チーム『フライパン』結成

 ギルドの脇から円筒状の城壁に至る小道には、今朝も数人の男達が手持ち無沙汰な様子でぶらついていた。互いに言葉を交わしながら、緊張感のない様子で時折周囲を見渡している。

 挺身隊の若者達がやってくるのは翡翠の月だ。半年も過ぎた今となっては、いかに世間知らずな帝都の落ちこぼれといえども、さすがに案内人を雇って迷宮に潜ろうなどとは考えない。とするとドゥミェコン在住の冒険者にとっての稼ぎ時は、春の一時期に集中している。

 その他の季節はといえば、ギルドの仕事を内々に請けたり、ちまちまと浅い階層の魔物を狩ったりして、のんびり過ごすのだろう。だから、ここをうろついているのも、本気で客を捕まえたいのではない。どちらかというと、仲間同士の溜まり場みたいな感じで佇んでいるように見える。基本、暇なのだ。

 それでも商売っ気をまったくなくしたのでもないらしい。或いは単なる縄張り意識か。俺とノーラがそこを通り抜けようとすると、みんな身を翻して立ち塞がった。


「よぉ」

「こんにちは」

「今日もお勤めかい?」

「ええ」


 先日の、あのバンダナを頭に巻いた男が俺達に話しかけた。ラフなタンクトップの上に軽そうな革の鎧一つ。迷宮内での取り回しに困らない手頃な短剣。そして無精髭。ここの「ヌシ」といった雰囲気が滲み出ている。


「この前は稼げたか?」

「いいえ。ゴキブリにしか出会えませんでした」

「はっ……言わんこっちゃねぇ」


 筋肉のついた腕を広げると、一瞬だけ後ろに視線を向けて、彼は言った。


「稼ぎたけりゃ、案内人を連れていけって言っただろ? お前は一日を無駄にしたんだ」

「そうかもしれません」

「で? 今日はどうすんだ?」

「そうですね……」


 俺は、ざっと視線を走らせた。最後にノーラの目を覗き見る。


「誰かは連れていきたいと思っています」

「ほう! いい心がけだな。やっとわかったか」


 彼らの顔を見比べつつ、こっそりとピアシング・ハンドで能力を確認していた。

 ざっと見て、戦闘系のスキルは3、4レベルくらいか。ド素人とはいえない。中には熟練者と呼べるのもいるのだろう。ただ、5レベルを超えるスキルを持ったのがほとんどいない。能力面では正直不安だ。

 この迷宮には砂漠種のリザードマンが出没するという。俺が知っている唯一のリザードマンは、あのグルービーに飼われていたクパンバーナーだけだ。沼地種で、しかも多分、平均的な個体よりは強い奴だったに違いないが、こちらのリザードマンだって、あれより大きく劣るということはないだろう。であれば、一対一ではまず、こいつらに勝ち目はない。

 何が気になるかといえば、彼らに案内できる範囲がごく狭いのではないかということだ。最下層を目指す俺にとっては、どこかで不要になる連中だ。


 俺とノーラは、精神操作魔術を通して意思疎通を重ねていた。


《誰がよさそう?》

《右から三番目のあの人が一番いいと思う》

《あれ? あの色黒の男か? 能力的にはイマイチだと思うけど》

《ここに来て、一番日が浅いみたい。変なことを企んでもいないみたいだから》


 つまり、この案内人カルテルの中では、割と隅っこのほうにいる人物だと。なるほど、納得はできる。この集団のボスみたいなのとつるんだらどうなるか。骨までしゃぶられておしまいかもしれない。逆に、案内人社会の辺縁にいるような男なら、損得次第では、全面的に俺達の味方として行動してくれる余地がある。


「その人」


 俺は指差した。

 恐らくシュライ人とサハリア人のハーフらしい彼は、俺の指先がこちらを向いていると気付くのに、一瞬の間を必要とした。それで確認するように自身を指差して、俺に向き直った。

 ラグビーボールのような頭の上に、短い縮れ毛がひしめいていた。体つきは大きめで、筋肉質でもある。ただ、顔立ちにはまだ、あどけなさのようなものも残っている。まだ十九歳、大人に分類できるとはいえ、世俗の汚れに染まり切ってはいないようだった。


「あん? なんだ、ルングか?」

「はい、その人がいいです」

「そいつ、フォレス語はカタコトだぞ? いいのか?」


 俺はサハリア語で答えた。


「問題ありません」

「ちっ……こいつぁ驚いた。そっちもペラッペラたぁよ」


 いくらバンダナの男がここのヌシだとしても、こちらはお金を払うお客様、スポンサー様だ。指名する権利はこちらにある。少々納得がいっていないようだったが、それでも大人しく引き下がった。


「おら、ルング。ご指名だぞ」

「う、おう」


 大柄な彼は、俺達を見下ろし、若干身を屈めながら声をかけてきた。


「稼げるところ、案内する。いいな」

「はい」


 訥々と話す彼に、俺は頷いた。


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 ルング・ケセピアン (19)


・マテリアル ヒューマン・フォーム

 (ランク6、男性、19歳)

・スキル フォレス語  1レベル

・スキル サハリア語  5レベル

・スキル シュライ語  5レベル

・スキル 剣術     3レベル

・スキル 格闘術    3レベル

・スキル 罠      3レベル

・スキル 隠密     3レベル

・スキル 軽業     3レベル

・スキル 農業     2レベル

・スキル 裁縫     1レベル

・スキル 料理     1レベル


 空き(8)

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 俺とノーラは早速迷宮に潜ろうとしたが、ルングはギルドの方へと引き返した。手続きを簡略化するほうが先らしい。


「名前、どうする」


 路上に立ち止まり、短く尋ねてくる。こちらに合わせてフォレス語で。


「サハリア語でいいですよ」

「そっちの女、わかるのか」

「いいえ」

「じゃあ、フォレス語。迷宮の中、意味わからない、危ない」


 とはいえ、今は迷宮の外だ。そして今、俺は彼が何を言いたがっているかがわからない。


「名前ってなんですか」

「仲間、三人」

「ああ、パーティーの呼び名ですか」

「俺も登録、じゃないと」


 代表のタグだけ見せれば中にスイスイ入れる。その制度があるから、ギルドで手続きを済ませようと。

 もちろん、そこには彼のビジネスも含まれている。次も、その次も、できるだけ長く一緒に活動して、その分のお金をもらおうという腹積もりだ。


「お前、頭」


 俺が代表、リーダーということか。

 なら、俺が名前を考えないといけない。ギルド前の路上で、俺は一分ほど考えた。


「……『フライパン』で」

「ふ、ふら?」

「他にこんな名前つけるパーティーはいないだろうし、これでいきます」


 なんのことはない。ただの連想だ。俺もノーラも黒髪、そしてこいつも真っ黒。黒いものは……となれば、黒いフライパン。俺にとっては自然な発想だった。他と区別できれば、名前なんてなんでもいい。

 けれども、宣言してからちょっと思った。フライパンは、上に食材を載せて加熱する道具だ。してみれば、黒く染まった俺やノーラ、ルングは、差し詰めフライパンの上の焦げた肉片だろうか? 窟竜のブレスに焼かれてこんがりとか……縁起でもない。


 それから間を置かず、俺達はすぐに迷宮に潜った。階段を降り、最初の大扉を開けて広間に立ち入ったときには、しゃがみ込む数十人の視線が突き刺さった。しかも今回は案内人を連れている。特に若い男の視線には、もの言いたげな何かがあった。ああ、馬鹿な奴、騙されて……そんなところだろうか? ふと、先日知り合いになったコーザに気付いた。俺は歩きながら首だけで頷いて挨拶した。ここで大袈裟に声をかけられても、かえって迷惑だろう。

 そのまま、ルングは迷わずまっすぐ奥に向かって歩いていった。


「ここ、降りる」


 とある突き当たりに、下り階段があった。人間が歩きやすいように、しっかりと作られたものだ。となると、所詮は人間優位の領域、大した獲物にも出会えないだろうと思いながらも、俺は黙って彼の指示に従った。

 一つ階層を降りただけで、空気はずっと冷たくなった。それに、闇がより色濃くなった気もする。


 ルングは、暗がりの中でそっと人差し指を唇につけて合図した。足音を殺して、とある曲がり角に立ち止まり、そこから内部を窺った。

 慌てず騒がずゆっくりと戻ってくると、彼は俺に耳打ちした。


「いる。狩れる」

「何が」


 だが、俺が彼に尋ねて返事をもらうより早く、ノーラのメッセージが頭の中に響いた。


《サソリがいる。あのゴキブリの大きなのを襲って食べるみたい》


 ということ、か。

 ゴキブリは討伐しても、賞金にならない。だが、大サソリは、尻尾を持ち帰ると買い取り対象だったはず。


 俺はルングに頷き、手で彼を制した。

 それから一人、その曲がり角の向こうへと歩み寄っていく。後ろから、ノーラもついてきた。


 そこは大部屋だった。廊下側からの松明の光が、暗闇の中に吸われていく。

 そんな中、黒光りする何かが、かすかな物音をたてつつ、素早く近寄ってくる。背後でルングが息を呑んだ。


「フッ!」


 腰から剣を引き抜くと、一息に三度斬りつけた。

 体が前後に真っ二つになり、猛毒の尾はその場で横倒しになる。だが、生命力が強いのか、それでも体の前半分は動きを止めなかった。

 じっと見て、それもそうかと納得する。腹と尻尾の部分だけ切り落としたが、四対の足はすべて体の前半分についている。それに加えて、大きな鋏もだ。あれで体を傷つけられたくはない。

 剣を力任せに叩きつけると、あっさりとサソリは潰れていった。たった三匹、なんてことはない。


「お前、手、速いな」


 それだけではない。今、ノーラは反射的に『認識阻害』を行使したはずだ。だからサソリ達はその瞬間、動きを止めていた。


「ノーラ、中に入って照らしてくれ」


 入口付近の危険が去ったと認識してそう呼びかけると、彼女は無言で室内へと踏み込んだ。


 視界は乱雑そのものだった。

 何か黒い破片のようなものが、いくつも散らばっている。そのうちのいくらかはサソリのものだが、明らかに違うパーツも混じっている。これはゴキブリか?


「ゴキブリ、弱い。死んだものしか食べない」


 そう言いながら、ルングは部屋の奥を指差した。そこには、深い階層から這い上がってきたらしい大きなワームらしき死骸があった。目分量でしかないが、直径五メートルはありそうなチューブ状の胴体。長さも相当で、一部は床の奥に埋まっているので、全体が見えない。

 このワームの死骸に、ゴキブリがたかっていた。


「サソリ、生きたものしか食べない。だからゴキブリ襲う。ヒトも襲う」


 なるほど、稼げる場所、か。間違ってはいない。初心者向きではある。

 ルングは良心的な案内をしたのだろう。危険が少なく、着実に稼げる場所に連れてきてくれた。但し……


「サソリの買い取り価格は、いくらだ?」

「尻尾一つで銀貨一枚」


 この安さ。数を集めないと意味がない。


「あんまり中いる、よくない。他のサソリ、気付く」


 確かに、室内に松明の光が届いたことで、数多くのサソリがこちらに勘付いたらしい。その数、ざっと三十匹ほど。

 セオリー通りにやろうと思うなら、出入口に陣取って、狭い場所で少しずつ狩っていくのがいいのだろう。しかし、同じ場所に長時間とどまるのも、この迷宮では危険な行為だ。そうやってドタンバタンとチャンバラを繰り広げている最中に、物音に気付いた別の魔物がやってくる恐れもある。

 だから、ちょっと倒したらサッと引き上げる。そうしてちまちまと獲物を得るのが、着実なやり方なのだ。


 だが……


「問題ない」


 そう呟くと、俺はすっと前に出た。サソリの大群の中に身を躍らせる。

 サソリも鈍重ではない。見た目からは想像もできないほど敏捷に這いまわる。あっという間に囲まれた。


 二度、三度身を翻して跳ぶ。着地したときには、もう動いているサソリはいなかった。


「ルング」

「な、なんだ」


 この部屋のサソリは全滅。数は……三十二、か。


「尻尾を回収する。手伝ってくれ」

「う、ああ」


 もう一つ。こんな稼ぎじゃ全然足りない。ルングを一日雇うのに、その日の利益から金貨二枚を差し引く約束だ。それを優先して支払った上で、探索中に得たその他の獲物は人数割り。つまり、この時点での俺とノーラの稼ぎは、一人頭銀貨四枚。こんな程度で満足して引き下がれるものか。


「ノーラ」

「なぁに?」

「気配は」

「近くにはないけど、少し離れた場所に……サソリかゴキブリかはわからないけど」

「どんどん行こう」


 こんな雑魚をいくら掃除しても、稼ぎなどたかが知れている。


「ルング」

「ああ、なんだ」


 しゃがみ込んで、サソリの死体の山から次々尻尾を切り落とす彼が振り返る。


「次はワームかリザードマンのところに案内してくれ」

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