砂漠の戦争の風景
淡い黄土色の大地が、なんだか粉を噴いた肌みたいに見えてきた。そこにところどころ、黒ずんだ緑がへばりついている。萎びた葉っぱは肉厚で、それが力なく地面に垂れ下がっている。砂漠といっても、この辺は完全に不毛の大地というのでもなさそうだ。実際、俺達は草地や水場を経由しながらここまでやってきた。
馬は繊細な動物だ。水も必要だが、質のいい牧草も必要だ。荒地でも育つ羊や山羊とは違う。敵がここまで寄せてくるにせよ、俺達が足がかりにしたような地点を辿って攻めてくるに違いない。
「ラーク様、ブスタンまではあと、どれほどでしょうか」
「二日もかからない。明後日にも市内に入れるはずだ」
今はラークと共に轡を並べて、馬を急がせもせず、北を目指している。その後ろには、百を数える騎兵が続いている。
「もう少し急がなくてもいいのでしょうか」
「敵の出方にもよるな。だが恐らく、攻めてくるのは数日後だろう」
「疑問なのですが」
俺は頭の中で考えを纏めてから、あえて非道な作戦を提案した。
「もしお望みであれば、ここに来るまでの道中、いくつか見かけた水場や草地を……つまり、焼き払ったり、水を毒で汚したりすることもできますが」
焦土作戦だ。戦力で劣る側なのだから、相手の補給を絶つ、進軍を妨げるというのは、自然な発想だと思う。
「あまりやりたくはない」
「やらないと、ブスタンまで敵が来るんですが。ティズ様は何をしてもいいとおっしゃいませんでしたか」
とはいえ、俺の思考が攻撃に偏り過ぎている自覚もある。
「理由ならちゃんとある。一つは利権だ。草地や水場も、それぞれ同盟内の各氏族の所有地なんだ。ブスタンと違って、領有しているわけじゃない。借りているだけだ。それにブスタンから同胞を逃がす時には、使える水場がないと、それだけ死人も増える。これが二つ目だ。ただ、やらない一番の理由は、そもそもそんなことをしてもあまり役に立たないと思うからだ」
「と言いますと?」
「今、敵方は優勢で、大軍を率いて北上している。こちらも手早く戦力を集結させられればいいのだが、やはりどうしても劣勢なのは隠せない。そうなると様子見するのも少なくないんだ。それにアーズン城は簡単には落とせないとわかっている。いろいろ考えると、連中は小さな水場に頼り切ったりはせずに、足が遅くなってもそれなりの補給手段を用意して進軍すると思う」
なるほど、と頷いた。
焦土作戦を実行するにせよ、相手の補給路が無数にある状況なので、有効性が低そうだ、と。
「もちろん、それも選択肢ではある。水源という水源を片っ端から汚染してしまえば、あちらもさすがに困るだろう。でも、この辺りでそれをしても、相手の補給を完全に断つことにはならない」
小規模の騎兵の集団を、あちこちの水場に分散させながら、速やかに北を目指すという戦略もある。ただその場合、各個撃破されやすくもなるし、いざ、敵の拠点を落とし損ねると、すぐさま補給の問題に悩まされることになる。
そういうゲリラ的な戦いが利益になるのは、むしろ今回はこちら側だ。
「逆に私は、敵がそういう水場を汚すのではないかと心配しているよ。こちらは明らかに少数だから、正面から戦って勝つなんてできない。補給を妨害する動きに出るのは、誰だってわかる」
「では、ラーク様はブスタンに着いたら、すぐまた街を離れるお考えですか」
「市民を動員して、少しでも防御態勢をとれるようにするが、その間に物見を放つ。それから、敵の背後を繰り返し脅かして、時間を稼ぐことになる」
それなりに合理的な判断だと思う。
決戦になれば勝ち目はないので、少しでも相手の進軍を遅らせる、か。
甘いとは思う。俺がラークの立場なら、それでもありとあらゆる水場を汚染する。ブスタンに敵が迫ったら街ごと焼き払う。こちらは小勢なのだ。どうせ勝てないなら、敵にも何も与えない。ティズもそこまでの状況を覚悟しているはずだ。
とはいえ、まだ二十代半ばの、それもろくに戦争経験もないラークにそれほどの覚悟を要求するのも酷か。最近まで東部サハリアに大きな争いはなく、戦闘といえば南方大陸の魔物退治くらいなものだったはずだ。
一方で、勝ち戦の敵側としては、なかなかやりにくい。城を枕に討ち死にするしかない状況ならば死に物狂いの奮戦もするのが人だ。だが、これから豊かな街を攻め落とし、略奪を楽しむつもりでいる兵士達が、命を本気で懸けて戦うわけもない。有利であればあるほど、つまらない遭遇戦なんかで命を落としたくないと考える。
だから、小刻みに夜襲を繰り返された場合でも、敵はそこまで深追いはしてこない。
「もちろん、あちらも無策ではない。そういう奇襲を避けるためにも、少人数の物見を先行させていると考えるべきだ」
威力偵察を行う小規模な部隊と、会戦を引き受ける大部隊と。それぞれがそれぞれのペースで領内に侵入してくるわけだ。
「では、もう敵と遭遇する可能性も」
「あると思っておかなくては」
それは少し困る。今は能力の入れ替え中だからだ。
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(自分自身) (12)
・アルティメットアビリティ
ピアシング・ハンド
・アビリティ マナ・コア・身体操作の魔力
(ランク9)
・アビリティ マナ・コア・火の魔力
(ランク9)
・アビリティ 魔導治癒
・マテリアル プルシャ・フォーム
(ランク9+、男性、11歳、アクティブ)
・スキル フォレス語 6レベル
・スキル サハリア語 5レベル
・スキル 身体操作魔術 9レベル+
・スキル 火魔術 7レベル
・スキル 剣術 9レベル+
・スキル 格闘術 9レベル+
・スキル 騎乗 6レベル
・スキル 料理 6レベル
空き(0)
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先日、ミルークを殺した赤竜の能力を得た。そこから魔術核だけ差し替えた。明日、火魔術のスキルも取り込むつもりだ。当面、可能な自己強化としてはそんなものか。つくづく枠が足りない。
できるなら、赤竜の肉体も取り込んで、好きなだけ大暴れしたいのだが、飛行能力その他まで求めるとなると、どうやっても厳しいことになる。一度は試しに使ってみたいところだが。
「にしても、なんといったらいいか」
「どうなさいましたか、ラーク様」
「あ、いや」
彼は俺の方をちらと見て、首を傾げた。
「先日のあの勢いはどこへいったのかな、とね」
「ああ……この前は失礼しました」
「少しは落ち着いたのならよかったが」
一族の頭領達が集まったあの会議でも、俺は粗暴な言葉遣いをしていた。ほかならぬ族長に対してさえ。それが今では、中でも一番格下の頭領でしかないラークに敬語を使っている。そこに違和感をおぼえたのだろう。
だが、理由もないのに偉そうな態度をとったのでは、一般の兵士達の気分もよくあるまい。怒りはちゃんと溜め込んで、しかるべき方向を与えるべきだ。
「はい。殺すべきは、怒りを向けるべきは敵ですからね」
俺の返答に、彼は少し顔を引き攣らせた。
そう、俺が考えるべきは、人の殺し方だ。
人間相手の戦いで、どんな風に能力を用いれば最高の結果を得られるのか。単に強い力を振るえばいいというわけではない。
例えば、この前ケッセンドゥリアンから奪い取った魔眼の力があるが、あれはまだ何の検証もしていない。多分、能力を発揮した瞬間、視界にある一切のものが石になるような見境のない力ではないかと思う。一人で戦うなら別に遠慮なく街ごと石に変えれば済むのだが、仮にも味方のネッキャメルの戦士まで巻き添えにしてはお話にならない。
味方がいるのはいいことだ。だが俺の場合、能力の制限とセットになる。痛し痒しか。
「そろそろ小休止だな」
「水場ですか」
「ああ、小さなのがある」
一人で暴れるという選択肢もあったのだが、しかし、このように彼らは道案内としては優秀だ。この辺を考えても、やはり協調する価値はある。
「ただ、敵がいないとも限らない。誰か!」
「先に見て参ります」
配下の一人が進み出て、馬に鞭をいれた。
「何事もなければいいが」
「敵がいたら、僕に任せてください」
「多ければ数十人くらいはいるのだが」
「それくらいなら、一人で」
彼は怪訝そうな顔をしたが、これは事実だ。よほど腕前の優れた一流の戦士が混じっていればともかく、並み以下の連中では、俺から逃げ切ることもできない。
そうして先に進むことしばらく、さっきの物見が馬を駆けさせて戻ってきた。
「どうだった」
「はっ!」
今は非常時でもあり、配下もいちいち下馬はしない。
もっとも、一人ずつの顔を覚えていられるくらいの少人数だからだが。大軍を率いている場合には、また別の対処が必要だろう。指揮官が暗殺されては元も子もない。
「敵はおりません。井戸水も無事です。ただ」
「なんだ」
「一足遅かったようです」
物見は下を向いた。ラークの顔色が変わる。
「確認する」
短くそれだけ言うと、無言になった。
彼らの最後のやり取りにどんな意味があるかを悟るまでに、それほどの時間は必要なかった。まもなく俺達は、地平線の向こうにいくつかの天幕があるのを認めた。だが、近付くにつれて、どうもその形がおかしいのに気付く。
間近に見て、はっきりそれと確認する。合計七つの天幕のうち、半数は焼かれていた。完全には焼け落ちず、テントを支える柱の一部が残っていたために、形が不揃いになったのだ。その周囲には、男達の遺体が転がっている。槍や曲刀、矢で殺されていた。中には、ごく幼い男児のものも含まれていた。
では女達はというと、まず年老いた女性は天幕の内側で見つかった。だが、若い女性はというと、どうにも数が少ない上、また変なところに纏められていた。見つかったのは五人分、無傷の天幕の柱に縄をかけて、首を吊っていたのだ。例によってみんな、半裸だった。
「おのれ」
「あの、ラーク様」
「なんだ」
虐殺された同胞の遺体を目にして、さすがに彼も苛立っていた。口調が荒っぽい。
「これはどういうことでしょう」
「知れたこと。我が同胞を襲って殺したのだ。ブスタンに逃れる途中、奴らに見つけられてしまったのだろう」
「それはわかりますが、どうして若い女性ばかり」
「いちいち尋ねることか? 奴らは操を汚した!」
「はい。ですがわからないのは、なぜこんな殺し方をしたのかと。男と同じように、普通に首を刎ねればいいものを」
俺の質問の意味を理解して、ラークは怒気を鎮めた。
「ヌクタットでもそうだったのです。家の中に若い女性の遺体が詰まっていました。殺してから放り込んだにしては不自然ですし、あんな裸の格好で建物に篭っていたとも思えませんし。なぜこんな手の込んだやり方をするのでしょう?」
「それは違う」
首を振ると、彼は生気を失った目で、事情を説明した。
「これは殺したのではなく、死を選ばせたのだ」
「選ぶ?」
「そうだ。サハリアの女にとって、貞操は重いものだ。操正しい未婚の娘は、傷のない真珠に喩えられる。女達にとっての結婚とは、その真珠に錐で穴を開け、首飾りに仕立てることと同じだ。だが、踏みにじられた貞操は、砕かれた真珠のように無価値だ。操散らされた娘は、一族の一員としての資格を失う」
つまり、これはただの性暴力ではない。ここを襲ったのがフマルか、フィアンか、セミンかはわからないが、とにかく彼らと不当に性交渉をもった時点で、女達は名誉を失い、一人前の女から奴隷同然の身分に落とされる。たとえ必死に抵抗したとしてもだ。これは一種の民族浄化といえる。
「生きる意味をなくしたも同然の女達に、選ばせるのだ。ここで自ら命を絶つか、奴隷として生き延びるかを。そうして生き延びた女達はもう、自らの出自を捨て去ってしまう。その恥辱ゆえに、一族の下へと帰ることは望まない」
「だからって死ぬことに何の意味があるんですか」
「ここで命を捨てれば、まだ同胞として死ねる。恥辱を受けてなお生を貪れば、もはやそれすら叶わない」
話を聞きながら、これは略奪する側の都合もコミなのだろうと理解した。
女奴隷は資産だ。しかし、一族に忠誠心を抱いたままの女を奴隷として連れ帰ることにはリスクがある。だから、そうした感情を断念できる女だけを生かして、あとは始末する。そのための強姦だ。
これは、相手の部族の将来に対する破壊活動でもある。もちろん、自分達の同胞以外から妻を娶ることもあるし、奴隷に子を産ませるのも可能ではある。しかし、母から娘へと継承される文化は断絶する。例えば、氏族ごとに伝わる独特の刺繍のデザインも、彼女が一族の一員でなくなったらもう、何の意味も持ち得ない。
次世代の育成を阻み、敵のアイデンティティを破壊するという目的に基づいて、このような暴力を用いているのだ。
「この者達には詫びねばならん。弔ってやれるだけの時間がない」
「はい。ブスタンを守らないと」
「なんと不吉なことだろう。私の妻も一族と共に、同じように水場から水場へと彷徨い歩いているのだ」
「えっ? それでは」
ラークは浮かない顔で頷いた。
「でき得ることなら、今すぐにも駆け付けて助けに行きたい。だが、だからといって一族の責務を放り出せば、もっと大勢が死ぬ。無事を祈るばかりだ」
ミルークが言った「最悪」がどんなものか、だんだんとわかりかけてきた。
俺がかつて体験した、エスタ=フォレスティア王国の内乱など、サハリアではおままごとなのだ。こちらの戦争は、文字通りのジェノサイドになる。単に敵の兵士を殺すだけではない。欲望のままに略奪や強姦をすることでもない。まさしく殺し尽くす、犯し尽くす、奪い尽くす。相手のすべてを全否定する。
だからこそ、その憎悪は根深く、容易には消えないものとなる。戦争から何十年経とうとも、フマルの戦士アサールは、ミルークを憎み続けていた。直接会ったことなどなくてもだ。
どうしてこんな文化になってしまったのか。一つには、この砂漠という過酷な環境があるのだろう。水場は限られており、土地が養える人口にも限りがある。すぐに限界に達して、そこから漏れた人は、灼熱の大地に焼かれて死んでいくしかない。それゆえに、争いはいつも苛烈なものとなる。
「外に出よう」
無残な殺され方をした女達を、これ以上自分達の視線で汚すわけにはいかない。
「馬に水を。脚を休ませたら、先に進む」
彼の号令に、配下の兵士達は無言で従った。
確かに、この無残な襲撃の跡を目にして、彼らの空気は変わった。無口になり、無表情になった。それは戦場に赴く前の、気持ちの準備ができたということなのかもしれない。
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