ティズの七つの要求

 真昼の陽光が聳え立つ門の下に色濃い影を落としていた。

 フィアナコンの北門は、いまや開け放たれていた。既に敵軍の姿はない。代わりに赤の血盟の主だった人物が居並んでいた。


「タジュニド、宿営地を引き払え。北門の前に改めて陣取る。夕方までに済ませよ」

「市内には立ち入らないと」

「それは後日のことだ。今夜はならん。先のことも言っておく。これからアーズン城に人をやってシジャブにここの守りを任せる。それまではお前がフィアナコンを見張れ」

「はっ」


 拝命したタジュニドは身を起こすとすぐさま背を向け、背後の兵士達に声をかけた。

 だが、市内に入らないとしたその一言に反応したのがいる。


「ティズ様」

「どうしたファフル」

「今日、兵士達は奮戦しました。セミンの騎兵相手に退くことなく、ついに追い散らしたのです。族長たるもの、与えるものを与えませんと」

「わかっておる」


 深い溜息をついてから、ティズはこちらに振り返った。


「ハーダーンよ」

「はっ」


 俺の後ろになんとなくついてきていた彼だったが、声をかけられて慌てて膝をついた。

 兄が捕虜になった今、フィアンを代表して勝者の要求を伝える役目を果たさねばならない。


「今夜はフィアナコンには立ち入らぬ。だが、明日の夜はどうなるかわからぬぞ」

「何卒、お慈悲のほどを」

「よく聞くがよい。お前の行い次第でフィアンの先行きは決まる」


 顎に手をやり、ティズはしばし考えを纏めてから、やっと言葉を発した。


「これより市内に戻って伝えよ。夕暮れ時までに三千人の兵の腹を満たす食を用意すること。牛を屠って必ず全員に肉を与えよ。酒は出さずともよい。これが一つ」

「はい」

「二つ。中天に月がかかるまでに、三百人の寡婦を選び出せ。役目は言わずともわかっておろうな」

「し、しかし、それだけの数の寡婦となりますと、誰もが若いわけでは」

「言っておくが、アーズン城を囲んでいたフィアンの兵で、もしまだここまで帰り着いていない者がいれば、まず生きてはおらん。これで困るまい」


 ハーダーンの仕事が増えた。市内の女達に夫の死を告げねばならない。

 先のアーズン城包囲に加わっていたのと、今日の会戦で死んだのとを合わせれば、寡婦の数は余裕で足りるだろう。


「三つ目。翌朝までに二百人の未婚の娘を選び出せ。先の寡婦と同じく、二度とフィアナコンに戻ることはない。人数分の馬車も用立てよ」

「う……」


 家畜を屠殺して肉をたっぷり振舞え、という要求くらいなら、まだよかった。しかし、人を差し出すとなると話が違う。

 とはいえ、ハーダーンもわかっている。これは温情ある措置だ。本来なら、このまま勝利した軍勢が街中に雪崩れ込み、略奪強姦の限りを尽くすものなのだから。人身御供になるのは、万を数えるフィアンの市民の中から、五百人だけで済む。


「四つ目。明日の昼までに、金貨百万枚を差し出せ」

「それは」

「出せぬ額ではなかろう」


 言葉に詰まり、ハーダーンは俯いた。


「まだある。覚えきれぬか」

「い、いいえ」

「すべてで七つだ。ではあと三つ。まず、そこまで済ませたなら、同じく明日の昼までに、部屋一つを埋め尽くすほどの汚物を馬車に積め」

「は? お、汚物ですか?」

「病人と赤子以外は一人残らず街から出るように言え。お前達にさせることがある」


 食事、寡婦、娘、金貨、汚物と集合命令。

 では、あと二つは?


「生き残った兵士の他、フィアン氏族の男は今すぐ一人残らず南門から外に出せ。その後、この北門以外のすべての入口は封鎖する。命令あるまで武器を持たせてはならん。街に立ち入ることも許さん。もし逆らえば、街に兵を送る」

「はい……」

「以後は我が軍の指揮下に入ってもらう。ハーダーン、お前が率いよ」


 戦争協力。これが六つ目の要求だ。

 この時点で赤の血盟は失地回復を果たした。しかし、アーズン城を包囲していたフマルやセミンの兵、それにハリジョンを攻撃していたアルハールの艦隊こそ全滅したものの、まだまだ黒の鉄鎖の陸上戦力は温存されている。まさかこれで講和が成立、なんて甘い話にはならない。


「最後に。今後、この街を二度とフィアナコンと呼んではならぬ。以後、この街は我が兄ミルークにちなんで、ミルーコンと名付ける」


 この宣告に、ハーダーンは雷に打たれたかのように目を回し、膝をついたままよろめいた。フィアン氏族最大の財産、代々受け継いできた父祖の地を失ってしまったのだ。


「これを守れるのであれば、フィアンは今後とも赤の血盟の一員たることを許す。戦が終わり次第、市内に留まる妻子には、夫と共に過ごすことを認めよう」

「は……は……」

「間に合わねば約を違えたとみなすぞ」

「うっ、は、はっ!」


 跳ね起きた彼は、熱病にやられた病人のような顔をして、門の奥へとすっ飛んでいった。


「ラーク」

「はい」

「何人か連れてハーダーンを追え。妙なことを考えさせるな。ためにならん」

「早速」


 背後に立つ数人の兵士に目配せすると、彼もまた、門の中へと駆け込んでいった。

 それを見送ってから、ファフルはわざとらしく溜息をつき、首を振ってみせた。戦後処理とはいえ、なんとも苛烈な措置だったが、それでも彼は不満だったらしい。


「甘すぎます、ティズ様」

「先々を考えよ、ファフル」


 だが、それ以上ティズが続ける前に、横槍が入った。


「申し上げます!」


 まだ若い兵士が、バタバタと慌ただしく駆け付けてきて、膝をついた。


「どうした」

「タッサルブ様が目を覚まされました。ティズ様にご挨拶なさりたいとのことで」

「む、すぐ行こう……ファフル、くれぐれも兵に勝手なことをさせるな。任せたぞ」


 ティズが足早に立ち去ると、ファフルは皮肉笑いを浮かべながら、もう一度、身振りまで添えて大袈裟に溜息をついてみせた。


「まったく……兵の気持ちも考えたらどうなんだ」


 ファフルの言わんとするところも、理解はできる。

 三百人の寡婦? 要するに、人の手垢のついた、かろうじて現役といえる程度の若さの女を、血を見て猛り狂った兵士達に割り当てようというのだ。だが、それで本当に兵が満足するかといえば、そんなはずもない。だいたい、兵士は三千人ほどもいる。死傷者の分を差し引いても、運の悪いのは何人もの男に抱かれた後ので処理しなくてはいけない。

 金にしても、金貨百万枚の賠償金で済ませるなんて、少なすぎる。全額が直接兵士に渡るのでもないだろう。フィアナコンをネッキャメルのものにする分だけ、協力した他の氏族に分配しなければならない。となればせいぜい、一人頭金貨百枚から二百枚……それでも数ヶ月分の収入に相当する大きなボーナスではあるが、夢がない。

 市内に入り込んで好き勝手に略奪するとなれば、年頃の未婚の娘も犯し放題だし、金目のものも選り取り見取り。相手の生活など考える必要がないので、現金に限らずあらゆる資産を容赦なく剥ぎ取ることができる。

 だから、今回の温情ある措置は、どっちつかずで中途半端な対応であるともいえる。いや、フィアナコンをネッキャメル氏族の支配下に置くという宣言の受け止め方次第では、一般の兵の目線からはティズが私欲を貪ったと解釈することさえ可能だ。


 俺とジルが無反応のまま、突っ立っているのを見て、ファフルは手を広げて近付いてきた。一応味方なのだが、彼の傲然とした態度は、どうも気に食わない。


「で? ファルス……いや、プノス。今回は大手柄だったな」

「運に恵まれただけのこと。先にジャニブの騎兵が突撃してくれたおかげで、ナルーの火の玉を浴びずに済んだ」

「ふうん……謙虚なことだ。それとも保身か? フォレス人がサハリアのことを知ったつもりか! はは」


 俺の謙虚な物言いだが、もちろんファフルが指摘したような配慮があってのことだ。

 何もかも俺の実力だ、ナルーは討ったしアールンも捕らえたぞ、と功を誇れば、先に突撃して大損害だけ被ったジャニブの面目が丸潰れになる。


「東門を見たが……ふははっ、お前が火の賢者なんじゃないのか? よくもまぁ、ああも簡単に吹き飛ばせるものだな?」

「さぁ……土台が腐ってたのかもしれない」

「はっははは!」


 また。手を打って笑っているが、本当にわざとらしい。すぐ笑いを収めると、彼は静かな口調で尋ねた。薄ら笑いは浮かべていたが。


「だが、手柄は手柄だな」

「一応は」

「うちの族長は、何かくれると言ったか」

「何も」

「何かせびったらどうだ。どうだ、何が欲しい」

「何もいらない」


 俺の返答に、ファフルは眉を寄せた。


「まだ戦は終わらないんだろう」

「もちろん。ハリジョンもどうなったか……だが、近いのはバタンだ。敵も今度は本腰を入れるだろう。次が本当の決戦だな」

「そこで戦うこと。他はどうでもいい」

「なるほど」


 腕組みすると、大きな体を揺らしながらファフルは俺を見下ろした。


「つまり、望みはもっと大きいわけだ」

「見当違いだ」

「氏族の頭領や分家の族長になれば、フォレスティアでいえば貴族に相当するからな。特にこういう大きな街の太守になれば」


 いらぬ勘繰りだ。

 俺は首を振った。


「領地なんかいらない。そんなものはそっちで好きに分け合ってくれ」

「率直に言う」


 俺の言葉を聞きもせず、ファフルは言い放った。


「俺につけ」

「何を」

「俺についてこいと言っている。まだ若いが、腕も度胸もあるようだ。どうせなら、気前のいい男の下についたほうが得だろう?」


 そしてまた、俺の返事を待とうともせず、ファフルは背を向けた。


「考えておけよ」


 そのまま歩き去ってしまった。


 西の地平線が燃え上がり、頭上にうっすらと赤紫色のベールがかかる頃、北門の前に大鍋がいくつも運び込まれた。早朝からの戦闘が終わっても、陣地の移設やフィアンの兵の武装解除など、仕事は断続的に割り振られてきた。ここでようやく、兵士達の大部分に休息と食事が与えられる。それも陣中では滅多に味わえないご馳走だ。

 林立する天幕の真ん中、広く空けられた空間に、男達は仲間内でそれぞれ車座になって座った。僅かながら酒も出たらしく、篝火の横で顔を赤くしているのもいる。一人や二人は調子に乗って飲みまくるのもいるが、まったく手を付けようとしないのもいた。

 こんな様子で大丈夫かと思わなくもないが、一応、南門の上から一部の兵が見張りを引き受けることになっているのだとか。お楽しみを我慢する分、特別に手当が出る約束だ。


 俺は自分の天幕の前で、ジルと一緒に小さな鍋を前にしていた。別にどこかの氏族の一員でもないし、仲間と言えるほど身近な誰かがいるのでもない。望めば勝利の立役者として、真ん中にふんぞり返ることもできたのだろうが、ただただ面倒だった。

 ラークをはじめとしたネッキャメルの頭領達は、今、この時にも忙しくしているはずだ。変事に備えているのもいれば、あちこちに顔を出して兵士達の言い分を聞いたりもしているのだろう。

 なんにせよ、今夜はジルを一人では天幕から出さないほうがいい。なんなら俺が目の前で見張っているくらいがちょうどいい。いったん欲望を解放しだしたら、兵士達の理性や自制心など残るはずもない。


「ふっ」


 ジルが急に皮肉笑いを浮かべた。


「何か」

「さすがに食べきれないな」

「二人分だっていうのに、肉ばっかりたっぷりくれたもんだから」

「これが褒美か? ふふっ」


 敵将を討ち、族長を捕らえた功績に対する褒美がお肉いっぱい。確かにこれは、ジルでも笑うところかもしれない。


「無理して詰め込んでももったいない。明日の朝食べればいいか」

「そのほうがいいな」

「よし」


 鍋の蓋を閉じ、俺は後ろに手をついて足を伸ばした。


「はぁ」

「どうした」

「退屈だなと」


 今回も不満だった。

 勝つために戦った。殺すためではなかったから。


「もうじきお楽しみだな」

「本気で言ってる?」


 今度は俺が皮肉笑いする番だった。


「さすがに気分のいいものじゃないと思うけど」

「どうせ変わらん。私にとっては」


 これからフィアン氏族の女達が餌食になる。しかし、同じ女だからという理由でジルが共感することはないらしい。あくまで表向きはだが。


「まぁ、目を血走らせた変なのに絡まれたら面倒だから、ジルはここから出ないほうがいい」

「そうだな。一人では出歩かないほうがよさそうだ」


 彼女が頷きながらそう言った時、俺は反対側から近付く足音に気付いた。


「誰か」


 姿を見せたのは、あの髭モジャのタジュニドだった。


「私だ。気分はいかがか、今夜の英雄殿」


 そう話しかけながら、彼は俺に笑いかけた。

 俺は立ち上がり、座るよう勧めようとして、敷物の一つもないのに気付いた。ジルも作法を知らないわけではないから慌てて立ち上がったが、そもそも俺達二人からして、砂の上に直接座っていたのだ。

 それを見て、彼はゆっくりと手を振り、そのまま俺達と同じように砂の上に腰を落ち着けた。


「いや、まさかこんなことになるとは夢にも思わなかった」

「と言いますと」

「滅ぶか降るか、という話をしていたのに、あれからまだ一月も経っておらん。焼き払われるかと思ったブスタンが無事、アーズン城の敵も平らげて、ついにフィアナコンまでこちらのものだ。ハリジョンが無事かどうかは気にかかるが、もしまだ落とされていないのなら、あちらも引き揚げざるを得なくなる。この上バタンまで取られたら、逃げる場所がなくなるからな」


 よっぽど気分がいいらしい。彼は饒舌だった。


「直接、活躍するところを見たのは今回が初めてだが、いやはや、凄まじい働きだった」

「いえ」

「ファフルの兵が後押ししたとはいえ、先頭を走っていたのは君とラーク、あとは十人いるかどうかだ。それでああも簡単に敵を破るとは……しかもそのまま街まで……いやはや、フォレスティアには帰したくない」


 誉め言葉はいいとして。では、彼は何しに来たのだろう?

 力ある存在だと知って、親しくなっておきたいとか?


「お役に立てたのなら何よりですが」

「できればもうあと一度くらいは役に立って欲しいものだが」

「もちろんそのつもりです。バタンで決戦だとファフル様もおっしゃっていました」

「それで、ティズ様からは、何か褒美などは」


 俺はジルと顔を見合わせて、二人同時に鍋を指差した。

 タジュニドは眉根を寄せてそっと蓋を取り除けたが、中には肉と肉汁が詰まっているだけだ。またそっと元通りにした。


「これだけか!」

「初めから褒美はいらないと言ってあるので」

「いやいや、常識というものがあろうに」


 ふと、言葉が途切れた。するとタジュニドは、途端に落ち着きをなくした。


「噂で聞いたのだが」

「はい」

「なんでも……ファルス殿、と呼んでいいのかな?」

「呼び捨てでも構いません」

「フォレスティアのあの内乱で戦ったとか」

「その通りです」


 タワシのような髭をこすりながら、彼はまた言った。


「恩賞はいただいたのかな」

「騎士の腕輪を授かりました」

「いや、他に何か、領地とか、その……」


 俺は静かに首を横に振った。


「タンディラール王は、ファルス殿の武勇をご存じないのか」

「ある程度は把握していらっしゃるかと」

「それでこの扱いとは、むむ」


 この扱い、どころではない。

 スーディアで魔王モドキと命懸けの死闘を繰り広げて、その報酬が「海外旅行の出発許可」だけ。そう考えてみると、買い叩かれている気がしないでもない。いや、確実に値切られている。いいように使われていると言ってもいいか。


「ときにファルス殿には、後見人のような方はいるのか。つまり……」

「そこは微妙で」


 俺の身分は、しっかりしているようで宙ぶらりんだ。


「もともとは……ミルーク様からエンバイオ家に売られた奴隷だったので。そこで自由民に解放されたので、本来ならサフィス様が後見人になるはずだったのが」

「ふむ」

「腕輪を授けて騎士の身分にしたのは、陛下なので」

「ではタンディラール王が後見人ということか。しかし、それは」


 タジュニドが懸念するのもよくわかる。王自ら後見する相手といっても、それはもう、最初から余程の身分があれば別だが、普通はそこまで面倒をみてもらえない。単純に繋がっている相手の数が多すぎて、末端まで手が届かないという話だ。しかも寒村の生まれ、係累もない奴隷出身の混血児となれば。


「腕輪だけ与えて、あとは放し飼いか。勝手に肥えて食べ頃になる羊でもあるまいに」


 そう彼は吐き捨てた。


「ファルス殿、まだ戦の途中ではあるし、先のことはわからぬが」

「はい」

「いっそ後見人を変えられてはどうか。次のバタンでの決戦でもしこちらが勝てば、大勢は決まろう。ネッキャメルがサハリア東部の覇権を取り戻すこともあるやもしれぬ」


 そういう話か。ファフルといい、考えることは同じらしい。興味ない。

 するとそこで、彼はターバン越しに頭をガリガリと掻き始めた。その手を止めると、急に変なことを言いだした。


「ハリジョンに、私の娘がいる。もうじき十五で、この戦がなければ来年には帝都に行くのだが」

「は? はぁ……」

「親の贔屓目もあろうが、なかなかに器量は悪くない。豊かで流れるような黒髪に浮かぶ月の顔……なに、父親はこんな顔をしておるが」

「あ、あの」


 弱った。こういうのが一番困る。


「んん? 戦場では勇ましくとも、こうなっては手も足も出ないか、ははは!」


 敵意は恐ろしくない。好意の取り扱いこそ難しいのだ。俺にとっては。

 もっともタジュニドは、俺が女というものに気後れしているのだと思っていそうだが。


 今の俺が「女」という言葉で思い出すのはただ一人。まさしく黒い髪の中に浮かぶ真っ白な月。そんな形容がしっくりくる少女がいた。

 目に焼き付いてしまった。確かに掴んだはずの手が滑って、あっという間に濁流の中に飲み込まれていった。


 あえて思い出さないようにしていたのに。

 元はと言えば、俺が悪いのかもしれない。ミルークの後を追いかけたのだから。だが、だとしてもだ。あのフマルの戦士長は何をしてくれた? 殺されるべきところを見逃してもらっておいて。

 どうあれ、奴は仇だ。ああいう奴らを培養したフマルの連中も仇だ。あんなクズどもは絶対に殺す。どんな手を使っても殺す。いや、思いつく限りで一番残虐なやり方で殺す。


 顔に出ていたらしい。


「あ……な、なに、こんなものは話半分のこと。気にするようなものじゃない」


 そういって話を流してくれた。そしてほっと息をつく。

 お見合いなんて、冗談じゃない。まったくそんな気分になんかなれない。


 ノーラが行方知れずになってから……一月ちょっと経ったのか。結局、俺は何もしてやれなかった。彼女は俺に好意を向けてくれたのに、そのせいであんなことに。

 だから、俺の近くには誰もいないほうがいい。利用する、利用される。それだけでいい。


「ん……」

「どうなされた?」


 利用、で思い出した。

 ファフルの態度がやけに気になった。彼もネッキャメルの頭領の一人だが、やけに態度がでかい。いったい何者なんだろう? 彼は俺を利用したいようだが。


「あの」

「なにかな」

「そういえば、今まで一度もちゃんとお伺いしていなかったのですが、頭領の皆さんとティズ様は、どういう関係ですか? 血族なのはわかりますが、その」

「ああ、序列や立場を知りたいと。確かに、外部の人間にとってはわかりづらいことだ」


 サハリア人の身分が何で決まるのか。詳しい説明を受けたことがなかったので、タジュニドの話はためになった。

 やはりというか、まずは血筋が第一だ。族長の息子が族長になる。それも長子相続の傾向が強い。また、フォレスティアと違って、母系の相続は絶対にない。族長の娘とか、娘婿であっても、次の族長にはなれない。仮に直系が断絶した場合には、最も近い血筋の傍系の頭領から選ばれる。

 ただ、傍系に落ちた家系が頭領として残れるかどうかは、その後の功績による。族長の弟は自動的に頭領になれるが、その息子については何の保証もない。だから、頭領となった父が功績を残せないと、その息子は頭領に推挙されない。もちろん、その息子が中年期に差し掛かってから大きな手柄をたてた場合など、例外はあるが。

 よって頭領になった族長の弟が何の功績も残せなかった場合、頭領の資格はその弟まで、ネッキャメルを名乗れるのは弟の息子の代までとなる。頭領も息子も結果を残せなかった場合、孫の代には新たな姓を与えられる。もちろん、姓は異なっていても血筋を辿れば同族なので、同胞意識はある。


「支族というのは、つまりこの孫の代以降に頭領に相当する結果を出した場合に生じるものでな」


 例えばフマルの族長の弟の誰かが結果を残せず、孫の代に庶民落ちした。それがたまたまククバンの名を与えられた。その血筋から大成功を収めたのが出てくると、支族の長として認められる。こういう支族の族長は、本家があるうちはその頭領に相当し、本家が滅んだ場合には自然と本家のように振舞うものらしい。

 遠い過去に遡ればネッキャメルもどこかの支族らしいが、そんなのはどこも大抵同じだ。ただ、家の格を決めるのは、歴史の長さと、より古い時代の高貴な血筋からの分枝であることだ。ティズがタッサルブに敬意を払ったのは、その高齢に対してだけではない。今では規模が小さかろうとも、ジャニブは歴史の長い名家なのだ。


「そうなると、今、ティズ様に近い血筋というのは」

「もちろん、ハリジョンにいるティズ様の嫡男だ。しかし、それ以外となると……功績と年齢からすればシジャブ様が筆頭だが、年も年で嫡男もいない。となると次はファフルになる」

「ファフル……様、ですか」

「ふふん、態度がデカいだろう?」


 タジュニドは肩をすくめつつ、少し砕けた口調で言った。


「シジャブ様は、三代前の弟だ。つまり、ティズ様の大叔父に当たる」

「なるほど」

「ファフルは、叔父の息子だ」

「タジュニド様やラーク様は」


 すると彼はもう一度、肩をすくめた。


「ずっと遠い。親のおかげで頭領にはなれたが、何代も前の分枝でしかない」


 だとしたら、仮にハリジョンが陥落し、ティズが戦死したら……次のリーダーは、ファフルということか。


「と、長話になったな」


 タジュニドは腰をあげた。


「ティズ様には、ちゃんと功績に報いるよう、私から強く言っておく」

「いえ、必要ないんです、本当に」

「手柄に見合ったものを与えないと、サハリアでは吝嗇と呼ばれる。吝嗇は」


 首を振って苦笑いして、彼は言った。


「何より恥ずかしい悪徳とされているのでな」


 それから手を振ると、そのまま立ち去っていった。

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