参加希望者第一号

 南国の空気が、いつにもなく濃密だった。小屋の窓はひとつ残らず閉じられているのに、外から草木の吐息が滑り込んでくる。足下からじわじわと沁み込んできた湿気が、あっという間に天井にまで達したように思われた。

 外からは穏やかな、むしろ耳には心地よい雨音が聞こえてくる。優しく頭上を打つ雨粒の音色は、この気怠い午前中にはぴったりだ。それにいつもの焼けつくような暑さも一段落して、今朝はむしろ涼しさを感じられる。

 そこで俺とフィラックとタウルは、並んで座りながら……じっとしているしかなかった。


 小屋の扉が音を立てて開き、クーが駆け込んでくる。


「誰もいません」


 この報告に、小屋の中の空気がまた一段と重くなった。

 タウルが首を振りながら嘆息した。


「ゲランダンと揉めたせい」


 つい昨日、獣人がオークションで競り落とされた後、別の人を介して代金を受け取っておきながら、彼らはあっさり他所に転売しようとした。なるほど、まったく競り上がらなかったのだから、彼らとしては気分もよくはなかったのだろう。あのディエドラの暴れっぷりからして、ここまで生かしたまま連れてくるのも大変だったに違いない。買い取った商人に全責任を負わせて両取りすれば、倍の値段で売れたのと同じことになるのだし。

 だが、そんな奴らの都合など、こちらの知ったことではない。しかし、ゲランダン達はここでの顔役だ。だから、彼らに嫌われるのを恐れて、俺達の面接を避けるのも、これも自由なのだ。


「あんな乱暴な獣人が役立つものか。高い買い物だった」

「タウル」


 泣き言に苛立ちを示したのが、すぐ隣に座るフィラックだった。


「俺達はファルスの探索を手伝うためにここにいるんだ。起きたことは仕方ない。俺達が考えることは、これからどうするかだけだ」


 タウルは反論しなかった。ただ黙って首を振るだけ。

 それを俺はハラハラしながら見ていた。また俺の行動が原因で仲違いされては困る。


「どうなっても僕の責任だ。そこだけははっきりさせておきたい」


 割って入らない方がまずいと思ったので、一応、明確に宣言した。


「獣人の説得は、できると思う。時間はかかるけど、ペルジャラナンだっている」


 この場にはラピとペルジャラナンがいない。二人は今、俺達の居室にいる。銀の鎖に繋がれたディエドラの世話と見張りだ。ラピだけでは不安だが、ペルジャラナンがいれば後れを取ることもない。それにお互い、人ならぬ魔物同士でもある。俺達の中で、どれだけ「トカゲ」が愛され信頼されているかを見せつけるのは、今後を考える上でも有効だと思ったからだ。


「心配いらない。この雨のせいだろう」


 それはさておき、今日の面接の布陣だ。


 まず、テーブルを横に配置し直して、そこに俺、フィラック、タウルの順番に座る。この集団で一番偉いのは俺だが、探索隊の名目上の隊長はフィラックだ。この三人が面接官ということになっている。

 脇に小さな机があり、そこにノーラが控えている。記録係のフリをしているが、本当の面接官はこちら。心の中を読み取るのが仕事で、表の面接官たる俺達と連携する。

 クーとジョイスが、応募者を誘導する係だが、ジョイスはその応募者の観察もする。もちろん、変なのがいればノーラに伝えられる。心の中がよく読めない場合には、俺達に警告がとんでくる。現状、ノーラが魔術で人の心を読めるということは、フィラックやタウルには知られている。だからその辺のことは、すべてノーラの能力によるとして説明する。


 本来なら、探索隊の追加人員募集には、大勢の人が押しかけるものだ。ここにはろくな産業がない。仕事もなく、関門城の左右の脇のボロ小屋で暮らす連中は、一獲千金を求めている。そうでなくとも、出発前に貰える前金などが、生活の大きな支えになる。だから、どうでもいい奴なら、簡単に捕まえられるはずだった。

 だから俺達は、優秀な人材だけをピックアップして残る三人分の枠を埋めさえすればよかった。三人? そう、三人だ。ディエドラはもちろん、ペルジャラナンも頭数には入らない。あれらは魔物であって人ではないからだ。

 だが、こうして誰一人顔を見せないとなると、計算が大きく狂ってしまう。最悪、出発さえさせてくれればいいので、すぐさま離脱して関門城に逃げ帰るような奴でも構わないのだが……


 この小屋の外の日除けは、いまや雨除けになってしまっている。だが、雨が激しくなれば、布を貫通して雨粒が落ちてくるようになるだろう。とはいえ、そんな心配などいらないか。そもそも並ぶほど、人が来ていない。


「だいたい、ゲランダンだかなんだか知らないけど、そんな顔役一人に怯えて、ここまで来ないような奴なんか、どうせ最初から役に立たない。余計な手間が省けた」


 強気にそう言い切ってみせはするものの、内心では面倒臭さに頭を抱えていた。


「あ……」


 クーが声をあげると、開けっ放しの扉の向こうへと走り出ていく。雨粒が降り注ぐのも構わずに。


「こちらです! ようこそおいでくださいました!」


 遠くから、そう叫ぶのが聞こえた。思わず苦笑した。カリの武具屋勤務の頃の口調がまだ抜けないらしい。

 それはそうと、ようやく面接希望者第一号、か。


 焦げ茶色のブーツが水滴を振り落とす。戸口に足がかかる。灰色にうっすら緑のマントからも、水が滴っていた。頭には、同じ色のフードをかぶっている。

 細身の女だった。女性としては背が高め。まず目を引いたのは、その整い過ぎた顔立ちと、黄緑色の透き通った瞳だった。それに、フードの隙間から覗く髪の毛はうっすら緑がかった金色だった。

 全体としては軽装だが、必要にして十分な装備だった。胸当てにベルト、そこにはナイフというよりは鉈と呼んだほうがよさそうな刃物。背にはマントの内側に矢筒も背負っている。


 その彼女は、俺達三人を見渡してから、尋ねた。


「フィラック・タウディーの探索隊というのは、こちらか」


 俺達は立ち上がって席を勧めた。


「その通り。詳しい話をしたい」


 彼女は小さく頷くと、用意された椅子に静かに腰かけた。

 フィラックは、手順に従って質問を始めた。


「まず、名前から」

「メニエ・スポルズ。マルカーズ連合国出身の冒険者だ。階級はアクアマリン」


 そう言って彼女は、自分の首にかかった冒険者ギルド発行のタグを取り外して、俺達に差し出した。

 その間にも、ジョイスやノーラは心の中で忙しく働いていた。


《気をつけて。私はまだ心を読んでない。ジョイスはほとんど見通せなかったって言ってる》


 ノーラからの警告を受けて、俺はピアシング・ハンドで来客の能力を盗み見ることにした。


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 シャルトゥノーマ・ペルセトゥジュアン (16)


・マテリアル デミヒューマン・フォーム

 (ランク7、女性、84歳)

・マテリアル 神通力・暗視

 (ランク5)

・マテリアル 神通力・鋭敏感覚

 (ランク5)

・マテリアル 神通力・幻影

 (ランク5)

・アビリティ マナ・コア・風の魔力

 (ランク7)

・スキル フォレス語  3レベル

・スキル シュライ語  5レベル

・スキル ルー語    5レベル

・スキル 水魔術    4レベル

・スキル 風魔術    7レベル

・スキル 弓術     6レベル

・スキル 隠密     5レベル

・スキル 薬調合    4レベル

・スキル 水泳     4レベル

・スキル 裁縫     4レベル

・スキル 木工     4レベル

・スキル 料理     1レベル


 空き(0)

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 これはまた優秀な……じゃない。


「よろしく、メニエ。それで得意なことは? 何ができる?」

「弓の心得はある。これでもここ数年、大森林で活動してきた。腕前が見たいのなら、試しに的を撃ち抜いてやってもいい」


 そもそも人間じゃない。能力から判断すると間違いなくルーの種族、それも風の民ではないか?

 そんな奴が人間の冒険者のフリをして、関門城のすぐ南をうろついている。そしてシレッと俺達の探索隊に加わろうとしている? 何のために?


「女だてらに腕には自信あり、と」

「そこらの貧民を連れていくくらいなら、私を選んだほうが身のためだ」

「頼もしいな」


 そう言いながら、フィラックは俺をチラチラ見る。

 無理もない。前もって決めておいた手筈では、そろそろ合否の判定がノーラから下されているはずだからだ。


「一応、我が隊の事情も説明しておこう。こちら」


 視線の不自然さをごまかすように、フィラックは言った。


「こちらの若君……フォレスティア王の騎士ファルス・リンガはまた、赤の血盟の盟主であるティズ・ネッキャメルの後援も受けている。それでこのたび、女神の威光を明らかにせんものと、大森林の奥地を目指すことになった。よって探索隊の代表は私だが、主催者はファルス様になる」


 その説明を受けて、メニエ……シャルトゥノーマは、俺に視線を向けた。その眼光はまるで剥き出しのナイフのように鋭かった。


「目的地は、とにかく奥地だ。ケフルの滝付近が大森林では最奥とされているが、この探索隊は、その更なる奥地を調査することを目的としている。相当に危険だが、承知してもらえるか」

「何の問題もない。むしろ望むところだ」


 どうしよう?

 こいつの目的がわからない。風の民がどこからやってきたかとなれば、もちろん大森林の奥地からだろう。それがこうやって人間に偽装して冒険者として活動している。それは何のために?

 ただ、金目当てとか、そういう簡単な話ではないだろう。だったら他の冒険者と同じように、ゲランダンの顔色を窺って参加を見合わせるはずだから。シャルトゥノーマには、俺達の探索隊に参加するだけの理由がある。


 とにかく、そろそろ合否を決めねばならない。

 とすると、ここは……


「わかった。では、連絡先を。出発の日時はまだ未定だが、ギルドには常に最新情報を伝えておく。ここの小屋か、ギルドのほうで詳細を確認するように。一応、我々は関門城の中に部屋を借りている。どうしても連絡が必要な場合は、そこまで来てくれ。メニエだと言えば通すように伝えておく」

「ありがたい。きっと役に立ってみせる」


 ……合格にした。


 何か理由があって、俺達の探索に首を突っ込もうとしているのなら、変に拒絶しない方がいい。

 なぜなら、彼女には独力で大森林を探索するだけの能力があるからだ。つまり、ここで追い返した場合、今度は黙って俺達の跡をつける可能性が出てくる。どうせ俺達を追ってくるなら、監視できる場所にいてもらった方がいい。

 だが、もちろんそこには小さくない危険が伴う。弓術のレベルもさりながら、彼女の最大の能力は優れた風魔術だ。ルーの種族ゆえの強大な魔力が俺達の仲間に向けられた場合、犠牲は避けられないだろう。


「最後に」


 俺はやっとここで口を差し挟んだ。


「なんだ」

「そのフードをとってみてくれないか。顔をしっかり確認したい」


 できれば、ルーの種族の身体的特徴をはっきり確認したかった。だが……

 シャルトゥノーマは無言で俺の指示に従った。


 そこにあったのは、輝く金色の髪と美しい顔立ちだけだった。その顔を、みんなが見た。そして、誰一人として驚きをみせなかった。

 思った通り、尖った耳を幻術で隠している。こうやっていざという場合には、自分の正体を隠してきたのだ。


「ありがとう」


 俺がそう言うと、彼女はフードを元に戻した。


「あまり顔を見せたくはない」


 そして、もっともらしい理由を口にする。


「大森林の治安は知っていると思う。女だと意識されると、余計な面倒事が増える」

「ああ、わかるとも」


 フィラックが頷く。


「その意味では安心してくれていい。我々が君に期待するのは、冒険者としての働きだけだ」

「そうしてくれると助かる」

「じゃあ」


 そう言いながらフィラックは立ち上がった。俺とタウルも続いて席を立つ。


「また声をかけさせてもらう。これからよろしく頼む」

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