烈な熱と運動エネルギーが、熱湯と化した飛沫と水蒸気を吹き上げる。降ってくる雪が数秒ほど雨に変わるほどの熱だ。湖の水は全て吹き飛び、湿った
「……さぁ、正念場だぞ」
吹雪。ふたたび薄く白の積もった湖底に、カイトの脚痕が刻まれていく。その中央には高さ数十メートルの巨大四面体がモノリスよろしく屹立し、いま彼はその麓に立った。モノリスがその外郭を展開し、その
量にして湖の三分の一にも満たぬ、不明な銀色の液体だ。全て中身を吐き終えると、外郭は再び閉じ、モノリスは朧げに赤く点灯した。新たな湖面となった銀液は、瞬く間に薄い
「――これが、母さんの言ってたホロンってやつか」
足元にその奔流を受けながら、カイトは淡々と言った。微細な粒子が金属を砕く、砂嵐や蠅の群れに似た耳障りな音。見下ろすと、ホロンに触れるその足が、火花と飛沫を上げている。その途中で、奥の雑木林で倒れるテオの姿を見た。気絶しており、ホロンの波がすぐその足元まで迫っている。
「……命張って助けてくれるんだもんな、お前は」
カイトは己の足を意に介さず、テオのもとへ駆け寄った。その重い体を両腕で抱え上げる。その足は既に表皮が禿げ、黒ずんだ内部組織が露になっている。足が自重に耐え切れず拉げ、仰向けに倒れる。銀液は小蠅の様にカイトの全身を貪る。彼は腕を精一杯空へ掲げて、テオを守る。リンクデバイスで仲間に救援を求めようとしたが、既に壊れてしまっていた。
「……俺は、お前を信じるからな」
喰い破られた皮膚の奥では、劣化した金属骨格と途切れた無数の配線が、鈍い輝きを放っている。
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