第8話

                  ⁂


 夕食を食べ終わり、リビングでする事もなくぼうっと呆けていたテオの膝に、アルカがコントローラーを置いた。

「ん」「ん」

 ゲーム機のスイッチが入り、問答無用でテレビの入力が変わる。レキで遊ばれるゲームの九割はアーカイヴから復元・再販されたものだが、残り一割はレキで生まれた新しいゲーム会社の販売するもので、進化の系譜は緩やかに受け継がれている。

 昨日カイトと遊んでいた格闘ゲームが、ライブラリの最初にあった。アルカがノールックでそれを起動し、オフライン対戦モードを起動した。テオも無言でそれに応じた。

「……そういえば、カイトはどうしてるんだ? 朝から居なかったけど」

「さぁ? どっか遊びに行ったんじゃないの? あ、負けた方が掃除当番ね」

「ほう、言ったな?」

「アタシの修行を舐めるんじゃないわよ」

 彼女の言葉にテオも興が乗った。ラウンド1の開始と同時に、二人の背中が背凭れから離れる。しかし頃悪く二人のリンクデバイスへ着信があった。発信元はカイトからだ。

<繋ぎながらやるわよ。どうせ大したことない話でしょ> <OK>

<よう、悪いないきなり。そして重ねて謝罪するが、仕事だぞ>

<え~? 間が悪いわね。内容は?>

 二人は渋々コントローラーを置き、内容に傾注した。

<同胞の回収だ。ここから南東4500㎞で、要救助トロールを確認。救出・回収任務だ。予測敵機数は3、機種は不明。出撃までの時間猶予は7分。それまでに、今から送る座標へ来い。そこに無人機が停まり、お前たちを輸送する>

<急ぎだな。HALOか? 装備はどうする>

<機に搭載済みだ。手ぶらでいい。リンクデバイス着けて今すぐ来い>

<りょーかい。ちなみに、アンタは今どこ?>

<博士のとこだ。ちょいと野暮用でな。ちょっと遅れるから、お前達とは別機で行く。現地で合流しよう。このことはヴィルにも伝えておけ。あいつ風呂入ってるだろ。デバイス外してるせいで連絡がつかない>

 じゃぁな、と必要な事を言い終えるなり、彼の意識は速やかにフェードアウトした。「定休日の無いことがこの仕事の悪い所だ」テオは愚痴を吐きながら席を立ち、ヴィルのいる浴室に声をかけた。

「――はい、何でしょう!」

 幾何かして、ヴィルは扉を小さく開いて顔を見せた。丁度出た所だったのか体にバスタオルを巻いて、乾ききっていない前髪からは水滴が滴っている。立ち昇る熱気に乗って漂うシャンプーの色香に、テオは一瞬くらっとした。

「……あ、いや、その、緊急出撃だ。所定の位置で輸送機に乗る。装備不要。詳細は後で」

「了解です。三十秒で支度を」

 扉が閉じ、中から布がせわしなく擦れる音が聞こえてくると、思わず想像を逞しくしてしまいそうになる。首を振って急いで家を出ようとするが、不意にテレビ画面から音が鳴り、打ち出されたアルカの勝利画面を見て足を止めた。

「じゃ、掃除当番ヨロシク!」

「通るかんなもん!」

 逃げるように窓から外へ飛び出すアルカを、テオは全速力で追いかけていった。


                   ⁂


 近くの飛行場で待機していた無人機に三人が揃うと、機はすぐに垂直離陸VTOLして上昇軌道に移行。安定軌道に入って揺れが収まると、それぞれ降下準備を始めた。

「そう言えばアルカ、昨日の酒は残ってないのか?」

「アタシの肝臓は特別製よ」

 喋りながら、テオは断熱・耐気圧用スーツに袖を通す。生地の余った胸部を掌で押さえつけると生地表面を微弱な電流が流れ、全身に隙間なくフィットするように収縮する。スーツの腰回りにある突起にスラスターを締結すると、リンクデバイスがそれを感知して通知を送る。着地の際に空気を噴出することで減速を行う、パラシュートの上位互換品だ。仕上げに酸素供給用ヘルメットを装着し、吸気管をボンベに接続。急激な気圧変動と低酸素症を引き起こす状況下での活動を可能にして、HALOの準備が完了した。

 目的地はもうすぐそこだ。降下地点到達までの時間が一分を切る。リンクデバイスから三人の視神経にその情報が重ね掛けされ、同時に機内の減圧がはじまった。

「二人とも、HALOの経験は?」

「シミュレーターで」

「私も、同じです」

「なら大丈夫そうね。準備して、あと十五秒で降下よ。アタシが先頭を切る」

 視界に浮かぶテンカウント。三人の意識が意識帯で同期。リンクデバイスの戦闘アシスタントが起動。それぞれの顕在意識に戦闘補助インターフェースを展開。自身と仲間の心拍数や各銃火器の残弾数、脳活動など、各自に調整されたパラメータを幻覚させる。

<よう皆、別機の俺より連絡だ。今回の最優先事項は、マギアスの襲撃下にあるトロールの保護。脅威は周辺のマギアス3機だ。戦闘になる。気を抜くなよ>

<分かってる>

<この機体はお前たちの降下後に高度6000m付近をステルス状態で滞空し、合図があれば降下する。回収要請時は着陸地点の安全確保を忘れるな>

<了解、任せなさい>

 機内のランプが緑から赤に転じ、減圧を終えたハッチが緩やかに開口。耳を劈く暴風ふき荒れるなか、アルカ、ヴィル、テオの順に降下していく。

 重力の支配から解放されたテオの視界に、戦闘アシスタントが降下軌道のガイドリングを描いた。それと並行してリンクデバイスが彼の五感から得られる信号を解析し、周辺状況を推定。風圧に靡く落下軌道をブラスターで自動修正する。

 雲の膜を突破。丸みを帯びた大地が眼前に広がり、降下目標地点へ四角い目印が重なる。高度3000m。落下姿勢を取ることなく、頭を地面に向けたまま加速を継続。2500m。ボックスで囲われた落下地点が拡大、高精細化。3機のマギアスと湖畔に建つ家屋。見納めると同時に、斜め前の軌道にいたアルカがブラスターを下向きに吹かし、先陣を切る。


<――目標確認、任務開始よ!>


 同刻、地平線の遥か向こう側にて、衛星が無数の巨大柱が飛翔するのを捉えた。

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