帝都観光
「そこまで。ペンを置いてください」
試験官の声に従って、ペンを置いた。係員が後ろから答案用紙を回収し、横を通り過ぎていく。それから俺は、自分のペンを鞄の中に放り込んだ。
帝立学園の入学試験は、蛋白石の月のうちは、三日に一度ほどの日程で実施されている。ちょうど俺が帝都に到着した日が試験日だったので、すぐ次の試験を受けることにした。
試験問題は毎回同じらしいし、それでいいのかと思わなくもないのだが、こちらの交通事情を考えれば、前世の大学受験と同じようにはいかない。外国からやってくる学生は、必ず船に乗って海を渡らなければならず、それゆえに期日までの到着が確実とはいかないのだ。それならそれで、余裕をもって出てくるべきではあるが、それを加味しても、やはりこうした形で受験しやすくする必要があるという判断なのだろう。学園の性質上、到着が遅かったから不合格です、とするわけにもいかないから。
では、肝心の試験の中身は……となると、これはもう、本当にどうでもいい代物だった。留学生向けの試験は簡単だというが、普通に読み書きができるかどうか、正常な思考力や常識があるか程度しか問われていない。貴族であれば誰でも合格できると言われるのも納得の内容だった。中には少々マニアックな、歴史や地理の難問がないでもなかったが、そこはそれ、全世界を自分の足で見て回った俺にとっては、常識クイズの延長でしかない。
「さて」
席を立ち、廊下に出る。前世の学校施設と比べると、廊下一つとっても重厚さがまるで違う。上質な木材で組み上げられた床と天井。壁は下半分が落ち着きのあるクリーム色、上半分はというと、暗がりの中の焚火のように輝く木の壁で、そこにはまばらに窓が設けられている。透明なガラスでできているが、前世の窓ガラスと違って、外に向けて観音開きになる。
半ば美術品のような校舎から出てみると、校庭が広がっている。やけにガランとしていて誰も使っていないが、それもそのはず。この学校の始業式は橄欖石の月の上旬で、卒業式は縞瑪瑙の月に執り行われる。遠方から来た学生以外は、この一ヶ月半の休暇の間に、母国に帰省することもある。
この学園と俺の新居とは、さほど離れていない。公館からだと、まず大通りに出て、道路を横断して、運河の橋を一本渡って、右手に見える商社街の区画が途切れるまで歩いたら、またそこで左を向いて道路を横断して、しばらく歩くだけ。
この帝都の北東部、即ち「旧帝都」と呼ばれる政治の中枢。この辺りには学園の他、女神神殿や帝国議会が置かれている。つまりはそういうことで、だから貴族は絶対合格なのだ。この学園は、帝都の理念である全世界の融和を達成するための施設であって、そもそも政治的な都合で成り立っている。
ともあれ、そこから帰宅するだけならすぐなのだが……
これはヒジリにも言ってある。試験が終わったら、少しはこれから住む街のことを知っておきたいので、散歩してくる、昼飯もいらない、と。だから適当にブラブラしてから、邸宅に引き返すつもりでいる。
行っておきたい場所がいくつかある。ただ、すべては難しいので、今日は最低限、帝都の中心部を把握するだけに留める。
本当はまず、タマリアの家を訪ねたいのだが、悪いことに彼女の住所は、ラギ川の南側だ。地図で調べたところ、シーチェンシ区というのは、西側の歯車橋の近くだそうで、それだとかなりの距離になる。で、今、彼女がどこでどんな仕事をしているかもわからない。今は昼前だし、どこかに働きに出ていたら、どうせ会うこともできない。わざわざ出かけていって、置き手紙というのもなんだし……
それに、できれば不動産屋に寄る必要がある。ノーラが確保した物件について、一度、顔を見せておかなくてはいけない。すぐには利用できないが、維持管理は継続してもらう。そのための簡単な話し合いだけは済ませてしまいたい。
基本的に、通学以外ではお供がついてくるのだから、今日という例外的な機会を逃すわけにはいかないのだ。
そういうわけで、校門を出てから、俺は家とは逆方向、まっすぐ北へと歩き出した。
やがて、右側に仰々しい建造物と、広々とした緑の芝生が見えてきた。まるで古代ギリシャの建築物みたいに、刻みを入れた白亜の列柱が立ち並んでいる。あれが女神神殿の総本部なのだろう。一方、左手には丈の高い壁が並んでいる。事前情報で知ってはいるが、この区画のどこかにシモール=フォレスティア王国の公館が置かれているらしい。
では我が国、エスタ=フォレスティア王国はというと、実はもう少し格の落ちる場所にそれがある。この中央地区の外れ、ラギ川の本流の東側……つまりワノノマの公館とほぼ同じだ。ただ、こちらが一番橋の手前なのに比べて、あちらは二番橋の向こうだから、一応旧帝都の範囲内ではある。
東西の大通りに出た。かなりの幅がある。馬車が余裕をもってすれ違っている。対岸に渡ろうと思ったら、脇にある地下道を通らなくてはいけない。眼前に聳えるのは四階建ての重厚な建物だが、何の施設なのかはわからない。とにかく、生活感がなかった。広い道路、広い歩道。歩く人も今はまばらだ。
ここから左か、右か。左に向かえば、南北方向に商店街が広がっていると聞いた。ラギ川より一本内側の通りは高級商店街でもあり、学園の生徒達の宿舎になっている寮もあるのだとか。学生達が利用するレストランなんかもあるらしい……
そこまで考えて、後にしようと決めた。左に進んだら、フォレスティア王国の二つの公館にも近くなる。滅多にそんなことにはなるまいとは思うが、知った顔に出くわすと面倒だし、気疲れしそうだ。グラーブやベルノスト、リシュニアは来年から二年生だし、もしかするとアナーニアも既にこちらに来ているかもしれない。だが、もっと厄介なのが、あのマリータ王女だ。とはいえ、さすがにもう、いきなりペン先で刺されたりはしないと思いたい。
そうして俺は道路を渡り、ひたすら東側に向かって歩いた。どこへ行こう?
左右に大きな四角い建物が、まるで壁のように立ち並んでいた。恐らくはどれも官公庁のものなのだろう。どれもパッとしない色合いで、まるで谷間を歩いているかのようだった。だが、急にそれが途切れて視界が開けた。
旧帝都の東側は、ちょっとした高台になっている。そこは帝都でも指折りの高級住宅街だ。下から見上げると、岩山の上に白亜の城かと見紛うばかりの豪邸が、堂々と聳え立っていた。白い尖塔の天辺、円錐形の屋根が、その優美な姿を特に印象付けていた。
そして、そんな豪邸が一軒ばかりではないのだ。高台の上、それこそ帝都を包囲するかのように、窪地の真ん中にいるか弱い人間を威圧するかのように、目もくらむほどの豪奢をもって立ちはだかっている。
帝都の大富豪は、東西の大陸の貴族に勝るとも劣らないほどという。とにかく途方もない大金持ちがいて、それはもうそこらの貴族では太刀打ちできないほど贅沢な暮らしをしているのだとか。噂でしか聞いたことはなかったが、彼らの邸宅を遠目に眺めただけでも、きっとそれは真実だろうと思われる。実際、あの中の一軒と、今も荒れ果てたままのティンティナブリア城と、どちらが好ましいだろう?
坂を登る気にもなれなかったし、豪邸の周囲をウロウロして不審者扱いされるのも避けたい。
それで思いついた。こちらに来る前に、ピュリスでビッタラクが教えてくれたのだ。旧帝都の南側には、あの有名な庭園、時の箱庭があるんだったっけ。少し覗いてみよう……
それで俺は、今度は真南に向かって歩き出した。ぐるりと帝都の中枢部の周りをなぞりながら歩いて、最後にちょっとした坂道を登った。
入口には、落ち葉が積もっていた。冬場とあって裸になった丈の高い広葉樹が枝を伸ばしており、その下で竹箒を手に、掃除しているハンファン人のオジちゃんがいる。
なんだかやけに寂しい雰囲気だが、はて、と首をかしげる。昔、アヴァディリクでアイドゥス師が挙げていた喩えを覚えていたからだ。時の箱庭は、デートスポットか何かじゃないのか? ふと見ると、正面のゲートには鎖がかけられている。
「あのー」
俺が声をかけると、彼は手を止めた。
「アイ? なんだね?」
「今、入れますか」
「ああ、今年の冬場は閉じて大掃除することになっとる。今月中はダメだな」
残念。美しい場所らしいと聞いていたのに。
「来月んなったら、また入れるようになるんだが……あんた、おのぼりさんかね」
「そんなようなものです」
「ほう、そうか。いや、なんか身なりがいいな。もしかして、あの、学生さんかね、あの学園の」
「はい」
「ほう……じゃあ、箱車は見たかね」
頭の中に疑問符が浮かんだ。そんなもの、あったっけ? ルークの世界誌にも書かれてはいなかった。
「知らんか。むかーしの帝都にあったっちゅうのを、学園のえらーい先生かなんかが、修復して使えるようにしたっちゅう話でね。今から何年前かね? ここ降りて左に行くと、駅があるでよ。試しに乗ってみるといい」
すると、割と最近のお話なのかもしれない。彼に礼を言ってから、俺は来た道を引き返した。
果たして、言われた通りの場所に行ってみると、なんてこともない市街地の真ん中、道路に面した簡単な雨除けの下に、なんとレールのようなものが引かれている。石の床の上に、金属の轍を通すためのラインが2つ。まるで市電だ。
まさかという思いで立ち尽くしていると、離れたところから、ガタンゴトンと控えめな音が聞こえてきた。振り返ると、目を引く黄色い車体がまさにこのレールの上を伝って、こちらに近づいてきている。そして、ちょうど俺の目の前で静かに停車した。
大きさは、小さなバスくらい。残念ながら中に座席はない。ただ、やっぱり揺れに対策は必要らしく、支柱のようなものがいくつか床から天井までを繋いでいた。それと、扉がない。入口が大きく開かれているだけだ。これ、小さな子供とかを乗せる時には、絶対に手を放せそうにない。
よくわからないのが動力だ。エンジン音も聞こえないし、蒸気機関が搭載されているのでもなさそうだ。すると、魔法か何かで動かしているのだろうか? まぁ、ナシュガズの浮遊する乗り物に比べると、随分と後進的な気がするが、だとしてもこれはこれで凄い技術だ。
乗客はそれなりにいるが、通勤ラッシュという感じでもない。時間が昼近いのもあるのだろうが、普通に馬車で目的地まで駆け抜けたほうが便利なのだろう。市電では、行ける先が限られてしまうから。
さて、乗ったはいいものの、行き先のアナウンスもないし、そもそも駅がどれだけあるかもわからない。最初は前世から通算でだいたい十五年ぶりの電車にはしゃいでいた俺だったが、市電の向かう先がどうも俺の歩いてきたルートにほぼ逆行するものらしいと悟って、何しにここまで歩いてきたんだという気になってしまった。
この箱車なる市電は、そのまま東に向かい、あるところで、あの豪邸群の手前の岩山を抜けるトンネルに入り、そこで一度停車した。地下の駅で降りる人はほとんどおらず、また走り出したそれは、途中で大きく左に曲がって、ついにラギ川のすぐ一本東側にある運河の手前で止まった。ここが終点らしい。
なるほど、三つしか駅がないのでは、それもこの中心部を回るだけの乗り物では、利用者も限られるわけだ。
しかし、これでほぼ、さっきの場所に戻ってきてしまった。
電車が止まったのは、ごく小さな市民公園の手前だった。といっても遊具の一つもない。チクチクした葉の針葉樹が敷地の縁に沿って生えているだけだ。それと手摺りで仕切られたベンチがある。あとは市内の地図兼掲示板を兼ねたボードと……あの小さな建物は、公衆便所らしい。
トイレに踏み込んで、少し驚かされた。清掃が行き届いていて悪臭がほとんどないのもそうだが、床には細かな突起が刻み込まれている。これはあれか? 視覚障害者が足下の感覚だけで便器に辿り着けるように工夫したとか? いや、さすがにそれはないか。では、清掃のせいで床が濡れた時の転倒防止用だろうか。
公園の地図によると、ここはちょうどラギ川から一本東側の運河を西に抜けたばかりの地点になる。二番橋の向こう側だから、大通りに出ると、エスタ=フォレスティア王国の公館の前を抜けることになりそうだ。
気にしすぎても仕方ない。そうそう見咎められもしないだろう。大通りには、まばらとはいえ、それなりの人出もあるのだから。それに、ここをまっすぐ南に向かえば、学園の生徒達の寮や、彼らが放課後に立ち寄る飲食店もあるという。そろそろ昼飯の時間でもある。少し空腹にもなった。どこか適当に入って、帝都の味を楽しんでみるのもよさそうだ。
そう思って、二番橋の横の大通りを渡って、学生街に踏み込んだのだが……
「なんだこれ」
思わずそう呟いてしまうような雰囲気だった。
まず、商店街とは思われないほどにひっそりとしている。右手の商店の壁はクリーム色の三階建て、屋根は朱色。そのせいもあって、空の青がやけに映える。だがそれだけに、この閑散とした雰囲気、静寂が不自然なものに思われた。
一階のレストランのフロアの前には、緋色のカーテンが半ばまで垂らされていて、薄暗い店内には人がまばらにいるだけ。外見からすると、まだ若い女性なのが見て取れたので、学生かもしれない。
暗い店内から、微かなお香の匂いが漂ってくる。もうそれだけで、一般人がフラッと立ち寄るような場所ではないのがわかってしまう。これ、要予約なんじゃないのか。
他も似たようなものだ。飲食店以外の施設、例えば衣服や装飾品を売るところもあるらしいのだが、ショーウィンドーのようなものが見当たらない。では、何がどこにあるかをどうやって知ればいいのかというと、一応、建物の入口付近に、どこも小さな銀色のプレートが飾ってある。そこに商店の名前が書かれているので、なんとなく何が売られているのかが推測できる、といった感じだ。
要するに、ここの「学生向けのお店」というのは、店頭での宣伝を必要としていない。知る人ぞ知る、口コミだけで客が入る、むしろ紹介なしでは立ち入れない……そんな場所らしい。
それもそうかと納得はした。帝立学園というのは、未来の貴族、もしくは大商会の会頭、政治家達のタマゴが集まる場所だ。つまり、ほとんどがセレブか、その供回りということになる。
そういう意味では、俺だってセレブなはずなのだが、どうにもしっくりこない。領地持ち貴族様だぞ、ワノノマの皇女を婚約者にしてるんだぞ、などと言いながら、ここで昼飯……無理、無理だ。
ラギ川の方にそうした店舗が集中している一方で、反対側はというと寮が中心なのだが、こちらはこちらで、どことなく近寄りがたい。
目に突き刺さるような鮮やかな芝生が広がっていて、その手前には黒い金属の柵が突き立っている。敷地の奥の方に、華美過ぎない四角い寮が見える。こんなに広い庭があるのに、人が見当たらない。都内の一等地なのに、この贅沢な空間の使い方ときたら。この広さを何かに使うでもなく、ただの景色にしてしまっている。
だんだんと居心地の悪さを感じてきて、それ以上、留まっていられなくなった。回れ右して、俺はまた、二番橋のある東西の大通りに戻った。
ビッタラクがくれたメモを思い出す。橋を越えた向こうだが、しばらく進んだ先に別の商店街があるらしい。そちらに飲食できるところがあれば。
まっすぐ西に向けて歩くと間もなく、また視界を遮る建物がなくなって、一気に周囲が明るくなった気がした。
純白の二番橋。それが大きさの割に汚れのないラギ川の上でアーチを形作り、その足を水中に浸している。橋の上はまっすぐで、左右には最低限の手摺りがあるだけ。中心が馬車のすれ違う車道で、その左右に歩道が設けられている。
橋の上に足をかけると、川の上から冷たい空気がさっと一吹きしてきた。気持ちよさを感じて、そのまま橋の半ばまで歩き、南に目を向けた。
ちょうど真昼というのもあって、低い位置に留まる冬の日輪に照らされた波打つ黒い水面が、陽光を照り返していた。その上を時折、まるでモーターでも備え付けているんじゃないかと思うほどの勢いで、小舟が走り抜けていく。その向こうに目を凝らせば、遠く一番橋の姿も見える。ただ、新居の姿までは確かめられなかった。なにしろ川沿いには多くの建物が密集していて、そのどれもが立派なファサードを構えているのだから。
その中で、特に目を引く建物が西岸の半ばほどにあった。まるで白い手ぬぐいを絞ったみたいな形をした、太くて短い塔を備えた建造物。あれが帝都の冒険者ギルドらしい。ただ、全世界のギルドの方針を決めているのはどこかというと、実はさっきぐるりと回って済ませた中心街にある総本部だ。そちらには一般の冒険者が立ち寄ることもなく、評議員と事務員達がひたすら会議と書類仕事をこなしているらしい。
川沿いのすぐの通りに飲食店はないか、あってもきっと割高だろう。そう考えて、俺は少し速足になって、橋を渡り切ることにした。
一つ目の運河を越えてすぐの十字路まで来たところで、俺は左右を見比べた。
右側、つまり北方向の通りの入口に、昔見たようなものが突き立っている。朱色に塗られた鳥居のような門だ。ちらりとその奥を覗き見ると、この昼日中というのに、何やらズボンのポケットに手を突っ込んで、だらしない雰囲気で歩く男の背中が目に入った。かと思えば、店頭に立つ女の姿もある。要するにあちらは……
なるほど、グルービーはあれを真似たのか。
それで俺は、迷わず左に曲がった。そこには、俺が探していた風景があった。
大勢の人々が、通りを埋め尽くしていた。小さなみすぼらしい木造の店舗がひしめき合っている。白く塗装された表面だが、それゆえに日々の汚れが染みつきやすい。
通りにはみ出しそうなところに加熱用の金属の箱を立てて、串焼肉を焼いている。太ったオバちゃんが声を張り上げて、客を呼び込んでいる。だがそれは雑踏に吸い込まれ、さほど離れた場所にいるのでもない俺でも、彼女の言葉を聞き取ることはできない。
とある店では、もう言葉で注意を惹こうなんて考えを捨て去ってしまっていた。できたばかりの料理を鍋ごと店頭に据えると、フライパンを掲げて、おたまで乱暴に叩き始めた。料理人としては思うところがないでもないが、どこか間の抜けた打撃音がこの喧騒に花を添えるのは、目にして楽しい様子だった。
もちろん、この通りにあるのは飲食店だけではない。安物の服を売るところもあれば、金物屋もある。ただ、今が昼時だから、こんな感じになってしまっているのだろう。
帝都に到着して三日目の今日、やっと俺はこのパドマという街の、生きた姿を目にした思いだった。
「そこの兄ちゃん、うちのパンを買ってきな!」
不意に声をかけられた。
「おいくら」
「五!」
「はい?」
「銅貨五枚! はい、まいどー!」
半ば押し売りのような勢いで、紙袋に包まれたパンを押し付けられる。戸惑いながらも懐から銀貨を取り出すと、もぎ取るような勢いでそれを掴み取られ、乱暴にお釣りを握りこまされた。接客もへったくれもない。あちらは数をこなさなければいけないのだから。
それにしても、流されて買ってしまったパン、申し訳程度に野菜と肉が挟み込まれているが、少し割高な感じも……
「おっ!?」
立ち止まっていると、後ろから突き飛ばされた。
「ごめんよ!」
それだけで、後ろからぶつかってきた中年男はさっさと歩き去っていった。一瞬、スリかと思ったが、財布は無事だった。
どうやら、ボヤボヤしていたら、それだけで迷惑になってしまいそうだ。
まぁ、いいか。
あれこれ考えるのをやめて、俺はパンを頬張りながら、混みあう通りを歩いた。
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