トカゲも悩む
照りつける太陽の下、青々とした芝生の上を、奇妙な衣服に身を包んだ男達が彷徨い歩く。それを大勢の人達が、遠巻きにして見物している。
国王陛下の棺が、あの葬列によって港にまで運ばれたのが四日前。それから俺達は、ずっと宿の中に缶詰状態だった。下手に出歩いても厄介ごとばかりなのはわかっているので我慢していたのだが、仕事も娯楽もない状態には、人間、よっぽど疲れ果てているのでもなければ、耐えきれるものではない。
そんな俺を見て、機嫌を損ねるのを恐れたワングが、手回ししてくれたのだ。
「本当は葬儀が一通り終わってからやるものネ。死去の連絡が入ってたったの四日でこれというのは、もう前もって知らせが届いていたネ」
つまり、本来の式次第によるなら、まずは先王の葬儀を済ませ、それが終わった頃に王国内の各地から名家の人間が挨拶に駆けつける。ところが今回は、かつてのポロルカ王家にとっての神殿や墓地のあるブイープ島付近に魔物が居着いてしまい、渡航が難しくなっていた。かつ、黒の王衣候補者の着任問題など、先王の積み残し案件もあって、どんどん日程がズレこんでしまったのだ。
あれこれゴタついてしまったのだが、とにかく一通りの儀式はやり切らねばならない。
「で、あの格好はなんですか」
「由緒あるものネ」
ここは例の石碑のある歴史地区だ。そしてあの奇妙な服を着た連中は、地方に散らばっている名門出身の男達……のはずだ。決して大道芸人なんかではない。ただ、彼らが演じているのは、昔から変わらないお芝居なのだが。つまり、偉大な先王が死去してしまった、なんと悲しく、また頼りないことか。この上は、頼もしい新たな王が立たねばならない。そういうメッセージを込めた、一連の儀式なのだ。
彼らは導きを失った民の姿を代表して、悲しみを露わにしながら草地の上をフラフラ歩き、ときに膝をつき、地面に這いつくばる。
それはいい。問題は服装だ。
「どう見ても虫けらに見えるんですが」
「統一時代の王様の趣味ネ」
こんなことがあったらしい。
世界統一から百年ほど経った頃のお話だ。ごく平和な時代であったこともあり、当時の王様は堅苦しい宮廷に嫌気がさしていた。
『みんな、次の夜会には、私をビックリさせるような服装でやってきてくれ!』
家臣達は目を見合わせた。だが、王様の命令とあっては無視もできない。それで彼らは知恵を絞って、フザケにフザケた服装を考案した。それがあれらだ。
例えば手前にいる男。長すぎる袖、反りかえった黄緑色の燕尾服は、まるでカマキリに見える。だが、彼はまだマシだ。人種的には西部シュライ人っぽく見える男が一人いるのだが、彼の服装がひどかった。焦げ茶色のマントが二枚、これは背中の羽らしく丸みを帯びている。上着も黒ずんでいて、袖がやけにトゲトゲしい。しかも、腕と足の間、脇腹から、真ん中の足を模した棒切れみたいな装飾が突き出ている。頭には三角形の被り物をしているが、そこからは二本、長く撓った角が突き出ている。これってつまり……
「その王様の鶴の一声で、それまでの宮廷儀礼のやり方が全部変わって、みんなこの服装で出入りすること、となったネ。ただ、さすがにその王様が亡くなってからは、ほとんどの儀式からはこの服装は使われなくなったネ」
「それはそうでしょうねぇ」
「一応、真面目な理由もあったらしいネ。王様の悪ふざけに見えて、余計な手続きや予算を減らすのに役立ったというお話もあるネ」
なるほど、煩雑すぎる儀式や、それにかかるコストを省略するために、あえて奇手を打ったということか。その残滓のようなものが、断片的に残されている、と。
「今でも田舎では、あれらの服は正装ネ」
「あれがですか」
「千年近い歴史がある証拠ネ。名家じゃなければ着られないネ」
そんな悪ふざけが一転して重要なものになったのも、諸国戦争のせいなのだとか。偽帝の軍勢に大勢の家臣が討ち取られた後、宮廷貴族達の陰謀まであった。このような国難の時代にあっては、宮廷内に人を置いておくコストなど支払えないし、また謀反のリスクも消えていなかった。それで当時の王は、廷臣達に一時的に官位を与えて地方の統治に送り出した。
ところが、各地で半独立状態の土豪に成長したところで、梯子が外されてしまった。ポロルカ王国からの正式な官位は次世代には引き継がれず、真珠の首飾りにはサハリア系勢力が侵入してくる。領地の維持はできないと判断した王国は、決して忠実とは言えない土豪を救援することはなかった。そのうちルアンクーの登場もあって、一時的にポロルカ王国の支配領域は、大陸の南端だけに限られるようにもなった。
海峡の王の死後、現在のポロルカ王国の国境付近にいた旧臣の一族は、かつての主君の血筋に身を投じ、領土の回復に貢献した。その時、彼らが王家の繋がりとして持ち出したのが、この衣装だったのだ。もちろん、彼らがかつての居場所だった内府に復帰することはない。結果として、彼らは王国の辺境の名家となった。
「明るく楽しかった時代の、名残り、か」
そう考えると、なんとも物悲しく見えてくる。平和な頃の王様の気まぐれと、煩雑な宮廷儀礼の省略によるコスト削減と、その後の戦争と。挙句の果てに、こんな道化みたいな恰好を後生大事にしていかねばならないのだ。
「外の世界では、私達が知らない間にいろんなことがあったのだな」
シャルトゥノーマが感慨深げにそう呟いた。
ここに来たのは俺とワングだけではない。バンサワンの手回しで、一応全員が座れるだけの日除けのテント付きの桟敷が用意されている。人間の世界を見学に来たペルジャラナンやディエドラも、ここにはいる。いないのは、ディンと船員達、あとはキースとビルムラールだけだ。
「でも、こんな儀式を今やって、大丈夫なのかしら」
ノーラが疑問を口にした。
「まだブイープ島の魔物はいなくなってないんでしょ?」
「バンサワン様が言うには、それは今日にでも、青玉鮫軍団が総出で討伐に行く予定ネ。何十隻もの軍船で追い立てれば、大抵の魔物は逃げていくネ」
「だといいけど」
既に即位に関係するさまざまなイベントが、どんどん消化されているのだ。ここでやっぱり延期ですとなれば、王家の体面に傷がつく。
「まず葬儀ネ。それでいったんこちらに戻ってから、改めて島で即位の儀があるネ。いったん始まれば、一週間くらいで終わるネ。一ヶ月もしないうちに、ファルス様の用事は終わるはずネ」
ワングはニタニタしだした。
「考えてみればツイてるネ。遠くから地方貴族も来てるネ。今回は船荷に東方大陸の絹も積んできたネ。きっと高く売れるネ」
気分転換の演し物を見物し終えてから、俺達はワングの案内で市内の高級飲食店で遅めの昼食を済ませ、それから宿に戻って昼寝した。
起きてみると、もう夕方だった。
「ギィ」
「わっ」
目が覚めると、目の前にトカゲの顔があった。
この部屋、ベッドは三つあるが、今は俺とペルジャラナンしかいない。
「な、なに?」
俺が尋ねると、彼は印を結び、何事かを短く呟いた。
能力を移植したので、今の彼は精神操作魔術にも熟達している。ただ、彼もいろいろ考えるようで、できるようになったよとばかりに能力を多用することはなかった。
《おハナシしたいことがいくつかあってさー》
いつかノーラを介して話したときそのままに、彼の口調はあくまで軽かった。
ラージュドゥハーニーに到着して、しばらく暇な時間があったので、こちらでも彼の体に合う服を作ってもらった。今では明るい黄土色の麻の服を身に着けている。下は尻尾の出るズボン、上は貫頭衣、頭の上には丸い帽子まで被っている。
「何かな」
《んーと》
俺の隣のベッドに腰を下ろすと、彼は手を広げた。
《ファルスの秘術って、なーに?》
「えっ?」
《ホラ、なんかよくわかんないけど、ファルスが何かすると、なんだかキューにカラダの調子が変わるっていうかさ、魔法の威力も全然変わってきちゃうし?》
「あ、ああ」
もともとペルジャラナンを改造しまくったのは、彼に語る言葉がなかったからだ。しかし、シャルトゥノーマらが同行するようになったので、そもそもコミュニケーションを独占することができなくなった。それで俺は、バハティーで決心して、彼に精神操作魔術の能力を付与した。
《アレをみんなに使えば、すっごく便利だと思うんだけど、やらないんだー?》
「その、いつでもどこでも誰にでも、いくらでも使えるものじゃないんだ」
《それだけかなぁ?》
やっぱり、勘付いているか。
ペルジャラナンは考えるし、相当に目敏い。
《最初はわかんなかったけど、人間ってみんながみんな、強いわけじゃないじゃん? ファルスとかノーラとかキースとかばっかり見てると、これが普通なのかなーって思ってたけどさー、それに比べたら、ほとんどの人はもっと弱い感じだし? ってことは、ノーラにも秘術を使ったんだろなーって》
どうしようか。
とはいえ、現時点で彼に悪意はない。
《まぁでも、秘密にしたいんだろなー》
「そうなんだ。できれば、その」
《だから秘術の話は、まだ誰にもしてないよー》
「助かる」
《うんうん、黙っとくー》
彼は軽いノリだが、俺にとっては重大な問題だ。といって、今となっては口封じという選択肢もない。
思うに、ピアシング・ハンドの本当の強さとは、能力を奪えることではなく、それを他者に付与できることではないか。ただ、そこにジレンマがあって、力を与えた相手が本当に仲間で居続けてくれるかという問題が付き纏う。そこをクリアしきれないからこそ、俺はこの力を使いこなせないでいるのだが。
《んで、その話はオマケでさー》
「うん」
《これからどーしよーかなーって思ってて》
「ああ、なんとなくついてきちゃったからね」
そういう話かと俺は肩の力を抜いた。
「何なら、一人でドゥミェコンまで戻っても構わない。もう、祖先の歴史を調べるっていう夢は、果たしたんだし」
《そーなんだけどさー……》
背中を丸めて、尻尾もベッドの上でペタンと垂れている。
「何か問題でも? ティズ様に手紙を書くから、道中は安全を確保できるし」
《そーゆーことじゃなくって》
では、他に何の悩みがあるのだろうか?
《ボクって誰なのかなーって》
「ペルジャラナン。砂漠種のリザードマン。竜人って呼べばいいのかな?」
《ウン……》
だが、事実を列挙しても、彼は納得しなかった。何が引っかかっているのだろうか?
《ルーの種族には霊樹がある。でも、ボクはそこには繋がれない。人間でもない。どこからやってきたのかはわかったけど、これからどうしたらいいかがわからないんだ》
「どうしたらって」
俺は数秒間、考えた。
「難しいことはないんじゃないか? もう人間はドゥミェコンを放棄した。サハリアの中央砂漠を行き来する人はいない。なんならティズ様に話をして、密約でも結べばいい。リザードマンがヌクタットやアーズン城を攻撃しないなら、赤の血盟だって悪いようにはしないだろうし、もしかしたら人間の世界のいろんな品々を取引してくれるかもしれない。その仲立ちをすれば、みんなの役に立てる」
《ウン》
「他に何か困ってることでも?」
彼はゆっくりと首を振り、俯いた。
《人間の世界は、思ってたよりずっと大きかった。すっごく広いし、みんないろいろだし。でも、ボクらとは違い過ぎて、どうしたら仲良く生きられるのかもわからないんだ》
「現に僕も仲良くしてるし、ティズ様も手を貸してくれるはずだ」
《そーゆーことじゃなくって。じゃあ、ボクが一人で街を歩いても平気?》
「いや、それは」
《人間に気に入ってほしくて、いろいろ頑張って考えたんだー、例えば服を着て見たりとかさ》
「うん、わかるよ」
《これ、言いたくなかったけど、やっぱり言うねー》
なんだ?
相変わらずノリは軽いが、なんか深刻そうな雰囲気がある。
《ボク、人間を食べたことがあるんだー》
「えっ?」
《ホラ、覚えてるー? レヴィトゥアが長老んとこ攻めてきた時、仲間の死体の尻尾も切って、渡したでしょー》
「ああ」
《ボクらは、カラッとしてるんだよねー、なんていうかさ、死んだら終わりだから、仲間の死体でも、ただの肉と一緒で》
彼は顔をあげたが、どこか泣き笑いのような複雑な表情をしているように見えた。
《十年くらい前までは、深いところにワノノマの戦士とか、強い冒険者が攻め込んできてたから、殺したら食べるのが普通だったしねー》
「仕方ないんじゃないのか。問答無用で殺しに来てる相手なんだし」
《ウン、でもさー》
肩をすぼめて、指を指とつつき合わせながら、彼は続けた。
《それが普通じゃないんだって、大森林でわかった。ルーの種族にはお墓があったよ。バジャックだって、ボクらを裏切ったのに、みんな穴を掘って埋めた。捨てたり食べたりはしなかった》
彼が何を言わんとしているかが、だんだんと飲み込めてきた。
《ボクら砂漠のリザードマンには、まともなココロがあるのかなー》
「ある。現に赤竜の谷では、ノーラを助けてくれたじゃないか」
《んー》
だが、彼の中では、どうにも納得ができていないようだった。
《だったらいいんだけどねー》
「何が気にかかるんだ」
《わかんない》
彼は立ち上がった。
《だけど、もしかしたら、なんとなくだけど、ボクらって》
小首を傾げながら、彼は伝えた。
《ものすっごくコワいものなのかもしれないなーって、たまに思うんだー》
「考えすぎだよ」
《ウン》
話は終わったらしい。彼は出口のドアを開けた。
《なんかゴメンね、変な話してー》
「いいよ。何か思ったことがあったら、言ってくれれば」
《わかったー、じゃあねー》
それだけで彼は魔術での通話を切って、手を振って部屋から立ち去っていった。
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