参加希望者第二号
シャルトゥノーマが去った後、また小屋は静まり返った。
気骨ありそうな冒険者が来てくれた、という思いと、どうにも得体が知れないという気持ちとが残ったせいか、誰も何も言い出せなくなっていた。
俺は俺で迷っていた。どこまで彼女の正体を知らせるべきか。人員募集をかけたら、いきなり正体不明の亜人が面接にきたとか、異常事態にもほどがある。
頭の中でいろいろな可能性を考える。シャルトゥノーマの出現は、ただの偶然なのか、それとも何らかの要因があるのか。とすれば、誰が後押ししたのか。誰かの回し者とするなら、使徒か、それともシーラか。とにかく、彼女が探索に参加したのは、間違いなく俺に用があるからだ。
問題はいくつかあるが、まず、彼女の正体をどこまで知らせるか。亜人は獣人より高く売れる。そして、いかに魔力に優れた彼女とはいえ、予期しない奇襲に対処できるとは限らない。フィラックやタウルが裏切るとは思わないが、彼らの口から事実が外に漏れたら、他の誰かがあらぬ考えを抱くかもしれない。第一、そうでなくてもあの美貌だ。連れ歩くことのリスクは小さくない。もちろん、同行を拒否することで行動を監視できなくなる方が、もっと大きなリスクになるのだが。
まったく、人員募集だけでこれだけ頭の痛い問題を抱え込むことになるとは。やっぱり、つくづく俺は呪われている。
考えを整理しようと物思いに耽っていたところで、また小屋の扉が開いた。
顔を上げると、そこには二人目の応募者の姿があった。
風采の上がらない男。一言で纏めると、そうなる。
髪の毛は真っ黒で、多少天然パーマがかかっている。それがちょっとした渦を巻いているが、そんなに長さはない。肌は浅黒いが、もともとはそうでもなかったのが日焼けの濃淡でわかる。恐らくハンファン人なのだろうと思われるが、先日目にしたチャックとかいう小男と比べると一回りは大きいし、顔立ちも、なんというか、エラが張っている。これだけならまだ、よく言えば精悍な……という形容ができそうなのだが、しかし姿勢が悪すぎる。前屈みで、いかにも卑屈そうに見えるのだ。
服装も、この辺でよく見かける麻の上着と下穿きだ。武器らしいものはといえば、一応腰に手挟んだ鉈があるだけで、まったく頼りない。
「こちらへどうぞ」
それでもクーは、丁寧な態度を崩さなかった。この人物が俺達の探索に加わる資格があるかどうかは主人が決める。であれば、見た目だけで自分が迂闊に判断を下して、来客の印象を悪化させるべきではない。彼は立場をよく弁えている。
俺達は立ち上がり、その男に席を勧めた。
「こちら、フィラック・タウディーの探索隊だが、その応募者で間違いないか」
「は、はぁ、そうです」
おどおどした口調に、フィラックは落胆の表情を浮かべた。無理もない。戦闘力がすべてではないにせよ、こんなざまでは、役に立つ気がしない。
「では、名前から」
「はい、あっしは、イーグー・ツイホゥと言いますです」
「む? 言いにくい……あ、いや、変わった名前だな」
「東方大陸の東部から来ましたんで、はい」
東方大陸の東部、というだけでは範囲が広すぎる。北部なのか、南部なのか、それともその間の砂漠地帯なのか。
「冒険者証はあるのか」
「一応、ございますぜ、ほれ、こちら」
階級は低い。ガーネットだ。依頼遂行記録のタグを確認しても、そこには小さなマークが打ち込まれているだけ。要するに、強い魔物と戦った経験はない。
これだけ見ると、ただの雑魚にしか見えない。だが……
《さっきからどうなってるの? また心の声が聞こえないってジョイスが》
そうだろう。
まったく、頭痛の次は胃潰瘍か?
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イーグー・ツイホゥ (253)
・マテリアル プルシャ・フォーム
(ランク5、男性、253歳)
・アビリティ マナ・コア・火の魔力
(ランク7)
・アビリティ マナ・コア・水の魔力
(ランク7)
・アビリティ マナ・コア・風の魔力
(ランク7)
・アビリティ マナ・コア・土の魔力
(ランク7)
・アビリティ マナ・コア・光の魔力
(ランク6)
・アビリティ マナ・コア・力の魔力
(ランク6)
・アビリティ マナ・コア・身体操作の魔力
(ランク8)
・アビリティ マナ・コア・精神操作の魔力
(ランク8)
・レッサースピリット
・スキル フォレス語 4レベル
・スキル サハリア語 4レベル
・スキル シュライ語 5レベル
・スキル ハンファン語 6レベル
・スキル ワノノマ語 5レベル
・スキル 火魔術 8レベル
・スキル 水魔術 8レベル
・スキル 風魔術 7レベル
・スキル 土魔術 7レベル
・スキル 光魔術 7レベル
・スキル 力魔術 7レベル
・スキル 身体操作魔術 8レベル
・スキル 精神操作魔術 8レベル
・スキル 治癒魔術 6レベル
・スキル 精霊魔術 6レベル
・スキル 魔力操作 6レベル
・スキル 魔獣使役 6レベル
・スキル 水泳 3レベル
・スキル 医術 6レベル
・スキル 薬調合 6レベル
・スキル 裁縫 2レベル
・スキル 木工 2レベル
・スキル 料理 2レベル
空き(221)
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これはまた優秀な……じゃない。
「それで、イーグー、でいいのか?」
「へぇ、まぁ、気軽に呼んでいただければ。呼びやすければゴミでもクズでも犬ッコロでも構いませんや」
本人はニタニタしているのだが、あまりといえばあまりの言いざまに、フィラックはもちろん、タウルまで面食らっていた。
「ああ、それで得意なことは? 何ができる?」
「大した腕前なんざございませんがね、まぁあちこち旅をしてきたもんで、薬草の目利きくらいはできますぜ」
「そ、そうか」
こんなの、考えるまでもない。シャルトゥノーマが使徒の差し金という可能性は、これでほぼ消えた。だってそうだろう?
ビルムラールが賢者なら、こいつは差し詰め大賢者か、大魔道か。しかも、各種魔術核を備えているだけでなく、レッサースピリットをその身に宿しているところが危険極まりない。レヴィトゥアで思い知ったが、これがあると魔法の威力が跳ね上がる。しかも、こいつには精霊魔術なる未知の能力まである。レッサースピリットがいわゆる精霊だとすると、こいつはその精霊を使役する術を知っていることになる。かつ、魔物まで手懐けるとくれば……
こんな手駒を動かせる奴が他にいるもんか。こいつは恐らく使徒の手下だ。とすれば、わざわざ亜人を別途差し向けたと考える方が不自然だろう。
「念のために尋ねるが、戦う力はあるのか」
「そりゃ、いざとなったら死ぬ気でやりますがね、申し訳ねぇが旦那、この歳でまだガーネットなんですぜ」
「いくつだ」
「へぇ、これでも三十七になりまさぁ」
ぬけぬけと嘘を。
本気になれば、大抵の魔物は一瞬で消し炭だろう。
だが、使徒も俺が嘘だと見抜くことくらい、織り込んでいるはずだ。まさかこんな直接的な形で介入してくるとは。
冗談じゃない。こんなバケモノが横にいる状況で大森林を探索しろと? ただ、肉体的な能力にはさしたるものがない。魔術を使わせなければ、殺すのは簡単だ。といって、いきなり殺したら殺したで、どうせまた別の手駒がやってくるだけなんだろう。しかしながら、追い返すというのも悪手だ。これだけの力があれば、ましてや使徒の応援があれば、こいつはいくらでも俺達を追跡できる。
にしても、考え方によっては、これは大盤振る舞いではないか。ピアシング・ハンドで中身をごっそりいただけば、俺は自分を一気に強化できる……いや、待てよ?
黒竜の魔法を使う俺やノーラのことを見ていて、イーグーが餌にならないと考えるほど、使徒は間抜けだろうか?
とすると、これも罠か? 俺がピアシング・ハンドで彼を始末したら、何かが起きる。仲間が死ぬとか。それくらいの保険はかけてあるかもしれない。
始末するにせよ、状況をよく考えないと。
「頼りねぇですが、やるときはきっちりやりますぜ」
「能力相応にしか報いてやれないが、それでいいか」
「ええ、そりゃあもう、当然ってもんでさあ」
ただ、こいつは魔法の道具を持ってはいないように見える。腰の鉈も普通の品だし、服も麻の上下だけ。指輪などの装身具もない。触媒や魔道具なしでは、魔術師の能力は大きく下がる。いくら見咎められたくないからって、これでは宝の持ち腐れだろうに。
「一応、我が隊の事情も説明しておこう。こちら」
フィラックは、型通りの説明を続けた。
「フォレスティア王の騎士ファルス・リンガは赤の血盟の盟主たるティズ・ネッキャメルの後援も受けている。このたび、女神の威光を明らかにせんものと、大森林の奥地を目指すことになった。よって探索隊の代表は私だが、主催者はファルス様となる」
「へぇ、若様、よろしくお願ぇします」
イーグーはへこへこと頭を下げた。
「目的地は、とにかく奥地だ。ケフルの滝付近が大森林では最奥とされているが、我々は更なる奥地を目指す。相当に危険な探索となる」
「お供させてもらいてぇもんです」
追い返す意味がない。
あとで仲間に説明しないと。だけど、なんと言えばいいのか。
「わかった。では、連絡先を。出発の日時はまだ未定だ。ギルドには常に最新情報を伝えておく。ここの小屋か、ギルドのほうで詳細を確認するように。我々は関門城の中に部屋を借りている。どうしても連絡が必要な場合は、そこまで来てくれ」
「ありがてぇ。きっと役に立ちますぜ」
合格にするしかなかった。
他にどうすればいいんだ、こんなの。
イーグーが立ち去ってからもしばらく冷や汗が止まらなかった。といって、こんな場所であんな奴の話をするわけにもいかず、また落ち着かない時間が過ぎていった。
かなりの時間が過ぎたが、聞こえるのは屋外の雨音ばかりだった。さっきまで優しかった雨だれの音が、いつの間にか激しいドラムロールに置き換わっていた。
これでは次の面接希望者は現れないだろう。最低、あと一人が必要だが、これはどこかでまた、別途声がけして見つけるしかない。誰ともなく、俺達は腰を浮かせて関門城に割り当てられた部屋へと引き返そうとしていた。
その時、入口の扉が開いた。
「よーぉ」
この雨の中、わざわざやってくるとは思わなかった。
びしょ濡れのマントを脱ぎ棄てると、バジャックはそれを脇にいたクーに向かって抛った。大股に歩み寄り、彼はまっすぐ俺の前に立った。
「この前は悪かったな」
バジャックは、わざわざ俺を覗き見るように身を竦めた。どことなく威圧的な印象を受ける。
何しにきたのだろうか? ゲランダンの手下であろう彼と揉めたせいで、面接にはほとんど人が来なかった。まさか俺のところで仕事をしたいというのでもなかろうに。嫌味でも言いにきたのか。
だが、そんなくだらない目的でやってきたようにも思われない。そのような想定をするには、バジャックは優秀過ぎたからだ。
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バジャック・ラウト (46)
・マテリアル ヒューマン・フォーム
(ランク6、男性、46歳)
・スキル フォレス語 4レベル
・スキル サハリア語 4レベル
・スキル シュライ語 5レベル
・スキル ハンファン語 4レベル
・スキル 指揮 5レベル
・スキル 操船 5レベル
・スキル 槍術 6レベル
・スキル 盾術 5レベル
・スキル 弓術 5レベル
・スキル 投擲術 6レベル
・スキル 格闘術 6レベル
・スキル 隠密 5レベル
・スキル 水泳 5レベル
・スキル 医術 4レベル
空き(32)
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さっきのイーグーみたいな怪物と比較すると普通の人間にしか見えないが、これだけできれば立派に一線級の戦士だ。しかも指揮官としての能力もある。恵まれた体格も併せて、優秀な人物であろうことには間違いない。性格だけは悪そうだが。
「いいえ」
「そいつはよかった。恨みっこなしが一番だ。なぁ?」
なんというか、仕草と言い、喋り方と言い、どれ一つとっても品がない。好戦的で尊大な性格が滲み出ている。
嫌悪感は募るばかりだが、まずは何しにきたかを確かめるのが先。そう自分に言い聞かせた。
「で」
彼はフィラックに向き直る。
「あんたが隊長ってわけか」
「そうだ」
「こっちのことは何にも知らないか」
その視線がタウルに向けられた。だがすぐまたフィラックに話しかける。
「大森林に入るときは、二つ以上の班が合同で活動する必要がある。あてはあるのか?」
「ない。これから探す」
すると、バジャックはしたり顔で言った。
「手を貸してやろうか」
「なに?」
「奥地に向かうと聞いたからな。ケフルの滝の向こう側に行きたいというのは本当か?」
「そうだ」
頷きながら、彼は一歩下がった。
「だったら、俺のところに声をかけるのが一番だ。今、あそこまで制覇できる集団は俺かペダラマンのところくらいしかねぇ。けど、二班じゃ足りない。四つはいるだろ?」
タウルが前に言った通りだ。探索の距離が長くなるほど、探索隊も数が増える。
「アワルの班にも声をかけてやってもいい。どうだ?」
「それは」
俺は口を挟んだ。
「ゲランダンの考えか? それとも、お前の独断か?」
すると、バジャックは黙り込んだ。タウルも白目を剥いている。どうした?
だが、すぐにバジャックはけたたましく笑い声をあげた。
「そうか! そうか! ああ、俺としたことがうっかりしていた。済まなかったな!」
そう言いながら、彼は俺に向き直った。
「俺がゲランダン・スンガイだ。そういや、一度も名前を言ってなかったな」
こいつが?
俺は彼の顔を二度見した。だが、何度見直したところで、ピアシング・ハンドの表記はバジャック・ラウトのまま。
戸惑っていると、タウルが横から教えてくれた。
「本当だ。俺が十五年前、大森林からいなくなる時にも、こいつはもういた。こいつがゲランダンだ」
タウルがそういうのなら、本当なんだろう。つまり、少なくとも十五年前から、こいつはゲランダンだった。
つまり、ずっと偽名で通してきたということだ。
「そういうことだ。トパーズの冒険者ゲランダンだ。よろしくな」
彼は笑顔でそう言った。
次から次へと想定していないことが一度に起きる。
頭を整理しきれない俺は、ただ頷くばかりだった。
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