消えた神々
「暇があれば、一度登って見渡してみるのもいいかもしれませんよ」
翌朝、ゼンは俺達を連れて神仙の山の各地を歩いて回った。
山の施設から見て、俺達は西側の入口から入ったので断崖絶壁の狭間を通り抜けることになったのだが、この崖はだいたいこの地の南側にコブができていて、それがぐるっと西側を覆う形になっている。北側にはまた丈の高い山があって、それが冷たい北風を遮ってくれるのだとか。普通に開けているのは、東側だけなのだそうだ。
「南の高台の脇、東側には、温泉もありまして」
「えっ」
思わず食いついてしまった。
「おや」
「それは素晴らしいですね」
「お年寄りならいざ知らず、お若い方がご興味を持たれるとは思いませんでした。こんなことなら、昨夜ご案内すればよかったですね」
とはいえ、今日はこのままお湯にドブン! というわけにはいかない。先に予定が組まれてしまっている。
「こちら、北東側の区画は、職人の仕事場になっております。木工から鍛冶から裁縫から……神仙の山と言いましても、我々も霞を食らって生きておるわけではございませんので」
春の終わりに山道が通行可能になると、この山に住まう職人、いわゆる「伝承者」は下山して、半年以上にも渡る仕事の成果を引き渡す。見返りに得られたお金が、山の経営を支えている。帝都からの支援もあるとはいえ、それに頼り切りにはならないようにするのが、ここの方針だ。
秋口に差しかかると、山道に雪が降るようになる。そうなると通行が困難になるので、その時期から冬が終わるまで、ここの住人は閉じ込められることになる。平地で請け負った仕事をひたすらこなし、それが終わったら修行に明け暮れる。
今の時期は、一年の中で最も喜びに満ちた季節で、人によっては休暇を取ることもある。といっても、出かけられる先は限られている。帝都は遊びに行くには少々遠いので、だいたいは南部に船で向かうらしい。そうした事情もあって、作業場は閑散としていた。
職人一人一人に作業用の小屋が与えられるのだが、その形はだいたい立方体の上に屋根がついているだけのものだ。ただ、それもしっかりとした煉瓦造りになっている。冬場に用いられる作業小屋なので、中に熱源を置けるようにしてあるのだろう。
「冬場にはみんな戻ってきますので、だいたい四百人くらいになりますが、今は年寄りと新人ばかりです。百人ほどしか残っておりません」
「案外少ないんですね」
「世界統一前には、もっと人がいたといいます。見ての通り、南方の帝国などと戦うための場所だったので」
それからゼンは踵を返す。家畜小屋のような建物の脇に木造の陸橋が拵えてあり、そこを通り抜けると足下は石畳に変わる。
「今でも戦いの技を磨くものはおります。ただ、真なる騎士以外となりますと、基本的には、この山を守る防人としての役割を担うためなのですが」
石畳の向こうには、幅広の大きな建物が聳え立っている。
「一応、私も少しは技の伝承のために、覚えたものはあるのですけれども……この山の伝承者の仕事の中には、真なる騎士に帯同してその使命を手助けするというのがありまして」
「では、旅に行かれたりもするのですか」
「そういう経験のある者もおりますよ。その時、足手纏いになってはなりませんので、芸の一つくらいは身につけておくのです」
ゼンが指差した。
「さて、あちら、正殿で我々の長老、クル・カディが皆様をお待ちしているはずです」
「こんなにあちこち歩いてお待たせしてよかったんでしょうか」
「いえいえ、こちらはこちらで、いろいろ仕事を済ませなければいけませんし、むしろちょうどいいくらいですよ」
隆々たる分厚い木の列柱が並んで、正殿の大きな屋根を支えている。冬場はかなりの雪が降るというが、その重みに潰されないだけの強度を保つのに、こうした造りが必要だったのだろう。
その向こう側は丈の低い階段になっていて、登ると繊細な格子の窓が黒い口を開けていた。ゼンが手を添えると、戸はすっと開き、内側からお香の匂いが漂ってきた。
「お進みください」
やや小声になってそう告げるゼンはここで足を止め、俺達に身振りで奥へと進むよう促した。
すぐ目の前に段差があり、そこから先は板間になっていた。それで察して、俺は靴を脱いだ。ノーラとフィラックも同じようにして、上がり込む。それからひんやりとした床の上を歩く。
突き当たりには、燭台が二つ。その橙色の炎に照らされて、金色の光が散乱する。そこには絡み合う五体の黄金の龍神像が据えられていた。それを背にして、一人の老人が座布団の上に胡坐をかいていた。
小柄な男だ。髪の毛はすっかり落ちているし、表情がわからないくらいしなびてしまっている。ここまでくると、フォレス人なのかハンファン人なのか、はたまたペルィなのか、区別がつかないほどだ。
「ようこそ、お客人」
思った以上に張りのある、よく通る声でその老人は呼びかけてきた。
俺はその場に膝をついて挨拶をした。
「ファルス・リンガと申します。昨夜はお世話になりました」
「私がクル・カディ、この山の一切を取り仕切っておる者です。さ、お座りください」
言葉に従って、俺達はその場に座った。
表情がまったく読み取れない。だが、彼はもう、俺の異常性に気付いているはずなのだ。
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クル・カディ (549)
・マテリアル ヒューマン・フォーム
(ランク3、男性、91歳)
・マテリアル 神通力・工匠
(ランク5)
・マテリアル 神通力・長寿
(ランク8)
・マテリアル 神通力・高速治癒
(ランク7)
・マテリアル 神通力・識別眼
(ランク7)
・マテリアル 神通力・鋭敏感覚
(ランク4)
・マテリアル 神通力・探知
(ランク3)
・マテリアル 神通力・念話
(ランク7)
・マテリアル 神通力・千里眼
(ランク6)
・マテリアル 神通力・記憶
(ランク5)
・スキル フォレス語 6レベル
・スキル サハリア語 5レベル
・スキル ルイン語 5レベル
・スキル シュライ語 6レベル
・スキル ハンファン語 7レベル
・スキル ワノノマ語 5レベル
・スキル 政治 6レベル
・スキル 管理 6レベル
・スキル 戦槌術 5レベル
・スキル 格闘術 5レベル
・スキル 魔力鍛造 7レベル
・スキル 鍛冶 7レベル
・スキル 木工 7レベル
・スキル 裁縫 7レベル
・スキル 薬調合 7レベル
・スキル 医術 6レベル
・スキル 料理 6レベル
・スキル 水泳 4レベル
空き(522)
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高ランクの識別眼がある。こちらが普通の人間ではないことくらい、一瞬でわかる。しかも念話に記憶に……俺の情報は、彼が望めば、どこにでも拡散され得る。ゼンが指導者に会うよう勧めてきたのも、要はこれが目的だったのだ。
とはいえ、今更、大した不都合でもない。どうせ俺は、モゥハのところに出頭するつもりなのだから。
それよりこの長寿だ。こんなに長生きしている人間は、この世界に来て初めて目にした。元人間という枠ならケッセンドゥリアンがそうだったが、彼の場合は恐らく一千年以上、迷宮の地下に閉じこもっていたようなものだから、年齢にさほどの意味はなかった。クルは違う。人間のまま活動し、各地を経巡ったのだろう。ここ五百年もの歴史をその目で見てきた人物、暗黒時代の生き証人なのだ。
「昨夜、ゼンから報告を受けました」
まるでこけしのような丸顔が、表情も変えずに、抑揚のない声で喋るのだ。正殿の薄暗さもあって、それがなんとも不気味だった。
「女神の騎士アドラットをスーディアで助けたファルス様があなただと」
「その通りです」
「不死をお望みとか」
昨夜、ちょっと確認しただけだったのだが、しっかり伝わっていたか。
「望んでいました」
「おや?」
「今はこだわってはいません」
「左様ですか」
彼は何を考えているのだろう?
「年寄りだから言えることですが、長生きなど、そんなによいものではありません」
「はい」
「寂しいものですよ。私より後に生まれたものを、この目で見送るのは」
「さぞ長生きされたんでしょうね」
ピアシング・ハンドの表記が正しいなら、彼は、なんとあの海賊王ルアンクーの同時代人だ。ピュリス王国滅亡やミーダ姫による宮廷の腐敗なども、リアルタイムで見聞する機会があったかもしれない。
「孤独なものです。いえ、山の者達はよくしてくれますが、それもすべて使命ありきですから。生まれ育った村も、そこでの思い出も、いまや遠い昔です……さて」
彼の目がようやく見開かれた。
「率直にお尋ねします。ファルス様、では、あなたは何をお求めですか」
「かつては不死を……いいえ、永遠の安寧を求めていました」
「では、今は」
「わかりません」
正直なところ、俺は今、求める何かがあるのではない。これまでの自分の業に突き動かされているだけなのだ。
「ただ、今までの旅は血塗られたものでした。人を助けもしましたが、傷つけもしたのです。自分の行いを締めくくるために、旅を続けています」
「どう締めくくるおつもりですか」
「もしできるのなら、龍神モゥハに面会したい」
この言葉には、さすがのクルも黙り込んでしまった。だが、ややあって問いを発した。
「面会して、どうなさるのですか」
「どうもしません。決めるのは私でなく、モゥハでしょう」
それからまた沈黙。しばらくして、彼は首を縦に振りだした。
「なるほど、承知しました。結構です。旅を続けなさるといいかと思います。ただ」
「はい」
「では、私どもがお力になれることはありますか」
特にはない。そう思った。
ノーラとフィラックを預かってくれるなら、それが一番いい。でも、二人はもう覚悟を決めている。この期に及んで彼らの命を惜しむなど、むしろ侮辱するようなものだ。
或いは女神の騎士を鍛えるのと同じように、神通力の一つでも授けてもらえばとは思うのだが、ちょっとやそっと強化した程度では、どうせ使徒には指一本触れられまい。逃げ隠れだってできっこない。
「……そうだ」
ふと思い出した。
今までは望み薄だったから、尋ねようともしなかった。今更、大して意味があるとも思われないのだが、世界の秘密に繋がるパーツを、俺はまだ持ち歩いていた。
「これはお読みになれますか?」
タリフ・オリムの聖女の祠。その封印された三つ目の部屋の向こうにあった休火山の火口にあった二つの遺物。
そのうち、黒い石板の記述については、クララが解読してくれた。第一世代のルイン語、つまりクラン語で、使徒ムンジャムがテミルチ・カッディンを封印した旨が記載されていた。
では、灰白色の石材に刻まれていた文字の方は?
クルは、その文字を見て、初めて表情を変えた。
「これはどこで?」
「タリフ・オリムの聖女の祠です」
「なんと」
少し事情を説明した方がいいかもしれない。
「それは祠の奥にあった火口の底で見つけたものです。砕けて落ちていたほうの石材に刻まれていた文字がそれで、他に黒い石板があって、そちらにはムンジャムという何者かがテミルチ・カッディンを封印したと刻んでありました」
「ファルス様は、どこまでご存じなのですか」
少し声が上擦っているのがわかった。
「断片的なことしか知りません。ただ、ポロルカ王国では、政庁の裏手にある秘密の部屋に立ち入りました。モーン・ナーを含む数多の魔王を招き寄せたのは、招福の女神だったのですね」
この一言に、彼はまた硬直した。それから大きく溜息をついた。
「では、あなたは世界の真実に辿り着きつつあるのです」
彼は座り直して、居住まいを正した。
「少し、昔話をさせてください」
クル・カディが生を享けたのは、偽帝アルティが大乱を引き起こしてからおよそ百年余りも後のこと。オムノドの郊外の村に生まれた彼は、まだ幼いうちに帝都に移住した。沿岸を荒らす海賊の被害もあって、一家は安定した生活を送ることができなかったのだ。だが、帝都は帝都で、百年前の混乱から立ち直り切れておらず、移民を迎え入れはしていたものの、それはひとえに復興のための使い捨ての労働力としてだった。結局、パドマでも安定を得られなかった一家は、ついにインセリア公国に移り住むも、そこで流行した疫病のために、彼は天涯孤独の身となってしまう。
そんな彼を保護したのが、当時はまだ少なからず生き残っていた女神の騎士達だった。
「つまり、あなた方と同行したホアと似たような身の上だったのです」
覚醒できそうな神通力などの素質に恵まれていたこともあって、彼は伝承者の道を歩み出した。それから間もなく……といっても二十年後のことだが、とある使命を言い渡されたのだ。
「西方の魔王の封印を確認せよ、というものでした。私と騎士達が訪ねるべき場所は二つ。今、あなたが名前を挙げたテミルチ・カッディン、それからムーアンの沼地に封印されたはずのグラヴァイア。この二柱の神に異変がないかを調べに行く旅でした」
「魔王が目覚めて、世界を乱しているかもしれない、ということですか?」
「いいえ」
彼は息を大きく吸い込み、静かに吐き出した。
「この話は、伝承者達にもごく一部にしか伝えておりません。私もすべてを知っているのではありませんが、少なくともこの二柱の神々は、女神や龍神、そしてこの世界に住まう人々に敵対したという事実がありません」
「あり得るお話ですね」
「イーヴォ・ルーの真実を知っている以上、驚くことでもありませんか。かの神は、なるほど、この世界の秩序に挑みはしましたが、そこに害意はなかったのです」
だが、そうなると疑問が残る。シーラのような、明らかに無害な神でさえ、神官戦士団の追及の対象になっていたではないか。
俺の顔色の変化に気付いたのだろう。クルは言い足した。
「好ましい話ではありませんが、女神も龍神も我々も、この世界に降臨した異なる世界の神々のすべてを掌握しているのではないのです。例えばイーヴォ・ルーは、南方大陸の民には善政を敷いていました。と同時に世界秩序の改変を目指していました。逆にグラヴァイアは、あらゆる人々に拒まれていましたが、人々を黒竜その他沼地の魔物から守るために、休みなく戦い続けていました」
「人々を、守る?」
「黒竜を引きつれていた、というのは、遠くからグラヴァイアを観察した人間側の思い込みです。実際には、沼地の外を荒らそうとする魔物達を抑え込み、時には討伐もしていました」
それが魔王呼ばわりとは、とんでもない誤解ではないか。
「モーン・ナーの影響がなくなって、沼地に平穏が訪れると、グラヴァイアも特にやることがなくなりました。人々が喜ぶような祝福など、持ち合わせていなかったからです。それでギシアン・チーレムとの対話の後に、封印されることを受け入れたのです」
「どうして封じる必要があったのですか」
「世界への影響を極小化するためです」
彼は目をより一層大きく見開いて、俺達をじっと見つめた。
「神とは、遺された意志の集ったものだといいます。ゆえにその意志に動かされて世界を作り変えようとする働きを持つのです。これは神自身、変更することのできないものです。おわかりですか」
その辺は、なんとなくだがわかる。
シーラがそうだった。彼女は自分の権能から外れる形で力を発揮することはできなかった。
シュプンツェにしてもそうだ。あれにろくな知能があったかどうかも疑わしいのだが、確かに実体化してスーディアに降臨した際には、あの地域はまったく別の世界に作り変えられてしまっていた。
「グラヴァイアがどれほど友好的で善意を抱いていたとしても、彼が活動するだけで、その影響は世界を揺るがします。彼の場合、この世界の人間にとって都合のいい祝福がない一方で、望むと望まざるとにかかわらず、あらゆるものを汚染し、破壊してしまうので……ゆえに世界の改変を最小化するために、休眠してもらうのがよかったのです」
とするなら、シーラの存在もまた、世界に僅かながら悪影響を与えている可能性がある、か。
だが、元はと言えば、異世界の神々を招いたこちらの世界の過失ではないか。しかし、そうした責任問題を追及した先にあるのは、古代の人々の愚かさ、強欲さ、傲慢さであろう。女神もまた、人々の望みを叶えないという選択肢を持ち得なかったに違いない。
「では、テミルチ・カッディンを封じたのも」
「いいえ」
彼は苦々しげに言った。
「テミルチを封じたのは、ギシアン・チーレムではありません。ムンジャムという名前は今、初めて聞きましたが、別の神の使徒がそうしたのだろうということは、だいたいわかっていました。だから、我々は、封印を解かずにそのままにしていた、ということになります」
これはひどい。だから話を公にできなかったのだろう。
グラヴァイアについては、まだ筋が通る。ギシアン・チーレムが話し合って、封印に同意してもらったのだから。しかし、テミルチにしてみれば、この世界に呼ばれてやってきたはいいが、他の神から攻撃されて封印され、しかも世界が平穏になっても解放してもらえず、都合がいいからと放置されてしまっているのだ。
「特にテミルチについては、私も事実を知った際には憤りさえしました。ご存じですか、タリフ・オリムの鉱山のことを」
「え、はい」
「一千年以上も掘り続けて枯れない鉱山が自然に存在すると思いますか」
思わず息を止めてしまった。
「あれはテミルチのもたらした祝福です。あの鉱山は、いわばダンジョンなのですよ。それを利用しながら、封印はそのままに……」
クソ野郎、いや、クソババァという言葉しか出てこない。
モーン・ナーも大概だったが、この世界の元々の女神も、随分なことをしてくれているじゃないか。
「ですが、封印を解いた後、協力してもらえる……つまり、再封印に同意してもらえる保証はなかったのです」
「その、魔王がそのままでいると、そんなに有害なのですか」
「程度によると聞いたことがあります。どちらにせよ、異界の神がいるというだけで、女神達は世界の修復に追われるのだそうですが」
しかし、それはそれだ。
テミルチを放置すると決断したのはクルではない。
「話を戻しますと、私と騎士達は、西に向かいました。ですが、結論から言いますと、私達はテミルチの封印を確認できなかった」
「それは、祠に立ち入ることができなかったということでしょうか」
「当時の王家と教会には、祠そのものに立ち入る許可は貰ったのです。ですが、どんなに探してもテミルチの聖域を見つけることはできませんでした。かつてモーン・ナーが使徒を遣わしてテミルチを封印したことはわかっていて、世界統一後には、あなたの言う火口の底の石板のことも、一部では共有されていた秘密でした。なのに、それを再確認するという命令を受けた私達は、どこにも入口を見つけることができなかったのです」
では、あの時のギルと同じ状態だったのだ。
恐らく、女神や皇帝の判断があって、聖女の祠はそのままにされた。テミルチを封印したままにしておく以上、その事実も隠蔽しなければならない。だから聖女の祠も特別な管理の下に置かれた。そもそも当時の世界の三分の一がセリパス教徒だったのもあって、混乱を避けるためにもモーン・ナーの正体も伏せられたのだろう。
だが、世界が大乱に見舞われ、気付いてみればもう、あのテミルチ封印の地に立ち入ることさえできなくなってしまっていた。
「同じことが、グラヴァイアの封印についても起きていました」
つまり……
「神が……魔王が、行方不明になった、と?」
「簡単に言うと、そういうことです」
だが、それはおかしい。
テミルチはともかく、グラヴァイアは封印されるのを受け入れたはずだ。仮に何か不可抗力で封印が失われたにせよ、それだけなら勝手にいなくなったりはしないだろう。仮にも神なのだから、しかも対話できるだけの知性や良識だってあるのだから、ヘミュービでもモゥハでも呼びつけて、なんらか対応をとればいいはずなのに。
「それから百年ほど経って、世界を覆う戦乱も鎮まってきました。けれども、我々神仙の山に住まう者達は、備え続けています。いつかまた、恐るべき何者かが姿を現すのではないか、魔王か、魔王の意志を引き継いだ何者かが生き残っていて、それがこの世界に破滅をもたらそうとするのではないか」
その、魔王の置き土産の一つが、この俺だ。
だが、俺一人が災厄なのではない。世界の危機は、終わっていない。今はまだ、水面下に隠れているだけなのだ。
「そうした危機の一つは、どうやらファルス様が除いてくださったようですが」
パッシャのことだ。
デクリオンの計画を阻止しただけでなく、意図せずとはいえ、本部まで壊滅させたのだ。その意味では確かにそうだといえる。
「女神の騎士も随分と数を減らしてしまいました。今は世界を守る者の手が足りていません。ファルス様に志がおありであれば、私どもはもちろんのこと、モゥハもきっと報いてくださることでしょう」
「さしてお役に立てるとも思えませんが」
「私どもとしましては、藁にも縋る思いなのですよ」
彼は俺達三人の顔を順番に眺めた。
「せっかくですから、夏の間、こちらに逗留なさいませんか。きっと損はさせませんとも」
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