敵攻撃艦隊消滅

 海沿いに聳え立つ尖塔は、西日に照らされて半身を黒く染めていた。一つではない。丈の高い建物がいくつもあり、その大半が海岸に深い影を落としていた。

 ハリジョンの港は海に面して窪んでいるが、その水面すれすれまで、石造の建築物が迫り出している。いくつかの船着き場は別だが、港の広い部分が建物の入口からの下り階段になっていて、そのまま海中にも続いている。そこは水深も浅く、遠くへ行かなければ大人なら十分背が立つ。だから喫水の深い船を招き入れるために、わざわざ別に船着き場が用意されているのだ。

 そんなハリジョンの海岸を守るようにして、前面に潰れた豆のような形をした離れ小島がある。これがこの港を防衛するための砦であり、最前線でもある。この裏手に、赤の血盟の軍船は固まって配置されていた。これより奥は喫水が浅すぎて、軍船によっては座礁してしまうためだ。恐らく、普段は大型の商船がここに停泊するのだろう。

 その最前線を左右から支えるために、街の南北にそれぞれ城塞が聳え立っている。このハリジョン周辺の海岸沿いには天然の防壁ともいえるような岩場が細長く続いている。それを基礎にして防御施設を拵えたのだ。敵は港の内側に船を近付けるのが難しいので、もし上陸しようと思えば、かなり離れた場所に船をつけて回り込むしかない。ハリジョンは港湾都市というだけでなく、それなりの防御力を備えた軍事拠点でもあるのだ。

 陸上からの攻略も簡単とはいえない。この、海岸線に沿って存在する岩山の上に街が築かれており、その城壁は決して低くはない。力押しで攻め落とそうとすれば、それなりの犠牲を覚悟しなければならないところだ。


 俺は港の南側の岩山の中に身を縮めて、夜が訪れるのを待っていた。

 カラッとした砂漠の真ん中とは違い、この辺は本当に蒸し暑い。もちろん、この岩山の内側はというと、僅かな植生を除けばやはり岩と砂ばかり、ほとんどが不毛な大地なのだが。一応水源があるらしく、ハリジョンから北西方向に、ヤシ畑のようなものが見える。


 今朝方、この辺りまでやってきたときには、どこに身を潜めたものかと身の落ち着けどころを探すのに必死だった。巨大な赤竜の肉体で移動するのだから、どうしても目立ってしまう。ハリジョンのすぐ近くに降り立とうものなら、すぐさま赤の血盟にも、黒の鉄鎖にも見咎められる。それでやむなく、少し離れた場所に着地し、そこで人間の体に戻った。

 海沿いの湿った空気と砂漠の熱気を浴びながら、俺は一番暑苦しい時間帯に、敵の視線を警戒しながら岩山の狭間を縫って歩かなくてはいけなかった。いや、敵だけではない。うっかりすると、偵察に出向いた赤の血盟側の兵士とも鉢合わせる可能性がある。俺は彼らの味方のつもりだが、あちらは別に、俺の素性など知らない。

 そうしてようやく今になって、黒の鉄鎖の海上と地上の両陣営を視認できる場所に陣取ることができた。


 まず海上には、夥しい数の軍船が浮かんでいた。旗はだいたい二種類。白地に黒い円、これは黒の鉄鎖の同盟旗だ。もう一つ、青地の上下に黄色い帯がサンドウィッチされているデザインの旗がある。恐らく、あれがアルハールの軍旗だろう。他、竜を描いたセミン氏族の旗も少数見られた。

 軍事に明るいわけではないので、あれだけの軍船にいったいどれほどの人数が乗り込んでいるのか、判断がつかない。ただ、船の種類は一応、区別がつく。だいたい半分以上が喫水の浅い、平べったい手漕ぎの軍船……つまりガレー船だ。先端には巨大な槍の穂先のようなものがついていて、それが半ば水面下に没している。あれで突撃して、敵の軍船の腹に穴を開けるのだろう。

 しかし、帆船も少なからずある。取り回しのよさそうな三角帆のものばかり。こちらは大きさも不揃いだ。火薬はあるが、銃器や大砲は実用化されていない世界だから、近代ヨーロッパの戦列艦みたいに船体の横に大砲を備えていたりもしない。となればその役割は、幾分補助的なものになるだろう。まず、少人数でも操作しやすいので、ガレー船のための補給部隊として。それから、縦には強くとも横には弱いガレー船の隊列の左右を守る役割もあると考えられる。

 いずれにせよ、海戦のド素人である俺でもわかることといえば、数と大きさだけだ。敵の軍船の数は、湾内の赤の血盟側と比べると、倍以上の数になる。これでは打って出るなどできはしない。少し離れた場所に錨を下ろしたまま動きがないが、これは海上封鎖を仕掛けていると見るべきか。

 陸上の戦力は、海と比べると見劣りする。街から南西方向に唯一の大門があるのだが、そこから矢も投石器も届かない場所に、恐らく二千人程度の戦力が纏まって布陣している。積極的に攻めかかるつもりはないらしく、逆茂木を立てて陣地を固く守っているようだ。しかしこれで、ハリジョンの出口を塞いでいることになる。


 平らな場所にだだっ広いブスタンと違い、ハリジョンは守るに易く、攻めるに難しい。なるほど、ああいう降伏勧告がなされるわけだ。アーズン城も厄介だが、あそこはともすれば孤立しがちな立地だ。それに比べハリジョンは海に繋がっているので、ここが最後まで残ると本当に面倒なことになる。

 結局、力押しでやれるほどの戦力差はないということか。ただ、陸海から出口を塞いでしまえば、最終的には兵糧攻めに持ち込める。アーズン城もハリジョンも、すぐさま落とせなくともよい。こうして兵力を並べて押さえつけておけば。ブスタンが落ちれば、そこを足掛かりに陸上からジャリマコンを攻撃できる。そこまでいけばもう、どちらの拠点も援軍を期待できなくなる。小さな被害で大きな勝利が期待できるというわけだ。


 しかし、その目論見は、今夜潰えることになる。


 日没よりしばらく、俺はようやく岩陰から這い出てきた。まだ身に纏わりつく砂には、日中の熱気が残っている。軽く払い落とす。隠れていた場所にはほとんど風が吹かなかった。吹いたところで熱風で、まったく涼しくならないのだろうが。水をたっぷり持ち込んでおいてよかった。あまりに蒸し暑くて、ほとんど飲み切ってしまった。

 周囲に人気はない。普通の人間にとっては視界の利かない困った時間帯だが、今の俺には昼間と変わりない。やすやすと安全確認を済ませる。


 さて、今からやる実験がうまくいけば、敵の艦隊は一晩で消え失せることになるのだが……


 俺は慎重に立ち位置を選んだ。余計なものが視界に入っては困る。意図せず標的以外の相手を死に至らしめるつもりはない。また、そういうしくじりは、変な証拠を残すことにも繋がる。

 改めて周囲の安全を確認してから、俺は視線を固定し、そっと片手でバクシアの種に触れた。


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 (自分自身) (12)


・アルティメットアビリティ

 ピアシング・ハンド

・ユニークアビリティ 束縛の魔眼

・アビリティ マナ・コア・腐蝕の魔力

 (ランク8)

・アビリティ マナ・コア・精神操作の魔力

 (ランク7)

・アビリティ 魔導治癒

・マテリアル プルシャ・フォーム

 (ランク9+、男性、11歳)

・マテリアル ドラゴン・フォーム

 (ランク7、男性、325歳)

・マテリアル 神通力・飛行

 (ランク9)

・マテリアル 神通力・暗視

 (ランク5)

・スキル サハリア語   5レベル

・スキル 腐蝕魔術    9レベル+

・スキル 精神操作魔術  9レベル+

・スキル 料理      6レベル


 空き(0)

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 ケッセンドゥリアンから奪った魔眼の力が、どこまで通用するか。不明点が多すぎる。

 出会った時、彼は目を閉じていた。それが何のためなのかはわからない。というのも、彼から魔眼の力を奪い取った後、俺は仲間達に肩を揺さぶられてその肉体を目にしている。にもかかわらず、彼らは石化しなかった。

 しかし、ケッセンドゥリアンはいちいち目を閉じていたのだから、魔眼の力の影響を恐れていたのではないか。ここから推測できるのは、透視能力を通して見たものに対しては魔力の影響を及ぼせず、直接目で見てやっと効果が出るだろうということだ。そうなると、暗視能力を通しての魔眼に効き目があるのかどうかも不透明ではある。

 では、魔眼を通して見たものはすべて自動で石になるのか? しかし、それにしては。仲間は誰も石にならなかった。ケッセンドゥリアンは命令で動いていたので、見えたものを石化させないという選択自体が不可能だったのではないか。してみると、魔眼のスイッチを自分の意志で入れられるかどうかもわからない。

 もっと言うと、そもそも人間の体では使えない可能性もある。意図的に使えば効果が出るが、そうでない場合も少しずつ見られている相手に悪影響があるのかもしれない。有効な距離もわからない。見えていればいいのか、一定の距離まで接近しなくてはならないのか。これらについて、今はどうともいえない。


 だから、検証も込みで、黒の鉄鎖の船団に力を使ってみる。わかることは限られているだろうが。それで駄目なら、能力の組み換えを待って、赤竜に化けて上から焼き払う。逃げ場のない水上での火災は、さぞ恐ろしかろう。だが、生存者が残ると厄介だから、あまりやりたくない。既にブスタンの防衛では赤竜の姿で暴れている。ここでも、となると、敵もおかしいと気付くだろうし。

 今、視界には敵の船団が映っている。他には水面しか見えない。さて、では、船ごと石になってもらおう……


 遠くに、敵の軍船の舳先の篝火が見える。ここからだと、ごく小さな赤い点に過ぎない。それが、ふっと消えた。

 それでも暗視能力のおかげで、船の輪郭は見える。喫水の浅いガレー船が静かに沈み始めた。漕ぎ手は動かない。立っていた指揮官が小刻みに揺れ、唐突に横倒しになった。そのまま、次々白波をたてて沈んでいく。静かな、しかし小さくない波が幾重にもぶつかりあう。遠い沖合のこと、ほとんど音も聞こえないまま、数十隻のガレー船がまず水中に没した。

 大きな帆船の船室から、異常に気付いた船員が、大慌てで駆け出してくる。だが、俺が気付くが早いか、次々その場に突っ伏してしまう。衝突の勢いで伸ばした手足が折れることもある。かろうじて甲板まで出た男も、その場で固まってしまう。そしてゆっくりと、一番大きな船も海底へと沈んでいった。


 ここで俺は、魔眼の力を種に戻した。

 凄まじい威力だ。とにかく視界に入ったものを片っ端から石に変えてしまう。とんでもない。だが、こんな強大な力を振るって、何か副作用があったりはしないか。

 それに、見えたものがほぼ無差別に石になった。海水だけはそのままだったが。何かのきっかけで能力を発動させてしまうと、恐らく視界の隅にいるだけの標的以外の存在まで、全部石にしてしまう。いや、それだけならいいが……それこそ前世の伝説のバジリスクみたいに、鏡で自分の姿を見ただけで、自身を石に変えてしまう危険はないのか。大きな力だけに、扱いは慎重にしたほうがよさそうだ。

 それに、これから俺は敵海軍の生存者を探さなければいけない。救うためではなく、トドメを刺すためだが。念じて赤竜の姿をとると、音もなく飛び立った。


 十分もかからず、俺は元の場所に文字通り舞い戻った。服を着ながら、ちょっとした退屈まで感じていた。

 水面に浮かんでいた人間の姿はなかったので、全員石になったか、溺れたかしたのだろう。要するに、黒の鉄鎖の攻撃艦隊は、ただの一戦も交えずして全滅した。

 だが、なんとも物足りない。俺はまだ、直接殺していない。こうするのが合理的だからやっているが、これでは誰も苦しまないではないか。


 陸上の敵も毒で汚染してやろうか。ただ、それで味方にまで被害が広がったのでは意味がない、か。既に敵の海上戦力はない。これで補給を妨害されることもなくなった以上、すぐさまハリジョンが陥落する事態には至るまい。


 手早く仕事が終わってよかった。

 明日の夕方にはアーズン城の近くに引き返せる。

 また赤竜の姿になり替わり、後ろ足の爪で荷物を挟み込む。つまらない戦いだった。


 ……戦い?


 こんなもの、戦いのうちに入らない。

 誰も苦しんでいない。血を流していない。


 次は、次こそは、直接この手で人を殺めてやろう。

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