召集命令、発動

「今日はお時間は大丈夫なんですか?」

「ああ、一日休みだってよ、一応な」


 果汁に満たされたコップが、トンと置かれる。

 目が合うと、カマキリ顔の老店主が俺の肩を軽く叩いた。そのまま奥の調理室へと引っ込んでいく。


「おいしい」


 ノーラがポツリと呟いた。

 快楽に目もくれない彼女にとっても、これは本音だろう。ノーラはピュリスにいた頃にも、その気になればいくらでも贅沢できたのに、質素な暮らしを続けていた。だが、それにしても、ここドゥミェコンの食事情は劣悪そのものだった。

 まず、水に乏しい。だから、どんな料理にも油がたっぷり使われる。野菜や果物は、遠くから運搬されてきたものばかりなので、鮮度が落ちやすい。そこに迷宮利権が絡んでくるので、朝食には必ず味の落ちた残り物が出てくる。食べているうちに、だんだんと胃が受け付けなくなってくる。

 届いてすぐの果物を絞ったジュース。おいしくないはずがない。


 そして、そんなノーラの表情にガッシュは敏感に反応した。


「おいおい、ファルス、ノーラちゃんに不自由させんなよ」

「は、はぁ」

「帰る金がないんなら、俺が貸してやるから、遠慮するな」

「いえ、それは」

「済みません、ガッシュさん、そんなつもりは」


 こうしてみると、ノーラもたまには年相応の少女らしくなるものだと再認識する。知り合いと食卓を囲んで、気が緩んだのだろう。普段は隙をみせることなく、常に気を張っているというのに。


「お金には、今は困ってません。砂漠でワームを狩りましたし」

「なにっ? あれをやったのか。平気だったか」

「ベトベトした体液で服が汚れたくらいですね」

「そうか……なんだか、本当に強くなっちまったんだなぁ」


 そう言いながら、彼はコップの中のジュースに口をつけた。


「けど、あんまり欲張るんじゃないぞ。ワームならまだいいが、たまにクロウラーが出るからな」

「僕はまだ見たことないけど、かなり前に……」

「おー! よく覚えてたな! そうなんだよ、あの受けそこなった依頼」


 俺がファルスを名乗るようになって最初の仕事、それがセニリタート王即位二十周年記念式典への参加だった。そのイベントのため、ウィーも里帰りと称して、王都のクレーヴェの下に駆けつけた。だがそのせいで、ガッシュ達はムスタム近郊の魔物退治の依頼を受けられなかった。

 その時、砂漠の街道を荒らしていたのが、デザートクロウラーだった。


「あの、イモムシだかゴカイだか、区別がつかないんだが、とにかくあのデカブツは、ヤバいな」

「見たんですか」

「こっち来てから、一回だけな」


 たった今置かれたサラダの皿にフォークを突き立てながら、ガッシュは続けた。


「たまにしか顔を出さないんだが、出てきたら大騒ぎだ。ワームより一回りも二回りもでかい。体の表面が灰色で、テカテカしてやがった。ちょうど夕方の示威行動の途中に、いきなり足下が揺れてな。上官が走れって怒鳴ったもんだから、慌てて走ったわけよ。そしたら」


 拳を下から突き上げ、掌を開いてみせた。


「ワームはこんな真似はしない。大勢の足音が聞こえたら、ビビッて出てこない。でも、クロウラーは違う。ありゃあ、ある意味、竜より性質が悪いな」

「その後は、どうしたんですか」

「どうもこうもなかった。ほとんど近寄れないし、押し潰されてもおかしくなかったから、弓矢持ってる連中が遠巻きにして」

「片付けた、と」

「いや」


 肩をすくめ、ガッシュは吐き捨てた。


「逃げられちまった。ありゃあ、よっぽどの強弓で射貫くか何かでないと、表面の皮膚だか甲羅だかを突き抜けないな。それに、刺さっても大した傷にはならない。矢に毒でも仕込んでおきゃあ別だが」

「前に依頼を受けてたら、どうなってたでしょうね」

「ヤバかったかもな。普通のアメジストの冒険者がやるには、ちょいと荷が勝ちすぎるな、あれは」


 なんとも物騒な土地柄だ。ただ、こんな事件は滅多にあるのでもない。

 街の中は襲われないんだろうかと思ったが、普段、クロウラーは地下の深い階層にいる。少し上がれば鈍重なワームがいるのだし、そっちを襲えば満足できるのかもしれない。


「大変なんですね、傭兵っていうのも」

「いやぁ、恵まれてはいるよ。おかげでサハリア語も覚えたし、毎日しごかれて、ははっ、少しは腕も上がったかもな」

「充実はしていると」

「ただなぁ……」

「あいよ、お待ち」


 会話に割り込みながら、カマキリ顔の店主が、熱々のステーキをドンと置いた。


「おーっ」

「クロウラーの丸焼きだ」

「おい、オヤジ」

「馬と人間をたっぷり食ったやつのだから、うまいぞ」


 もちろん、ただの軽口だ。少々毒があるが。

 見ればわかる。立派なマトンステーキだ。そこにスパイスがたっぷり乗ったソースがかかっている。サハリアはなんだかんだいって南方大陸に近いので、この手の調味料にも事欠かない。


「うまそ」

「ただ、なんですか?」

「あん? あ、ああ、ああ、そうだった、それなんだよなぁ」


 熱々のステーキに飛びつきかけたガッシュだったが、すぐに悩みを思い出し、背凭れに身を投げ出して溜息をつく。


「最近、すげー面倒な仕事があって」

「それはどんな?」

「人集めしろってうるさいんだ、上が」


 人? 傭兵に傭兵を集めさせる?


「戦える人をもっと集めるってことですか?」

「そう」


 肉を切り分けながら、彼は説明した。


「なんでも近々大きな仕事があるからって」

「仕事? この街で?」


 この街での傭兵の仕事なんて、基本的にはただの賑やかしだ。実戦能力がないでは務まらないが、普段の生活ではまず戦わない。リザードマン相手にワイワイ騒いで終わり。

 それが大きな仕事? 戦争でもするのか、それとも近くの水源地をリザードマンから奪うつもりなのか。人を集めたら集めた分だけ、無駄飯を食うのに。


「んでまぁ、俺も人誘うのに駆り出されてさ」

「そうなんですか」

「あ、全員じゃないぞ。選ばれちまったのが、そういう面倒な仕事をする羽目になってるんだが……俺が説得する相手も、もう決まってるんだ」

「なんだ、じゃあ、気楽じゃないですか」


 てっきり集める人数のノルマでもあって、片っ端から声をかけなきゃいけない、いわゆる飛び込み営業みたいなことをさせられているのかと思ったが、そうでもないらしい。


「いやいや、それがもう、ハズレもハズレ、大ハズレの超偏屈者でな」

「はぁ」

「まるっきり話し合いにならないんだ。気は短いし、他の誰も説得できなくて、俺にお鉢が……腕はいい奴らしいんだが……よし、食おう」


 ちょうど収入があった直後でもある。ずっと気を張っていたのでは、心身ともに休まらない。だからガッシュが顔を出してくれたのもあって、今日は休みと決めた。

 ただ、これはこれでちょうどよかった。ドミネールやオルファスカの件についても、情報伝達できる。


「ガッシュさん」

「あむっ?」

「気を付けてくださいね。ドゥミェコンに厄介な連中が流れ込んできて、あれこれ画策しているようです」


 コーザに目を付けた奴らだ。ガッシュに対しても、何かしないとも限らない。

 これからは、俺達に接点をもった人には注意を払う必要がありそうだ。


 昼下がりに俺達とガッシュは別れた。非番の日なのに、彼はこれから、また例の偏屈者を説得に行くのだそうだ。足繁く通って信用してもらおうという作戦らしいが、地道に頑張るあたり、まったく彼らしい。


「ノーラ、今日は特にやることもないから、ちょっと試したいことがあるんだけど」

「なぁに?」

「使い方のわからない魔法があったね。あれをちょっと実験してみたいんだ。迷宮の中で思いついたんだけど、まだ試せてなくて」

「いいけど、大丈夫?」

「多分、危険はないよ」


 俺は、なるべく安物の小さなナイフを買った。それと、ガラクタとしか言えない中古の工具も。錆びかけたツルハシの金具の部分とか、古い金槌の頭のところとか。そうして俺達は、人目につかないよう、ドゥミェコンの高層を目指した。


「外はどう?」

「少し煙ってる」


 城壁のきれっぱしのすぐ上に、古びた木の柱で組まれた足場がある。そこから手が届くところに布が被せられてある。それをちょっとめくってみると、そこはもう、外だった。

 今日は風が強い。街の周囲の砂漠から、目の細かい砂が巻き上げられているのが見える。

 砂粒を浴びたくはない。ノーラはすぐに布を下ろした。


「それで、何を試すの?」

「ずっと意味が分からなかった『壊死』の魔法だよ」


 壊死というのは、厳密にいうと、生体組織の部分的な死を意味する。例えば、刃物で指の根元を傷つける。すると、血流が寸断されたり神経が機能しなくなったりして、だんだんと傷の向こう側が組織を維持できなくなって、死んでいく。すぐにダメになってしまうわけではない。その体の部分が死ぬまでには、普通、時間がかかる。

 しかし、腐蝕魔術における『壊死』に、文字通りの意味があるとは限らない。


 この魔術書を著したサース帝……吸血鬼トゥラカムは、術の効果についての説明を一切省いている。なんだか、わざと読者に理解させまいとしているようだ。例えば『反応阻害』についても、これだけでは何の意味だかわからない。今もわかっていないのだが、とにかく魔術の発動を阻害しているらしいことはわかる。では、普通に『魔法妨害』とか、わかりやすい名前を付ければいいのに、そうはしていない。

 魔術体系の名前も『腐蝕魔術』だが、使徒はその名前では呼ばず、単に「黒竜の魔法」としか言わなかった。だいたい、魔法を邪魔する魔法と、物を一瞬で劣化させ、グチャグチャにする腐蝕と、何の関係があるのだろう? これが火魔術ならわかりやすい。燃やすか、火を消すか、加熱するか、熱に耐えられるようにするか……全部、加熱と燃焼に関係したことばかりだ。そういう統一感が、この魔術にはない。


 だから、考えても『壊死』の意味はわからない。実際、木彫りの人形にこの魔法をかけても、何も起こらなかった。

 しかし、こうは考えられないか。


『物をドロドロにする『腐蝕』も、魔法を妨害する『反応阻害』も、同じ原理で機能している』


 それがどんな力かはわからないが、とにかく同一のエネルギーが作用して、ああいった結果になる。

 そこからもう一歩踏み込んでみる。


『魔宮で見つかった魔術書も、同じく魔宮で見つけたこの剣も、同じ魔力をもつ』


 ムーアンに生息する黒竜は、アブ・クラン語の話者だ。つまり、モーン・ナーの種族である。その彼らが、やはりモーン・ナーの支配領域であろう魔宮で発見された魔術書と、同じ力を有している。ならば、魔宮に安置されていたこの剣も、同様の能力を発揮していると考えるのは、あながち見当外れでもあるまい。


 もともと少し変な剣だとは思っていた。とにかく切れ味がいい。良すぎる。一角獣の首を断ち切ったのはまだいいとしても、ピュリスではツルハシの金属部分まで真っ二つにした。ごく最近でも、ミスリルの配管を刺し貫いている。

 これは「切れ味」なのか?


「要するに、極小の『腐蝕』が、刃物の表面だけで発生しているんじゃないかって思ったんだ」


 剣の刃、つまり断面積の小さい部分が押し当てられ、圧力で周辺組織を物理的に押し潰す。これが通常の「斬る」という行動だ。

 しかし、何の抵抗もなく金属を断ち割った時には、別のことが起きていたとするなら。刃の切っ先に触れた部分が、瞬間的に……生体組織の壊死に相当するような、部分的崩壊を起こしていたとすればどうだろう。だとすると、あれは「斬った」のではなく、刃を押し当てた場所が「溶けた」のだという理屈になる。


「一定以上の刺激、例えば剣は金属だから、叩きつければ歪むわけだけれども、その衝撃を感知して、衝突した対象をその部分だけ腐蝕させる。この考え通りだとすると」


 俺は小さなナイフを手に取った。刃先はボロボロで、よっぽどしっかり研ぎ直すのでもなければ、使い物にはなりそうにない。


「このボロいナイフでも、金槌を両断できるんじゃないかって思ったんだ」

「それを試したかったのね」


 俺は放置された木の板のきれっぱしの上に、金槌の頭の部分を置いた。そしてナイフに魔術をかけてもらう。


「もういい?」

「いいけど、やめてって言ったら」

「わかってる。汚染されたくはないからね」


 ボロボロのナイフで、金属の塊を切る。本来なら、できるはずもないのだが……


「おっ」


 バターの塊に突っ込んだみたいに、スッと刃が通った。


「ノーラ、どう? 汚染は」

「一瞬見えたけど、すぐに浄化されたみたい。多分、一連の魔術を自動的に機能させてるのね。『腐蝕』と『反応促進』、『反応抑制』も」


 これまで、腐蝕魔術の使い勝手は、この上なく悪かった。威力を出すのは簡単でも、術者本人まで汚染されかねなかったからだ。腐蝕によって発生する汚染が大きすぎ、それを同じく魔術で抑制しようにも、とても間に合わなかった。

 その問題を『壊死』は解決してくれる。刃物の触れる、ごく狭い範囲だけを崩壊させ、即座に浄化する。一度に発生する腐蝕の量が小さいので、後始末も間に合ってくれる。いちいち他の魔法を行使しなくても、全自動でまとめてやってくれるのだ。


「すごい。なんだか粘土遊びをしてるみたいだ」


 これ、ものすごく強力な魔法なんじゃないか?

 仮にもし、数百人の軍隊に剣を持たせ、全員にこの魔法をかける。すると、盾も鎧も全部溶ける。軽く一打ちするだけで真っ二つだ。


 俺は調子に乗って、金槌の頭の部分をズタズタに切り裂いた。


「じゃあ、これも行けるかな」


 今度はツルハシの頭の部分を持ち出した。そこに刃物を押し当てて、グッと力を入れた瞬間、氷が割れるような音が小さく響いた。


「えっ!?」

「ファルス、やっぱり駄目よ、これ」

「何が起きた?」


 俺は折れたナイフを取り上げて、その破損した部分をじっくりと見た。


「よくはわからないけど、汚染と浄化は、この魔道具で見る限り、そのナイフにも及んでいたの。赤く点滅するのが見えた。だから、多分」

「すごい威力が出るけど、すぐに武器が壊れる、か」

「そうなるわね」


 前言撤回。

 やっぱり腐蝕魔術は使いにくい。


「いや、待てよ」


 俺は、魔宮で拾った剣を引き抜いた。


「一度だけ、これで試してみたい」

「大丈夫?」

「いけるような気がする。もしこれで駄目になるような武器だったら、そもそも取り換えるべきなんだし」


 あれほど大事にしていた剣なのに、俺はなぜか、まったく不安をおぼえていなかった。


「じゃ、やるわよ……はい、かけた」

「よし、じゃあ」


 ひたと刃先をツルハシにあてた。その瞬間……


「うわっ!?」


 ズバン! と衝撃が走った。正確には、何か衝撃波のようなものが巻き起こったのではなく、俺達の足場が揺れただけだった。

 刃が触れた個所。恐らくツルハシの金属部分に、ごく小さな傷をつけただけなのだが、その傷が急激に拡大した。それはすぐ近くの木の板、その下の足場にまで届き、それらを腐蝕させ、結果として両断してしまったのだ。それで足場まで揺れた。支柱の一つが傷ついたからだ。


「なんだこれ」

「あ、危なくない?」

「それより、この剣はどう? 駄目になってない?」

「よく見えなかったけど」

「じゃあもう一度」

「気を付けて」


 軽く触れただけの刃先なのに、やはりツルハシはスパッと切れた。


「……ないみたい」

「やっぱり?」

「赤い汚染は、その剣には届いてない。『壊死』をかけたせいで壊れるようには見えなかった」


 それはよかった。

 つまり、この剣専用の魔法ということになる。他の人はともかく、俺にとっては何の不都合もない。


「必要に応じて、次からは使っていこう」

「う、うん」


 だが、ノーラは浮かない顔だった。


「どうした?」

「ちょっと怖いなって思っただけ」

「魔物のほうがよっぽど怖いよ」


 剣を鞘に戻すと、俺は下を目指して歩き始めた。


 階段をいくつも下り、やっと地面に足を付けた。そこはギルド近くの広場に繋がる路地だった。

 あとは帰って、買い置きしておいたもので軽く夕食を済ませたら、寝るだけだ。まだ夕方にも差し掛かっていないが、のんびりする日があってもいい。そう思って広場に出た。


 そこで人の流れに気付いた。

 大勢の男達が慌ただしく行き交っている。いつもと目の色が違う。何かが起きた。まさか、また火災なんてことは……


「ノーラ」

「ちょっと待って、みんなすぐ遠くに行っちゃうから」

「いや、いい。ギルドで問い合わせよう。何か関係のあることなら、教えてくれるだろう」


 誰も桶を持っていないので、今度は火災ではない。

 それに気付いて一安心したのもある。俺にはまだ、余裕があった。


「でーすーかーらー」


 扉を開けて、一歩踏み込むと、また言い争う声が聞こえた。


「公的な命令なんです!」

「しかし、私は言ってみればただの学生のようなもので、荒事などは」

「冒険者証を所持しているんでしょ? 身分証明になるからって、取る人はたくさんいるけど、当然、義務だって発生するんだから」

「でも、私はもう、ここを離れないと、お金が」

「あなたの都合なんて、知ったこっちゃありません」


 言い争っているのは、またもや受付嬢と、あのシュライ人の医師兼魔術師、ビルムラールだった。


「どうかなさったんですか?」


 知った顔というのもあり、俺は割って入った。


「ああ、ファルスさん、その節は」

「またお困りなんですか?」

「申し訳ない、これ以上、ご迷惑をかけてはと……お礼の一つもできないままながら、私は……今日、宿の方にはお伺いしたんですが」


 おおっと。

 早くも彼は石化魔術の探求を諦めて、なんとかこの街を出ようとしていたらしい。しかも運悪く俺は留守だった、と。この前の金貨が無駄遣いになっていたかもしれなかった。


「それはいいんですが、また何か問題が」

「問題なんてないわよ」


 圧迫感のある声で、受付嬢が言った。


「ちょうどよかった。二人とも、ドゥミェコン滞在中の冒険者に該当しますよね」

「え? ええ」

「召集命令が出されたから。冒険者ギルドの加入者として、速やかに義務に従ってください」

「はい?」


 冒険者ギルドは、もとはと言えば、各地の私兵集団を束ねたものだ。それがギシアン・チーレムの世界統一に伴い、単一の組織として再編成された。その目的は、女神神殿と同じく、魔王との戦いにある。普段はみんな、思い思いに依頼を受けて好きに暮らせばいいが、いざ、世界の敵とするべき存在が現れたなら、冒険者は一致団結して立ち向かわなくてはいけない。

 というのは建前で、実際には、滅多にそんな召集命令がかかったりはしない。魔王なんて、一千年前に滅ぼされてから、二度と出現していないのだから。全世界的に召集命令がかかった例としては、偽帝アルティの動乱が挙げられるが、それ以降は支部単位での召集しか行われていない。

 一応、地域全体が大きな脅威に見舞われた場合には支部長権限で発動可能な命令ではあるのだが、あくまで対処すべきは「人類共通の危機」なので、国同士の戦争などには適用されない。


「いや、まさか。魔王が復活したのでもないんでしょう?」

「魔王の残した魔物がいるでしょ」

「では、迷宮が……魔物が暴走したんですか!」

「違うけど」


 首を傾げる俺に、彼女は淡々と告げた。


「あくまで暴走が予想される、という段階だけど、命令出たからもう勝手に出ちゃダメなの。この街から」

「暴走が……予想?」

「ギルドの構築する最前線が、今、地下一階。ここから何年も侵攻できてない。既に熟練の冒険者による防衛線が構築されていますがぁ……」


 防衛線?

 ああ、あれのことか。ドミネールとその仲間が、日夜酒を飲んだり、博打をしたり、娼婦を抱いたりしているあの場所か。


「……状況芳しくなく、ええと、なんだったっけ」


 記憶に頼って説明するのが面倒臭くなったのか、彼女は頭をガリガリひっかきながらカウンターの下から書類を引っ張り出して、棒読みした。


「平和評議会代表代理にして女神挺身隊サハリア方面団団長、キブラ・アシュガイにより、ドゥミェコンの迷宮が魔王の拠点、世界の敵であるとの宣言が改めてなされました。近年の戦線膠着には危機感をおぼえさせるものがあり、莫大な戦費を費やしながら戦果は防衛線の確保のみに留まっております。この現状を打破すべく、平和評議会の権限をもって世界の敵に対する防衛作戦が発令されました。女神挺身隊、並びに冒険者ギルド・ドゥミェコン支部は、これを受諾しました。これより当支部と支部管轄の拠点ドゥミェコン全域は、臨戦体制に入ります。傘下の冒険者は以後、女神挺身隊の指揮下に置かれます。各々、準備を整えて待機してください。追って作戦の詳細を伝えます」


 堅苦しい文章を読み終えると、受付嬢は紙を放り出し、肩をすくめて奥へと引っ込んだ。


「なんで、今更……?」


 開いた口が塞がらなかった。

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