迷宮攻略パーティー、ついに結成

 今日も頭上は灰色だった。迷宮都市の日中なんて、どこもそんなものだ。

 砂と日干し煉瓦の細かな破片に塗れた、淡い褐色の世界。居並ぶ建造物も、この街でなければまず間違いなく、廃屋としか思われないような代物ばかり。凸凹だらけの路地の向こうの小さな広場に、俺達は車座になってしゃがみこんでいた。


「じゃ、そっちはもう、何も言われないんだな?」

「ああ。正式に許可が下りた」


 今、このパーティーを仕切っているのは、俺じゃない。キースだ。

 彼が今確認したのは、ガッシュの立場について。黒の鉄鎖の傭兵という立場だったが、その主要な任務はカース・イナージャことキースの説得になっていた。だからそれを逆手に取り、上役を説き伏せることにした。例のカースとかいう奴は、迷宮に潜る気になったようです、ついては自分も彼の探索パーティーに加わって、親睦を深めたいものと……それでガッシュは、一時的に除隊となった。といっても、黒の鉄鎖の幹部が新しい宿泊先を確保したのだし、無事「カース」を連れ帰ってくれれば、部隊への復帰はもちろん、多額の報酬も約束されている。


「ファルス、ギルドの手続きは済ませたんだろうな」

「この通り、もらってきましたよ」


 俺とノーラの二人きりだったパーティーは解散。代わりに、ファルス、ノーラ、ビルムラール、ガッシュ、キースからなる五人パーティーが承認された。

 人数が規定を満たしたことで、パーティー単位での活動が許可された。しかし、だからといって、大攻勢当日に好きな行動をとっていいわけではないとのこと。


 俺が差し出したのは、小さな木札だった。そこにはパーティー名とコード、各メンバーのタグナンバー、そして探索参加順序が書かれている。


「ねぇ、キースさん」

「なんだ」

「やっぱりこれ、やめませんか」

「どこに問題があるんだ」

「名前が長すぎること……でしょうか」


 呼ばれると恥ずかしい。本気でこんな名前を付ける人がいるとは思わなかった。だってそうだ。登録したパーティー名は、もはや『フライパン』ではない。『世界最強キース様とその金魚のフンたる下僕ども御一行様』なのだから。

 長すぎるとして、受付嬢は拒否しようとしたが、キースの一睨みで竦んでしまい、結局、このまま登録されてしまったのだ。


「まぁ、その辺は、なぁ?」


 ガッシュは肩をすくめた。


「俺もやらかしたし」

「何かやったんですか」


 頭を掻きながら、彼は言った。


「俺の、ピュリスにいた頃のあのパーティーの名前な、実は……『青魚食べ放題』だったんだ」

「ブッハハハ! なんだそりゃ」


 変な名前をつけた人が、他の人のつけた変な名前に大笑いしている。


「村の漁場を荒らす連中を退治するために人集めしたのがきっかけだったから、人を誘いたくて、わかりやすく報酬というか、おいしいところを伝えるためにつけたんだが」

「それが最後まで残ったと」

「バハハハ!」


 あー……キース、これ絶対、わざと笑ってるな。

 基本的に、人をバカにするのが好きなタイプだとはわかっていた。思えば王都の騒乱の際にも、俺が氷水を欲しがったら、コップごと凍らせてきやがったし。そのくせ、自分が同じことをされるとキレるから、性質が悪い。


 それにしても、だいたいみんな、何かしら黒歴史はあるものだ。ウィーだって、つけられたあだ名が『下着狩り』だったし。

 元気に過ごしているだろうか? また何か、恥ずかしいあだ名をつけられたりしていなければいいけど。


「突入の順番は」

「地下四階制圧隊の五番目ですね」


 今回は、あくまで建前上だが、探索者が思い思いに活動できるわけではない。各階層を、面で制圧することを目標としている。これは、ここでの伝統的な迷宮制圧のやり方だ。

 足下からワームがいきなり食らいついてくる危険があるので、その階層が安全であると確認するためには、すぐ下の階層が人間側に制圧されていなければいけない。だからまず、地下一階を完全に制圧して、それから次の人員を地下二階にまわす。地下二階が完全に制圧されてから、やっと地下一階の人員は解放される。基本的にはまず地上に戻すなどして休ませ、次の突入に充てる。地下二階の突入部隊が休めるのは、地下三階の制圧が済んでからだ。

 で、安全の目安ということでいうと、地下二階までは、割合、危険が少ないと言える。地下一階にはほとんど魔物がいない。せいぜい巨大ゴキブリがいるくらいだ。下の階層と行き来できる場所には常時誰かを配置するので、階段や、あの大便所穴には、割り当てられた特定の集団が常駐する。

 その上で、更に下を目指すことになるのだが、地下三階からはワームも出没するし、それを狙うリザードマンも散見されるようになる。つまり、そろそろ犠牲者が出てもおかしくないとされる場所だ。しかし、ドミネールの仲間やギルドには、その辺の土地鑑がある。彼らがリザードマンの「間引き」のために出入りしていたのは、地下三階から四階にかけてであり、道順についてもよく知っているはずなのだ。

 だが、正式に地図が存在するのは、実は地下二階まで。これが何を意味するかというと、要するに、その先の「階制圧」は、形式的なものになりそうだということだ。完全にそのフロアの状態を把握してから次、と号令を出せるのは、ごく最初のうちだけ。深い階層へと潜る連中については、管理など行き届くまい。


「チッ……奴らの決めた墓場で戦えってか。面倒臭ぇ」

「やっぱり僕が狙われているせいでしょうか。済みません」

「いや、そうとも言い切れない」


 ガッシュは、俺とキースを見比べながら言った。


「階級が高いから、最初から危険な場所に割り振られたとみるほうが自然だ。ファルスも俺もジェードだし、キースはエメラルドだ。トパーズのそのまた上となると、そうそういるもんじゃないしな」

「だといいんですけどね」


 オルファスカなら、どうするだろう?

 彼女からすれば、この攻撃で、どれほどの犠牲が出ても構わない。しかし、ドミネールとその仲間達は、ここで始末してしまいたい。理想的には、彼らを最前線に立たせて消耗させ、疲労しきったところで戦力をぶつけ、葬り去りたいところだろう。一般の挺身隊員は、彼らの縄張り争いに巻き込まれて死んでいく。

 しかし、その思惑は外れることになる。なぜなら、地下三階から四階の魔物は、これから間引かれるからだ。裏口から迷宮内を探索する俺達と、アルマスニンの一族が前もって片付ける。もちろん、漏れはあるだろう。犠牲をゼロにはできない。


「んで、当日はぬかりはないんだろうな、アナク」

「悪い知らせがある」


 一人、相槌すらなく黙っていたアナクが、鼻を鳴らした。


 彼女は、地下に潜って待機する手筈となっている。アルマスニンらリザードマンの仲間と合流して、地下六階まで冒険者が降りてくるのを待つ。

 人間がたくさん攻めてくることはわかっているので、当初は専守防衛に徹し、七階の出入口を塞ぐだけと考えていたらしいが、その方針は撤回した。なぜかというと、むしろその方が危険が大きいからだ。仮にもし、防衛線を突破され、七階にある広大な溜池を発見されたらどうなるか。もしかすると、人間側が主要な攻撃目標と見定めるかもしれない。

 だから、そもそも近付けさせない。


「なんだ」

「もう、捕虜の収容所まで用意はしてある。水も食料も差し出せる。ただ……」

「ただ、なんだ」

「レヴィトゥアが動き出すかもしれない」


 中層から下層にかけて、リザードマンの集団の中では最大勢力を誇る祭司王レヴィトゥア。だが、どうして彼が?


「あまり言いたくはないが、アルマスニン長老のことを弱腰と考える若者もいる。それが」

「内通した、ということね。人間がいっぱい降りてくるって」

「そうだ」


 ノーラの補足に、アナクは頷いた。


「じゃ、どうする。このままじゃ、計画は成り立たない」

「一応、長老が交渉した。地下七階より下には人間を入れない。だから任せて欲しい、と。戦利品も半分引き渡すと伝えた」

「やけに腰が低いじゃねぇか」

「仕方がない。レヴィトゥアには敵わない。逆らえば大勢死ぬ」


 まるで臣下のような態度だ。奴には余程の力があるらしい。


「アナク、そんなにレヴィトゥアは手強いのか」

「神から特別な力を授かったと言っている。どこまで本当かは知らないが、少なくとも火魔術の実力は相当なものだ。そちらは私も一度、見たことがある。それに槍の扱いにも長けている」


 その実力で、地下を束ねているのだろう。

 しかし、それでも勢力拡大はしていない。できないのか? 従順とは言えない二つの同族の集団、足下のバジリスクと、敵に囲まれているから。


「面倒っちいな。もう、全部ブッ殺しちまえばいいんじゃねぇか」

「そうなると思いますよ。最初から、たくさん殺すための攻撃計画なんですから」


 オルファスカがキブラを脅迫し、キブラがドミネールと、あわよくばオルファスカの排除に乗り出すだろう今回の計画。では、俺の中での優先順位は?

 迷宮探索を続けられること。あくまで最下層を目指している。そのためには、二つの条件のうち、どちらかを満たす必要がある。


 一つは、ドミネールやオルファスカを殺すことだ。その他、表玄関からの探索の妨げになるものをすべて始末する。

 もう一つは、アルマスニンらのような交渉可能なリザードマン、およびアナクの存在を守り抜くことだ。彼らさえ無事なら、そして人間の支配領域が地下七階以下に広がらなければ、俺は引き続き裏口からの活動が可能になる。

 コーザ達には悪いが、人命救助活動は、そのついでだ。そもそも、全貌を彼には伝えていない。悪人ではないが、気が小さすぎて当てにならないからだ。

 彼らには「捕虜」になれば助かると伝えてある。それは一応事実なのだが、条件付きだ。つまり、最悪の場合には本物の「人質」、まさに文字通りの捕虜として扱われる。


 非道だろうか? だが、これが妥協できるポイントではないかと考えている。

 人間側にリザードマンの人権を守れと訴えたところで、相手にもされないだろう。交渉するどころか、一方的に殺そうとしかしない。であるなら、無理やり交渉のテーブルにつかせてやればいい。


 当然ながら、ノーラは俺がドミネールやオルファスカなど、邪魔になる連中を皆殺しにするという選択をするのを好んでいない。それはガッシュやビルムラールにも言えることだろう。ドサクサに紛れて人殺しをしましょう、なんて言ったら、さすがに彼らもそっぽを向きそうだ。

 だから、あくまで俺の選択も、アルマスニンらの集落を防衛する、というところに落ち着く。大攻勢後に権力を握るのがドミネールでも、オルファスカでも、好きにさせておく。但し、連中がこちらの命を狙わなければ、だ。


「せっかく頑張ってワームを間引いて不確定要素を減らすのに、結局、厄介なことになりそうですね」


 ビルムラールはそう言って俯いた。

 ガッシュやビルムラールが俺の望む通りに動いてくれているのは、あくまで人命尊重の考え方に共感してくれたからだ。だから俺達の間でも、微妙な考え方の違いがある。


「悩むこたぁねぇだろ。もともとこっちの仕事でもねぇ」


 この点、キースはカラッとしていた。

 助ける義理もない連中を、もののついでで救ってやるだけのこと。責任感もない。


「それより、これからどうすんだ」


 彼の言う「これから」とは、キブラの大攻勢を切り抜けた後のことだ。

 俺が仲間を募集した理由は、ひとえに悪意ある連中の攻撃を避けるためだった。個人行動をすれば、どこかの班に参加させられる。その場合、警戒すべきは魔物だけではなかった。闇討ちされるくらいなら撃退など難しくはない。だが、長時間の迷宮探索ともなれば、同じ班の連中と寝食を共にしなければならない。毒を盛られる可能性もあれば、寝込みを襲われることだってあり得る。それも、俺だけでなく、ノーラにまで危険が及ぶ。


「バカどもブッ殺したら、もしかして終わりか? 違ぇよな」


 だが、こうして五人の仲間を確保し、当面の安全に手が届きそうになった今、次のことも考え始めることができる。


「ファルス、お前は何しにここまで来たんだ? まだ聞いてねぇぞ、俺は」

「そういえば、まだ他の人にはちゃんと説明していませんでした」


 俺は改めて頭を下げた。


「僕の目標は、迷宮の最下層です」

「なに」


 ガッシュが目の色を変えた。

 あまりに非現実的な話に聞こえたのだろう。


「これまでは、ギルドやドミネールのせいで、行きたくても行けませんでした。でも、こうしてアナクを通じて、リザードマンの一部とも争わずに済む……ここまで来たら、やっぱり迷宮の主に挑みたいです」

「ブッハハハ!」


 キースが笑い出した。


「いいじゃねぇか。俺様の剣を貸してやるんだ。それくらいじゃねぇとな」

「そこまで手伝ってくれるんですか」

「わざとらしいな、おい。俺に声をかけた時点で、もうそういう腹積もりだったんだろがよ」


 心の奥が疼く。痛む。

 思いがけない幸運が重なって、これだけの人達に出会えたのに。


「けど、面倒っちいな。要するにあれだろ、ここのチンピラどもが邪魔だから、人助けもして、トカゲと仲良くしてって話だろ」

「え、ええ」

「ブッ殺せばいいのによ」


 俺の本当の目的は……


「けどまぁ、なるほどな。そういうのもアリか」

「そういうの、と言いますと?」

「ん? 興味なんざなかったが、ここらで迷宮の一つや二つ、ぶっ潰してやるってのも悪かぁねぇな」


 だが、あえて表情を変えずに、いや、内心を偽るために、あえて俺は話し続けた。


「そういえば、キースさんはどうして今まで、傭兵ばっかりやってたんですか? そんなに強いなら、どこかで冒険者になっておけばよかったのに」

「あん? そりゃーお前、旨味がねぇからだろが」

「そうですか? でも、確か人形の迷宮の攻略ができたら」

「賞金が、確か金貨三十万枚だったか?」


 とんでもない額だ。三十億円、と言い換えるとピンとくるかもしれない。

 前世では、どこかのテロリストに同じだけの賞金がかかっていたっけ。世界の平和にとって、それだけのリスクがある存在とみなされている証拠だ。


「大金じゃないですか」

「アホくせぇ。手間暇考えたら、普通は戦争のがもっと儲かんだよ。お前、イフロースが何やったか忘れやがったか」

「あ……」


 例えば、マイア市のキャデレ城を陥落させた。

 貴族の城一つ、その財産丸ごとだ。当たり前のように持ち去って、今も所有しているのだろうが、風の懐剣と魔術書、これだけでも合わせて金貨一万枚はくだるまい。もちろん彼の場合、配下の傭兵達がいたから、奪ったものすべてが個人の資産になったわけではないが……


 迷宮攻略で与えられる賞金は、所詮はギルドが支払える資金から出されるにすぎない。要するに社会のあぶく銭だ。これに対して、戦争で奪い取るものは、相手の都合なんか一切無視、広大な領土に住まう数多くの住民から吸い上げた富そのものを略奪するのだ。

 しかも、戦争にはエンターテイメントまでついてくる。勝てば強姦し放題。場合によっては貴族の娘すらものにできる。そうでなくても、命知らずの傭兵達には娼婦達がかしずくものだ。ひきかえ、迷宮の中では、ろくに酒すら飲めない。

 それにそもそも迷宮攻略なんて、そうそうできることでもない。現実には、たった金貨十枚のためにワームを狩りに行って、そこでリザードマンの餌になることだって十分あり得る。戦争なら、ごく一部の天才でなくても、それなりにチャンスがあるものだ。


 どう考えても、迷宮で魔物を殺すより、戦争で人を殺すほうが、圧倒的においしいのだ。


「ここにいる六人で三十万、んじゃ一人頭平等に割っても五万ずつじゃねぇか。すっくねぇ」

「す、すくない……?」


 ガッシュが絶句している。


「ああ、足りんな」


 対照的に、アナクが顔色一つ変えずにそう言った。

 既に使い道が決まっているだけに、彼女は金銭に対して冷淡だった。


「だろ? わかってんなぁ、お前」

「ふん」


 ビルムラールが頷いた。


「夢があるじゃないですか。そういうことなら、大攻勢を乗り切った後も、お供しますよ。それにお金だけじゃなくて……新たな発見がありそうです。楽しみですよ!」

「ま、歴史にゃあ名前が残るかもな? んなもん、どうでもいいけどよ」


 木箱の上にふんぞり返りながら、キースは心底どうでもよさそうに、そう言った。


「ど、どうでも……?」


 逆に常識人のガッシュは、目を白黒させている。


「肩の力抜けよ」


 キースは鼻で笑いながら、そんなガッシュに言った。


「楽しまなきゃ、損だぜ」

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