乳房の行方

森 三治郎

第1話

【参加者】『そうだ、感想を書こう』に参加中 


https://kakuyomu.jp/works/16817330664087836727




午前七時、佐藤 たまは目覚めた。


「あ~れ~」


変な違和感があった。


「何なのこれ」


珠恵は驚愕した。「うおー」胸がペッタンコだ。乳首も無い。少年のような胸だ。


「これは悪い夢だわ」


珠恵は胸を開はだけ、叩いた。


「だめ、これじゃゴリラだ。あ~神様、私、何か悪いことしたでしょうか」


珠恵は焦燥に駆られながら、ベットの上下、マクラの下、パジャマなど部屋中を探した。


しかし、オッパイが落ちているはずもない。


「おお神様、これは試練でしょうか」






 池袋、丸腰デパート一階エレベーター前、十時開店前の朝礼に店員たちが集合していた。


朝の訓示の途中、総支配人、部長の田中史郎は渋面をつくる珠恵に気付いた。


「佐藤くん、顔がシブイぞ。胸を張って、店員の顔をしたまえ」


「はい。申し訳ございません」


珠恵は、パンパンと相撲取りのように顔を張ると、ひきつったような笑顔をつくった。


「うん、まあ、よろしい。・・・ん、何だね、これは?」


田中部長は、珠恵の制服のスカーフの下からのぞく赤い布切れを認めた。


スベスベしてヒラヒラした、スケスケの布切れだ。


「あっ」


 ズルズルと引っ張り出すと、三角形の赤いスケスケだ。田中部長はそれを広げて、不思議そうに見いっている。いまさら、オッパイが行方不明で代わりにショーツを詰めてきたとも言えない。田中部長は、何気にショーツを頭に被った。『アッ』と、その場が凍り付いた。一同に、衝撃がはしった。


田中部長自身も『ハッ』と、自分の無意識下での行為を部下たちの目の前で披露してしまったことを覚った。動揺は隠せない。いまさら、それを無しには出来ない。


田中部長は平然を装い「時間だ。お客様をお迎えする」と言うも、声が裏返っていた。


田中部長はクルリと向きを変え、スタスタと出入口の方へ歩んだ。


後ろからパタパタと多数の追随する足音と共に、囁くような「いま、被ったよな」「上げ底だったのね」「見せオッパイか」「パンティで盛っていたんだ」とかの声も付随していた。






 丸腰デパートでは、朝礼が終わると三分の二の店員が持ち場に散り、三分の一の店員が開店時、入口にズラリと並んでお客様をお迎えする。


邦東とうほうテレビ、邦東ひるテレビの担当プロデューサー、山村 涼子は丸腰デパート従業員の生態を取材したことがあった。今回は、あえてアポイントメントを取らず、下調べのつもりで来た。


事前にアポを取ると、得てしてよそ行きの顔をするからだ。


十時開店と同時に丸腰デパートに入ると、ズラリと並んだ従業員が一斉に「ようこそ、いらっしゃいませ」と挨拶あいさつをする。


けっこう良いものだと思う。面映おもはゆいが、自分が偉くなったような気分になる。


涼子は、しばし立ち止まって見ていた。


ヒョイと男の従業員の顔が上がった。男は顔が引きつっていた。『顔面神経痛かな?』と思った。隣の女を見ると、何と、この女も顔が歪んでいる。興味をそそられ、居並んだ男女の列を見ると、大なり小なり同じような症状を呈している。何かと戦っているみたいだ。


何か内なる衝動と必死になって戦っているみたいな、必死にムリヤリ抑え込もうとしているような。肩が小刻みに震えている。


「ヒッ!」っと、その中の一人が悲鳴を上げるとダダッと走り去ってしまった。一人、二人と追随した。


『何なのだろう』不可解な行動だ。


バタッと、その列の中の一人の女が突っ伏した。


「はははぁ~、佐藤さん。大丈夫か」


男の従業員が駆け寄った。『何なのだ。佐藤さんは解かるが、はははぁ~は何なのだ』


「ヒイ~!」と悲鳴を上げて、又も女が走り去った。


涼子の頭の中は、クエスチョンマークでいっぱいになった。






 涼子は、開店お出迎え挨拶を脱走した女を紳士服売り場で発見した。


邦東テレビを名乗り、取材を申し入れたが首を縦に振らない。「私の一存では・・・」と言葉を濁している。だが、目がランランと輝いている。誰かに話したくて堪らない様子だ。


「あなたの名前は、だしませんから」


「本当・・」


「ええ、取材源の秘密を守るのは、メディアの基本中の基本ですから」


そう言うと、彼女は待ってましたとばかり、涼子を売り場の片隅に導いた。


彼女は、顔を歪めながら朝礼での一部始終を語って「いひひひひ~」と下卑びた笑い声をあげた。


涼子が心配になる程、とても、お客様の前に出せる顔ではない。




 問題の核心、佐藤 珠恵は五階婦人服、肌着売り場に居るとのことで訪ねると、七階の田中部長に用があるみたいで、そちらに向かったと聞いた。


七階へとエレベーターに向かうと、前に挙動不審の悩める女店員がいた。


少し歩いては立ち止まり、胸を揺すり、また歩いては立ち止まり、肩を落としため息をつき、また歩き出す。『まるで、屠殺とさつ場に引き立てられる牛』のような。


涼子は声をかけるのをはばかられ、そっと後を付けた。やがて、七階、従業員専用エリア、主に経理を担当する部署にたどり着いた。扉は無く、奥の方にパーティションで区切られた一画がある。皆がマジメくさって仕事をする中をぬって、奥へと進んだ。


珠恵はそぅ~とその先を覗いた。涼子も一緒に覗いた。


「あ~!」




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