ロージス街道復興計画始動

 ヌガ村の城砦の尖塔から、日が沈むのを静かに見守る。この場所からなら、南西方向に続く街道も、大きく北側に広がる村落も、すべて見渡せる。

 南側を見渡すと、今、まさに沈んでいこうとする太陽が岩山の陰にかかっている。赤熱した鉄のような色から、肌寒ささえ感じさせる藍色まで、何をどうすればこんな色合いに染めることができるのか。日中は恨めしかった雲一つない晴天も、今だけは時を編む善き女神の贈り物だった。

 振り返って北側に目を向ける。左右を岩山に挟まれた小さな村落だ。北と南に関門のように岩山が口を閉じていて、その間の街道の脇に家々が並ぶ。その外側には農地が点在しているのだが、その狭苦しいことときたら。この村の住人は、広い土地がないのもあって、特産物によって利益を得る道を探ったのだろう。養蜂は、いまやこの村には欠かせない事業になった。不思議なものだ。豊かさがない土地ゆえに、彼らは裕福になる道筋を見出したのだから。

 その向こう、村落の外には、例の木造の門を挟んで、城からやってきた遠征隊が陣取っている。門の外側にあるのが犯罪奴隷のテントで、それを前後から挟み込む形で兵士達のテントが置かれている。脱走や反乱に備えなくてはいけないので、今も気が抜けない。作業用の工具も武器になりかねないのですべて回収しているし、キャンプ間の距離も離してある。


 こうしてみると、奴隷というのは、なんと非効率な労働力なのかと再認識させられる。使われる側からすれば、自分達を搾取する主人はさぞいい思いをしているはずだと考えるのだが、使う側からすると、何事につけ気を配る必要があって面倒臭い。

 これも治安の問題に近い発想が必要になるのかもしれない。つまり、取引の有無と法の限界だ。犯罪奴隷は既に罪を犯したがゆえに、法は彼らに対する一方的な搾取を許している。いざとなれば殺処分すら認められる。だが、元はと言えば悪いのはお前らだ、と言えるのは自分が奴隷でない人だけだ。本人らにしてみれば、経緯はどうあれ、これからはどんな努力もどうせ利益には繋がらないし、完全に見捨てられた身分なのだから、忠実である理由がない。仕事も手抜きをしたがるし、機会があれば脱走しようとする。彼らは取引によって働いているのではないから。

 ゆえに、それを運用する側も高いコストを支払い続けなくてはいけなくなる。犯罪奴隷を見張るために、遠征に同行している兵士達の苦労は、社会制度から生じるエネルギーロスだ。

 では、どうすればいいか? シンプルに考えるなら、彼らを取引の場に引き戻せばいい。三年間、真面目に働いた者には奴隷身分からの解放も認める、といった具合に。無論、それは検討しているのだが、それをすると今度は、犯罪と量刑との兼ね合いの問題が出てくる。あの盗賊達の中には、村人の命を奪った連中も含まれている。それが数年間、強制労働を課せられただけで、大手を振って自由な暮らしを取り戻せてしまうなんて、公平と言えるだろうか?


 十年前は、俺もあちら側にいたのだ。なのに、見える世界のこの違いときたら、どうしたことだろう。


 村内の道路工事も今日の昼に片付いた。明日には、また城に向かって行軍することになる。もう、作業抜きに歩いて帰るだけで、しかも道路を整備したばかりなのだから、行程も捗るはずだ。早ければ四日ほどで到着できるのではないかと見込んでいる。

 問題は、その先だが……


 ドアがノックされた。


「ファルス殿、連れて参りました」


 ユーシスの声だ。


「入ってもらってください」


 この最上階には、元々何の家具もなかった。それで下からテーブルと椅子を二つ、運び込んでもらった。これから話す相手のために、俺はティーポットに湯を注ぐ。

 扉が開くと、まずユーシスが、それに続いてギムが姿を現した。


「お疲れさまです。あとは僕の方でお話するので、先に休んでいてください」

「承知致しました」


 彼が一礼して去っていくと、この空間には俺とギムだけが残された。

 それにしても、ギムの様子ときたら。王都のスラムで見かけた時にも感じたことだが、まるで飼い主に捨てられた老犬のようだ。汚れたヨークシャーテリアみたいな顔をしている。最初、あの大昔の砦の中で見かけた時には、もっとずっと身綺麗な格好をしていた。髪の毛は短く刈り揃えられていて、髭も短く整えられていた。体格も、今より一回り分厚く見えていた気がする。それは着用していた鎧の分、曲線を描く胴体部分のせいもあったかもしれないが、今はといえば、相変わらず筋肉はしっかりついているものの、どうしても痩せ細ってしまったような印象がある。

 今は平民が着るような煤けた色のシャツ一枚、それも夏場とあって汗と汚れでヨレヨレになっている。僅かに差し込む西日に照らされたその荒れた髭面には、余裕のない日々を過ごす野良犬のような凄味が滲んでいた。


「お座りください」


 俺が席を勧めると、彼は無言で一礼して、そこに腰かけた。


「作業を手伝っていただいたそうで、ありがとうございます」

「いや……」


 話しづらいようだった。彼の境遇を思えば、自然なことだが。


「お伺いしたいことがあります。いくつか立ち入ったことを尋ねるかと思いますが、よろしいですか」

「……はい」


 俺に彼を裁く意思がないことは、先日、既に明らかにしてある。それでも、自分の出自を知っている相手とのやり取りは、気が重いのだろう。


「変なことをと思うかもしれませんが、お子さんはおいでですか?」

「おりません」

「奥様は」

「かれこれ十年前に亡くしました」


 彼も、元はといえば大貴族に仕える身の上だったのだ。俺の質問の意図を悟って、先回りして答えた。


「両親とも、既に世を去りました。亡くなったのは六年も前のことです」

「それはいつ、お知りになったのですか」

「主が討たれて王都が落ち着いてから、密かにフォンケニアに向かいました。兄の口から知らされました」


 俺は頷いた。そろそろ頃合いとみて、ポットからカップに紅茶を注いだ。


「どうぞ」


 彼は座ったまま軽く頭を下げた。


「ですが、仮にもあなたは主であるドメイド様のために働いた人ではないですか。フォンケーノ侯爵家として、後々の面倒を見る責任くらいはあったと思いますし、それができるだけの力もあるはずだと思うのですが」


 首を振ると、彼は溜息をついた。


「お館様としては、タンディラール王に弱みを掴まれたくなかったのでしょう。我が子の一人が、元は分家とはいえ王国の貴族を根絶やしにして、後釜に座りたいがゆえに、叛徒に与したのです。ドメイド様のこともとっくに切り捨てておいででしたし、そうなれば私のことも」

「ギムさんは、ドメイド様の従者だったと思うのですが」

「ええ。あの家では、成人した男子に一人ずつ、従者としての騎士がつけられるのです」


 震える手で一口、紅茶を含んでから、彼は続けた。


「ですが、ドメイド様については……帝都への留学の後に、やっと私が指名されることになりまして」

「それは、なぜですか」

「表向きは出世という形で、追い詰められてしまったのでしょうね。あちらの家中では、私は寒族の出です。私なりに頑張っていたつもりでしたが、目立ってしまったのがよくなかったのかもしれません」


 彼には魔術のスキルがある。つまり、教育の機会を与えられるほどには活躍したということだ。だが、出る杭は打たれる。あれだけの大貴族となると、家中の政治というものもあるのだろう。

 それでも、彼は与えられた立場を受け入れて、できることをするしかなかった。


「お話は分かりました。つまり、もうあちらに係累は残っていないも同然だと」

「ええ。そうなります」

「では、これからどうなさりたいですか」


 俺の問いに、彼は俯いたままだった。


「……私自身に望みなど、今更ありません」


 それもそうだろう。妻には先立たれ、子宝にも恵まれず、主家には捨てられた。気付けばもうこの歳だ。


「率直に申し上げると、うちで働いてくれませんかと言いたいのです」

「予想はしていましたが、私を信用できるのですか」

「僕は形ばかりの腰掛け貴族でしかないんです。元はこの辺の貧民の子ですから、代々の家臣もいません。ピュリスに商会はありますが、あんまりあちらから人を引っこ抜くと、それはそれで立ち行かなくなりますし、領地を治めるための人員が足りていないのです」


 彼は目を伏せた。


「これから、大きな事業に着手します」


 ギムにとっては、残りの人生など消化試合でしかない。だが、本人にとっては残り滓でも、必要とする人はいる。


「実は、ロージス街道を甦らせようと考えています」

「無謀ではないですか」

「不可能ではないと思っていますが、もちろん、どうしても無理なら手を引くつもりです。ただ、それなりに成算はあります」


 彼は目を見開いて俺を見つめたが、すぐまた俯いてしまった。


「お力添えをいただけませんか」


 ややあってから、彼は答えた。


「考えさせてください」


 それから五日後。やや駆け足の行軍で、俺達はティンティナブラム城に戻ってきていた。日はとっぷりと暮れていたが、俺達は例の会議室に集まっていた。ユーシスは苦い顔で名簿を差し出した。


「これが、遠征に参加することに同意してくれた兵士達の名簿になります」

「よく集めていただけました」

「宥めすかして、やっとのことでした」


 兵士の立場からすれば、とんでもない貧乏くじに見えるだろう。ポッと出の若い新任領主が、いきなり野心的な計画に着手しようとしている。その最前線に立たされるとなれば、誰だって逃げ出したくなる。それでも、先の盗賊討伐が面白いようにうまくいったので、説得に応じてくれる兵士も一定数、出てきてくれたのだ。


「ですが、問題は犯罪奴隷どもです。連れていかれる場所を考えれば、死刑にすると言ったところで、あまり効き目はないでしょう。命懸けの抵抗だってあり得ますぞ」

「説得するしかないですね」

「簡単に仰る」


 俺は頷いた。


「右手と左手で説得します」

「ほう」

「まず、この遠征についてきた犯罪奴隷は、条件付きですが、三年で奴隷の身分から解放します」


 右手で三本の指を立てて、俺はそう言った。その手を開く。


「遅れて東部の開拓に参加したものは五年です。もちろん、犯罪奴隷の中でもごく一部、元首領だったり、殺人の前科があったり、外部から流入した悪質な犯罪者の場合は、遠征には参加させても、解放はなしですが」

「左手の方は」

「逃げられないということを思い知らせます。いったん東部の奥地に入れば、どうせ逃げ場はありません。遠征隊からはぐれても、糧食の補給も受けられませんし、魔物に襲われても救援がないのです。だから、問題は魔境に入るまでの間、彼らを従わせることです」


 要はアメとムチだ。そうなると、肝心の左手をどう実現するかが鍵になる。


「もうすぐ寝る時間ですが、今から仕掛けようかと思っています」

「ふむ……では、お手並み拝見といったところですが」


 それで俺達は、城の北東部に向かった。いまだに土砂が堆積している状態のままだ。ここの穴掘り計画は、南西部の街道整備が思った以上に厳しかったために、延期されてしまった。ただ、おかげで今はちょうどいい牢獄になっている。一千人近い犯罪奴隷を効率的に収容できる場所が、今は他にないのだ。

 城壁の上に立つと、すぐ下の暗い穴の中には、地面の上に直に横たわる彼らの姿がぼんやりと見える。


「どうなさるのか」

「一番単純な方法でやります。つまり……」


 俺は拳を握りしめてみせた。


「馬鹿な」

「そこから見ていてください。ノーラ、フィラック、ペルジャラナン、一緒に来てくれると助かる」


 俺達は階段を下りて、犯罪奴隷達のいるところまで降りていった。後ろでユーシスが息を詰めていたが、他の三人はまったく問題ないとわかっていて、落ち着いている。


「起きてくれ」


 俺は、その場にいる連中に声をかけた。


「大事な発表がある。静かに」


 領主がやってきたと悟って、彼らは起き上がり、俺達とは距離をとって後ろに下がった。フィラックが持つランタンの光が、彼らの顔を赤く映し出す。


「ここにいる犯罪奴隷のうち、半分は、南部と南東部の道路工事に引き続き従事してもらう」


 この一言に、溜息と舌打ちが溢れた。


「残り半分は、東部の開拓にまわしたい。つまり、今は魔境になったロージス街道の開拓に連れていく」


 溜息も舌打ちも聞かれなくなった。代わりにどよめきが巻き起こった。


「静かに。静かに! 連れて行くのは、犯罪奴隷の中でも特に罪が重い者。あとは希望者を募る。なお、最初に東部の開拓に従事したものは、最短で三年で犯罪奴隷の身分を解く。より危険で、多くの作業を要する段階で名乗り出た者ほど、早く自由になれる。解放後は、街道沿いに住居を構えることで、平民として生活することを認める」


 いろいろ考えても、これしかなかった。お前達は奴隷なんだから、悪いことをした結果こうなったのだから、黙って命令通りにせよ……言う側は気持ちいいかもしれないが、そんなやり方が適用できるのは、相手が絶対的少数の場合に限られる。人に何かを強制するには、その強制力を持たせるための労力が必要になる。大多数の人間は、別の論理で動かさなくてはいけない。


「お前達の中には、困窮ゆえにやむなく罪に手を染めた者もいるだろう。そのことには同情するし、人生をやり直す機会も与えたい。だが、罪は罪だ。街道の整備という、人の世を富ませる仕事に従事してその罪を贖えば、それができる」


 だが、俺の呼びかけにもかかわらず、彼らは目を見合わせてはざわめくばかりだった。


「必要な人員が確保できない場合は、くじ引きで無理やり決定しなければならない」


 この宣言に、彼らの興奮は最高潮に達した。相手が領主でも、関係なく怒号が叩きつけられる。そんなの、どっちにしろ死ねというのと変わらないだろう、できるわけがない、処刑の手間を省きたいのか……だが、俺はそれらの騒ぎが収まるのを待った。


「では、どうしても参加したくない者には、その機会を与える」


 俺がそう言うと、彼らは耳をそばだてた。水を打ったように静まり返る。


「領主たるこの僕を、これから一対一で打ち倒した者は、くじ引きに参加しなくていい。武器はなし、拳だけの勝負だ。さぁ、どうする?」


 興奮した男達の声が周囲に充満した。何人かが前に出ようとする。その彼らを制して、一人の大男が進み出た。


「確認してぇことがある」

「なんだ」

「領主のあんたを殴ったら、殴った罪で死刑……なんてことにはならねぇんだろうな?」


 俺は頷いた。


「もちろん、この勝負で怪我をさせても、一切罪には問われない。やるか?」

「恨むんじゃねぇぞ」


 そう言ったが早いか、彼はその大きな体を広げて、俺を押し潰そうとするかのように前に踏み出して、体ごとぶつかってきた。隙だらけだ。

 次の瞬間、顎を蹴り抜かれて、彼は砂地の上に突っ伏した。


「次はいないか」


 俺が手強いらしいと悟った連中もいたが、後ろの方からではよく見えていなかったらしいのもあって、まるで怯まないのもいた。


「俺だ」

「よしこい」


 五分と経たないうちに、そこには七人の男達が寝そべっていた。


「次は? もういないか」


 信頼や期待は人を動かす。だが、その背後には恐怖がなくてはならない。大事なのは、それが背後にあることだ。常に前面にあるべきではない。なぜなら恐怖は人を委縮させ、疲弊させるからだ。

 先の道路工事でも、俺は犯罪奴隷の水にも氷を足してやっていた。労苦を共にしてくれるなら、優遇はする。普段は好意を示して、協力するメリットを体感してもらう。だが、いざとなれば俺には彼らを一方的に制圧する力があるのだと、そのことはしっかり覚えておいてもらわないといけない。


「わかってくれたようで何よりだ。では、明日にでもくじ引きを行うが、奴隷解放までの期間短縮を申し出るなら、その前にしてくれ。最初に申し出た者は三年、くじ引きで当たるなどした者は五年が目安になる。自発的に参加した方が利益が大きい。では」


 その時、集団の中から、甲高い声が割り込んだ。


「みんな、何してるのよ! こいつ、領主でしょ? それがたった三人でここまで降りてきてんのよ? 手強くたって、寄ってたかって潰しちゃえばいいじゃない! 逃げるなら今しかないわよ!」


 やっぱりこうなったか。それにしても、ペルジャラナンが頭数に入っていないとは。

 すぐ上ではユーシスが慌てているに違いない。だが、まったく心配など不要なのだ。


「やっちまえ!」


 誰かが叫ぶ。それで、見える範囲で半分以上の犯罪奴隷は、目を血走らせて、歩み寄ってきた。

 これは立派な反乱だ。反乱なら、もう手加減は必要ない。


 次の五分が過ぎた頃、そこには数十人の男達が仰向けになって転がっていた。幸い、ノーラが魔術で彼らを毒殺するほどの状況にはならずに済んだ。

 倒れ伏した囚人達から視線を外し、改めて正面を見据える。犯罪奴隷達の立つ場所の面積は、目に見えて縮んでいた。


「それで、さっき煽った奴はどいつだ」


 俺がそう言って彼らの顔を見渡すと、しばらくして集団の中から、一人の男が引っ張り出された。そいつは抵抗していたが、最後には他の囚人に蹴飛ばされて、俺の目の前に転がった。


「お前か」

「ヒッ!」


 見たところ、さほど逞しそうでもない。背も低い。むしろ線が細い。ただ、その表情には、どうにも言い表し難い、ある種のいやらしさが見て取れた。


「こちらは一対一でやると言った。本来、犯罪奴隷にこうした温情など不要なのに、お前はそれすら裏切った。当然、その報いは……」

「ゆ、許して」

「ん?」


 そういえば、さっきもそうだった。この口調、この顔立ち、どこかで見たような……


「わっ! たっ! ちょっ!?」


 俺はそいつの腕を掴んで引きずったまま、他の三人がいるところに引き返した。


「フィラック、こいつの顔を照らしてほしい」

「あっ、や、やめ! やめて!」

「ふん、間違いないな。おい、お前、前にピュリスにいたことはないか」


 するとそいつは、あからさまに目を逸らした。


「ぎゃぁっ!」

「正直に答えないと、もっと痛みを与える」

「い、痛い痛い! い、い、いたわよ! それが何!?」

「不潔な娼館を経営して、裏では密輸商人どもの手引きをしていた。そうだな?」

「な、なんでそんなこと」


 ノーラもその男の顔をじっくりと見ていた。


「見覚えがあるわ」

「ノーラも? どこで会った?」

「ほら、コラプトから……グルービーから解放された後、ピュリスに行こうとして、馬車を探してた時に、声をかけてきたのが、そいつだったの」


 思い出した。

 俺がグルービーの肉体を奪って、ノーラ達を自由にした。その後、彼女はピュリスにいる俺の家に行こうとしたのだが、そこに誰かが現れて、彼女の話を親身になって聞くフリをして、人気のないところで全財産を奪って暴力を振るって逃げたのだ。彼女がピュリスで保護された時、ハリが詳しい特徴を教えてくれたっけ。


「それも貴様だったのか」

「ヒィッ!」


 俺はそいつの頭を掴んで『行動阻害』の呪文を繰り返し唱えた。すぐに彼は脱力し、砂地の上に倒れ込んだ。


「お前は減刑なし」


 俺はまた、意識をなくしたそいつを犯罪奴隷達の前に転がした。

 東部送りにするか、それとも、ホアに黒竜の解体を頼む件で仕事をさせることにしようか。あれには毒がある。危険な作業になるが、仮にも俺に好意を抱いていて、優秀な職人でもあるホアにリスクを取らせるのは避けたい。だが、こいつなら別に構わないだろう。


「希望者は早めに名乗り出るように。ただ、お前達の中でも重い罪を犯した者は、こいつと同じように強制参加だ。減刑もない……そうだ、一つ付け加える。凶悪犯は、参加しないなら、より危険な作業に割り当てるつもりでいる。それも嫌というのなら、拷問にかけた上で死刑だ」


 それだけ言うと、俺は背を向けた。腕力による話し合いは、片付いたから。


 その数日後、ようやく俺は一切の手続きを終え、遠征隊を編成して、東部に向けて出発した。

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