タイムトラベルの実現(或いはその存在否定)
華構昏樹
タイムトラベルの実現(或いはその存在否定)
タイムトラベルの実現はある日突然起こった。某巨大世界企業が、その実証実験結果を発表したのは、今から二年前のことである。
世界は最初は信じなかった。しかしながら、何人かの研究者や政府高官が実際にタイムトラベルを「体験」し、それが間違いでは無いと判明するのに時間はかからなかった。
タイムトラベル。SF作家垂涎の装置である。世間はその話題で持ちきりになったが、直ぐに少なからぬ失望が訪れることになる。多くの興味は過去の改変にあったが、すぐにそれは不可能であることがわかったのだ。
我々は、過去に戻ると、文字通り過去の我々になるのだ。記憶を持ち込んで若返る確かにできる。肉体の自由が効かないのだ。我々は、過去の失敗を知りながら、その通りに失敗する。未来に関してもそうだ。未来に行って、宝くじの当選番号を知り、現在に戻ってくることはできる。しかしながら、それを現在で言いふらすことはできないし、宝くじをその通りに買うこともできない。ある物理量、量子的なエンタングルメントを計測することによって、実際に時間旅行が実現されていることを間接的に証明できる。しかしながら、タイムトラベルはこの世の一切、過去、現在、未来を変えることはできないのだ。ただ我々の記憶だけが改変される。せいぜい、過去の楽しかった体験を真新しくする程度の効果しか、タイムトラベルの効用は無いのだ。
未来旅行が注目された。前もって自分の人生の行き先を知ってしまおうとする人間は多かった。実際にたくさんの人間が未来に旅行した。彼らは現代に帰ってくると、何事もなかったかのように現代の生活を続けた。少なくとも外面から見ると。精神鑑定が繰り返されたが、少なくとも彼らの言動は現代に帰ってきても正常だった。
さて、では彼らの内面はどうであろうか。未来の全てを知って、現代の肉体に閉じ込められ、知っている通りに失敗し、或いは成功し、知ったように死んでいく彼らは。悍ましい。私は決して未来旅行はしないだろう。ネタバレを喰らった人生など想像だにゾッとする。君、未来旅行は辞め給え。三日後のトラベルはキャンセルした方がいい。今ならまだ、君は自由だ。今辞めるという決断をすれば、永遠に詰まらない人生を回避できる。
そうか。そんなに先行きが不安か。そんなに知らないことが耐えられないか。私は警告した。可哀想に。可哀想以外の感想が思い浮かばない。私はこの立場上、あらゆる人間に未来旅行をしないように言ってきたが、君の行動も、もしかしたら時間軸上で既に決定されているのかも知れないな。
いや、もしかしたら。我々全てが既に決定されているのかも知れない。我々に自由など無いのかも知れない。そう考える度に、私は寂しくて仕方が無いのだ。実際に、自由意思の欠落を知って精神のバランスを崩す者も多いが。何が違うというのかね。タイムマシンがあろうとなかろうと我々は我々だ。ふん、そうか。君はそう思うのだな。自由にするといい。自由意志などないかも知れないのだから。タイムトラベルなど実用化されなければ良かった。本当にそう思うよ。
タイムトラベルの実現(或いはその存在否定) 華構昏樹 @KAKOU_KURAKI
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