フィシズ女王、その後

 ギルドで当面の金を受け取った後の俺達は、逸る思いを抑え込みつつも速足で歩いた。雑踏を押しのけるようにしながら、いや、むしろ俺達の汚れ切った姿に人々が道を譲っただけなのだが、まず着替えを買い、当面の食料や水を買い、それから宿屋に駆け込んだ。最後の方は、ほとんど走っていた。

 目の前に聳えるのは大きな石造りの四階建ての四角いビル。ちょっと値の張る高級な宿屋だ。なんとしても蚊の来ない最上階を確保したい。夕食はここの宿で摂るが、昼飯は今、購入した。まだ真昼だが、今から休む。断固として。


 俺達は暴風のように宿屋の入口に雪崩れ込み、怒涛の勢いで最上階の広い部屋を借りると、荷物を置いて鍵をかけ、そのまま飛び降りる勢いで共同浴場に飛び込んだ。浴槽に沈んでから少しだけ正気に返って水からあがり、タオルで腕をこすった。黒い何かがじわりと沁み出た。そこは前世が日本人だったこともあって、浴槽の中でそのまま体をこする非常識には踏み切れず、しばらくずっと体中を拭い続けた。もういいだろうと思って浴槽に入ったが、じっくり浸かるうちにやっぱり中の水が濁ってしまった。買ったばかりの新品のタオルなのに、もう駄目になってしまった。

 それから真新しい麻の服に着替え、自室に戻った。そこらで売っている平べったいパンと串焼き肉、甘味に欠けるがみずみずしい瓜をガツガツと食らい、水で流し込んでから、俺達はベッドの上に沈み込んだ。窓の向こうからの微風が心地よく、いつしか眠りに落ちた。


 夕方になると、みんな自然と目を覚ました。

 四つの寝室に挟まれた広間には、コの字型に椅子が並べられている。竹を編んだ、それは涼しい代物だ。真ん中には丈の低いテーブルが置かれていて、そこには昼間の食事の残骸が転がっていた。ラピが気付いてそそくさと駆け寄り、それらを集めて捨てに行ってくれた。

 俺は気付いていなかったが、どうやら一人だけ先に目覚めていたらしいタウルが、外から帰ってきた。


 みんなが順番に座る。クーとラピは立場を弁えて、座らずに立ったままだった。俺は手で座るように促した。


「座って」


 俺は一番奥、お誕生日席に座った。偉そうな気がするので、相変わらずこういうポジションは苦手なのだが、俺はここに収まらねばならない。特に今回の探索は、俺の我儘で始まったのだから。偉いのではなく、責任者として、そう振舞わねばならない。

 全員が着席し、視線がこちらに向いているのを確かめてから、俺は座ったままだが、深々と頭を下げた。


「みんな、ありがとう。お疲れさまでした」


 生まれながらの貴人なら、頭なんか下げずに「ご苦労だった」なんて上から物を言えたりもするのだろう。でも、俺にはこれが精いっぱいだ。

 顔をあげても、誰も何も言わなかった。俺の事後処理を全部聞いてから、意見表明するという手順を踏んでくれている。この人数なら必要な振る舞いだが、配慮してもらえているのはありがたい。俺は人には恵まれている。うまくいかないことがあるとすれば、それは俺が至らないからなのだ。


「まず、待たせたけど、クーとラピは、今度こそ、この街で手続きする。正式に奴隷からは解放して、平民に戻す」

「はい」

「ありがとうございます」


 それと、二人ほど部外者が生き残った。彼らの取り扱いを考えなくてはいけない。


「あとで探索の利益の分配の話はする。緑竜の素材がどれくらいで売れるかもわかってないから、まだはっきりとした金額は出せないけど……で、その話が片付いたものとして、その後の話を先にしたい」


 金の話は一番厄介で揉めるところだから。俺自身はそこまで利益に執着していないが、普通の人なら大いに関心をもつところだ。不注意は避けたい。


「ストゥルン、本当に助かった。あの魔物の暴走の前の日、徹夜で動き回った後、グルに襲われてひどい目に遭った。助けてもらえなかったら、どうなっていたかわからない」

「いや、死にはしなかったと思うが」


 彼は感謝の言葉に、はにかんだ。ちょっと不器用そうなところが好ましい。


「もちろん、できる限りお金でも報いるつもりだけど、それより確認したいのは、これからどうする? どうしたい?」


 というのも、彼は大森林の奥地のルーの種族の同胞として迎え入れられた。彼自身は人間だが、あの奥地でも人間は一種族として居場所を得ていた。今回は俺の探索に同行するということで、結局、大森林を縦断するに至ったのだが、そうなると彼は以後、どこに軸足を置いて生きるべきなのか。ちょっと出会ったからって、急に故郷なんだと認識するのも難しい気がするし。


「ややこしい話だよな」


 彼は頭を掻きながら、悩ましげに言った。


「俺のオヤジやオフクロが、大森林の奥から来たってのはよくわかった。あっちの人にも受け入れてもらえたし、行ってよかったよ。でも、じゃあ、あの森の奥で暮らすのが正しいかって言ったら、それはまた違う気がするんだ」


 俺は頷いた。


「人間の世界で生きるなら、僕にもやれることがある。といっても、手紙を書くくらいだけど」


 すると彼は、指で輪っかを作った。


「これからはカネが必要だ」

「お金? 富貴を楽しむのもいいとは思うけど」

「いや、そうじゃなくて……カネだけじゃダメか」


 俺が首を傾げると、ストゥルンは静かに言った。


「関門城に戻ろうと思う」

「じゃあ……でも、お金がいるってことは、奥地に行きたいのでもなさそうだけど」

「ああ、今度は商人になりたい」


 ますますわけがわからない。ストゥルンには商人としての知識や経験がまったくない。


「要するに、俺が森の奥で暮らしたって、何の役にも立たないって話だ。あの奥地の村で生きるコツも知らない、しきたりもわからない。足手纏いになるだけなんじゃないか」

「ま、まぁ」

「だったら、関門城の近くで金持ってる商人にでもなって、亜人が売られてきたら競り落とすとかしてやった方が、ずっと役に立てると思ってな」


 とするなら、彼が考える以上にやれることはたくさんある。例えば、今回のシャルトゥノーマみたいな偵察担当者に拠点を与えてやれる。なんなら「ゴブリンを飼育する」という名目で、ペルィの魔術師を囲っておくことさえできる。そのメリットは計り知れない。人間側で起きた事件を、精神操作魔術でいち早く奥地に伝達できるのだ。

 と同時に、二つの保険が必要だとも考えられる。つまり、今後のリスクとして、二つの可能性が考えられるからだ。しかし、俺が彼に告げるのは、そのうち一つだけだ。


「そういう話なら……キトに寄ってもらうことはできないかな」

「キト? ああ、なんか前に少し聞いたことがあるが、知り合いがいるんだったか?」

「いや、あそこの総督のシックティルが、僕の我儘を聞いてくれる人で」

「総督かよ!」


 これだけの事業となると、ここで今、ストゥルンに何万枚かの金貨を与えてハイおしまい、というわけにはいかない。

 まず、彼は大金を扱ったことがない。運が悪いと、どんなに真面目に商売に取り組んでも、金を無駄に溶かして終わりになる。だから、彼をサポートする実務面の人間を調達してもらわねばならない。


「商売のわかる人を紹介してもらった方がいい。シックティルが自分で見つけられなければ、ティズ様に話がいくと思う。僕が手紙を書けば、信用できる人をちゃんと選んでくれるはずだから」

「お、おう」

「でも、それだけじゃない。森の奥のルーの種族の味方をするなら、関門城の近くに出てきたのを自宅に匿ってやったりもすることになると思う」

「そうだな」

「そのせいで、いろいろバレると、女神神殿とかあちこちから声がかかるかもしれない。黙らせるには、ある程度の権力がないと」


 これが一つ目のリスクだ。商売の能力だけなら、俺がスキルを移植するなりしてやれば、ある程度はカバーできる。だが、今のストゥルンは一般人でしかない。一介の商人が亜人を自宅に置いていたとなればどうなるか? あの関門城の治安だ。金目当てに彼を襲うバカも出てくるかもしれない。


「ただ、キトの総督が後見人になったくらいじゃ、あんまり意味がないかもなんだけど……だって、ウンク王国の南側は遠すぎる。間にティンプー王国とクース王国が挟まってるから、赤の血盟の影響なんか薄まっちゃうだろうし……」

「いや」


 タウルが口を挟んだ。


「赤の血盟が後見するなら、ウンク王国はもう、何も言えない」

「そう?」

「街に出て、噂話を拾ってきた」


 彼は膝の上に肘をおいて、溜息をついた。


「ファルス、お前のせいだ」

「は?」

「フィシズ女王が失脚した」

「はぁ?」


 間抜けな声が出てしまった。


 クース王国では、六年前に即位したフィシズが強権を振るっていた。国民は貧しくとも支配体制は盤石で、国内にはさしたる抵抗勢力などなかった。一応、弟がいたものの、歳も離れており、本来なら対抗馬にはなり得なかった。また、フィシズとしても、実は弟を殺す選択肢はなかったように思われる。なぜなら彼女はレズビアンなので、王配を得て子を産む可能性もなく、従って王家の血脈は、弟の今後に期待する以外になかったためだ。

 だが、権力の絶頂にあって力加減を忘れたフィシズは、虎の尾を踏んだ。つまり、俺達にちょっかいを出した。結果、俺は彼女にとっての武力の要たるケケラサン兄弟を葬ってしまい、キニェシの傭兵達は指揮官を失って浮足立ってしまった。

 一方、予定より早く帰国したクリルは、事の次第を報告した。せざるを得なかった。ところが、当然にこの件はティズの耳にも届いた。


「出兵!?」

「驚くことじゃない。お前がどれだけ怖がられてるか」


 ティズからすれば、自らが厚遇した客人が、託した先でぞんざいな扱いを受けたことになる。プライドを重視するサハリア人としては、これだけでも見過ごせない。だが、その客人がまた問題だった。アルハールの大艦隊を一夜のうちに海底に沈めた怪物に喧嘩を吹っ掛けたのだ。

 では、赤の血盟は、そんな重要人物に対する侮辱を看過してよいものか? 誠意を示さなくてはならないのでは?

 恐らくだが、俺があの程度のことで怒り狂ったりはしないことは承知の上で、なお周囲の視線もあって、ティズは代わりに激怒しなければならなかった。

 ネッキャメルの艦隊は迅速に海峡を渡ってカリを占領し、カパル王に不始末の責任をとらせた。つまり、キトの正式な割譲が決定された。続いて東進し、すぐさまキニェシを包囲した。こちらもろくに戦闘にはならなかった。戦おうにも、抵抗しようという気骨ある兵士など、フィシズの下にはいなかった。

 クース王国は滅亡しなかった。だが、フィシズは退位させられ、王国からも追放された。代わりにまだ幼い弟が国王に即位した。


「そんなこと、しなくていいのに」


 こうしてクース王国も赤の血盟の属国になり下がった。傭兵どもは失業し、代わりにネッキャメル氏族の軍団がキニェシに駐留するようになったという。ウンク王ベルハッティは、サハリア豪族の圧力に直接さらされるようになってしまった。

 あまりのことに、溜息が出てしまう。ああ、そうか。だからさっき、タウルも溜息をついたのか。


「でもそういうことなら」


 頭を切り替える。


「シックティルから、正式に任官してもらおうかな」

「にっ、任官? 俺が役人になるってか?」

「仕事はルーの種族とのやり取りだけ。金儲けはまた、下に人をつけてもらう。クース王国まで落としたなら、通商ルートはもう赤の血盟が掌握してるってことだし」


 俺は改めて頷いた。


「うん、これがいい。ストゥルン、高い給料をもらいながら、ちょっとあちらに落ち着いてくれないかな。信用できそうな戦士を赤の血盟から派遣してもらって、たまに大森林の深いところまで行って、ルーの種族のみんなとの繋がりを持っておく。人間側の産物もあちらに引き渡して、取引できればなおいい。そうしてくれれば生活に不自由することはないし、身分も守られる」

「あ、ああ」

「そうだ。いい歳だし、なんなら嫁探しもした方がいいかな?」

「よ、嫁ぇ!?」


 そしてこれが、もう一つのリスクへの対応策にもなる。

 大金を預けて関門城に置いてもいい。だが、人は欲のある生き物だ。いつしかルーの種族より目先の金の方が愛おしくなる日もくるかもしれない。彼が誘惑に負けて、うっかり重大な裏切り行為に走ったりしないよう、念のために首輪をつけておくのは、悪い考えではない。口が裂けても言えないが。

 大森林で学んだ。人は状況に影響される。ストゥルンはいい人だが、いい人であることに頼り切ってしまうべきではない。彼がいい人で居続けられるよう、俺も気を配るべきなのだ。


「さすがに結婚は、もうちょっと考えさせてほしい、な」

「無理にとは言わない。ただ、少し窮屈かもしれないけど、そういう情勢なら、あちらに戻るなら赤の血盟と手を結んでおいた方が絶対いい」

「それは、まぁ」


 これでストゥルンの行き先はよし。


「ということなんだけど、クー、ラピ、どうする?」

「どうするとは、どういうことでしょうか」

「二人とも、苦しい大森林の探索を手伝った。もう実績がある。キトに行っても、今度こそ大事に扱ってもらえると思うけど」


 だが、二人は目を見合わせた。


「あまりお役に立てていませんし……」


 暗い声でそう呟く。ラピも俯いてしまった。ちょっと流れがよくない。

 救いを求めるように、この場で最も上昇志向が高いはずの男に話を振ってみた。


「そうだ、タウル。タウルも大森林での案内で、よく働いてくれた。ティズ様に報告すれば、評価してもらえると思うんだけど」

「それはない」


 ところが、バッサリ切って落とされた。


「俺は役に立たなかった」

「そ、そんなことないでしょ」

「俺は偉くなりたい」

「うん」

「でも、ろくに仕事もしていないのに偉くなっても仕方がない」


 弱った。彼が地位とか名誉を求めるなら、そのついでで二人にも流れと勢いでキトなりハリジョンなりに行ってもらおうかと思ったのに。


「ゲランダンにもペダラマンにも裏切られた。俺の見立てが甘すぎたせい。言い訳できない」

「あの程度の連中なんか、どうってことなかった」

「不老の果実を得るのが探検の目的。でも、それにも失敗した」

「見つけることはできたよ」

「最後の最後で……」


 彼は悔しさのあまり、珍しく唇を噛んだ。


「い、いや、落ち着いて。あれは、探していたものとはちょっと違ったんだ」

「どこが違う。目の前でバジャックが若返るのを、俺達は見た」

「いや、あの、あ、あれとそっくりなものは、実は前に見たことがあるんだ」


 シーラのことは話せないから、うまくぼかさないといけないが……


「なんだと?」

「マジかよ!」


 みんな驚いて、身を乗り出した。イーグーだけは驚いたフリをしているのだが。


「アルディニアの山奥でね。で、あれは確かに長生きはできるけど、不老不死になるわけじゃないらしいんだ」

「そ、それでも! ファルス、あれを食べれば本当に何百年も生きられるのか!」


 フィラックが血相を変えて迫ってくる。


「う、うん、まぁ」

「くそっ、バジャックの野郎……やっぱり許せないな」

「お、落ち着こう、もう死んでるんだし」


 だが、タウルも無念の思いを隠さなかった。


「あれをここまで持ち帰ってみろ。それこそタンディラール王にでも献上して若返らせたら、お前はすぐ貴族になっていたかもしれない。帝都の大金持ちの議員に売るのでもいい。使い切れないほどの大金になったはず。それを」

「あ、あー、まぁ、終わった話だし、うん」


 この反応、三十七年前に誰かがあそこに到達したなんて、言わない方がよさそうだ。数十年に一度でも実るとわかったら、大変なことになりかねない。緑竜があれだけなわけはないから、長寿を求めて大勢が死ぬことになる。あそこは俺とかイーグーがいたから突破できたのであって。


「それはそれとして、今後をどうするかって話をまず、済ませたい」

「ああ、済まない」

「それじゃあ、タウルとフィラックは、これからどうする? ティズ様に報告して、高い地位につけてもらうというのは」

「ナシだな」

「じゃあ」


 俺についてくる、か。

 フィラックは椅子に座り直して背凭れに身を預け、言った。


「まだ俺の仕事は終わってない。そういうことだ」


 あれだけの思いをして、なおこれが言えるというのは凄い。

 タウルも相変わらずだった。


「ファルスの傍にいれば、出世の機会はまだある」


 こちらも懲りない。

 でも、カチャンを思い出せば、このメンタリティも理解できるというものだ。


「それより」


 ジョイスが割って入った。


「肝心のお前はどうすんだよ? 大森林の探索は終わったけどよ」

「ああ、一応考えはあって」


 次の目的地は、神仙の山だ。ただ、そこにはあまり期待はできない。といって姫巫女も、モゥハが出てくるとなれば、仮に不死がそこにあったにせよ、俺自身は無事では済まないかもしれない。

 何のために行動するのか。その実現性も、そうする意味も、何もかもがあやふやになってしまった気がする。


「一度、真珠の首飾りを船で北上しようと思ってる。帝都を経由してもいいし、東方大陸の西岸を進んでもいいんだけど、次は神仙の山を目指すつもりだから」

「ふーん、そうすっとさすがに、俺は途中で船を降りねぇとな」


 修行の旅の途中なのだ。南方大陸の北東地域にあるカークの街、それがジョイスの目的地なのだから。


「キトあたりで乗り換えればいい。今はもう、情勢も落ち着いているはずだし」


 ここまで決まれば、あとは各人の意志を確認するだけでいい。


「シャルトゥノーマ、ディエドラ。どうする? その気になれば、ピュリスに行くこともできる。前に話したマルトゥラターレもそこにいる」

「会ってみたいのはやまやまだが、急ぐ必要もなかろうからな」

「ニンゲンのセカイをミるのがシゴト。とりあえずはおマエについていく」


 となると、ペルジャラナンの意志を伝えられる人は、もうあと一人しかいないのだが……


「ギィ」


 ノーラが何か言う前に、彼が首を振った。

 確認するまでもない。


「そうなると、まずストゥルンはキト、ジョイスもカークを目指す、クーとラピはどうするか検討中、タウル、フィラック、シャルトゥノーマ、ディエドラ、ノーラ、ペルジャラナンは僕と行動する。で」


 俺はじろりとイーグーを見つめた。


「今日まで本当にお世話になりました」

「へっ? へぇっ? わ、若旦那、改まってなんですかい?」


 明らかにごまかそうとしている。

 まだ何か企んでいるのか? だが、一番わけがわからなかったのは、結局こいつだ。


 使徒の手先とばかり思っていたのに、探検中もずっと正体を隠したまま。しかし、ラピの命は救ったし、緑竜に追われた時にもこっそり助けてくれた。バジャックが死ぬときにかけた言葉にも、どことなく誠実さのようなものを感じた。

 じゃあ、何しについてきたんだ。ナシュガズに行きたかった、という理由とかだったなら、もう俺達は用済みなはずだし。


「もともと、大森林の探索での荷物持ちということで来てもらったので。もちろん、たっぷり働いてくれたので、報酬はしっかり払います」

「う、ええ」

「名残惜しいですが」

「ちょ、ちょっと待ってくだせぇ、若旦那」


 本気で慌てている。やっぱりまだ、何かしようとしているのだ。

 さぁ、しっかり問い詰めてやろう。


 だが、そこで向かって正面、入口の扉をノックする音が聞こえた。

 宿屋の使用人が、話の腰を折ってしまったのだ。


「お休みのところ、大変申し訳ございません。ファルス様はおいででしょうか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る