ストライキからのバーベキュー
「なんだ!? お前達、何をしている!」
さっきまで朗らかに俺と語り合っていたアワルが、今は血相を変えて怒鳴りつけている。
ケジャン村の入口付近には、俺達冒険者達のテントが所狭しと立ち並んでいた。ところがその一部が片付けられ始めているのだ。
「出発は明日だ。今日じゃないぞ!」
アワルが声を張り上げるが、人足達は見向きもしない。
「おい、どうなっている! 勝手なことはするな!」
すると彼らは、ピタリと動きを止めた。そして、隣に俺が立っているのを確かめると、みんな揃ってこちらに駆けよってきてひしめき合い、口々に苦情を並べ立てた。
「俺達はもう十分に仕事をした。帰らせてくれ」
「蟻が出るなんて聞いてなかった。危ないところに行くのなら、最初からそう言え」
「計画がデタラメすぎたんだ。二人が死んで、三人が逃げたんだぞ。四人に一人はいなくなってるんだ」
俺は、何か作為めいたものを直感した。本当に死の恐怖を感じているのなら、そして杜撰な探索計画に怒りをおぼえているのなら、昨日のうちに立ち上がっているはずだ。それがどうして今日、昼近くになってからなのか。
俺は比較的冷静だったが、アワルの方は違った。
「ふざけるな! あと二、三日はかかる。あとは川べりまで行くだけだ。何がそんなに問題なんだ」
「その三日で俺らが死んだらどうするんだ」
「それも含めての仕事だ! いいか」
アワルは理路整然と説明した。
「最初の一人は、目先の金目当てにシニュガリの財布を盗もうとして殺された。自業自得だ。次は蟻だな? 指示に従わず、勝手に逃げ出したから、ああなった。三人が脱走した、これもそうだ。要するに、死んだ連中、いなくなった奴らは、一人残らずこっちの指示を無視したんだ!」
だが、彼らは引き下がらない。十五人で二人を取り囲んでいるのだ。しかもここは無法地帯、なんでもあり。
「その命令が頼りなかったからだろ」
「そうだそうだ! 責任を取れ!」
「今なら、帰してくれれば、最初の約束の金だけで黙っててやる」
厚かましいこと、この上ない。要は楽をしたいのだ。
これがまだ、恐怖のあまり仕事の続きができませんというのなら、多少は同情の余地もある。だが、こいつらのは違う。怖いには怖いのだが、それよりなにより手抜きをしたいだけ。逃げ出す自由を優先しているのなら、最初の約束の金云々というのは出てこない。むしろ前金だけで満足するから、今すぐ逃がしてくれと言うだろう。
そういうつもりなら、腹は決まった。
「わかりました。ただ、そういうことなら、全額は出せません」
俺は淡々と言った。
「前金はもう払いましたよね。残り三日。ボートをケカチャワンまで運ばないのなら、後払いの金はなしです」
なんて卑しい奴らなんだろう。
内心の軽蔑を極力押し殺しながら、なんとかそう告げた。
「なんだと、このガキンチョが!」
雇い主だということも忘れて、食ってかかってくるのもいる。
「まぁ待て」
だが、多少は冷静なのもいた。大柄で横に太い西部シュライ人の男が、余裕の笑みを浮かべて俺に言う。
「おい、坊ちゃん、じゃ払わないって言うけどな、どうやってやるつもりなんだ?」
何を言わんとするかを察して、俺は納得した。
「この村に来るまでに、もう一日か二日は遅れてるんだ。要するに、ここから俺達が関門城に戻れば、まぁ少し早く仕事が終わったってなもんでな。誰も見分けなんざつきゃしねぇよ。俺らが勝手に帰ったことを伝えようと思ったらな、俺らより早く関門城まで引き返すしかねぇ。けど坊ちゃん、まさかあんた一人で先回りするつもりか? へへっ」
そう、常識の範囲で考えるなら、一人で素早く関門城まで引き返して、彼らへの支払いを凍結させるなんてできない。
だから、彼らへの支払いを止めるためには「みんなで帰る」しかない。
「そうだよなぁ? 気づいたよなぁ? 探索を切り上げて、揃って関門城に引き返すしかねぇってわけだ。ま、全員とまではいかなくても、五、六人は送らなきゃ、途中で魔物の餌食だろうけどな。で、今、ここに何人いる? つまりな、頭使えって言ってんだよ」
人足を二十人使って河まで出る? それができなければ帰るしかない? いいや、選択肢はまだある。
「お前らが自分で残りのボートを運べばいいんだよ。何回か往復すりゃできるだろ。それともここでまた人を雇うか? ぎゃはは!」
つられて人足みんなが笑い始めた。
要するに、残り三日の運搬コストはそちら持ちで、自分達には楽をさせたほうが効率的だろう、と。そういうふざけた提案だ。
「なるほど、言う通りですが」
内心から急にこみあげてくる激情に、俺は一瞬、正気を失いかけた。
殺したい。
一人くらい、いいだろう。
「それは、一つだけ穴がありますね」
「穴ァ?」
「皆さんが、まだ村の中にいる、ということです」
彼らの笑いが止まった。
「ああん? おい、坊ちゃん、あんまり大人を舐めるなよ」
「と言いますと?」
「近くにゃあゲランダンもペダラマンもいねぇ。お前が飼ってるっていうトカゲもいねぇ。強そうな男もいたっけな。けど、そいつらも見当たらねぇ。守ってもらえもしねぇのに、あんまでけぇ口叩くんじゃねぇよ」
遠慮しなくてよさそうだ。
俺は剣を抜いた。
「いいでしょう。皆さん、武器を持ってここに集まってください」
「ファッ、ファルス様、無茶だ!」
「アワルさんは、そちらに下がっていてください。一人でやります」
さて、殺すのは簡単だが、やってしまうとまた人手不足になる。この剣で手加減できるかわからないが、とにかく力を見せつけるしかなさそうだ。
男達は、俺が剣を抜いたのをみて、少し表情を引き締めたが、それはあくまで刃物を恐れたからというだけに過ぎなかった。彼らは万が一を避けるために、スコップや調理に使う焚火スタンドの金属棒などを手にして、のっそりとまた寄り集まってきた。
その時間が命取りだともわからずに。俺は既に詠唱を終えて、身体強化を済ませていた。
「いいのかい、坊ちゃん」
「どうぞ」
余裕たっぷりの態度に、舐められていると感じたのがいたのだろう。斜め前に立つ若い男が、大声をあげながら手にした棒を振りぬいた。かと思いきや、そのまま横倒しになって倒れ、白目を剥いた。
遅すぎるし、狙いも雑過ぎる。半身を避けるだけで棒はかすりもしなかった。そのまま、剣を斜め前に突き出して、腹の部分で側頭部を打っただけだ。
「野郎」
「ぶちのめせ!」
男達は一斉に跳びかかってきた。
一分も立たないうちに、その場は阿鼻叫喚のありさまとなった。今のところ、誰も死んでいない。ただ、例外なく頭を打ち据えられ、呻き声をあげながら地面に横たわっている。
一人だけ、無傷のままに突っ立っている男が残されていた。あの横に太い西部シュライ人の男だ。
どうしようか?
こいつが煽ったのに違いない。なら、ここで始末した方が……
「ま、待て。こんなにやるとは思わなかった。お、俺が悪かったよ」
棒を構えて向かってくる度胸もなく、今更になって慌てている。それがまた、不愉快だった。
俺は黙って歩み寄り、剣を乱暴に一振りした。
「ヒッ!?」
彼の手にした棒が弾け飛ぶ。俺はがら空きになった股間に思い切り蹴りを見舞った。
そいつは悲鳴とともに突っ伏したが、髪の毛を掴んで引き起こすと、また膝蹴りを顎に浴びせてやった。そうして仰向けに転がった上に跨ると、俺は剣を手放して、顔面を左右から殴打し始めた。
そこからは何も考えていなかった。殴っても殴っても気が済まず、どこで終わりにしようかとか、まるでそんな思いが湧いてこなかった。
「ファルス様、あぐっ!?」
背後から近づいてくる気配があったので、反射的に裏拳を見舞ってしまった。それがちょうど、俺の肩に手を触れて止めようとしたアワルの鳩尾に入ってしまったらしい。
そこでようやく我に返って、俺は手を止めた。アワルは尻餅をついて腹を押さえていた。
「済みません」
立ち上がって彼の傍に駆け寄った。
「やりすぎっ……あれ、じゃ、死ぬ」
言われて、さっきまで殴っていた男の顔を見た。血で真っ赤になっていた。鼻の骨も折れている。とっくに気絶していた。
俺に昏倒させられた男達も肉体的にはほぼ立ち直っていたが、その凄まじさに顔色を失って、事態を傍観するばかりだったのだ。
俺は頷いた。
「皆さん」
暴力がもたらした興奮を極力抑えて、声を押し殺しながら平静を取り繕った。
「大変かと思いますが、運搬作業は最後までお願いします」
彼らは俯いてしまい、抵抗する気力もなくしたようだ。
こんな程度の根性で、俺を侮って仕事を放りだそうとしたのか。本当に屑どもだ。
ともあれ、騒動は決着した。
溜息とともに背を向けて立ち去ろうとしたその時、視界の隅から駆けてくるノーラの姿が見えた。
「ファルス!」
「どうした」
「早く来て!」
説明抜きか。
ただ、よっぽど急ぐべき状況というのはわかる。剣を拾うと、ここの後始末はアワルに任せて、俺も彼女について走り出した。
そこは大樹の翳になる一角で、城壁代わりの家の一階だった。
ジョイスが棒を向けている。その向かいには、六人の男が立っていた。中には鉈や木の棒を手にしているのもいる。この村の住人だ。
そして、手前は無惨そのものだった。激しく殴打されて気を失ったらしいクーが転がったまま。その近くでは、服を引き裂かれて目を真っ赤にしているラピ。それだけでなく、ペルジャラナンとディエドラが膝をついている。
何が起きたか、半分くらいは理解した。
「やってくれたな」
剣を抜いた。
ただ、どうしたものか。丸腰とはいえ、ペルジャラナンまでやられたくらいだから、余程の強敵なのかと思いきや、さほどの強者は見当たらない。
気持ちとしては、それでも殺してやりたかった。彼らがラピを襲ったのは間違いないのだから。
「やってくれたのはそっちだろうがよ」
ところが、あちら側の真ん中に立っていた、丸顔に髭の男は逆にこちらに抗議してきた。
「なんだと? うちの班員を襲っておいて、ふざけるな」
「ふざけるなってのは、こっちの言うことだ。見ろ、そこの壁を」
そいつが棒で指し示した先にあったのは、黒焦げになった壁だった。
「そこのガキがな、火をつけようとしたんだ」
「クーが?」
木でできた外壁に放火。この村では最低最悪、重罪もいいところだろう。なんでまた……いや、察しがついた。
「てめぇらが手ェ出したからだろが! 喧嘩売っといてなんだそりゃあ!」
ジョイスも怒りを隠さず、棒を突きつけた。
要するに、こういうことだ。
クーとラピは、この目立たない場所にいた。そうこうするうち、アワルが雇った人足が騒ぎ始めた。これを好機と考えたこの村人どもは、注目がストライキに向けられているうちにと、軽い気持ちでラピを強姦することにした。
傍にいたクーは、彼らの狙いを即座に理解して、一人で逃走することにした。ここで自分が抵抗しても無駄だからだ。できれば助けを呼びたかったのだろう。だが、近くには俺もジョイスもまだいなかった。村人達に見咎められないところで声をあげたが、誰も駆けつけてくれなかった。それでやむなく、強硬手段に出たのだ。
クーは村の中心にある竈の火を薪に移してから、ラピの居場所に戻った。そして、壁に放火するぞと脅した。村人にとって重要な壁だとわかっていればこそ、そうしたのだ。だが、一つだけ計算違いがあった。そのちっぽけなプライドから、子供の脅迫に屈するのを拒否するという状況だ。そのままラピを汚そうとするのをみて、とにもかくにも手を止めさせようとしたクーは、実際に壁を燃やし始めた。
こうなると、さすがの村人達も強姦どころではない。すぐさま立ち上がってクーを殴打して放火をやめさせ、それから手分けして消火活動を始めた。
「女ァ犯そうってだけでなんだ? ギャアギャア騒ぎやがって」
「お前らにくれてやったつもりはない」
「あぁ? この村の中のもんは、村の人間のもんだ。嫌なら今すぐ出ていけ」
だが、クーの放火はペルジャラナンの注意を引いた。彼は熱源を探知できる。だから燃えているはずのない場所が燃えているのにすぐ気づいて、駆けつけたのだ。たまたま近くにいたディエドラも同行することにした。人間社会の中では、自分の身分が保護者を必要とすることくらい、理解できていたからだ。
ところがそこで見たのは、衣服を裂かれたラピと、今にも殺されそうになっていたクーだった。ペルジャラナンは割って入った。だが、ここでまた問題が発生した。彼の能力なら、村人達を一掃するくらいは難しくもない。しかし、所詮はペットという立場なので、うっかり人を殺せば悪者になってしまう。しかも悪いことに、剣も盾も持ってこなかった。
そのせいで、ペルジャラナンとディエドラは本気で戦うこともできず、袋叩きにされてしまった。
「ゲランダンとペダラマンとは約束があるはずだ。手を出したそちらが悪い」
「そりゃあゲランダンとペダラマンとの約束だろが。てめぇなんざオマケだ。知るかよ」
だが、その騒動で今度はジョイスが感情を探知して、異変に気付いた。
彼はノーラを俺のところに送りつけて、一人で四人を庇うことにした。そのおかげで今に至っている。
「煽ったのか?」
俺は尋ねた。
「ああん?」
「アワルの人足どもを煽って、わざと騒ぎを起こさせたな? そうすれば、目立たないうちにやれる」
「ハッ!」
目の前の男は噴き出した。
一方、ジョイスは頷いた。
「ついでにドサクサに紛れて、盗みをやらかすつもりだったみてぇだな、おい」
「証拠はあんのかよ」
「そんなものはいらない」
実際に盗みの被害があろうとなかろうと、ラピを暴行しようとしたのは明らかなのだから。
「確かにいらねぇなぁ?」
先頭に立つ男がそう言うと、仲間達は揃って笑い出した。
「バケモン飼ってるからどんなに強いかと思いきや、全然雑魚だったしな」
違う。ペルジャラナンとディエドラは、あえてやらずに済ませたのだ。だが、こればかりは仕方がない。わかっていても対処しようがない立場だったのだ。
でも、俺はそうじゃない。
「試してみるか」
俺は顎で指し示した。
「剣を使え。俺を斬れたら無罪放免だ」
この一言に、真ん中の男は真顔になった。舐められた、と感じたのだろう。
「貸せ」
脇に立っていた男から剣をひったくると、俺に切っ先を突きつけた。
「いいんだな」
「ああ? 何が」
「始めていいんだな」
せめてもの慈悲だ。
「ケッ、気取ってんじゃねぇ」
合図とみなした。
ブン、と音がしたかと思うと、その後、短いこもった感じの金属音が下から聞こえた。
「おっ?」
男の肘から先が、綺麗に切り落とされていた。
「おああああ!」
何が起きたかを時間差で理解し、彼は膝をついた。
「ファルス、ちょっと」
「ここまでしないと、こいつらには通じない」
殺さなかっただけマシというものだ。もっとも、この上なお逆らうようなら、皆殺しにする。
「てっ、てめぇ」
「やるのか? だったらそこの剣を拾え」
別の男が前に出かけて、足下を見た。そこにはきれいな腕と、それに握られたままになっている剣がある。
俺という敵対者には、一瞬で腕を切断するだけの技量がある。そのことを思い出すと、彼は沈黙した。
睨み合いの中、後ろから足音が聞こえてきた。
「こっちでも騒ぎか?」
「ゲランダン」
彼だけではなかった。横にはペダラマンもアワルも、それにタウルやフィラックもいる。また、さっき俺が散々殴打した男が、チャックとラーマに引きずられてきていた。
「うちの班の人間を襲おうとした。仕方がない」
「そうらしいな」
「この村の中は、一応安全じゃなかったのか」
「責任は取らせるさ」
ゲランダンがそう言い終えると同時に、ペダラマンが手にした槍を軽々と振るい、ぞんざいに投げつけた。それだけで、俺に腕を落とされた男の鳩尾を刺し貫いていた。
「お互い、責任は取らせないとな」
軽い口調でゲランダンは後ろに回り、チャックが片手で持っていた槍を受け取ると、俺に殴られた男の胸を後ろから串刺しにした。悶え苦しむ彼から乱暴に槍を引き抜くと、背中を思い切り蹴飛ばして、前へと追いやった。
たちまちのうちに、二人の男が死体になった。
「干し肉にでもしてくれ」
本当に、ちょっとしたプレゼントでも差し出すかのような言いざまに、村の男達は迅速に反応した。さっきまで仲間だった男の胸から槍を引き抜きペダラマンに差し出すと、当然のように二人分の死体を竈の方へと引きずっていったのだ。
「ま、気を付けるに越したことはない」
誰にいうでもなく、ゲランダンはそのまま背を向けた。ペダラマンもチャックもラーマも。こんなのは慣れっこだと言わんばかりだった。
これでは、こんな場所にはクーとラピを預けっぱなしになんてできない。五、六日だって? 強姦で済めばいい。下手をすれば二人とも干し肉だ。ここでは本当に、約束というものが守られない。毎瞬間、力による威嚇がなくては、相手にわからせるということができないのだ。
それにしても、一気に疲れてしまった。
なんなんだろう、この村は。いや、大森林に生きる連中というのは。まるで獣だ。目先の欲望がすべてで、先々を考えない。西部シュライ人に共通する悪徳だというのはわかっている。いや、承知しているつもりではあったのだが。
俺は二人を殺さなかった。だが、そんな配慮など必要なかった。さっきまで仲間だった男の遺体でも、今すぐ食料になる。そのことに彼らは一切の疑問を抱いていなかった。
その獣じみたありさまに、俺は思わずにはいられなかった。
こんな奴らに、生きる値打ちはあるのか。
そもそも生まれてきてよかったのか、と。
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