嵐の一夜

 大木の根元には、既に折り重なるようにして、大量の巨大ゴキブリが殺到していた。

 長い触角を上下に振りながら、地面の匂いを嗅ぎつつ前へと進む。一匹ずつならほとんど足音もないのだろうが、この数だ。下生えに擦れる彼らの足が、ひそひそ話のような物音をたてる。それが真正面からも左右からも途切れることなく聞こえてくる。

 丘の頂上の平たい地面が、瞬く間に黒い鱗に覆われていくかのようだった。だが、一つ幸いだったのは、今が夜だったことか。これが昼間だったら、見晴らしのよさ次第では丘の下の湿地にも隙間なく虫けらが這っているのを眺めなくてはならなかった。


「ヒッ」


 ラピが泣きそうな声で小さく悲鳴を漏らす。


「ペルジャラナン」

「ギィ」


 まだ頭上の枝葉が辛うじて、降り注ぐ雨水を防いでくれている。火魔術を活用できるのは今のうちだけだ。

 俺の考えを察したのか、彼は剣を鞘に戻し、掌を向けて何事かを小声で呟き始める。そのうち、指輪の宝玉が黄色から白、そしてうっすら青みがかってくる。不意に拳大の火球が前方に向けて飛んでいく。それはゴキブリどもの頭上をかすめて連中の背中を焼き焦がしながら、結局は森の中の木の幹に激突して、炸裂した。


「キャア!」


 轟音と悲鳴とが同時に聞こえた。炎に包まれた木はそのままへし折れ、赤く燃え盛ったまま横倒しになった。

 なるほど、やっぱりペルジャラナンは頭がいい。これは狙ってやったのだ。木の幹の真ん中ではなく、少し右側に火球をぶつけて破裂させた。その爆発力で、燃え上がった木が縦ではなく、横に折れる。すると、俺達の正面に向かってくるには、この炎上する木を乗り越えねばならなくなる。理性のない魔物は木を避けるだけで左右にバラけるから、その分こちらにやってくる頭数も減る。


「うまい。さすが……でかした!」


 考える時間もそんなになかったろうに、よく思いついたものだ。俺は喜んで思わずペルジャラナンの顔を見た。その彼は、自分の指先を見て、ビックリしていた。想定外の威力のせいだろうか? もしかすると、やっぱり狙って撃ったのでもなかったのかもしれない。

 アーノも感心したように頷いた。


「なるほどな。だが、先に抜けたのがいるぞ」

「あれはやるしかない」

「ひどすぎやしないか」


 彼はクガネを前に向けた。


「金色に輝く霊刀だぞ? 何が悲しくて、あんな不潔なものから斬らねばならんのか」

「あちらも黒光りする魔物だし、色彩の調和はとれてる」

「ハッ」


 話はそこまでだった。

 辛うじて消えずに残っている篝火に引き寄せられたのか、数匹のゴキブリが俺達の前に一瞬立ち止まると、翼を広げ、飛び上がろうとした。


「よっ」


 バシッ、と軽い手応えがする。それだけでもう、ゴキブリは両断されて、地面に落ちる。


「ヒャッ……あ、あの、ごめんなさい」


 謝るラピに、俺は軽口を叩いた。


「まだ序の口だ。こんな調子で叫んでたら、夜が明ける頃には喉が嗄れてるだろうな」


 軽い調子で俺が笑うと、ゲランダンなどは目を疑うといった様子で驚きを顔に浮かべた。だが、俺のことを知るタウルやフィラックは、余裕の笑みを浮かべるばかりだ。ノーラはというと、完全に無表情のまま、淡々と仕事をしている。こちらに向いたゴキブリを、毎秒一匹ずつ、念じては『変性毒』で始末しているのだ。


「メニエ、矢は温存」

「いいのか」

「多分、まだ暴走は始まったばかりだ。こんな雑魚に矢を使い切ってももったいない」


 そこでタウルが言った。


「最初の魔物は大したことない。そろそろ、サルやコウモリが追い散らされて逃げてくる。追い払うだけでいい」


 彼が言い終わると同時に、また遠くから角笛の音のようなものが聞こえた。


「タウル」

「なんだ」

「あの音はなんだ」

「知らない」


 どうにも気にかかる。

 だが、考えている時間はなかった。


「来やがった」


 ゲランダンが見上げた大樹の上の方に、黒い小さな影がいくつも見える。そいつらは枝から枝へと飛び移りながら、ひたすら北を目指している。まるで何かから逃げているかのようで、こちらにはほとんど関心を示さない。

 そのうち、パタパタと羽音が聞こえてくる。人間も襲う巨大コウモリだ。だが、今回は逃げるのに必死らしく、こちらには目もくれない。一度は矢を番えたシャルトゥノーマだったが、無駄撃ちと悟ったのだろう。すぐ手を引っ込めた。


「そろそろ本番」


 タウルが重苦しい声で呻いた。


「ふん」


 アーノはまだ余裕があるらしい。


「何かと思ったら、犬ッコロか」


 地上の方はというと、いつの間にかガランとしていた。とうにゴキブリどもは大半が逃げ去った後で、あとは切り刻まれたり潰れたりした残骸が転がっているだけだった。そこへ木の皮みたいな茶色の毛皮をした、痩せた犬みたいなのが群れをなしてやってきた。犬といっても、サイズは超大型犬だ。揃いも揃って肩を怒らせ、そのくせやたらと頭を低い位置にした格好のまま、走り寄ってくる。


 アーノは刀をちらと見て、嘆息した。


「さすがに食えぬなぁ」

「何が?」

「汚い虫を斬った後の刀で仕留めたのでは、食べとうない」

「心配しなくても、調理する時間なんかない」


 話はそこで途切れた。

 連中は、逃げ去るだけのゴキブリやサル、コウモリとは違って、明らかに興奮した状態でこちらに視線を向けた。様子見とか、こちらの隙を探すとか、自然界の動物がやりそうな仕草は一切なく、そのまま早足になって突っ込んでくる。

 俺の耳の横を、弓弦の音の響きが突き抜けていく。首筋を射抜かれた森林オオカミは、仰け反って首を横に曲げ、あっさり横倒しになった。だが、仲間の死に目もくれず、他の奴らはこちらに殺到した。


「後ろに行かせるな!」


 取り囲まれると面倒なことになる。ただ、あとからあとから新手の魔物が押し寄せてくるので、連中もここで足を止めるなどできない。ここでしっかり殺し切れば済む。

 獣の動きは、よく落ち着いて観察すれば、単純だ。どんなに俊敏だろうと、こちらに跳びかかろうというのなら、ぐっと足をまげてタメを作らなくてはならない。既に戦いに慣れ、恐怖を遠くに置き去りにした俺には、それをじっくりと眺める余裕がある。

 二匹がほぼ同時に、俺を睨みつけ、体を竦めた。この剣の切れ味でなければ、面倒だったかもな、という思いが頭をかすめる。次の瞬間、乱暴に横に一薙ぎすると、そいつらは仰け反り或いは突っ伏した。

 だが、それでは止まらない。後に続く森林オオカミはその仲間の死骸を踏み台にして、今度は助走をつけて飛び上がり、後ろを狙う。獣らしく、後ろに匿われているクーやラピといった弱者から狙うのだ。この剣で届くか?


「畜生が!」


 すぐ後ろから突き出された槍が、森林オオカミの腹を裂いた。赤黒い血が降り注ぐ。

 後ろにいたゲランダンが防いでくれたのだ。


 後ろを一瞬だけ振り返る。

 ペダラマンも奮戦しているようだ。ただ、彼は背中に槍を突きこまれたせいで、相当な深手を負っている。あれではどこまでもつか、わからない。なんにせよ、そこまで手は回らない。


「タウル、次は」

「わからない。でも、多分、蟻」


 あれか。

 体のサイズは森林オオカミと大差ない。だが、一匹ずつが低ランクながら怪力の神通力と痛覚無効の能力を有している。恐怖も躊躇もない。


 俺達に襲いかかってきた森林オオカミの波が去ると、予想通り、赤黒い巨大な蟻の群れが木々の隙間に犇めいていた。ゴキブリの時もそうだったが、どういうわけかこの手の魔物には生理的嫌悪感がある。


「ペルジャラナン、もう一度やれるか」

「ギィイ」


 雨脚は強まる一方で、風も斜めに吹いている。既に緑のドームも決壊して、ここにも水滴が降り注ぐようになっていた。こうなっては火魔術も打ち止めだ。

 仕方ない。そろそろ本当に危険になってくる。それでも乗り切るしかない。


「来やすぜ!」


 イーグーが悲鳴のような声をあげる。

 演技している余裕があったら、せめて手を貸してくれ。まぁでも、そういうわけにもいかないんだろうが。


 蟻は森林オオカミのように一気に飛びついてきたりはしない。淡々と変わらないペースで前進し、その大きな顎で食らいついてくる。もっとも軽く左右に剣を振れば、その顎は落ちる。


「ファルス!」


 後ろでタウルが叫んで、ナイフを投擲する。顎を失った蟻の口にそれが突き刺さる。


「こいつらは酸を吐く! 気をつけろ!」


 そういうことか。

 しかも森林オオカミと違って、少々の負傷では止まらない。所詮は昆虫なので、神経節がいくつもある。頭を吹っ飛ばしたから死ぬ、というものでもないのだ。

 面倒だ。それでも、俺達は恵まれている。目先の蟻を防いでいれば、後ろにいるのはノーラが次々片付けてくれる。


「おいおいおい」


 ゲランダンが、いかにも気が遠くなったと言わんばかりに声をあげた。

 平べったい体をした蟻は、仲間の死体に頓着しない。森林オオカミの死体はそこまで積み重なったりしなかったが、こちらは形状からして積み上げるのに向いていた。ノーラが殺せば殺すほど、丘の上の広場には蟻の死骸が積み上がって、その上から蟻が歩いてくる。


「メニエ、矢はもったいない。それより魔法で前だけでも開けてくれ」


 俺の横に立って、彼女は前方を指で指し示す。先に宿営地を吹き飛ばしたあの竜巻よりはずっと小さな風が巻き起こり、図体の割に目方の軽い蟻の死骸がひっくり返って散らばった。


「助かる」


 この剣に切れないものは多分ないが、さすがに手が届かないのでは意味がない。

 だが、一息ついたかと思えば、後ろから悲鳴が聞こえてきた。


「どうした!?」


 回り込んだ蟻が、歩き去っていかずに攻撃を仕掛けていた。問題は……


「ラーマ! 何をしている!」

「あ、あっち行けぇ!」


 持ち場を離れられるなら、すっ飛んでいってぶん殴りたい衝動に駆られた。集団の最後尾に保護されていた彼や女達。蟻に狙われ、恐怖に負けたラーマは、自分が助かるために女の一人を蟻の集団の中に放り込んだのだ。


「このっ、そんなことのために」


 目の前の蟻を捌かねばならず、後ろに回る余裕がない。

 だが、俺の代わりにペダラマンが動いた。乱暴に槍を突き入れて女を救出する。既にぐったりしていたし、流れる血が見えていたが。それが済むと、彼は右手で思いっきりラーマをぶん殴った。そのまま無言で持ち場に戻った。


「気をつけろ、ファルス」

「次はなんだ」

「足をとられるな。泥蛙が来ている」


 今の状況で足場を乱されるのは避けたい。


「ノーラ、なるべく近づけるな」

「ファルス」


 シャルトゥノーマが俺に貸した弓を渡してきた。


「それならお前も撃て」

「そうする」


 蟻の集団がようやく途切れ、大きな泥団子のような影がうっすらと木々の間に浮かぶ。

 既に篝火は消え、周囲は限りなく深い闇に覆われている。


「クー! ランタンに火を! 少しでも視界を」

「わかりました!」


 そう言いながら、俺は矢を放つ。ずんぐりとしたその体が矢に射抜かれると、ゴロンと半回転して腹を上にして動かなくなる。


 遠くから雷鳴が轟くのが聞こえてきた。もはや暴風雨といってもおかしくない。

 そのすぐ後に、またあの角笛のような音が響く。割と近い気がする。


「また何か来たぞ」


 それは背の低い人型の何かだった。


「ゴブリン……?」


 俺は咄嗟に振り返った。


「メニエ、あれはペルィなのか」

「そんな言葉まで知っているのか。そうだ」

「襲いかかってくるみたいだが」

「やって構わない。あれに話は通じない」


 そうなると、警戒すべきは雑魚の中に混じっている魔術師だ。ゴブリンの戦士も決して弱くはないが、中にポツンと混じっている魔法使いが厄介なのだ。泥蛙なんかと違って知性があるので、戦士達を盾にして、後ろから魔法を仕掛けてくる。

 すると、俺がやるべきことは……


「ノーラ! あれだ! あれから殺せ!」


 剣を突きだし、戦士達の後ろに控えたリーダーを指し示す。


「どれ?」

「いいからあの辺りを纏めてやれ! 魔法を撃たれるぞ!」


 遅かったらしい。

 頭上から陶器がひび割れるような音が微かに聞こえた。ハッとして見上げると、無数の氷のナイフが俺達の頭上に降り注ごうとしていた。


「動くな!」


 シャルトゥノーマが叫ぶ。と同時に頭上に風が一吹きして、それらの氷のナイフは俺達の周囲に撒き散らされた。『矢除け』だ。

 前に向き直ると、まさにちょうど今、水魔術を浴びせてきたゴブリンがノーラの『変性毒』にやられて、横倒しになるところだった。


「ノーラ、魔法を使う奴から始末する」

「わかった」

「なんでわかんだよ……」


 後ろでジョイスがぼやくが、今は無視だ。


 ゴブリンの集団が過ぎ去ってから、少しだけ間隙が生じた。

 既に戦い始めてからどれほど時間が過ぎたことか。一時間か、二時間か。どれだけ過ぎたのか、時間の感覚もなくなった。丘の上にはさまざまな魔物の死体が折り重なり、もう地面の見える場所もない。後ろにいる仲間達にも、疲労の色が見え始めている。


「今度は……アジョユブか」


 だが、魔物の暴走は激しくなる一方らしい。


「本当に、余計なことに詳しいな」


 シャルトゥノーマが呆れたようにそう言った。

 巨人、つまりはトロールだ。だが、あれはまた、少し違ったように変異しているのがわかる。俗に劣化種とされるトロールは黄色い肌に長い手足が特徴で、世間で原種と呼ばれるトロールは、それより一回り大きく、均整の取れた体つきをしている。だが、あれはむしろ、ずんぐりした体つきだ。何より眼球が一つしかない。背の高さは劣化種と原種の中間くらいで、肌はとげとげしく、どんな生き物の外皮より汚らしく見えた。


 本来なら、この辺りで絶望するのだろう。凄まじいパワーを誇る巨人の群れだ。冒険者どころか軍隊でも力負けして押し潰される。城壁があっても防ぎきれるとは限らない。

 だが、俺達にとってはむしろ簡単な相手だった。


「やりやすくなった。一匹ずつ葬ればいいのなら」

「そうね」


 ノーラが念じるたび、その一つ目巨人……キュクロプスはその場で膝をつき、倒れ伏す。体が大きく頭数が少ない分、簡単だ。蟻みたいにとにかく数がいる相手の方がずっとやりにくかった。

 それより気になることがある。さっきのゴブリンの集団もそうだったし、このキュクロプスにしてもそうだが、みんな揃いも揃って『破壊神の照臨』がついている。ここに至る前に河で見かけたあの気持ち悪い人魚、ニクシーとか呼ばれていた奴らにもあった。これはどういうことだろう。


 遠くから……いや、割と近くから、降りしきる雨と雷鳴の狭間を縫って、またあの角笛みたいな音が聞こえてきた。


「信じられない」


 疲労のあまり、槍を杖代わりにしながらも、ゲランダンは驚きに目を見開いていた。


「もう助からないと思っていたのに」

「馬鹿なやつ」


 タウルがぼそりと答えた。


「誰に喧嘩を売ったのか、お前はわかってなかった」

「タウル」


 俺は遮った。


「今、その話はいい」


 この状況だ。一人でも人手は欲しい。ゲランダンも今は戦力の一人だ。敵対関係を蒸し返して得することなどない。


「お前は本当に甘い」


 タウルは溜息をつきながら首を振った。

 その間も、ノーラが次々キュクロプスを絶命させていく。アーノが憤慨した。


「ひどすぎやしないか。残飯ばかり食わせて、結局、ご馳走は寄越さないのか」

「そういうこともある」

「最低の雇い主だ」


 とはいえ、近付かれたら大変なことになる。アーノなら一匹ずつであれば捌けそうだが、奴らの持つ丸太や棍棒を一振りされたら、避けそこなった仲間は纏めてあの世行きだ。


「おい」


 後ろでフィラックが声をあげる。

 俺達の視界を遮っていた黒い大木の影が、根元からゆっくりと横倒しになる。地響きとともに、キュクロプスより更に大きな細長い影が浮かび上がった。


「最悪だ」


 タウルが毒づく。


「トレントまで出てくるなんて」

「ちょっと待て、あれは」


 更に悪いことは重なる。頭上に大きな羽音が聞こえてきた。その巨体でこの暴風雨の中でも上空を飛べるのは、風魔術の力があるからだろう。鷲の上半身に獅子の下半身……グリフォンだ。但し、アドラットが見せた神通力のそれとは違う。いくらかは俺達を無視して前を目指したが、こちらに気付いて急降下してくるのがいた。


「ノーラ、上からのを優先してほしい」

「わかった」

「アーノ、巨人をここには」

「やっとか!」


 ペルジャラナンを最後の防衛線に残して、俺とアーノが前に出た。俺はアーノが身構え、切り結ぶ横を抜けて、数少ないトレントに迫る。

 なにせ身長二十メートル以上の動く大木だ。足の速さは遅いが、そのパワーは木を軽々引っこ抜いて横倒しにするほど。あれが仲間の面前に迫ったら、どうしようもない。この暴風雨さえなければ、火魔術で片付けられるのだろうが。

 だから、根元から伐採してやる。


 大きな枝を振りかぶって、叩き落としてくる。威力はあっても大味な打撃でしかない。業を煮やしたのか、足下を刈るような横薙ぎがきた。慌てず剣を添えれば、枝の先がきれいに切り取られて飛んでいく。

 幹にとりつくと、俺は大きく吸い込んで息をつめ、一気に横から滅茶苦茶に切り裂いた。剣の長さでは幹の真ん中にも届かない。だが、側面を大きく剥ぎ取ってやれば、自重に耐えられなくなる。

 果たしてトレントは、大きくぶるっと震えると、急に力を失って横倒しになった。ひょいと飛び退いて、倒伏に巻き込まれないように身を避ける。

 本来なら、こんなに簡単に刃が通る相手ではないのだろうが、この剣なら紙を切り裂くようなものだ。


 後ろから悲鳴が途切れ途切れに聞こえた。グリフォンが俺の仲間達の頭上に二匹ほど、とりついている。だが、そのままぐったりとして前方へと突っ込んでいき、遥か後方に頭をぶつけて動かなくなった。


 今のところ、なんとか守り切れている。

 並の冒険者の集団なら、一匹を相手どるのでも苦戦するような怪物……キュクロプスやグリフォンの群れを相手に、なんとか踏みとどまることができている。だが、この次があったら?


 トレントが木々を押し倒したせいでぽっかりと空いた場所から、俺は外を眺めた。

 雨で視界は悪い。ひっきりなしの魔物の行進のおかげで、下り坂の向こう、木々の途切れる湿地帯まで、なんとか見通せる状態になってしまっている。小さな途切れ目はできているが、まだ小さな黒い影が向こう側にある。こんなに早く終わるわけがない、か。


 ふと、視界の隅、上空に小さな黒い影が映っているのに気付いた。雷雨の中、こちらに向かって急降下してくる。そして……咆哮した。

 すぐわかった。これは何かの能力だ。体を痺れさせる、あの……

 勢いよく舞い降りて、地面すれすれにホバリングしたそいつ、窟竜は、硬直しているはずの俺に紫色の炎を浴びせようと腹を膨らませた。その瞬間に俺は跳びあがり、剣を横に引く。首を両断するには至らなかったが、意表を突かれたせいか、そいつはバランスを崩して地面に落下した。

 起き上がる隙を与えず、俺はすぐにそいつの目から剣を突き刺した。


 冗談じゃない。竜まで次々飛んでくるのでは、とてもではないが捌き切れない。今はたまたま不意討ちが決まっただけで、もっと手間取る可能性もある。

 だが、運がいいのか、単に数が少ないのか、次の窟竜は飛んでこなかった。その代わり、足下からまた、あの黒い虫けらの集団が這いあがってきた。


「二回目」


 引き返すと、タウルが力なくそう呟いた。


「これは」

「わからない。何度も何度も波のように打ち寄せる」


 既に暴走が始まってから、数時間が経過している。

 誰もが目に見えて疲れ切っていた。このままでは乗り切れない。


 そう思った時、またあの角笛のような音が聞こえてきた。


「タウル」

「なんだ」

「あの音は」

「わからない」


 もしかして、もしかすると……


「ノーラ」

「うん」

「ここを任せていいか」

「いってらっしゃい」


 俺は身を翻すと、みんなを後にして、森の奥へと走り出した。

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