女神挺身隊
ギルドの横にある洞窟のような脇道に入る。その横には、いつもの酒場がある。まだ昼下がりだというのに、中からは野卑な笑い声が響いてきた。この物価の高いドゥミェコンで、彼らは一体どうやって利益を得ているのだろう? 一番暑くて過ごしにくい昼間だからこそ、むしろ働かずにいるのだと、そう考えないと辻褄が合わない。
最下層に行きたい。迷宮の主と出会わなくてはならない。そこそこの深さにいるという他のバジリスクでは駄目だ。普通の魔法で石になったのでは、ノーラが諦めてくれないだろうから。けれども、そこまでが遠すぎる。一人であれば、いっそリスクを取ってゴリ押しで挑むことも考えられたが、シーラのゴブレットが機能しないと判明した以上は、尚更安易に選べない方針になってしまった。
となると、時間をかけてルートを開拓していくしかない。そのためには……ある程度、生活費を安定して得る必要が出てくる。だが、この二日間で稼ぎはゼロだ。自然と焦る気持ちが出てくる。
一応、迷宮の中でノーラと話し合って決めた。明日の朝、先輩冒険者の一人を、案内人として雇う。俺が能力を盗み見て、ノーラが心の中を読み取る。彼女の負担は増えるが、悪意のある人間は予め排除しておきたい。キースは、心を覗き見することに慣れると弱くなると言ったが、だからといって誰もが信用できないこの街で、わざわざ危険人物と同行するなんて馬鹿らしい。
雇った上で、どこまで案内できるのか、何を知っているのかをまず尋ねる。情報を抜けるだけ抜く。もったいぶって知識を出し惜しむかもしれない。口を割らなくても構わない。ノーラが心を読む。その上でなお有用性が高ければ、金を払い続けてもいい。
そう取り決めて、俺達は宿舎に引き返した。
そして今、やっとその玄関口までやってきたところだ。
玄関といっても、ひどいものだ。ハリボテみたいな街、演劇の舞台の大道具の裏側みたいな……看板はおろか、外壁の塗装も何もない。古びた日干し煉瓦の一部が崩れて、そこを木の板や石材で無理やり穴埋めしてある。そんなツギハギの廃墟のような壁に、ぽっかりと暗い穴がある。それが出入口だというのだから。
中に入ったら入ったで、本当に人一人が横たわる広さの部屋が宛がわれるだけ。前世のカプセルホテルみたいなものだが、あれよりずっと狭いし、見た目もよくないし、古びている。
「じゃ、夕食の時間になったら呼ぶから」
「うん」
そう言葉を交わす。俺とノーラには、たまたま空いた部屋が割り振られたので、寝床も遠く離れている。お隣さんではない。
不便さに溜息をつきながら、俺は中に踏み込もうとした。
「あ、あの」
後ろから、聞き慣れない声がとんできた。
フォレス語だった。遠慮がちな、気弱そうな口調だ。
振り返ると、そこには一人の若い男がいた。
だらしなく伸びた亜麻色の髪は反り返り、額の下の目には力なく、鼻の上にはそばかすが見えた。中肉中背、特に逞しくもない。年齢は、十五、六といったところか。形ばかりの革の鎧と、短い剣を腰に提げている。
「なんでしょうか」
「あ、いや」
向こうから声をかけてきたくせに、話しかけると逆に言葉に詰まってしまう。なんなんだろう、こいつは。
「何か御用ですか?」
いろいろ可能性を考える。まず思いついたのは、ノーラのことだ。男ばかりのこの街だから、まだ十二歳とはいえ、顔立ちの整った少女に興味を持つこともあるのでは。
だが、どうもそうではなさそうだ。彼の表情には、俺に対する侮りがない。では、なんだ?
「あ、もしかして、どこかでお会いしましたか? だとしたら、覚えていなくて申し訳ありませんが」
誰だろう? ピュリスから来たとか? そうとすれば、俺の記憶にはなくても、あちらは「子供店長」のことを知っているかもしれない。或いは王都の騒乱の際に出会ったか。しかし、それにしては心当たりがないのだが。
「いっ、いや、そういうわけじゃないんだけど」
両手を胸の前にあげて後ずさる。明らかに年下の俺達に対して、彼はたじろいでいた。
もしかして、かなり臆病な奴か?
「楽になさってください」
何かあればノーラが気付くだろう。それに……ピアシング・ハンドで見た限り、さほどの能力もない。
「あの……さ、さっき」
「さっき?」
「ふ、二人で、迷宮の奥に向かって歩いてたよね?」
「え? はい」
とすると、こいつは知り合いとかそういうのではなく、あの迷宮の入口に座っていた、無気力な冒険者まがいの中の一人か。それ以上でもそれ以下でもなく、ただそれだけ?
「な、何か見つかった?」
「は?」
「あ、いや、えっと、その。あ、危なくなかったかって」
「何もありませんでしたよ。魔物にも出会えませんでしたし、お金になりそうなものも、何も」
内気な性質らしく、俺の言葉の意味を受け止めかねて、目を泳がせている。
要するに、回答を拒否するという意味で「何もない」と言われたのかと、そう考えていそうだった。だから、俺は言葉を付け足した。
「本当に何も見つかりませんでした。あったのは汚い場所と、そこにいたゴキブリくらいで」
「あっ、はは、そ、そうだよね」
「でも、それがどうかしたんですか? 奥を目指すのなら、僕みたいな新参者より、迷宮の外にいる案内人を雇ったらいいじゃないですか」
要領を得ない。こいつが何を欲しているのか。ストレートに訊いてみようか。
「はっきりおっしゃってください。わかることなら正直に答えますから。あなたは僕に何を知らせて欲しいんですか?」
「あっ、うっ……そ、そうじゃないんだ」
「そうじゃない?」
「た、ただ、その、迷宮の奥に当たり前のように入っていくから……何を考えてるのかなって……それがぼ、僕と同じ宿にいたなんて」
はて……
そういえば、不思議に感じてはいた。あの無気力な冒険者まがいは、どこから湧いて出てきたのかと。
「ここは迷宮でしょう? 迷宮で奥に入って魔物と戦う以外、やることってあるんですか」
「そ、そうなんだけど、だって危ないじゃないか」
「危険ですが、それを承知で冒険者になったのでは」
「ん……で、でも……」
何か説教でもされたみたいに、彼は項垂れてしまった。
「ああ、いえ」
そうじゃない。これは俺の選択が間違っている。笑顔を浮かべてみせた。
「お名前をお伺いしてもいいですか? あ、先に僕の方から……僕はファルス」
「ノーラよ」
「あっ、ぼ、僕はコーザ。コーザ・ノンシーっていうんだ。よ、よろしく」
案内人を雇う前に、やることができた。
どういう形であれ、彼はここの街の先輩だ。俺が知らないこと、ギルドや案内人が教えてくれない秘密を知っているかもしれない。
「せっかくだから、一緒にお食事でもいかがでしょう?」
「えっ」
だが、俺の誘いに、彼は顔を曇らせた。
「何か不都合でも」
「あ、うん……別に」
「もちろん、僕が誘ったんですから、僕のおごりですよ」
「ほっ、本当に?」
パァッと顔が明るくなった。わかりやすい。金欠らしい。
「ええ。その代わり、いろいろ教えてくださいね。僕らはこの街に来たばかりなんです」
「う、うん! なんでも訊いてよ!」
少し早めの夕飯になってしまった。スープに大皿の肉料理、ボウルに山盛りのサラダ、それに白いパン。ここでは間違いなく贅沢といえる。ただ、地上に戻りさえすれば、俺とノーラにはゴブレットがある。最悪、食費は削れなくもない。
彼、コーザは上機嫌だった。初めてご馳走を食べるかのように目をキラキラさせていた。心の中はじっとノーラが監視しているのだろうが、それでなくても彼に裏表がなさそうなのは、俺でもよくわかった。
「……じゃあ、兵役みたいなものですか」
「正しくは神殿が主催するから……女神挺身隊、サハリア方面団っていうんだけど……そんなようなものだね」
行儀悪く肉を噛みながら、彼はそう答えた。
彼は帝都からやってきたらしい。今年の緑玉の月の終わりに出港して、翡翠の月の半ばにこの街に到着した。
一人ではない。同世代の男達と一緒に送り込まれたのだ。
「一応、二週間は訓練を受けたんだ。ほら、これがガーネットの階級章」
コーザには、剣術その他の戦闘用のスキルが何もない。にもかかわらず、既にガーネットの階級章を与えられていた。これは、野生動物の処理や手紙の運搬、清掃などといった雑用レベル以上の仕事ができること、危険な魔物の討伐に参加できるという証だ。
彼の話は、帝都の事情を詳しく知らない俺達にとっては、物珍しいものだった。
十五歳以上の帝都の住民には、市民権を得るための義務がある。
帝都は、魔王と戦い、世界の秩序を主導するというイデオロギーの上に成立する都市だ。よって帝都の市民である以上、ギシアン・チーレムにはじまる平和維持活動に貢献する責務を負っている。
但し、どんな形で貢献するかについては、一応、選択肢がある。例えば、平和を維持するために必要な費用を受け持つ……つまり多額の税金を納めるという方法がまず一つ。帝都にとって有益かつ有能な人物であると証明する……これは、指定された大学を卒業することで達成される。
「でも、卒業? 十五歳で入学、十八歳で卒業じゃなかったでしたっけ?」
「ああ、普通はそうだね。でも、入学した時点で、みなし市民になる。卒業したら、正式に資格を得られるんだ。で、女の子も、みなし市民権を貰えるから」
十五歳の時点で、帝都生まれの市民も大人とみなされる。大人になった時点で、市民たる資格を満たすために行動するか、しないで市民権を放棄するか、どちらかを選ぶよう迫られる。ただ、大学卒業で条件を満たそうとなると、どうしても十五歳の誕生日には間に合わない。だから合格と入学をもって「みなし市民」とし、無事卒業することで正式な市民権が与えられる。
なお、少子化に苦しむ帝都では、出産もまた、帝都への重要な貢献とみなされる。よって市民の親をもつ女性が子供を産んだ場合、この実績によって市民権が付与される。そして若い女性は出産に至る可能性が高いということで、前科がなく、親が市民であれば、十五歳の時点でほぼ自動的に「みなし市民権」を与えられる。但し、三十五歳までに出産もせず、その他の条件も満たさなかった場合には、彼女らも市民権を剥奪される。
市民権を失っても、即座に帝都から叩き出されるわけではない。ただ、身分は移民相当になる。つまり、守られない立場になるのだ。
移民は奴隷ではない。そもそも帝都は各国の奴隷制度に否定的な立場をとっている。しかし、実質的な奴隷といえるのが彼ら移民で、大抵の場合、重要な仕事を任されることもなく、収入も少ない。また、当局の退去命令があれば、理由の如何によらず帝都を去らなくてはいけない。もちろん、年金その他社会保障の対象外でもある。
「でも、コーザさんは」
「大学は……ほら、学費もかかるし。奨学金で通おうにも、そうなると受験が難しすぎて」
学力不足、か。しかし、そうなるとあちらはかなりの学歴社会なのかもしれない。なんとか市民の地位を維持しないと、いろんなものを失うことになる。
その辺、お金があれば解決可能だったりしそうだ。そもそも市民権を金で買うこともできるのだし、学力向上だって塾に家庭教師と、とにかく金がかかる。それにまた、貧しければ奨学金を給付してもらう必要もあるわけで、当然そこには勤勉な貧乏学生が殺到するので、競争率がグッと高まる。
「だから、平和維持活動に参加することになった、んだけど……」
手元でグラスを握り締めながら、彼は俯いた。
「こちらも三年間?」
「そう! そうなんだよ。それに、国から補助金も出るんだ」
ということ、か。
このドゥミェコンで、迷宮の案内人ビジネスが成立するのはなぜか。毎年のように、帝都からコーザのような若者が送り込まれてくるからだ。
「だけど、お金がもらえるのって、最初の一年だけで」
「はぁっ?」
「ほら、さ、最初の一年はさ、訓練込みでお金を出すけど、あとは自力で魔物を倒してこいって、それで稼げって、そういう話なんだよ」
確かに、リザードマンやワームなどを日々討伐できるのなら、これら魔物の死体は冒険者ギルドで買い取り対象に設定されているため、日銭を稼ぎ続けることはできる。但し、それには十分な戦闘能力が必要だ。
コーザには、そうした戦闘技術が何もない。彼だけではないだろう。帝都出身というばかりの、お金も学力も何もない若者達。それがたった二週間の訓練を受けただけで海を渡り、この最悪の迷宮に挑まなくてはならないという。
「い、いや、あの、訓練って、さっき二週間だって」
「うん。筋は悪くないって言ってもらえたんだけど」
無茶だ。
仮に彼に才能があったとしても、そんな短期間のうちには強くなれない。
「一応、そっちで合格したから、ガーネットの階級章もあるわけだしね。まぁ、だいたい落ちたりはしないんだけど」
つまり、その訓練期間というのは、ジャスパーを無理やりガーネットに引き上げるための名目でしかない。形ばかりの話だが、ギルドは実力のない者に危険な任務を任せてはならないことになっている。
「僕らだけじゃないんだ。他にも、ムーアン大沼沢の南部の都市? シャハーマイトから南西方向に、帝都がここと同じように拠点にしてるところがあるらしくて。大森林の近くの街とか、東方大陸の砂漠にもあったっけな。とにかく、この手の魔境みたいなところで三年間、頑張ると、帰国したときに市民権を貰えるんだ」
だが、その生存率はどれほどだろう?
こんなズブの素人が三年も……
「コーザさん、ということは」
だからか。入口に座り込んでいるのは。
多分、最初は案内人を雇ったりもして、中に分け入ったりもしたに違いない。だが、それではお金も減るし、魔物に出会えても、まともに戦えない。
「もう、一緒に来られた方々の中には」
そこまで口に出した時点で、彼はガバッと耳を塞いだ。
「ご、ごめん。そ、そうなんだ。リザードマンの群れに出会って、ね……」
「いえ、こちらこそ済みません。思い出したくなかったでしょう」
何も知らずに危険の中に踏み込んだ同期が死んだ。それを目の当たりにでもしたのかもしれない。コーザは怖気づいた。それは健全な反応で、賢明な判断だった。
だが、そういう事情があるとすれば、俺とノーラに宛がわれた「空き部屋」、これもつまり……
「だから、今は食費も削って、ただ毎日座ってるんだ……だ、だだ、だって、とてもじゃないけど、あのトカゲに勝つなんて、できっこないし……それに強くなろうったって、ここに先生がいるわけじゃないし。日給だけでも貰わないと、残りの二年、とても過ごせないから」
なんという悲惨な。
しかし、よく我慢できるものだ。
「じゃあ、みんなそんな感じなんですか」
「ううん、人によるよ」
「強い人もいるとか?」
「あー、そうじゃなくって。後のことをあんまり考えないから……南の方の歓楽街? あっちで遊ぶのも、いる、ね」
そういえば、案内人どもも言っていた。男くさいこのドゥミェコンにも娼婦はいる。
「でも、高いんじゃないですか?」
「そうでもないんだよ。だいたい金貨二、三枚もあれば一応は……若いのをってなると、もうちょっといるけど」
「ここではそんな無駄遣いは」
「う、うん。だけど……て、帝都じゃもっと高いし、それに……」
そこで彼は言葉を切ったが、続きは聞くまでもなかった。
それに、いつ死んでもおかしくない。だったら、後のことを考えて我慢するより、さっさと筆おろしを済ませたほうがマシだ。
「ヤ、ヤバいのだと、クスリとかもやってて」
「薬?」
「うん、元締めがいてね、この街の……そいつは、絶対に自警団にも捕まらないんだ。裏で繋がってるから。で、そいつがワディラムから運ばれてきたクスリをね、気持ちよくなるやつ……僕らにも買わないかって」
完全にカモ、か。
帝都から、世間知らずのモヤシっ子達がやってくる。補助金が出る最初の一年、特に何も知らない最初の時期にはチヤホヤする。まずは歓迎、不慣れな迷宮も案内人がお手伝い。高めのお金は取るが、酒場でもご馳走を食べられる。南の歓楽街に行けば、娼婦達がお出迎え、あちらでは手の届かない生身の女を楽しめる。更には帝都では絶対に入手できない麻薬に溺れることさえ許される。
だが、それもこれも、当局からカネが出る最初の一年だけ。翌年からは、保護を打ち切られる。いきなり極貧生活だ。そうなったら誰も見向きしなくなる。ひもじさをこらえながら迷宮の入口に座り込み、早く残りの二年間が過ぎ去ってくれればと願うばかり。耐えきれなくなった連中は、いろんな行動に出る。迷宮の奥を目指して死んだり、街の中で盗みを働いて奴隷に落とされたり。
ここは完全に、そういう仕組みでまわっている街なのだ。
帝都は、いったい何をやっているんだろう。
魔王と戦う。それをアイデンティティにするのは構うまい。しかし、これでどこのどんな魔王と戦おうというのだ。ろくすっぽ鍛えられてもいない若者を無理やり海外に押し出して戦わせる。金だけ出したところで、バタバタ死ぬだけだ。それも、正面から戦って死ぬのならまだしも、こうやって迷宮の入口にしゃがみ込むばかり。で、挙句の果てに娼婦やら麻薬やらに絡めとられて無駄死にする。
とにかく、それでも金が出る。金はインセンティブだ。だからそこに人が群がる。
「そんな状態じゃあ、何百人送り込んだって、迷宮の攻略なんかできないでしょうに」
「攻略なんて……大事なのは、抑え込むことだって、何度も言われたよ」
「抑え込む?」
「こう、迷宮に入るでしょ? で、人間が歩き回って戦う。歩かなくても、中にいる。出口を塞いでる。それで魔物も出てこないんだって」
「そんなバカな」
そういう意味じゃない。多分。
ここは砂漠の真ん中だ。栄養豊富とはいかない。だから、ワームも、リザードマンも、窟竜もバジリスクも、みんな獲物を欲している。そんな中、一番柔らかくて一番捕まえやすい獲物、それが……
いや、考えすぎだろうか?
「誰か、その、指揮官みたいな人はいないんですか? こう戦えとか、指導するのは」
「一応、一応いるよ。街の北側にお屋敷があってさ……あ、来る時、見た?」
町外れの一区画。見張り塔、石の壁に守られた邸宅があった。あれが帝都からやってきた挺身隊の団長が住まう場所だという。
「でも、団長の任期は一年だからね」
「じゃあ、コーザさん達を連れてきたら、翌年には帝都に帰っちゃうんですか」
「あのオバさん、あっちではそこそこ偉い人の繋がりみたいだし? まぁ、次の人が来るまでだね」
なんと、団長は女性らしい。
「団長自ら陣頭指揮っていうのは……」
「はは、ないよ、ない」
「じゃあ、こんなところまで来て、何やってるんですか」
「給与の管理? あと、不祥事を起こした団員は除隊扱いになるから、その辺も」
なんだろう。
団長って肩書はついているけど、一般団員とはまるで立場が違うような。目的もまったく違うのだろう。彼ら一般団員は、とにかく市民権を貰いたい。では、団長たる彼女の本当の仕事は?
「でも、いいなぁ」
「何がですか?」
「ファルス君って言ったよね。わざわざこんなところまで来なくても暮らしていけるんでしょ?」
確かに、彼らの立場からすれば、羨むのも理解はできるが……
「なんだったら、コーザさんも自分の意志で除隊、退団して、フォレスティアとかで暮らしていけばいいじゃないですか」
「そ、そうは言うけどさ……まぁ、それをした人もいるらしいよ? だけど」
皺を寄せながら、彼は苦笑した。
「市民になっちゃえば、年金だって出るしね……一人でいきなり知り合いもいない外国で暮らすなんて、大変そうだし、でも帝都に戻っても身分は移民扱いになっちゃうし……」
内心、同情しないでもないが、軽蔑する気持ちにもなった。
どういう理屈かわからないが、帝都は若者を無為に死なせている。それは確かに乱暴で理不尽だ。
一方、彼は彼で、あまりに情けない。まだ若いのに、考え方が老人みたいだ。じゃあどうやって運命を切り拓くのか? 帝都なんか捨ててやる! と意気込むのなら応援もできるが、それはしない。あくまで帝都の仕組みに縋って生きていきたいと願っているのだから。
「ファルス君は、でもじゃあ、もう名誉も財産もあるのに、もっと成功したくてここまで来たんだよね?」
「え、ええ」
「すごいなぁ……」
本当は、自分で自分を終わりにしたいだけだが、本当のことは言えないので、名誉欲であるという話にしてある。
「そういう冒険者の人はいないんですか?」
「いや、いるらしいよ。東側の街区のほうは、外側に近いほうはもうちょっと小ぎれいで、まぁ、ドゥミェコンでは高級住宅地ってとこかなぁ? サハリア南部の豪族の屋敷もあるし、あと、あの辺に凄腕の冒険者がいるらしいって聞いてるよ。でも詳しいことはわかんないかな」
「へぇ」
「あと、西側はヤバいから、気を付けたほうがいい」
まぁ、こうやってあれこれ情報をくれるのだ。飯をおごった甲斐はあったか。
「どうヤバいんですか?」
「乞食の子供がね……かっぱらいとか、いろいろやらかすんだ。自警団も追いかけてるみたいだけど、なかなか始末できないみたいで」
「そうなんですか」
「治安もよくないから、気を付けないと」
大皿の上に、肉の塊が一つだけ残されていた。彼が食べたそうにしていたので、俺は身振りでどうぞと勧めた。コーザは遠慮なくフォークを突き刺した。
「そうそう、迷宮の中なんだけどね……あの最初の僕らが座ってる広間。そこからすぐ左の通路には入っちゃダメだよ」
「何があるんですか」
「突き当たり」
なんだ、それだけか、と脱力した。
「部屋があるんだ」
「部屋?」
「そう。特に夜は近付かないほうがいい。怖い人達に小突かれるから」
最後に残ったスープをズズッとすすると、彼は付け加えた。
「とにかく目立たないのが一番だよ。それに、君みたいにお金持ちだってわかったら、みんな何をしでかすかわからないからね」
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