ファルス君、登楼する

「何からやるか、だな。次にやるのは、窟竜か、それとも腐蝕魔術の検証か、或いは」

「どう転ぶか次第ね。本当のことを知られたとなったら」

「僕もそこは気になっている」


 作戦会議をしながら、俺とノーラは宿への道を歩いている。

 金貨百枚の収入を得た。しばらく目先の金の心配はなくなった。しかし、これで他の悩みも出てきそうだ。


「ドミネールも、多分そろそろ、今回の稼ぎについて知るはずだ」

「今度はワームを狩るな、とか言うのかしら?」

「この辺、よくわからないままなんだ。どうして奴が、迷宮に潜るなというのか」


 この状況で、いきなり竜の死骸を持ち込んだら、どんな騒ぎになるだろう? アナクもその辺を気にしないはずはないから、協力を引き出すのが難しくなるかもしれない。

 逆に、そこでケチがつかないなら、もう表の入口から迷宮に入る必要はまったくなくなる。ずっとアナクに頭を下げ、お金を払って探索を続ければいい。どういうカラクリであるにせよ、彼女の存在がリザードマン除けになるのなら、なお都合がいい。だが、そんなにうまくいくだろうか?


「そうだ、さっき面白い人に会ったんだけど……」


 宿の前の階段を登る途中で、俺は人の気配に気付いた。


「あっ、おかえり!」


 なんと、この真昼間にコーザがいた。

 宿の前に座って、寛いでいたのだ。


「ただいま……って、どうしたんですか?」


 前回は仲間の自殺で意気消沈していた。その前はというと、挺身隊をクビになるとかで真っ青な顔をしていた。それが今回は、満面の笑みだ。


「どうしたって?」

「い、いえ、迷宮の中に入って、座ってなくていいのかな、と」

「ああ」


 少し恥ずかしそうに、頬をポリポリ掻きながら、彼は言葉を探した。


「たまには休もうと思って」

「ま、まぁ、確かにあんな場所にずっといたら、気も滅入るでしょうけど」


 とはいえ、やっぱり何かおかしい。あれから三日しか経っていないのに。

 俺が目配せすると、ノーラは黙って頷いた。


「ちょっと先に荷物を中に入れちゃうわね」

「うん、頼むよ」


 そう言って彼女はこの場を離れる……フリをして、物陰に立った。そっと気付かれないように詠唱する。


「何かいいことあったんですか? 頬が緩んでますよ」

「えっ? えっ? そ、そうかなぁ」


 そう言いながら、彼はニチャァと気持ち悪い笑みを浮かべた。

 これは……


 察するものはあったが、俺はあえてなんでもない、という態度を選んだ。


「ははぁ、わかりましたよ」

「えっ?」

「禁欲をやめましたか!」

「ふぇぇっ!?」


 案の定、か。見抜かれて、彼は顔を真っ赤にしながらバタバタと手を羽ばたかせた。


「いえいえ、いいんですよ、わかりますから、わかります。我慢は体に毒ですからね」

「そ、そ、そうだよ、そうだよ。わ、わかるよね、男なら」

「わかります。痛いほどわかりますよ」


 おめでとうコーザ、童貞卒業をここに認定します。


「や、やっぱりさぁ、ほら、そういうのがないと、男としての自信? っていうかさ」

「ええ」

「正直、やけっぱちな気分だったけど、すっごくスカッとしたよ」

「たまの息抜きは重要ですよね」


 相槌を打っているだけでは時間稼ぎにならない。ノーラが心の中を読み取る時間を作るため、会話を引き延ばさなくては。

 けど、これは大したことじゃなかったか? 女を買ったらすごくよかった、ってだけの。行動から表情まで、違和感があったから、もしかしたらとんでもないことでも……と考えたが、思い過ごしかもしれない。


「で? どこのお店のどんな娘だったんです?」

「聞く? それ、聞いちゃう?」

「興味くらいありますよ。何人でした? フォレス人? それともサハリア人です?」


 もはやスケベ顔をごまかそうともせず、コーザは鼻息も荒く、自慢げに語りだした。


「フォレス人だよ。『森の泉亭』のラーニャちゃんっていうんだけど……あ、僕よりは年上かな。ちょい地味系で。でも、そこがまたよくって」

「うんうん」

「はじめ、いきなりこっちがイッちゃってさ、どうしようかって泣きそうだったんだけど、もう一回丁寧にやり直してくれて、終わってからも優しかったんだ。愚痴でもなんでも聞いてくれて……あー、よかったなぁー……」


 生々しいなぁー……

 自分の顔が引きつっているのがわかる。でも、我慢だ。


「でも、まぁ、水を差すつもりはないですが、そういう気晴らしは月に一度とか、自分の中で決めないと大変ですよ。大事なお金がかかってるわけですし」

「んん、迷うなぁ、次は別の子がいいかなともチラッと思うし、だけどもう一回行ってあげたら、喜んでもらえるかな」


 ああ、かわいそうに。

 覚えたてのサルになってしまったか。わからなくもないが。


「コーザさん、コーザさん」


 軽く肩を揺さぶってやる。


「少し、落ち着きましょう。生き甲斐ができたのはいいですが、底なし沼ですからね、それ」

「うん、底なしだった。吸い付かれてどんどん落ちていくみたいだったよ」


 あ、ダメだ、こりゃ。


「で、でもね! そうしたら運がまわってきたんだよ!」


 呆れかけて興味をなくした俺に、今度はコーザがガバッと組みついた。


「運?」

「そう、運! ね、ねぇ、もしかしたら……もしかしたら、これ、秘密ね?」

「えっ、ええ」


 彼は俺に耳打ちした。


「挺身隊の遠征、終わるかも」

「えっ!」

「本当なんだ。ほら、仲間には悪いけど、この前、自殺者が出たよね」

「ええ」

「あれが帝都で問題になったら、さすがにこのままでは終わらないよ」


 それは……そうなのか?

 確かに、大勢の若者を無為に死なせる場所になってしまっているのだし、社会問題として取り上げられる可能性はなくもないが。

 ただ、それにしては不可解だ。そんなの、最初からわかっていたはずじゃないか。こんなド素人の青年を山ほど送り込んだって、魔物とまともに戦えるはずがないというのに。


「じゃあ、あの手紙、出したんですか」

「うん」

「握り潰されたら終わりでしょうに」

「そうならない方法があったんだなぁ……さる方に預かってもらって」

「誰です?」

「それは言えないよ。万一があるからさ」


 おかしい。やっぱり歯車が合ってない気がする。

 コーザは告発をするつもりが、実は大事な情報を握り潰されてしまったのではないか?


「ま、そういうことで、今は楽にしてるんだ。なんだか久々にスッキリした気分だよ」

「そ、そうですか」

「この街にいられるのも、そう長くはないかもね。今のうちに観光しとかないとなぁ……じゃ、散歩してくるよ」


 言いたいことを言ってしまうと、コーザはそのまま階段を下りて行ってしまった。

 と入れ違いに、戸口からノーラが飛び出してきた。


「大変!」

「どうだった」

「悪いとは思ったけど……ううん、そんなこと言ってる場合じゃない。コーザさんのお相手の人、あれ、私の記憶違いじゃなかったら……あのラシュカよ?」


 一瞬で血の気が引いていく。


「ラシュカ? あのオルファスカの仲間のラシュカ・フレネミー?」

「そう」


 これは偶然? そんなはずがない。誘導されたんじゃないのか。

 というのも、先日俺は、オルファスカと出くわしている。つまり彼女とその仲間は、俺がドゥミェコンに来ていることを知っている。あの時点で何を考えただろう?

 例のムスタムでの全裸事件も、俺の手回しかと思い直したかもしれない。そうでなくても、どちらにせよ、敵対的な態度を選ぶだろうし。

 俺がこの宿にいるというのも、多分、そう時間をかけずに突き止めることができた。そこで関わりあっているコーザの存在も、すぐ浮かび上がってくる。

 思えば、ドミネールが俺の素性を知ったのも、もとはと言えば奴らのせいじゃないのか? ファルスなんて名前はありふれている。まぁ、騎士の腕輪を身に帯びた少年となると、他にはいないだろうから、ここは確定ではないが。


「じゃあ、コーザは何もかもを」

「確かめたほうがいいわ。あの人達が何も企んでないはずがない」


 今度はノーラが、俺の肩をガシッと掴み、揺さぶった。


「一名様、ごあんなーい」


 どうしてこうなった。


「お客様、お先に金貨四枚のお支払いとなります」

「あ、はぁ」

「毎度! 楽しんでってくださいよ!」


 背の低いガッシリした男が、ニタニタしながら俺の肩を乱暴に叩いた。


 昼下がりという時間帯もあって、南の歓楽街には、あまり客がいなかった。主要な客である挺身隊一年生の皆様なら、日中は迷宮で座り込みをしている。また、そうでなくても昼間から女遊びなんて、さすがに気が引けるのだろう。第一、最初の歓迎シーズンならともかく、今は先行きの厳しさを誰もが認識している。一方、この街の顔役であるドミネール達の場合は、いちいち店に行く必要がない。女達の方が迷宮内の詰所に通うわけだ。すると連中は、夜間の「安全確認業務」の時間を使ってイチャつくことができる。

 なお、歓楽街とはいっても、華やかな装飾とか、そんなものはほとんどない。一応、女がいますよ、とアピールするために、ピンク色の布を表玄関のあたりに飾っていたりもするが、そもそも建物自体がボロボロで、ひび割れた壁面とか、ささくれた木の支柱なんかが外部に露出していたりするので、場末感が半端ない。

 他の客のいない狭苦しい待合室に、粗末なソファが一つ。そこにポツンと座ると、落ち着かなさが尋常ではない。時折、廊下の方から声が漏れて聞こえてくる。あのガキ、あの歳で女を買うのかよ、よっぽど好きモノなんだな、とか……建物がボロいせいで、丸聞こえだ。正直、いたたまれない。俺は肩をすぼめて足を閉じ、下を向いて座り込んでいた。


 十一歳にして、風俗店デビュー。

 経営者だったじゃないか、と言われそうだが、買う側になったことはない。なんだかやたらと恥ずかしい。


 普通なら、そんな理性などかなぐり捨てて遊ぶのが正しい場所だ。しかし、もちろん今回はそんな目的ではない。

 ここから少し離れた場所には、ノーラが待機している。彼女はそこから、ラシュカの精神を読み取ろうとしている。ところが、魔術は距離が遠いほどに効きにくくなる。従って、万事うまくやりおおせるためには、サポートが必要とされる。

 具体的には、俺がラシュカに話しかけ、コーザの件を彼女の意識に蘇らせる。表層意識にのぼってきた記憶なら、大きな労力をかけずとも読み取れる。あとは俺が聞きだした内容と照合すれば、真実がわかるという算段だ。


 だから、俺は「友達に評判を聞いた」ということにして、ラーニャちゃんを指名して登楼することになったのだ。そして幸い、彼女は今もこの店で働いていた。


「ご準備が整いましたので、お部屋の方にご案内致します」


 さっきの男がスラスラと口上を述べるので、俺は立ち上がった。自分で自分がどんな顔をしているか、わからない。

 いやいや、そろそろ気を引き締めろ。何があってもおかしくない。


 狭い廊下を潜り抜けた先で、男は狭そうにしながら身を屈めた。


「ごゆっくりお楽しみください」


 正面方向は行き止まりだが、左に折れた通路の先に、小部屋があった。およそ華やかさの欠片もない、崩れかけた民家の一室といっていい場所だった。

 そこに粗末な白いワンピースを身に着けた女が一人。


 背を向けて去っていく男の気配を感じながら、自然と俺の気持ちは引き締まっていった。間違いない。ラシュカだ。

 彼女の方も、俺の顔を見て、一瞬、ハッと顔色を変えかけたが、喚き散らすようなことはしなかった。これは幸運だった。もし黒服達に助けを求めていたら、俺は心ならずも彼らを叩きのめさなくてはいけなくなっていた。


「お部屋の方にお連れしますね」


 形だけの笑顔を作って、小首を傾げてみせる。慣れたものだ。

 柔らかい指先で俺の手を取り、彼女は古びた階段に足をかけた。


「意外だね」


 三階の窓際の部屋が、プレイルームだった。実に狭い。ワンルームマンションといっていい。但し、トイレやシャワールームはない。半ば砕けた日干し煉瓦のベランダ。窓枠も一部割れていて、今では木戸を立てることもできない。薄い布のカーテンもどきがあるだけだ。いびつな三角形の間取りの奥にベッドが詰め込まれている。天井には奇妙な凹みがあり、そこから木屑みたいなものが飛び出していた。


「わざわざこんなところで女の子を買うなんて」

「別にそういうことはしなくていい」

「じゃあ、何しにきたの?」


 そう言いながら、彼女は俺の手を引き、ベッドの上に座らせた。


「恥ずかしがらなくたっていいのに」


 恥ずかしいに決まってるだろ。ノーラに見られてるようなものなんだから。

 そんなこととはつゆ知らず、彼女はそっと体を寄せてくる。


「そうだな。恥ずかしがらずに教えてくれ」


 俺の膝の上に添えられた手を取り、ぐっと力を込める。


「いっ……!」

「手荒なことはしたくない。コーザ・ノンシーから何を聞いた?」

「何のこと?」

「質問を変えようか。オルファスカ達の仲間で居続ける理由はなんだ?」


 キョトンとした顔をしたが、ややあって、彼女はまた、気持ちの悪い笑みを浮かべ始めた。


「理由なんてないわよ」

「お前はここでコーザと寝た」

「仕事だもの。誰とでも寝るに決まってるじゃない」


 俺は彼女の手を拘束するのをやめ、懐から金貨を数枚、掴みだした。


「今は持ち合わせがないが、お前の態度次第では」

「そう。じゃ、こっそりとっとかないとね」

「こっそり?」


 その時、俺はやっとラシュカの目つきがおかしいのに気付いた。

 そこに漂っていたのは、強い諦めの感情だった。


「私がやりたくてこんな仕事、してると思う? 泣き虫の童貞君に抱かれたがると思う?」

「そんなはずはないな」

「後悔してるけど、もう逃げられないのよ」

「なぜ」


 すると彼女は、ベッドに手をついて仰け反った。


「売り飛ばされちゃった」

「オルファスカに?」

「うん」


 ラシュカは既に、オルファスカ達の「仲間」ではなくなっていた。今では、事実上の「奴隷」だ。


 あのムスタムでの全裸事件の後、疑いは彼女に向けられた。逃げるようにしてムスタムを離れたオルファスカは、他に行く場所もなく、落ちのびるようにして砂漠の道を通って南に向かった。その時には何も言われなかったが、街を離れた翌日の夜、仲間達はいきなり牙を剥いた。

 オルファスカが怒り狂っているのは当然だったが、ベルもラシュカを庇わなかった。バイローダを脅迫するための材料がなくなった以上、彼もまた、儲けそこなったのだ。三対一ではかなうはずもなく、ラシュカは簡単に取り押さえられ、人気のない砂漠の真ん中で、暗い夜空を見上げながら何度もザイフスに強姦された。

 度重なる虐待を加えながらも、オルファスカの怒りと無念は収まることなく、彼女は今度こそ名声と利益を手にせんものと、これといった計画もないまま、ドゥミェコンに向かった。


 まず、彼らが考えたのは、前回の計画の粗悪な焼き直しだった。誰か有力者と性的関係を取り結び、それによって相手を脅迫する。或いは便宜を図ってもらう。しかし、この街ではそれが難しかった。

 表向き、最高権力者は帝都からやってきたキブラだった。出身地の特権階級相手では、しかもそれが女では、自慢の色気など何の役にも立たない。黒の鉄鎖の幹部もいたが、こちらは取り付く島もなさそうだった。というのも、サハリア東部では特に女性の地位が低く、発言力もないのが普通だからだ。ウェルモルドの妻だった女性のような例外もいるが、あれも夫がサハリア人のコミュニティーの外側にいたからこそ、成り立った関係であるといえる。だから、夫が見ず知らずの女性と同衾していようと、妻が告発するなど現実的ではない。

 よって、彼らの選択肢には、ドミネールしか残らなかった。だが、彼もまた、交渉相手としては不向きだった。妻などいないし、いても気にするような男ではない。いっそ甘え尽くしてもいいのだが、尽くした分だけ踏み倒されるのが目に見えている。結局、彼らは早々に手を引かざるを得なかった。

 ただ、一つだけドミネールとの間で取り決められたことがあった。ラシュカを売春婦にする件がそれで、この物価の高い街におけるオルファスカ達の生活費は、今はラシュカ一人が稼ぎ出している。


「逃げればいいのでは」

「冒険者証も取り上げられたし、お金も手元には残せないから」


 冒険者証がなければ、商人達の護衛依頼を引き受けることもできない。現金がなければ、移動手段も確保できない。何より、この店の連中も実はグルで、外出は制限されている。売り上げも、さっき俺がしたように、客が店員に直接支払っているので、金貨を手にできない。ただの女に毛が生えた程度の実力しかないラシュカには、この状況をひっくり返す能力もなければ、覚悟もなかった。


「逆らえないから、言われるがままにしたんだな」

「痛い思いはしたくないの」


 仲間の自殺に泣き濡れるコーザの傍に、誰かが近寄った。その誰かはやたらと気前がよく、イヤなことは女でも抱いてパーッと忘れちまえ、といい、ここの花代もおごってくれた。

 ラシュカは、あらかじめ言い含められていた通り、コーザには優しく接した。満足するまで丁寧に奉仕し、吐き出される愚痴を全部聞いた。挺身隊の現状も、自殺者の遺書の存在も、すべてを知った。それは即座に元仲間達の知るところとなった。


「それからどうなった」

「知らない」

「黙っていても意味がないだろう」

「本当に知らないの。ここから出られないし、あいつらもいちいち教えてなんてくれないから」


 ただ、コーザは手紙を託したと言っていた。

 今頃はオルファスカの手中にあるのではないか。しかし、あの女が素直にここの現状を帝都で告発するなんて、考えにくい。では、あの材料を何のため、どんな風に使う?


「わかった。じゃあ、最後に二つだけ」

「なぁに?」

「一つは、僕がここに来たことをごまかす件だ。或いは、来たと言ってもいいが、こういう話をしたとは言わないほうがいい。わかるな? あいつらはお前を奴隷にするだけだが、僕は手を貸してくれるなら、金貨をくれてやれる」

「うん」

「もう一つは……本当は今すぐ帰りたいが、それだと怪しまれる。普通に遊んで帰ったことにしたい。面倒だろうが、喘ぎ声の一つでも出していてくれ。しばらくしたら帰る」


 口止めはしたが、信用はできない。なにせラシュカだ。この女も、相当な根性をしている。

 あとは利害が一致することを期待するしかない……


「ねぇ」

「なんだ?」

「それもいいけど……本当にしない?」


 ピンときた。

 残念ながら、俺がモテているわけではない。彼女なりに計算した結果だ。今すぐ身請けしてもらえないだろうか。ここの店員どもだって、大金を積まれれば、あっさりオルファスカを裏切るだろう。そこまでの直接的な結果はすぐには難しいとしても、ラシュカにとって俺の存在はチャンスだ。

 だから、でき得る限り媚びておきたい。理解はできるが、いくらなんでもそれは無理だ。


「お金は払ったんでしょ。それにこんなにくれたんだし……私も頑張るよ?」


 俺は絡みつく手を振り払い、立ち上がって彼女の肩をしっかと掴んで止めた。それから強く揺さぶって、言い聞かせた。


「声だけでお願い」

「つまんないの」


 俺は床に座り込み、おもむろに両手を耳に当てた。

 やがて室内は心地よくも不快な嬌声に満たされた。

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