参加希望者第三号
「あ……お、おかえりなさいませ」
扉を開けた瞬間、目に飛び込んできたのは花冠だった。
部屋の隅には、銀の首輪に拘束されたディエドラが、その向かいには椅子が置かれており、そこにペルジャラナンが腰かけていた。しかし、その姿はといえば、ちょっとした見物だった。
「ギィ?」
「お前、なんちゅう恰好をしてんだよ?」
ジョイスは呆れて笑い始めた。
それもそのはず。ペルジャラナンが身に着けていたのは服だけではなかった。首から花輪を吊るし、口には口紅、顔には白粉。仕上げに今、頭に花冠をかぶせるところだったのだ。
「ラピ?」
俺が説明を求めると、彼女はもじもじしながら言い訳を始めた。
最初はディエドラに食事を差し出すのも危険だった。近寄ると牙を剥き、引っ掻こうとするから。もちろん、ペルジャラナンがいるので、本当に危ない目に遭うことはなかったが。しかし、この場に残された二人の役目は、獣人を見張ることだけではない。いかに友好的な関係を築くかもまた、重要な仕事だった。
それで彼女は、自分と人ならぬペルジャラナンとがいかに親しいかをアピールし始めた。戸惑う彼に、手ずからスプーンで食事をさせてみたり。ディエドラの目の前に陣取らせて、そのツルツルした頭を優しく撫でてみせたり。言うまでもなく、ペルジャラナンはそうした扱いに不平を漏らすことはなく、されるがままだった。基本、人間社会のことはわからないし、ラピもファルスの仲間なのだろうから、逆らう理由がないと考えたのだ。
その総仕上げとして、ラピはペルジャラナンを飾り立て始めた。興が乗ったのか、ついでに化粧も施した。運よくお城の人に催事用の花の余りをもらったので、それで花輪や花冠まで拵えた。
「で、これか」
笑うべきか、不謹慎とみなすべきか。
いまだ奴隷の身分のままのラピが独断専行でやりたい放題したように見えるこの状況。フィラックは頬をひくつかせながら笑うまいと顔を引き締めたのだが……
「ギィ」
小首を傾げるペルジャラナンを真正面から見たのがいけなかった。思わず噴き出してしまったのだ。
これを皮切りに、みんな一斉に笑い出した。
俺も思わず苦笑した。
悪乗りといえばそうなのだが、大切なことのようにも思われた。こんな悪戯めいた遊びをする気持ちの余裕が、俺にあっただろうか?
面白半分で化粧塗れにされたペルジャラナンはというと、笑い出したみんなと一緒に笑っているようだった。そんな俺達を、ディエドラは表情もなく、ただ静かに見つめていた。
ひとしきり笑ってから、俺達は状況を再確認した。
とりあえず、応募してきたのは二人だけ。獣人はもちろん、ペルジャラナンも頭数には入らないので、最低、あと一人は仲間を探さなければ出発できない。
「誰も手を挙げない気がするな」
フィラックは首を振った。
「ゲランダンに頼めば、一人くらいは融通してもらえる」
タウルが俯きながら言う。だが、口調でわかる。気が進まないのは、みんな同じ。
「それなんだけど、タウル、前に会った知り合いは? なんていったっけ」
「ラーマのことか」
「そう、あの人。金は出す。顔だけでも貸してもらえないかな」
だが、タウルは難しい顔をしていた。
「あいつもここで生きてる人間。十五年前はそこまででもなかった。でもゲランダンはもう顔役。逆らいたくはないはず」
「そうなると」
フィラックは忌々しげに言った。
「あの野郎の班を仲間にしなきゃいかんのか?」
「そうなりそう」
「冗談じゃねぇぞ」
「仕方ない。大森林の奥地で飢え死にしたいのか」
そう言われると、なかなかに難しい話になる。こうなると、先のサハリアの戦争で殺しまくったことが響いてくる。あれさえなければ、シーラのゴブレットで食糧問題は解決できたのに。
だが、俺は、いまだにゴブレットの蓋を開けることができずにいる。
「最低でも三つ。できれば四つは班が必要」
「多すぎだろ」
「森もある。沼もある。川もある。川の流れも幅の広さもいつも変わる。そんな中、後ろから荷物を届けてくれる人間がいるかどうかの話。好き嫌いじゃない」
一つ一つ、噛んで含めるようにタウルは指摘した。
「わかった。わかったよ。だったらゲランダンには、俺が頭を下げる」
フィラックは諦めたようにそう言った。
俺はそこで再確認した。
「タウル、今日、最後に来たあの男がゲランダンということで、間違いないんだな?」
彼は迷わず頷いた。
「そう」
「わかった」
つまり、ゲランダンの本名は、バジャックだ。何かの理由があって、本名を隠している。ということは、お尋ね者か何かか?
しかし、秘密は秘密だからこそ脅威なのだ。彼の名前にどんな意味があるのかも知らずに脅迫に使うなどできない。といって、バジャック・ラウトなる人物の過去をここで調べだすと、それはそれで目を引いてしまうだろう。カマをかけるという手もあるが、しくじったら逆に大変なことになる。ここは機を見計らうべき、か。
他の問題は、とりあえず積み残しだ。メニエを名乗る亜人シャルトゥノーマ。下級冒険者のフリをする大魔道士イーグー。こいつらは、今の時点では切り捨てるのも難しいし、わからないことも多すぎる。ノイジーなことこの上ないが、我慢して付き合うしかなさそうだ。
「あの」
そこでクーが口を差し挟んだ。
「なんだ」
「班は四つくらいは欲しいと言ってましたよね」
「ああ」
「でしたら、あと一つの班は、別のところで融通してもらうというのはいかがでしょうか」
本当に、これが九歳とは思えないほど知恵が回る。どうなっているのだろう?
「どういうことだ」
「例えば王様とか、あとは探索隊についてくる監督官の方にお願いして、知り合いの班を紹介していただくんです。全部が全部、ゲランダンの手下ということもないかと思いますし」
「なるほどな」
ジョイスも頷いた。
「あっちも誰か、アワルっつったか? 別の班に声かけるっつってたし、こっちも別のとこと組みゃあ、一応数は五分五分になるってか」
「はい」
班長の投票で行動が決まる場面もあるかもしれない。とするなら、クーの提案は心しておくべきだろう。
どちらにせよ、後日に対応することだ。当面は、あと一人を見つけなくてはいけない。
時刻はそろそろ夕方に差し掛かっていた。
そろそろ冒険者達も、夕食を食べに酒場に向かう時間帯だ。期待はできないが、誘うとなれば、彼らが酔っぱらう前でなければなるまい。
「ダメでもともとだ。タウル、酒場に出かけて、ラーマを探そうと思う。見当たらなくても、誰か引き受けてくれる冒険者が見つかれば、その人でいい」
「探すだけなら、止めない」
「行ってくるよ。夕食は酒場で済ませてくる」
結局、俺とノーラ、ジョイス、それにタウルが外に出た。思いのほか人数が多くなってしまったが、これはやむを得ない。
まず、ラーマと話をするにはタウルが欠かせない。相手が彼でないにせよ、現地事情に通じたタウルがいたほうが話は早い。あとは心を読むとなればジョイスが手っ取り早い。ノーラでもできるが、こちらは詠唱が必要だからだ。そして心を読んだ結果をスムーズに共有するのは、ノーラの仕事だ。
「この前の店の椰子酒はよかった」
歩きながら、俺はそう言った。
日中の雨は、いつの間にか止んでいた。空を見上げれば、黒く分厚い雲が千切れ飛んでいて、その狭間に藍色と橙色のグラデーションが見える。そのすぐ下には、黒々とした木々の影が落ちていた。
「料理もなかなか悪くない」
「それはよかった。まぁ、めぼしい人が見つからなければ、その時はその時、明日探せばいい。今日はせめておいしいものでも食べよう」
するとジョイスが肩をすくめた。
「お城の中にいても、それなりのもんが出てくるだろが」
「それを言ったらそうなんだけど、あの椰子酒は出ない」
「お酒なんて、大丈夫かしら」
「平気。きつい酒じゃない」
そう言いあいながら、俺達は広場から大通りを進んで、ギルドの建物の前を通り過ぎた。
そして目当ての酒場の前で……揃って足を止めた。
数人の男が、店の前で倒れ込んでいた。それと、この場が踏み荒らされたらしいことはわかった。
男達は泥酔しているのではない。恐らくは殴り倒されてしまったのだ。しかし、中には腰の鉈を抜いたのもいる。放り出された鉈の刃の部分が鈍く輝き、それに丈の低い草が押し潰されていた。
ということは、これをした誰かが店の中にいるのだ。状況的に、そうとしか思えない。
俺達は顔を見合わせると、そっと中へと踏み込んだ。
店内は、不自然なほどガランとしていた。
すぐ左手のカウンターには、太った西部シュライ人の店主が立っていた。彼は額に汗の粒を浮かべて、呆然と立ち尽くしている。
ほのかな灯りに照らされた、空気の流れ一つない静かな店内を見渡すと、隅っこのテーブルに一人、足をかけて仰け反る男の姿があった。
髪の毛は限りなく黒に近い焦げ茶色。細身で背が高い。遠目に見てもすらっとしている。肌は白いが、あれはムワではない。
何より目を引いたのは、その服装だった。真紅のコート……いや、あれは陣羽織だ。それに壁に立てかけてあるのは、身の丈ほどもある太刀。拵えも立派そのものだ。これを見れば、誰だってワノノマの戦士であろうとわかる。
その顔立ちは美しく、また繊細で、どこか退廃的なものがあった。酒に酔っているのだろうかとも思ったが、どうもそうではない。その立ち居振る舞いには、目にした人から落ち着きを奪う何かがあった。
その彼が、こちらを一瞥した。
数秒間。だが、彼は俺達を見てから、また関心をなくしたように、手元のジョッキを掴んで酒を飲んだ。
はて、こんな男に心当たりは……
タウルは首を振って否定した。
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ヒシタギ・アーノ (24)
・マテリアル ヒューマン・フォーム
(ランク7、男性、24歳)
・マテリアル 神通力・刀神
(ランク8)
・スキル フォレス語 5レベル
・スキル ハンファン語 4レベル
・スキル ワノノマ語 5レベル
・スキル 刀術 8レベル
・スキル 格闘術 5レベル
・スキル 弓術 5レベル
・スキル 風魔術 5レベル
・スキル 水魔術 4レベル
・スキル 隠密 4レベル
・スキル 軽業 5レベル
・スキル 水泳 5レベル
・スキル 医術 2レベル
空き(11)
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これはまた優秀な……じゃない。
勘弁してほしい。たった一日のうちに、何人異常者に出会うのか。
その他の能力だけでも既に一人前以上の戦士だというのに、一つ桁違いな技能を有している。しかもこの若さで。こいつは刀術の天才だ。
キースでさえ、同じくらいの年齢でも、剣術のスキルは一つ下だったのに。ただ、彼はずっと多芸だったが。
状況からして、表の男達をぶちのめしたのは、彼だろう。
ヒシタギ家の人間らしいが、一年ほど前にスーディアで出会ったヤレルとは似ても似つかない。ずっと美形に見える。というか、骨格からして違う。それで気付いた。もしかして、混血か何かだろうか?
それにしても腑に落ちない。これだけの戦闘能力があるのなら、それこそ魔物討伐隊に加わっているか、さもなければワノノマ本国などでそれなりの官位に就いていていいはずだ。なのにどうしてこんなところで一人、ブラついて酒など飲んでいる?
「つまらぬ」
独り言だろうか?
アーノはジョッキを静かにテーブルに置き、行儀悪くテーブルの上に足を置いたまま、椅子の上にふんぞり返った。
その視線が、またこちらに向けられた。
「そこの」
その目はまっすぐ俺を捉えていた。
「もしやフォレス語を話せるのではないか? ならば案内を頼みたい。こちらの言葉はよくわからぬ」
俺達は目を見合わせたが、よもやいきなり斬られはすまいと、静かに近づいていった。
「なんでしょうか」
「重畳、重畳。こちらに参ったばかりで、まるで勝手がわからぬ。渡りに船とはまさにこのこと」
彼は座り直して、テーブルから足を下ろした。
「城の門番に訊いたのだが、なんでも大森林の奥地を目指さんとする者共が、勇ある者を求めているとか。今日、どこかで会えぬものかと探したのだが、見つからなんだ。そなた、心当たりはないか」
今度は誰の差し金だ?
それともただの偶然?
こいつ、アーノの狙いは、俺達の探索隊に加わることだったのだ。
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