追う者が追われる者に……
「で、こいつらを届けろってか」
「お願いします」
地下三階と四階を繋ぐ階段の前で、俺とキースは落ち合った。後ろには、コーザと二人の仲間が立っている。
「お前はどうする」
「もう少しドミネールを探します。うまくいかなければ、今度はノーラを連れてきます」
「あー、なるほどな」
地下三階までは、ドミネール達にとって既知の領域だ。だから、秘密の隠れ家のような場所もあるのではないか。そういうアテがなければ、こうも乱暴な計画は立てられない。殺しまくって争いを煽り、生き残った挺身隊員をまた襲う。ちまちまと略奪を繰り返し、タイミングを見計らって脱出する。
もしかすると、その過程で、オルファスカらの殺害も視野に入れているのではないか。自分達への追及の手を緩めさせるのには、指揮系統への攻撃が有効だ。彼女と、挺身隊の中核を占める神官戦士達をうまいこと殺すか、混乱させるかすれば、街から逃れるのも難しくはなくなる。
だが、そうはいくものか。もし、人の流れのない不自然な場所に潜むとなれば、それこそノーラの『意識探知』の餌食だ。見つけ次第、一網打尽にしてやろう。
「にしても、殺し合い、たぁなぁ」
「リザードマンには勝てませんから」
「ははっ、ちげぇねぇ」
皮肉に吐き捨てつつ、キースは尋ねた。
「けど、意味あんのか。んなクズども」
今の俺には答えられない問いだ。
臆病さゆえに互いに殺し合いをするようなバカな奴らなんか、わざわざ救ってやる意味なんて、ない。
「どっちにせよ、ここにこのままいたら、そのうち殺されますよ」
「あー、そうだな。けど、地下に連れてっても、レヴィトゥアに殺されちまうだろ」
「えっ」
反応したのはコーザだ。何の話かはわからなくても、別の脅威があるらしいことくらいは理解できる。
「そうはなりませんよ」
「なんで言い切れる」
「キースさんがいれば、そう簡単には」
「ハッ」
白い陣羽織をはためかせつつ、彼は身を翻した。
「褒め言葉、ありがたくいただいとくぜ。けど、こいつら届けたら、俺はその場次第で勝手にやるからな」
「判断は信頼しています」
そのほうがいい。
正直、ノーラ達がどうなっているか、アルマスニンの集落が攻撃されていないか、アナクが殺されてはいないか。今も気が気でないのだ。だが、こちらはこちらでなおざりにはできない。まだアナクの身内が捕まっているかもしれない。それを見捨てて逃げてきました……では、彼女も俺達にいい顔はしないだろう。
そんな、何もかもが中途半端で、どうすればいいかわからない状況なのだ。なら、決定は現場にいる人に任せるしかない。その点、キースならきっと的確な判断を下せるだろうと思う。他の面ではともかく、戦士としての能力にだけは、全幅の信頼をおける。
「どーもいい予感がしねぇんだよな……悪ぃ空気が漂ってる。ファルス、こういう時にゃあ、深入りすんなよ。逃げるのも戦いのうちだ」
「はい」
「よし、ガキども、ついてこい」
これで身軽になった。
これから、なんとかドミネール達を見つける。子供が生きていれば救出し、奴らは皆殺しにする。大丈夫、できるはずだ。
終わったら地下に駆け戻り、集落の状況を確認。あとは和戦両様の構えで、可能な手段すべてを用いてアナクを取り戻す。
もう、挺身隊が地下七階まで迫ってくるかも、という心配はしなくていい。このざまだ。誰がまともに迷宮を攻略なんて、するものか。
それから俺は、一人通路を走りまわった。
迷宮内の惨状は、言葉にもならなかった。一つの班が一つの小部屋を隠れ家や防衛拠点にしている。誰もが狼になれるはずもなく、一部はひたすら怯えて、逃げ隠れするばかりだ。狩る側と狩られる側。それが次第に明確になりつつある。
だが、それがどれだけ長続きするのだろう? あと一日もすれば、ワームが周辺の砂漠から入り込んでくる。そうしたら、小部屋に立て籠もって仮眠なんてとろうものなら、俺がそうされたように、いきなり床を掘り抜かれてパクリ、だ。
さて、奴らはどこに潜んでいるんだろうか。
一定期間、迷宮の中に留まることを考えたら、それなりに安全な場所でなければいけない。とすると、地下三階ではなく、せめて二階ではないか? 一階では駄目だ。一番安全だが、さすがに隠れられる場所もないだろう。だが、二階から下はサソリが出没する。
二階だからといって安全ではない。一ヶ所にじっととどまれば、敏感な聴覚をもつワームが真下にやってくる。では、それを防ぐにはどうすればいい?
「面倒なことになりそうだな……」
思わず独り言ちた。
俺なら、地下二階では部屋になっていて、かつ地下三階では埋まっている場所を選ぶ。できれば、すぐ下が岩などに遮られている場所がいい。ワームは土は掘り抜けるが、分厚い岩盤を乗り越えることはない。
で、そういう場所について、奴らには心当たりがあるはずだ。しかもそれは、普通に歩いたのでは見つからない。いざという場合の隠れ家、それに迷宮内で好き勝手をやらかす余所者を始末するための拠点としても、これまで活用してきたのではないか。
キースの言う通り、ここらが退き時かもしれない。そこまでの精度を求められる探索となると、俺一人では非効率だ。ノーラとリザードマンを用意……或いは、レヴィトゥア派のリザードマンから熱源探知のアビリティを奪うかして、二階を探し歩くしかない。
そうと決まれば……
「おわっ!?」
通路の脇の出入口から、ちょうど数人の若者が出てきたのと鉢合わせた。といっても、彼我の距離はざっと三メートルはある。あちらが俺に気付いて、驚いて声をあげたのだ。
「バッカ、慌てんな」
「こいつ、一人か」
五人組のようだ。
すぐに気付いた。連中の革の鎧には、僅かにだが、返り血がついている。
「警備ご苦労様です」
「待てよ」
黙って見逃して、通り抜けようと思ったのに。こいつらは人殺しだろうが、俺がここでわざわざ裁く理由もない。
「お前、どこの誰だ」
「四階制圧隊第五班のファルスです」
「それがなんで三階をほっつき歩いてんだよ」
「伝令です。すぐ戻ります」
「ふん、嘘だな」
一際体の大きい青年が、進み出る。縦に長いジャガイモみたいな顔つきだ。ちょうどそばかすだらけの顔でもある。目は細く、真ん中に寄っていた。その濁った眼差しからは、不穏なものが見て取れた。
「金を出せ」
「持ち合わせがありません」
「みんな、逃がすな」
二人がいきなり駆け出して、俺の後ろにまわる。
「こんなことしてただで済むと思ってるんですか」
「お前が心配することじゃない。そっちの後始末のほうはもう、手配済みなんだよ」
「どういうことですか」
「ふん……」
こんなバカどもの人命を守るために、俺はアルマスニンと交渉したんだろうか。
放っておけばよかった。そうすれば、こいつらはみんな、彼らのご馳走になっただろうに。
のっそりとそいつは剣を引き抜いた。それから高々とそれを掲げ、俺ににじり寄ってくる。
仕方なく、俺は剣を構えた。受け止めてから、金的を蹴り上げてやろう。囲みに穴ができたら、走り抜ければいい。
「悪く思うな」
そいつは、既に勝利を確信していた。
「これで終わりだ!」
技も何もない、乱暴な打ち下ろし。俺は軽々剣をかざして、それを受けとめる……
「カハッ」
声というより、何か喉に詰まったものを吐き出そうとするような音。
最初、何が起きたかわからなかった。
キィン、と短く金属音が響いたかと思うと、そいつの上半身がブルッと震えた。
俺が剣を受けたその個所から、彼の剣は真っ二つに折れていた。それに気付いた瞬間、ズルッと彼の頭が前に滑った。ゴチッ、とくぐもった音をたてて、それは地面に叩きつけられる。衣擦れの音とともに、残された胴体は膝をつき、そのまま横倒しになった。
「は?」
「わ、わああ!」
「こ、殺したぞ! こいつ、殺した!」
なんだ? なんで?
俺はただ、剣を受けただけ……
「ど、どうすんだ」
「バカ! やれ! やっちまえ!」
「う、おおお!」
「ま、待て!」
二人が同時に剣を振り下ろしてきた。それを咄嗟に剣で受けてしまう。
「ガッ!」
受け止めた瞬間、同じことが起こった。腐蝕魔術の力が剣身からまっすぐ放たれて、その直線状にある彼らの頭部を真っ二つに両断した。まるで理科室の人体模型のように、額から上だけがきれいに切り落とされて、二人は仰向けに倒れた。
「ひっ、ひいい!」
「やめろ!」
近付けまいと、俺は剣を両手で持ち、肘を伸ばして切っ先を相手に向けた。言わずと知れた、防御的な構えだ。
「グフォ」
「ええっ!?」
触れてさえいないのに!?
切っ先の直線上にいた相手の鳩尾を、何かがきれいに撃ち抜いた。そのまま、彼は二、三歩下がって壁にぶつかり、ずるずるとしゃがみこんだ。
どうなってるんだ。この剣は。
さっき、リザードマンと戦うとき、確かに『壊死』の魔法をかけてもらいはした。その効果は窟竜と戦う間にも持続していた。だが、あれからどれだけ時間が過ぎた? だいたい、これでは利き過ぎじゃないか。
「うわ、うわぁぁあっ!」
残る一人は、全速力で逃げ出した。
「ま、待ってくれ!」
このまま逃がすわけには……
追いついてどうする? 殺すのか?
「ブヘッ」
その彼が何かにぶつかって弾き返される。
「どうしますか」
「どうしようかしら」
冷たく女の声が響く。
姿を現したのは、青い制服に身を包んだ神官戦士の一団だった。その中心には、見た目だけは麗しい、あの女がいた。
「ひっ、ちっ、違う! ぼっ、僕はっ! さ、逆らえなかっただけでっ……」
「んー……言動からして、いろいろやらかした子っぽいわね。処分で」
「承知しました」
「えっ」
彼女らを中心に、青白い光が視界を広げる。と同時に、二人の神官戦士が前に進み出て、手にした得物を突き出した。
「ギャッ」
短い悲鳴を残して、俺を襲撃した班の最後の一人が息絶える。
「で」
オルファスカは、目の前で繰り広げられた殺戮にも、眉一つ動かさなかった。
「どうしてこんなところにいるの? ファルス君は」
「むしろこっちが教えて欲しい」
「あら。でもダメよ」
虎の威を借るなんとやら。彼女はいつになく自信満々だった。
「私は迷宮攻略の指揮官の権限であなたに質問しているの。勝手に持ち場を離れて、地下三階にいるのはなぜ? それも一人きりで。場合によっては、処分しないといけないから」
このクソアマが。
近くにいる神官戦士は、しかし、十人以上。それにベルもザイフスもいる。このクソどもだけならともかく、神官戦士を殺すとなると。取り逃がしたら、確実に殺人犯だし、そもそも命令に従って任務に就いているだけの彼らには、今のところ、明確な罪悪がない。
「大変なことが起きた。だから仕方なく持ち場を離れて探し回っている」
「へぇ、何があったの?」
「ドミネールが、迷宮の中に忍び込んでいた。それで、中を歩き回っている挺身隊員を殺しまわっている」
これ自体は、事実だろう。まだ直接、連中を視認したわけではないが、状況からはそうと判断できる。
「おかしいわね? 不思議だと思わない? どうやって迷宮に入ったのかしら。城壁のところには監視員を置いておいたのだけど」
「それはわからない。とにかく、それで今、ここは混乱状態……です」
「そうね。だから上から降りてきたのよ。指揮官として、事態の収拾に努めなくてはいけないから」
「ぜひそうしてください」
言葉通りならどんなにいいか。
「ふふっ……でもまぁ、これで裏付けが取れたわね」
「なに?」
「黒の鉄鎖がいくら探しても、ドミネールは見つからなかったのよ。それで迷宮の中がこれだから……大方、監視員を任せた挺身隊員の誰かが、彼らに買収されたか何かで迷宮の中に入れたんでしょうけど……それならそれで、入口を塞いで押し潰せばいいんだから、仕事としては片付きそうで、一安心」
俺は安心じゃない。
もしドミネールがオルファスカに生きたまま発見されたら。そうでなくても、奴らがまだ、アナクの身内を生かして連れていたら。裏口の存在がバレる。そうなる前に、奴らを確保し、始末しなくては。
「そういうことなら、調査を続けてください。僕ももう、行きます」
「待ちなさい」
そうらおいでなすった。
「それはそれとして、ここにいる挺身隊員を殺害したのは、あなたね」
さぁ、どう答えよう?
「事故です」
「事故?」
「彼らが僕に襲いかかってきたんです。僕は殺すつもりはなかったのですが、剣を受けようとしたとき、暗くて手元が見えなくて、こうなってしまったんです」
「ちょっとそれは無理があるんじゃない?」
確かに、あまりにきれいに首が切れているし、狙ってやったのでもなければ、こうはならない。
まぁ、どうせそういう道理とか筋道とか、そんなものを斟酌してくれるような相手ではないから、言い訳にもあまり意味はないが。
「わからないですよ。こっちも無我夢中だったんです。気が付いたらこうなってたんです」
「信じると思う? あなたがこう見えて、ちょっと普通じゃないことくらい、もう身をもって知ってるんだから」
彼女は片手を挙げた。
「目標は……目の前の少年、ファルス・リンガ。年の割には変に腕が立つから、子供だと思って侮ってはだめよ。捕縛が望ましいけど、難しければ殺害も許可します」
くそっ、結局こうなるのか。
「始末なさい!」
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