第40話 相談

 無事に元の姿に戻ったミュウは、途中で人に道を尋ねながら、堂々と正門から王宮の外にでることができた。

 出てしまってから、メイド服を返し忘れたまま持って来てしまったことに気付いたが、今更引き返す気にはならなかった。エスメラルダとの面会を終え、王宮の中に入る理由がないということもあったが、先程のようにいつまた身体が大きくなるかわからないという不安が何より大きかった。

 メイド服を返すのはまた機会でもできると自分を納得させ、ミュウはとくかく家路を急いだ。


 道中は何事もなく、ミュウは屋敷に帰りつく。

 自分の身体のあんなことを相談できる相手は、ミュウには一人しか思い浮かばなかった。

 このままシャザークのところへと直行したかったが、足が勝手にシャザークの部屋へと向かう前に、ミュウの中の冷静な部分がそれを止める。


(もしシャザークと一緒にいるときに、また身体が大きくなったら……)


 ミュウは王宮での自分の姿を思い出してしまう。。

 大きく膨らみドレスから零れ出てきそうな胸元、恥ずかしい生足をほとんど隠してくれないドレスの裾、どれもシャザークに見られるかもしれないと考えただけで、恥ずかしさに身体が熱くなってしまう。


(とりあえず、着替えよ! 万一に備えた服に着替えないと!)


 だが、ミュウはすぐに気付く。自分の持っている服はすべて今の自分の身体にあったサイズの服ばかり。大きく成長した身体をちゃんと隠してくれる服など持っているはずがなかった。


「……どうしよう。……お母様から借りるか? でも、何に使うのか聞かれたら……」


 ミュウの身体の変化のことは、両親にも話していない。もしかしたらミュウの転生とも絡んでいるかもしれないため、不用意話すことは躊躇われた。それに、下手に心配をかけたくないという思いもある。できれば、自分とシャザークだけの秘密にしておきたかった。少なくとも、この変身についてもっと詳しいことがわかるまでは。

 しかし、そうなると、成長した身体に合う服の入手はますます困難なことになってきてしまう。

 困り顔でミュウが視線を落とすと、自分が持ち帰ってきた袋が目に入ってきた。


「……あ」


 ミュウは成長した自分の身体にぴったりの服が、手もとにあることを思い出した。


◆ ◆ ◆ ◆


「シャザーク、ちょっと話をしてもいい?」


 シャザークの部屋の扉を、ミュウがノックして尋ねると、すぐに扉が開いた。

 仏頂面にも見えるシャザークが姿を見せる。

 顔はそんなでも、すぐに反応してくれたというのは、自分を心配していてくれたのかなと考え、ミュウは少し嬉しくなる。


「構わない……が、……なんだ、その格好は?」


 ミュウの姿を見た途端、シャザークの顔は、眉をひそめていぶかるような顔に変わった。

 それはそうだろう。今のミュウは身の丈に合わないブカブカのメイド服を来て、シャザークの前に立っているのだから。

 成長したミュウに合っている服を、10歳のミュウが着ればこうなることは至極当然だった。

 ミュウも自室で着替えてから、この無様な現実を思い知ったが、それでも恥ずかしい露出姿を見られるよりはこっちのほうがまだましだと、そのままシャザークの部屋の前まで来ていた。


「それも含めて、話を聞いてほしいの」


「……わかった。とりあえず、中に入れよ」


「うん、ありがとう」


 ミュウはシャザークの言葉に従い、部屋の中へ向けて歩き出すが、ミュウが今穿いているスカートは丈が長すぎて床に引きずっている程だった。

 慣れないその長さに、ミュウはつい裾を踏みつけてしまう。その結果、身体はよろめき、前へと倒れていく。

 あっと声を出す余裕もなかった。立った状態を維持できないことをミュウは直感的に理解する。せめて顔と頭だけは守らないと。そう考えて、手を動かそうとした時、大きく強い力が加わり、倒れるミュウの身体が止まった。

 自分の身体を問答無用で簡単に拘束してしまえるような力だった。

 でも、ミュウはその力に少しも怖さを感じなかった。むしろ、そこはかとない安心感すら覚えた。


「あ……」


 自分がシャザークに抱き止められたのだと気付いたのは、シャザークの胸のたくましさと、腕と背中に伝わる痛いほどの圧力を感じた後だった。


「大丈夫か?」


「……うん」


 ミュウの腕ごと背中にまで回っていたシャザークの手が離れ、肩に置かれる。その手に支えられるようにして、ミュウは再び立たせられた。

 痛いほどの力の強さだったのに、それがなくなると、なぜかひどく寂しく感じてしまう。自分の腕にまだ残る痛みの残り香が、まるでシャザークの優しさのようで、消えないでとつい思ってしまう。


「……どうした? 中に入らないのか? それとも、どこか痛めたか?」


 気が付けば、シャザークはすでに部屋の中ほどまで進んでいた。


「全然大丈夫! すぐに行く」


 まだ扉の前で立ち尽くしていたミュウは、今度は足もとに十分注意しながら、シャザークの部屋の中へと入っていった。


◆ ◆ ◆ ◆


「――というわけなのよ」


 シャザークの部屋の中、椅子に向かい合って二人は座っている。

 ミュウは、エスメラルダとの話の内容、そして、その後に起こった身体の成長について、包み隠さずシャザークに説明した。


「……なるほど。それでそんなおかしな格好をしているわけか」


 メイド服を着ている理由についても、いつ大きくなるかわからないからそれに備えて、と説明している。普段の服を着ている時に大きくなると、シャザークに胸や脚を見られてしまうから、という部分だけは隠したが。


「今日は新月だけど、夜まではまだ時間があるのに、あんなことになるなんて……なにが原因かわからないかな?」


 内容は違うが、身体が変化するという点において二人は同じだった。ミュウとしては、変身の先輩として頼れるのはシャザークだけだった。


「俺の場合がどこまでミュウにもあてはまるのかはわからないが……俺が力を制御できなくなるのは、確かに新月の夜の0時頃だが、力が暴走するように強くなるは、一日中だ。0時頃が特に強いというだけで、それ以外の時間がまったく大丈夫というわけではない」


「……そうなの?」


 ミュウは目をパチクリさせる。


「ああ。今でこそ0時からの30分以外は自分を保ってられるが、昔は力の制御がうまくできてなくて、新月の日になると、自分の意思とは無関係に姿を変えてしまうことがあった。特に、あの力と精神状態というのは深く関係しているみたいでな。極度の緊張状態や、逆にその緊張からの急激な緩和、そういったもので力が無意識に発動してしまうことはたびたびあった。ミュウの場合もそうなんじゃないか?」


「極度の緊張や急激な緩和……」


「エスメラルダと会うからって随分緊張してただろ? ここ最近のお前は、ずっとらしくない顔をしていたからな。そのエスメラルダとの話が無事に終わって、ずっと張りつめっぱなしだった緊張が一気に緩んで、その拍子に、もともと力の発動しやすい日だったこともあって、身体が大きくなってしまった――というのはありうるんじゃないか?」


 言われれば納得できる点は多かった。エスメラルダの意図がわからず、ここ最近はミュウの気が休まる時はなかった。今日、エスメラルダと会うことでその緊張はピークに。そして、その直後に我慢してた用を足すためにトイレへ。緊張の解放だけでなく、尿の解放までして、それまでビンビンに張っていた緊張の糸が、もうこれでもないかというほどにダラダラで緩んだのは言うまでもないだろう。


「……なるほど。確かに思い当たることが色々ありすぎて、説得力があるわね」


 シャザークの変身とミュウの変身が同種のものなのか、それともまったく違うものなのかはわからない。そのため、シャザークの経験がミュウに重なるものなのかもわからない。だが、ミュウにはシャザークの説明がすとんと腑に落ちた。シャザークへの信頼感を差引しても、妙に納得し、その考えが正しいと直感的に頭も身体も理解していた。


(でも、ちょっと待って。そうだとすると、私が大きく心を乱したりしなければ、夜の0時を除けば、急に変身するようなことはないってことだよね……)


 ミュウは改めて自分の姿を見つめた。

 だぼだぼの胸、ウエストの位置は身体とはずれ、スカートは床にまで流れている。

 露出過多の衣装とは違う意味で、異性に晒していいような姿ではなかった。


(お、乙女の尊厳が……)


 ミュウの顔が一気に赤くなる。


「あ、ありがとう、シャザーク。私、部屋に戻るわね……」


 こんなダサイ格好、一刻も早く着替えなければ――その思いでミュウは慌てて立ち上がる。


「どうしたんだ?」


「べ、別になんでも! ちょっと用を思い出しただけだから! それじゃあ、また……夜にでも」


 ミュウは少しでも早く今の姿をシャザークの前から消すために、足早に部屋の外へと向かった。

 途中、スカートの裾を踏みつけてよろけるという醜態を更に晒してしまったが、今度は転ぶことなく、無事部屋から出ていった。

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