武器屋の鞭

「人手不足でなければ」


 桟橋の上を歩きながら、タジュニドは言った。ほぼ真上からの太陽に、目の前の軍船はところどころ黒い影を落としていた。その向こうには青空、そしてムクムクと膨れ上がった入道雲が見える。


「私が関門城までついていくのだが」

「さすがに申し訳ないです、それは」

「いや、本来ならそこまでしても構わないくらい、恩義を被っている。独断でそこまでやっても、ティズ様は怒らないだろうが」


 俺が気にする。赤の血盟が大勝利を収めたとはいえ、ネッキャメル氏族は急に増えた領地の管理で手一杯だ。そんな中、大幹部を俺一人のために連れまわすなんて、とてもではないが考えられない。キトには彼も一週間ほど留まっていたが、あれにしても俺と違ってちゃんと仕事があったのだ。

 これから彼はディノンと共に、船で南東部にある城砦に向かう。そこで一通りの確認と差配を済ませたら、また本土に引き返す。しばらくはろくに休む時間もないはずだ。


「残念だが、途中の案内はカパル王の配下に任せるしかない」

「充分です。というより、何もなくても、今まで通りに旅をするだけですよ」

「いいや」


 そこで足を止め、彼は俺に振り返った。そしてだしぬけに言った。


「ファルス殿、我々サハリア人は野蛮だと思うか」

「はい?」

「正直に言っていい……いや、私から言おう。サハリア人は野蛮で、残酷で、強欲だ」


 そんなことをいきなり言われても、どんな顔をしたらいいかわからない。

 いずれにせよ、あの戦争で殺しまくった俺が、彼らのことをそんな風に言えるわけもないのだが。


「だが、シュライ人はもしかすると、それよりひどいかもしれない」

「と言いますと」

「我々が争い、ときに怒り狂って敵を殺すのは、何よりまず身内のためだ。父が死んだ、兄が殺された、妻子を奪われた、だから殺す。金儲けだって、一族を養うためだ。それはファルス殿にも辛うじて理解できる感情だと思う」

「はい」

「南方大陸では」


 いかにも嘆かわしい、といった風情で彼は首を軽く振った。


「それすら通用しない」


 そう言われてもイメージができない。

 俺が知っている南方大陸、シュライ人のイメージは、ごく限られたものでしかない。先日謁見したカパル王、今もこの場にいるタウルを除くと、あとはムーアン大沼沢で出会ったカチャンしか知らない。そしてあのカチャンは、即興の詩の出来栄えはどうあれ、誇り高く情に厚い男だった。


「ファルス殿なら、暴漢に襲われてどうこう、といったことはなかろうが……とにかく、そのうちに南方大陸、特にこの地域の苛立たしさを思い知ることになる。そのためにできることはした」

「ありがとうございます」

「旅の無事を祈っている」


 別れと察して、俺も言葉を返した。


「タジュニド様もお気をつけて。ティズ様に改めて感謝を」


 片手をあげて応えると、彼はディノンを連れて船に向かって歩き去っていってしまった。


 船出を見届けてから、俺達は来た道を引き返し、割り当てられた宿舎に引き返した。

 特に富裕な商人のための宿屋だそうで、なるほど立地も最高だ。港の真正面、あのきれいな大通り沿いにある。裏側にある汚いバラックを目にせずに済むという点でも、間違いなくこの国では最高級の宿には違いない。

 だが、俺はどうにも好かなかった。


 灰色の巨石を組み合わせて拵えた正面の入口。その庇の下に、二人の守衛が立ち尽くしている。緋色の腰布一枚、首にはビーズのネックレスを提げている。手には槍、その穂先の近くには鮮やかな色合いの鳥の羽が飾り付けられている。俺達のことはもう覚えているのだろう。誰何されることもなく、彼らは直立不動のままだった。

 そこを通り抜けると薄暗いロビーに出る。足下には暗い赤色の絨毯、あちこちに竹を編んで作ったらしい椅子、ガラスのテーブルなどが置かれている。それはいいのだが、気になるのは人影だ。宿泊客ではない。至る所に香炉を手にした女が立ち尽くしている。


 最初、目にした時には理解できなかった。お香を焚くのはわかる。虫除けにもなるし、匂いにしても、この土地の価値観では心地よいものなのだろう。だがどうしてそれを、香炉一つにつき一人が突っ立ったまま、ああして持っていなくてはならないのかと。

 だが、タウルが説明してくれたところによれば、あれは「割のいい仕事」なのだそうだ。地元の偉い人の口利きで、ただ立って香炉の火を守るだけのお仕事がもらえる。すると、結構な額の給金が支払われる。この裏側のスラムには、そもそも現金収入を得られる仕事というのが、僅かしかない。一方、このホテルの下働きとくれば、なにせ真珠の首飾りの収益のおかげもあって、こぼれ落ちるお金の量も段違いだ。中には、この仕事欲しさに自ら抱かれにくる少女までいるという。

 彼女らは望んでこの仕事をしているのだろうが、しかし、まるでこれでは家具か何かではないのか。いや、まさに家具、どころか装飾品として彼女らは配置されているのだが、それが気に食わなかった。といって声をあげるわけにもいくまい。この土地にはこの土地の事情というものがある。

 タウルはそこまで説明しなかったが、とっくに気付いている。こんな退屈な仕事を彼女らが引き受けるのには、ちゃんと理由がある。つまり、裏オプションだ。ここに宿泊した富裕な商人が、気まぐれで「現地妻」を調達する気になったとき、選ばれるため。それを不潔とは言うまい。いまや経済的に恵まれまくっている俺に、彼女らを非難する資格などない。


「暑い……」


 ノーラがポツリと呟いた。当然だ。この土地で真っ黒なローブとか、自ら蒸し焼きになろうとしているようなものだ。サハリアでは、この上から白いローブを重ね着していたが、こちらではそんな工夫をしたところであんまり意味がない。湿度が違うからだ。

 だが、脱げばいいとも言えない。なんといっても黒竜の皮でできた最良の防具なのだから。ただ、熱中症で死なれてもまずいが……

 大森林に入れば、ここほど暑くはないはずだ。湿度は高いだろうし、汗だくになるのは間違いないが、直射日光だけは避けられる。

 そう考えると、ここほどではないにせよ、あの高温多湿のスーディアで、よくもまぁ、アーウィンは黒竜のコートを着たままでいられたものだ。


「少し涼んでいこう」


 近くにある椅子にみんなして座る。すると、さすがは高級ホテルといったところか。すぐに少女達が足音もなく近づいてきて、両手で持つ大きな団扇で俺達をあおいでくれる。

 少しすると、地下から汲んできたと思われる冷たい水が運ばれてきた。見た目にも涼しげなガラスのコップだ。それを俺達はぐっと一気に口に運ぶ。微かに感じるレモンの香りが爽やかさを増してくれる。

 病原菌耐性のスキルをつけておいてよかった。もしこの水に何か病気の原因になりそうな微生物が含まれていても、よほどでなければ俺達は倒れたりはしないだろう。普通だったらこういう生水にも、いちいち警戒しなければいけないところだ。


「落ち着くな」


 砂漠とはまた違った暑さに、フィラックもまいっているようだった。


「ギィィ」


 暑さに強いはずのペルジャラナンまで、苦しげな声を漏らしている。普段は表情がわからないのだが、今回に限っては、はっきり嫌がっているのがわかる。


「どうした?」

「蒸し暑いのが嫌なんだって」


 灼熱の太陽は気にならなくても、高い湿度にまで耐えられるわけではない。地下の水場にいたアルマスニンが、外に出たがっていたのを思い出す。

 やはり人間、生まれ育った場所でこそ強いものなのか。顔色が変わらないのはタウルだけだった。


「内陸に進めば、少しは楽になる。密林の奥なら、日差しもそこまでは届かない」

「でも、代わりに虫とか蛇とか出るんだろ?」

「寝床にも小さな虫が入ってくる。噛みつかれて肌が一面、真っ赤になる。痒みが止まらなくなる」


 そう言われて、ノーラが思わず我が身を抱きしめた。旅の不快度指数を考えると、先が思いやられる。


「今日、どうする?」


 フィラックが気怠げに言う。


「先に進まないといけないし、面倒だけど、今日行っておかないと」

「明日でもよくないか」


 早くもこの土地らしさに染まりつつある彼に、乾いた笑いが漏れてくる。なにしろこの蒸し暑さが毎日なのだ。明日できることは今日やらない。みんなのんびりしている。


「そうしたいけど、あんまりグズグズしてても……ほら、この海沿いの暑さに毎日悩まされるくらいなら」

「ギィ!」

「だよね」


 海を渡る前に教えてもらった。カリには上等な武具を販売する店があるのだとか。

 ノーラ以外にはまだ説明していないが、仲間に俺は最高級の武具を持たせるつもりでいる。剣や短刀は最低でもミスリルかアダマンタイト製。防具にも金は惜しまない。

 ただ、ここはゲームの世界ではないので、出来合いの防具を買って、その日のうちに使えますとはならない。丈が合わなかったりするからだ。よって手直しをしなくてはならず、そのために数日の待ち時間が発生する。先延ばしにすればするほど、受け取りが後に延びる。


「しょうがない」


 フィラックは首を振った。


「もう少し涼んでから行こう」


 気の抜けた一言に、俺達は笑った。


「心配しなくても、案内人が来るまでは休める」


 タウルが言った。

 彼とて、この街のどこにその高級な武具屋があるかは知らない。知っていたところで、顔利きもないのにいきなりいい品を売ってもらえるはずもない。だから今は、カパル王の家来が来るのを待たねばならないのだ。


「いつ来るのかしら」

「明日じゃないのか」

「シュライ人はみんな怠け者、来るといってもいつ来るか」


 それは困る。

 といって案内人なしで行くのはやめたほうがいいと言われているし……


 会話が途切れた。

 遠くから微かに弦楽器の響きが聞こえてくる。このロビーにうっすら聞こえるように、別の部屋で掻き鳴らしているのだろう。俺達はしばしの間、その調べに耳を傾けていた。


 だが、そのうちに誰かが鈴を振り始めたらしい。リズムも合っていない。演奏とはチグハグな、乱暴な音だ。

 いったい誰だ。これも香炉を持つ少女達と同じく、体を餌に利権に割り込んだのだろうか。そんな生臭い想像をすると、気分が悪くなる。そしていよいよ鈴の音は遠慮なく、大きく響いて聞こえた。


「あれ?」


 ノーラが椅子から背を伸ばして背後を見た。


「外から」


 言われて気付いた。鈴の音の発生源は、奥の間ではないらしい。なんだ、屋外からの騒音か。

 そう思った直後、出入口の扉が開かれ、数人の男達がそそくさと駆け込んできた。彼らは手早く足下に新たな絨毯を広げ、左右に控えた。いつの間にか、鈴の音は止んでいた。

 周囲を見回すと、さっきまで香炉を捧げ持っていた少女達はとっくにそれを床に置き、その場に深く平伏していた。どうしよう。俺達も同じようにしたほうがいいのか。


「大臣クリル・マサラ様のお越しである」


 やっぱり要人の訪問か。しかし、ということは、まさか。


「フォレスティア王の騎士、ファルス・リンガ殿はおいでか」


 先触れの男が声を張り上げる。俺は立ち上がった。すると彼はその場に跪いた。

 入口から、一人の男が姿を見せた。同じく西部シュライ人らしいが、随分と薄い顔だった。唇も薄く、顔の彫りも深くない。切れ長の目がねっとりと絡みつくような印象があった。頭には金の輪っかをつけており、そこには例によって七色に煌めく鳥の羽が飾られている。手には笏を捧げ持っていた。そして腰布には、赤、緑、青、黄色と四つの色が帯になっていた。

 彼はしずしずと摺り足で寄ってきて、一定の距離を保ったまま、ゆっくりと一礼した。


「カパル王の賓客、ファルス殿に相違ありませんか」


 随分と若い。大臣という割に、まだ三十代前半だ。声色にも品があり、その口調は穏やかだった。


「はい」

「今後は関門城まで、この私めがご案内致します」

「お世話になります」


 内心は計り知れないが、少なくとも彼の態度は恭謙そのものだった。


 クリルは俺達の要求に即座に応えた。そのための準備もしてくれていた。

 だが……


「到着致しました」


 その声で、ようやく俺はこの落ち着かない状況が終わるのだと悟った。

 ティンプー王国における近距離用の「乗り物」は、馬車ではない。もちろん馬でも駱駝でもない。なんと、駕籠だ。といっても、日本の時代劇に出てくるようなものではない。どちらかというと、神社の神輿に近い構造をしている。前後左右に合計四つの脚が突き出ていて、それを四人ないし八人の担ぎ手が肩で支える。木製の骨格に、日差しを遮る布が被せられている。その真ん中に胡坐をかいて座るわけだ。

 しかも貴人の移動となれば、その前後にお供がつく。例の、鈴の音を鳴らして歩く連中だ。この物音で、一般庶民は然るべき態度で出迎えると、そういうルールになっている。


 既に前もって使者が先行していたのだろう。俺達は待ち時間なしで、大きな店の入口を潜った。分厚い石の屋根に遮られているせいか、中に立ち入るとすっと空気が冷たくなった。

 例によってお香の匂いが立ち込める中、絨毯の上には三人の男達が膝をついていた。


「顔をあげよ」


 先頭に立つクリルがそう声をかけると、店主はやっと身を起こした。頭にはサハリア風のターバン、顔立ちもサハリア人っぽく見える。


「王の賓客のために、最良の品を見せよ」

「畏まりました」


 手筈は決まっているのだろう。

 彼が立ち上がると、後ろのカーテンから男達が出てきて木箱をその場に並べ始めた。


「ポロルカ王国で鍛えられた刀剣でございます」


 俺の顔を値踏みするような目で見つめつつ、口元だけで笑いを浮かべる。キトの黒髪の連中と同じだとでも思われたのだろうか。そんな考えが頭をかすめた。

 木箱には蓋が被せられたままだ。そこにまた、今度は一人の少年が駆けつけてきて、蓋を開けた。


「心ゆくまでご覧くださいませ」


 自慢げに言われても、俺は半ば白けていた。てっきりここに最高の職人がいるものだとばかり思っていたのに。近くに貴金属の産地があるからといって、ここでこれらの刀剣を製造しているわけではないのか。

 考えてみれば、長きにわたって戦乱の憂き目を免れてきたポロルカ王国だからこそ、職人も育っているのかもしれないが。してみると、カリからは原材料を積み出すばかりか。で、それが加工されてここまで運ばれてくる、と。

 ただ、箱の中の刀剣は、なかなか出来が悪くはなさそうだった。


「フィラック、タウル」


 俺に声をかけられると、二人は振り向いた。


「金額は気にしなくていい。僕が払う」

「なに」

「最低でもミスリルか、アダマンタイトの品を選んで欲しい」

「い、いや、それ」

「買うのに必要なお金はすぐ出せる」


 ここカリにも冒険者ギルドはある。そこにいけば、俺とノーラの冒険者証で五万枚の金貨を引き落とせる。


「実際に振ってみて重すぎないか、重心はちょうどいいか、確かめて欲しい。行先が行先だから、半端な道具なんかで妥協はできない」


 そう言われては、と二人は納得して、箱から箱へと次々目を移した。よさそうな品があると手に取り、離れた場所で素振りをする。


「何なら予備も買っていい。それと、防具も欲しいけど」

「どのような防具をお望みでしょうか」


 金に糸目をつけない俺の様子を察して、既に店主は満面の笑みだ。


「できれば竜の皮革でできたものが欲しい。高くついてもいいから、丈夫で軽いものがいい」

「承知致しましたが、何領ほど」

「彼女と……そこのトカゲの分はある。僕と、この二人に合うものが欲しい」


 店主は、俺の後ろにいる少女とリザードマンに眉根を寄せたが、すぐにまた笑顔に切り替えた。


「承知致しました。クー! 早速品物をお見せせよ」

「畏まりました」


 さっき出てきた少年が、急いでカーテンの向こうに引き下がった。

 この子に任せるのか? しかし、革製品とはいえ、鎧一領が箱に収納されているとなれば、ちょっとやそっとの重さではない気がするのだが……いや、さっきみたいにまた、大人の男達が運ぶんだろう。そう思って、気にかけなかった。


「こちらなどいかがでしょう。反りがほどよい片刃の曲刀でして、そちらのサハリア人のお供の方にはぴったりだと思うのですが」


 フィラックは勧められるままに曲刀を手に取った。


「柄が派手すぎる」

「それはそうでしょうとも。ミスリルの武具ですから、美術品としての値打ちもございます」

「だが、ファルス、これは」

「柄に宝石なんかついていても、目立つだけです。装飾がないものがいいのですが」


 店主の価値観からすると、理解できないリクエストだったらしい。

 それもそうか。貴人が大金を出して最高の武具を買う。それは実際に戦うためではない。見せびらかすためだ。だが、俺達はこれから危険極まりない大森林に挑む。欲しいのは実用一点張りの道具だけだ。


 特に、今回はいくらかかっても、俺自身にも最高の防具を用意するつもりだ。

 前回、砂漠でハビ相手に不覚を取った。あれだって、最高級の防具があれば、或いはあの一撃が血肉に届くのを防げたかもしれなかったのに。つくづく慢心だった。

 そもそも俺の年齢用の防具などそうはないし、あってもすぐ着られなくなる。無駄遣いという思いがあった。だが、今は違う。一年後に着られなくなって捨てることになってもいい。金は湯水のように使う。


「お直しにお時間をいただくことになりますが」

「構わない。見た目が地味で、使い勝手がよければ」

「承知致しました」


 そう店主が返事したときだった。

 いきなりカーテンの裏が揺れて、木箱が飛び出てきた。と同時に蓋が弾け飛び、中に収められていた鎧が転がり出てきた。


 まさかと思って振り返ると、さっきのクーと呼ばれた少年が、絨毯の上に突っ伏していた。無理して木箱を運ぼうとしたのだろう。だが、重さもあり、大きさもあって取り落とし、盛大に転んでしまったのだ。


 無理もない。そう思って助け起こそうと一歩を踏み出した。

 そこで視界の端に黒いものが映った。反射的に飛び退いたのだが、狙いは俺ではなかった。


「この馬鹿者が!」


 なんと、壁際にかけてあった鞭、それを店主がひっつかんで打ち据えたのだ。

 手慣れた動きだと感じた。怒りに動かされて反射的に手が出るのは人間誰しもあり得ることだが、凶器に手を伸ばすとなると、ある種の習慣が必要だ。道具を使う、ということを考えているうちに、怒りのボルテージが下がるからだ。


「大事なお客様だと言っておいただろうが! この!」


 二度目の鞭が振り下ろされる。クーは身を縮めるが、その背中に鞭が叩きつけられ、大きな音をたてた。


「ちょ、ちょっと」


 割って入ろうとするが、店主は頭がおかしくなったのか、こちらが目に入っていない。

 そこで冷めた頭で周囲を見回す。俺達を迎えにきたクリルも、平然としたまま、この光景を見下ろしていた。


 なんなんだ? こいつら。

 客人の前で下々の人間に折檻とか、見苦しいって感覚がない?


 ともあれ、こんな醜悪な見世物は終わらせてしまいたい。

 それで俺は自然に一歩を踏み出し、左手を伸ばした。そうして鞭の根元を抑えると、自然と店主の動きが止まった。


「もうその辺でいいでしょう。それより、下僕達を呼んで、他の防具も運び出させていただけませんか」

「た、直ちに!」


 目を見開いて、店主は慌ててカーテンの奥へと引っ込んでいった。


 まるで理解できない。

 こいつらシュライ人の頭の中はどうなっているのだろう?

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