第41話 唇

 ミュウは部屋に戻ると、いつもの室内着にすぐに着替えた。

 0時になれば、また大人になると思うと、到底眠れるとは思えず、ベッドにも入らず、勉強でもして時間を潰そうと机についた。だが、とても集中できそうになく、すぐに本を閉じる。

 頭の中には、昼間の王宮でのこと、聖女のこと、そしてシャザークのことが浮かんできた。それらについて考えていると、いつの間にか時間は経過し、時計を見れば0時に近づいてきていた。


「……よく考えたら、このまま大きくなったら、またパツンパツンになっちゃうよね」


 一度着替えたにもかかわらず、思い返してミュウは再び王宮で手に入れたメイド服へと着替えだした。


(なにやってるんだろ、私。これで体が大きくならなかったら、間抜けだよね)


 着替え終え、服がブカブカのみっともない格好に戻ったミュウは自分の姿を鏡で見つめた。

 しかし、しばらくすると、覚えのある感覚が全身を襲い始める。


(やっぱりきたっ!)


 ムズムズするような奇妙な感覚が消えた頃には、さっきまで全くサイズの合っていなかったメイド服が、見事にフィットしている。

 昼間と同様、身体はすっかり女性らしいものへと変わっていた。


「これならシャザークに見せても恥ずかしくないよね」


 ミュウは心が躍るのを感じながら、部屋を出ようと扉に向かい、ノブに手をかける。


(あ……私、勝手にシャザークに会えるって思ってるけど、シャザークが起きてるとは限らないんだ)


 当たり前の事実にミュウは今更気づく。

 先ほどのシャザークとの別れ際、勝手にまた会うつもりで「また夜にでも」と声をかけていたが、シャザークもその気だとは限らなかった。


(……なんだか、私が一方的にシャザークに会いたいみたいじゃない。……いや、会いたいんだけどさ。……でも、シャザークがそのつもりじゃなかったらどうしよう)


 若干の躊躇いの後、ミュウは扉を開けて廊下へと出た。


(……シャザークの部屋には行かないでおこう。もし寝てたら起こすの悪いし。……でも、もし私と同じ気持ちで、一月前と同じようにあそこにいてくれてたら……)


 ミュウは不安に思いながらも逸る心を抑えて、静かにバルコニーへと向かった。


「――――!」


 バルコニーにたどり着いたミュウは、そこで足を止めて息を呑む。

 果たして、そこには星の綺麗な夜空を見上げる紅い髪のシャザークの後ろ姿があった。


「……シャザーク」


 そっと呼びかけながら、ミュウはバルコニーに出て、シャザークの横に並んだ。

 いつもは遠いシャザークの顔が、この姿だとずっと近くて、ついつい意識してしまう。


「やっぱり今回もその姿になったんだな」


 隣のミュウに気づいたシャザークは、首を横に向け、上から下までミュウの姿に目を這わせたが、確認するとすぐに顔を正面に向けた。


「……うん。シャザークもだね」


「ああ。きっとお前も俺と同じで新月のたびにそうなるんだろうな」


「……おそろいだね」


 なぜか嬉しそうなミュウの言葉に、シャザークの顔が少し赤くなる。


「なんだよおそろいって……」


「別に深い意味はないけど……なんか嬉しくない?」


「勝手に姿が変わるんだから困るだけだろうが……」


 ミュウは、横からシャザークの横顔を見上げる。気のせいか、シャザークも少し嬉しそうに見えた。


「……シャザーク、私ね、聖女を目指すよ。エスメラルダさんに言われたからじゃないよ、その前から自分で決めてたんだ」


 シャザークも顔を隣に向け、ミュウと視線が合う。


「私なんかじゃ無理とか思ってるでしょ?」


 冗談交じりにミュウは微笑みながら問いかけた。


「……いや、苦しんでいる人間も救えないで何が聖女だと思っていたが……お前が聖女なら、信じてみようと思える」


 シャザークの思わぬ言葉にミュウはキョトンとした驚きの表情を浮かべる。


「……そんなこと言ってくれるとは思わなかったよ」


「……お前が俺のことをどう思ってるのか知らないが、……俺はお前のことを評価している」


「なによそれ」


 ミュウは破顔する。素直じゃないシャザークのその言葉は、最大級の評価なんだろうと、ミュウは嬉しくなった。

 だが、ミュウは一旦その気持ちを抑え、一度大きく息を吐くと、真剣な顔をシャザークに向ける。


「……シャザーク、お願いがあるんだけど」


 ミュウのどこか真剣な物言いに、顔を背けていたシャザークがミュウへと顔を向ける。


「……なんだ?」


「私一人の力じゃ、きっと聖女には届かないと思うの。だから、シャザークには、私を手伝ってほしいの。聖女の騎士として、私の隣を一緒に歩いて欲しいの」


 ミュウはシャザークの紅い瞳から目を逸らさない。

 そして、それはシャザークも同じだった。


「……わかった。お前の願いを叶えるため、俺がすべてのものからお前を守ってやる」


 ミュウの心臓がドクンと大きく跳ね上がる。そこまで言ってもらえるとは思っていなかった。自分から頼んだのに、急に気恥ずかしくなってくる。


「……あ、ありがとう。約束だからね」


「ああ、これが誓いの証だ」


 気づいた時にはシャザークの顔が目の前にあった。

 驚く間もなく唇に温かい感触を感じる。


(え? ええええぇぇぇぇぇぇ!?)


 唇で人の体温を感じるとは思わなかった。

 自分の体温がかつてないほど上昇している。


 永遠にも刹那にも思える時間が過ぎ、シャザークの顔が遠くなっていく。


「……じゃあ、また明日な」


 シャザークが足早にバルコニーから出ていき、ミュウは一人残された。


(……私、ちゃんと起きてるよね? 夢とかじゃないよね?)


 いっぱいいっぱいの頭で、自分の身に起こったことについてミュウは考える。


(……キスされちゃった。前の世界をあわせてもファートキスだよ!)


 シャザークの唇が自分の唇に触れたことを確認しようと、右手の指を自分の唇に伸ばそうとして、触れる寸前に手を止める。

 触れてしまうと、キスの感触が消えてしまうようで、もったいなくて触ることはできなかった。

 それに、触れるまでもなく、唇には感触とともに、ちゃんとシャザークの温かさも残っている。

 この温もりが夢なんかであるはずがなかった。


(……シャザーク、私、絶対に聖女になるからね。……あなたと一緒に生きられる世界にするために、絶対になるからね)


 ミュウは満天の星に固く誓った。



「年上だけど年下の私の剣闘士」 「第一部 ミュウ立志編」 終



 これまでお付き合いありがとうございました。

 第一部として、ひとまずこれで一旦終了させていただきます。

 「第二部 聖女見習い編」を始めた際には、また目を通していただけると嬉しく思います。

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年上だけど年下の私の剣闘士 カティア @katia_kid

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