ようこそゴミ箱の中へ

「どうしたの? 難しい顔をして」


 酒場で手元の粥を食べ切った俺の顔に、ノーラは首を傾げた。


 さっさと食べ終えるくらいなのだから、がっついていたように見えたはずだ。事実、俺は夢中になって食べていた。しかし、それは出された料理がおいしかったことを意味しない。

 材料が問題だった。なんと、待望のコメ。フォレスティアやセリパシアでは栽培されていない。一般には流通もしていない。だから、この世界に生まれ変わってから、実に十一年ぶりのコメ粥だったのだ。ワノノマや南方大陸では、それらしい穀物が存在すると耳にはしていた。それがこの迷宮都市にまで配給物資として流れ込んできていようとは。

 だから、感無量といえば、そうなのだが、とにかく味がよくなかった。記憶の中にあったお粥のおいしさとは、まったくかけ離れていた。たっぷり水分を吸ったふっくらとした温かい白米……なんかではなく、どこか固さの残るコメが、ベシャベシャになって冷めかけたお湯の中になんとなく浮かんでいた、という印象だった。

 コメの品種の問題もありそうだ。これならチャーハンにしたほうが絶対にうまいはずだ。それにしても、ガッカリさせられた。もちろん、料理は見ただけでおおよその味がわかる。わかってはいても、コメに期待せずにはいられなかった。


 これでは『最後の晩餐』には相応しくないな……

 ふと、そんな思考が頭をかすめた。


「ああ、なんでもない。それより、疲れてない?」

「平気よ」

「じゃあ、初日だけど、今のうちにいろいろ見て回ろう」


 ここの酒場も、例によってごちゃまぜの建材からなる……というより、もはや城壁その他の一部を構成しているといっていい。このドゥミェコンは、一つの巨大なガラクタなのだ。ギルドの横にあるこの酒場は広々とした洞窟のようだった。入口のある通りもトンネルみたいな石造りのアーチに覆われていたし、ここはここで、なんだか巨大な魔物の胃袋みたいな雰囲気がある。

 ひっそりとした印象のこの街でも、やはり酒場だけは活気があった。勢いよく酒を飲む者、仲間同士で語り合う冒険者達、椅子の合間を縫って歩き回るウェイターと、ここにきてはじめて、生きた人間の街にいるのだと実感できた。


 ギルドの受付嬢が言った通り、ここの酒場で宿屋の相談をしたところ、すぐ部屋まで案内してもらえた。物置みたいな窮屈なのが二部屋。ちょうど空きができたところだという。

 但し、快適とは程遠い。旅の荷物を置き、横になったらもういっぱいで、天井も身を屈めなければいけないほど。これでは部屋というより、巣穴だ。場所柄、時刻を問わず薄暗いので、うっかり頭をぶつけないように注意しなければいけない。なお、トイレは共用、風呂なんて上等なものはない。

 それはいいとしても、荷物を残して動くとなれば、盗難その他の心配が出てくる。それについて相談したところ「この宿の中なら大丈夫」と言われた。治安の悪い街なのに、どうして問題ないのか、不思議ではあったが、納得できようができまいが、すべての荷物を抱えたまま、迷宮に潜るわけにもいかない。

 ともあれ、これでやっと重荷を下ろして街を歩ける。


 ちなみに、宿を紹介した対価もちゃんと発生している。今後、街の中にいる間は、朝食をここで食べることが条件になった。カネを落としていけと、そういうことだ。

 なお、物価はやっぱり高かった。一食で最低銀貨二枚以上。下手すると四枚。お酒まで飲んだら、あっという間に金貨だ。宿も、あんな穴蔵でしかないのに、月払いで金貨三十枚を請求される。ということは、なんとここでの生活費は、毎月金貨六十枚だ。仮にも都市部であるピュリスと比べても、三倍以上になる。この生活水準でこの物価高、理不尽この上ない。


 つまり、俺とノーラ二人で毎月金貨百枚以上が飛んでいくので、何の稼ぎもなかった場合、三ヶ月ともたず干上がってしまう。ボヤボヤせずに、さっさと迷宮を攻略するか、利益を得なくてはいけない。

 幸い、この物価高にギルドも対応してくれはする。ここにとどまる冒険者の使命は、迷宮の暴走を抑制することだ。受付嬢に説明されたように、魔物を倒してその死体を持ち帰れば、ちゃんと買い取ってもらえる。また、迷宮に潜ることで日当も発生する。但し、正規の入口から入って出てくること、それに一定時間以上は内部にとどまることが条件だ。

 また、強力な魔物の一部は、あえて使いもしないのに人間の金品を溜めこんでいたりする。だから倒して奪い取れば、その財宝はまるまる自分のものになる。まるでゲームの世界だが、魔物達も無意味にそうしているのではない。ルークの世界誌に目を通した限りでは、貯金をするのは窟竜など、人間を捕食したがっている連中ばかりだという。納得だ。

 要するに、出費も大きいが、稼げる道もないではない。力がありさえすれば。


 この物価高は、しかし、俺にとっては好都合かもわからない。

 資金が尽きた後、俺が迷宮の奥で石像になる。ノーラは俺の救出のため奮闘するが、そのうちに何もできなくなる。金がなければ、いやでも一時撤退を選ばざるを得なくなる。

 この展開になってくれれば、俺の不安もずっと小さくなる。ノーラは合理主義者だ。一度ピュリスに撤退したら、ファルスの救出をどうやって実現するか、冷静に考えるだろう。自分が出向いて無茶をするより、冒険者を雇って迷宮の奥を探索させたほうがいいと気付く。

 そうするうちに……自分の人生を歩き出してくれたりはしないだろうか?


「もう夜なのに」

「迷宮の中に、時間なんて関係ないからね」


 市場にとっても、昼夜は関係なかった。いや、むしろ暑さの和らぐ夜間こそ、活気づく時間帯なのかもしれない。夜半過ぎまで市場は休まず、明け方にも多少の出店は居残っており、昼前にまた活況を呈するという。当然ながら、夜間には照明が必要となる。それぞれの露店が篝火を焚いていた。


「いい道具が売られているというけど」


 市場はこの街に数箇所はある。どれも丸い街の輪郭線近くに位置している。有力者の家屋、市場、迷路のような市街地に宿屋、その奥にギルドと、スラムの中のスラム。こういう順番になる。

 上に積み重なっている建造物が少ない分、天井も高い。その下に、なぜかテントを立てて品物を並べている。


「確かに、掘り出し物っぽいものはあるわね」

「何か見つけた?」

「うん。役には立たないけど、ほら、あれなんかは」


 露店の一つに、鈍く輝く古びた黄金の壺があった。


「ピュリスにいるとき、古物商が見せてくれたわ。あれはセリパシア帝国以前のムーアンで見つかったのと同じものだって。本当に大昔のお宝が見つかることもあるのね」

「でもあれ、金貨八百枚って」

「フォレスティアまで持ち帰れば、二倍で売れると思うけど」


 でも、その予定はないし、そもそもそんなお金もない。

 いや、お金に困ったら、黒竜の死体を出して買い取ってもらえば……でも、こんな街でいきなりそんなものを出しても、疑われるだけか。特にここは、社会そのものが狭いから、難しい気もする。


「もっと使えるものがいい」

「剣は持ってるでしょ? でもそうね、いい防具がないし」


 そう。防具が必要だ。ノーラのために。

 何か身動きを邪魔しない、上質な素材で作られた逸品があれば……


「おっ?」

「どうしたの?」

「あそこの店」


 早速、最高の品物が見つかった! それとわかって、俺は歩調を速め、その店の前に立った。

 そこに座っていたのは、背筋の曲がったフォレス系の老人だった。髪の毛がすっかり白くなっている。それが左右に分かれて、細長い顔をもっと細長くみせていた。


「こんばんは」


 話しかけると、彼は一瞬、顔をあげて、すぐにまた俯いた。


「この店では、そんな元気な挨拶はして欲しくないね」

「ご挨拶ですね。僕はこの通りまだ半人前ですが、仮にもお客じゃないですか」

「顔を見ればわかる。お前さんはこの街に来たばかりだろう。帰りなさい。若者がいていい場所じゃあないからね」


 変わったスタイルで接客する人だ。まぁ、それはどうでもいい。欲しいのは友達じゃなくて、そこに掛けられている黒竜の皮で仕立てられたローブだ。

 これさえあれば、かなりの攻撃から身を守ることができる。俺の剣を防ぎきるのは無理だろうし、巨大な魔物の一撃でも内臓が破裂するだろうが、並みの刃物でやられたくらいなら、打ち身になるだけだ。ちょっとした火魔術を浴びても、運が良ければ火傷すらせずに済む。


「それより、これはおいくらですか」

「二千枚」

「金貨でですか。いいものなのはわかりますが、少しお高いんじゃないですか。僕は黒竜のコートを見たことがありますが、それは五百枚で売られていきましたよ」


 言い値で買う馬鹿がどこにいる?

 だが、彼は首を振った。


「うちでは値引きはやってない」

「商売するつもりがないんですか?」

「そうだ。ここにあるのはな……大抵は遺品だ。それ以外は、心が折れて冒険者をやめた連中の手放した品々だ。要するにわしは、売るのを任されているだけだからな」


 希望価格を言い渡された上での委託販売、か。

 しかし、それでは売れにくいだろう。とはいえ、下手にうっかり売れてしまったらまずいんだが……くそっ、スーディアであの金貨を盗まれていなければ。


「慌てなくてもいい。どうせそうそう売れやせん」

「わからないじゃないですか」

「はっ……坊主、どうやらこの街のことを何も知らんようじゃな? え?」

「そんなことはないですよ。少なくとも、書物に書き残されていることなら、一通りは知っています」

「それを知らんというんじゃ」


 本で読んだだけの知識。それを無知とみなすのも、わからなくもない。


「特にここ十年というもの、この街はな……帝都が……くそっ、これでは、仇討ちなど……」

「はい?」

「いや、いい。それより、迷宮に挑むというのに、ここまで来てから道具を探すとは。間抜けじゃないかね?」


 言われてみれば、そうだった。

 ピュリスでそういう防具を探しておけばよかったか。けれども、なし崩し的に出発したのもあって、どうせそんな余地はなかった。


「悪いことは言わん。こんなものを欲しがるより、さっさと家に帰るんじゃな。さもないと、そのうち坊主の遺品まで、わしが売り捌くことになる」


 そういうと、老人は肩をすくめてそっぽを向いてしまった。

 まあ、いい。どうせ値引きしてもらっても、買い取るだけの金なんて持ってない。


 だが、他にも有用な道具があるはずだ。例えば……


「いらんかね、いらんかね、毒消し、包帯、痛み止め……」


 離れたところにある別のテントから、呼び声が聞こえてくる。

 そこには、恭しい態度と微妙な胡散臭さの同居する、これまた年寄りが一人いた。


「こんばんは」

「おや、こんばんは。どうかね、薬はいらんかね」


 こちらは商売っ気があるらしい。


「何がありますか」

「そりゃあもう、まずは解毒剤じゃな。サソリも、トカゲどもも、バジリスクも、みんな毒をもっておる。すぐに手当てせんと、手遅れになるでな」


 ここでいうトカゲとは、リザードマンだろうか? それとも窟竜だろうか? どちらでもいいが。

 この街に材料があるはずはないから、外から持ち込まれた品だろう。ただ、確実に売れるという点で、いい商売だと思う。


「他には?」

「これなんぞは、珍しいぞ?」


 彼は小さな壺をトンと置いて示した。


「たったこれだけ、一回分の量しかないが、これで負けに負けて金貨五十枚!」

「えっ?」

「なんと、石になった人間を、元通りにする薬じゃ」


 じゃあ、この迷宮に来た意味がない……なんてことはない。


「でも、迷宮の主には効かないんでしょう?」


 世界誌に書き残されている。石になった人間を元通りにする魔法や薬は実在する。但し、現代では製法が失われているか、或いは秘匿されている。ただの薬ではなく、魔法の薬だ。治癒魔術に長けた誰かが、薬品を触媒にして魔法を封じ込めたものなのだ。

 ルークの時代にはもう、幻の秘薬扱いで、彼も実物を目にすることはできなかったが、実際に使った人には出会ったとか。諸国戦争以前には、もっと安価で、探せば手に入る品物だったという。

 現代では非常に高価で珍しいが、この薬が本物なら、もちろん効果がある。限りなく疑わしいが。

 偽物だとしても、彼が困ることはない。そんな深い階層で仲間を失った冒険者が生きて帰れる可能性は高くないし、仮にそうなったとしても、薬の取り扱いが悪くて劣化したせいだとか、いくらでも言い訳ができる。

 治癒魔術の触媒の多くが根絶やしになったこの世界で、そんな秘薬がたったの金貨五十枚だなんて、さすがにおかしい。


 それにこの薬が本物だったとしても、役に立つのは普通のバジリスクの呪いを受けた場合に限る。

 迷宮の主のそれは、別格だ。区別は簡単で、並みのバジリスクによって人間が石になる場合、変質するのは肉体だけだ。装備その他は元のまま。しかし、迷宮の主が呪った場合には、どういう仕組みなのか、身に着けた道具一式も巻き込んで石像になる。

 街の入口にあった、あのターヒヤの石像も、だから迷宮の主の呪いによるものだ。着衣までまとめて石になっていたのだから。

 治癒魔術がありふれていた時代、普通のバジリスクによる石化は、治療可能だった。これに対し、服まで石になった犠牲者は、結局誰も助からなかったという。


 なお、生物を石に変える魔術……石化魔術と呼ばれてはいるが、その実態は謎に包まれている。土魔術の一種ではないかという説もあるのだが、それにしては使い手が見当たらない。

 しかし、この能力を有する魔物は今でも実在する。こちらも種類としては限られているが。


「そんなバケモノには、そうそう会えんもんじゃ。バジリスクだって、相当に深いところまで行かねば、なかなか見つからんというぞ」


 そういう雑魚バジリスクにやられると、大変なことになる。ノーラは俺を元通りにしようと努力するだろう。その過程で命を落とすかもしれない。

 だから俺は、確実に迷宮の主によって石像にならなくてはいけない。そこに行き着くまでの間、誰にも倒されるわけにはいかないのだ。


「僕はまだ半人前ですし、それはまたにしますよ」


 その辺の対策も、おいおいか。

 俺は手を振ってその場を去った。


 とにかく、市場も見た。宿には荷物を預けてあり、街にいる間に食事を済ませる場所も決まっている。

 踵を返して、俺は街の中心に向かった。暗い中、狭い路地を潜り抜け、再びギルドの建物の前に出る。その脇道の一つが、あの塔の真下に通じている。


 分厚い石の壁は、幅五メートルほど。その前後に鉄の卸戸が備え付けられている。非常時には下ろすのだろう。

 短いトンネルを通って向こう側にいくと、剥き出しの固い地面の上にぽっかりと四角い穴が開いている。周囲には篝火がいくつも焚かれていて、視界は確保されている。そんな中、係員らしき男が二人、椅子の上にふんぞり返っていた。脇のテーブルには何かの帳面があり、そこにはびっしりと書き込みがされていた。


「こんばんは」


 挨拶すると、男の片方が顎をしゃくった。

 いちいち言葉をかけてやるまでもない、と。こっちに来て手続きせよと、そういうことらしい。


「名前は書けるか」

「はい」

「じゃあ、書け」


 俺は机に身を屈めて、自分の名前を書いた。ノーラもそうした。


「みんないちいち名前を書いていくんですか?」

「面倒だと思うんなら、ギルドでパーティー登録しとけ。定期的に迷宮に潜るんなら、名前言って代表のタグ見せりゃ終わりだ」


 確かに、いつも同じ六人組が揃って迷宮に向かうのなら、わざわざ一人ずつ名簿を管理する必要もないわけだ。事務作業の簡略化のため、か。


「今は藍玉の刻だから柘榴石の刻まで中にいれば、日給が発生する。いいな」

「えっと、多分、中を見たらすぐ戻るので、十分くらいで出てくるかと思います」

「規則だからな」


 確かに、漏れや抜けがあったのでは。中で活動したらギルドがお金を出すと決めている以上、説明も記録も欠かすわけにはいかない。


「わかりました。でも、中にいて、どうやって時間を知るんですか」

「はっ! 腹時計でわかるだろ。いいからさっさと行け」


 混み合っているのでもないのに、彼はシッシと手を振って俺達を追い払った。


「ノーラは」

「ファルスも背中に目はついてないでしょ?」


 ……様子見くらいはよしとするか。一歩立ち入ったらいきなり死ぬ、なんてこともないだろうし。

 それで俺は松明すら持たずに、どんどん地下へと階段を下っていった。程なく、鉄の扉が半開きになっているところを潜り抜け、晴れて人形の迷宮に立ち入った。


 入口付近は、実にのっぺりとしていた。固い黄土色の土壁が、上下左右真四角にくりぬかれている。奇妙なほど、足下は平坦だった。人気はなく、空気は冷え冷えしている。

 迷宮の中とはいえ、まだここは人間が管理している領域なのだろう。左右には燭台が並べられ、灯りを点し続けている。おかげで視界に困ることはなかった。

 さほどの距離を歩いたのでもない。まっすぐ二十メートルもいくと、そこにまた、観音開きの扉があった。俺は今度こそ気を引き締めて、その扉をゆっくりと押した。


 いよいよ、人形の迷宮……


「はぁっ?」


 ……に立ち入った俺は、いきなり間抜けな声を洩らした。


 そこはガランとした大部屋だった。正面と左右に薄暗い道が続いているのが見える。見た限りの景色としては、さっきまでの直進通路と変わらない。

 ただ、この出入口付近の壁際には、無数の人がいた。何十人も。みんな一様に、壁に背を預けて座り込んでいる。俺が立ち止まっていると、一度だけ顔をあげてこちらを見た。その目には力がなく、濁り切っていた。

 彼らも一応、武装してはいる。腰には剣、体には革の鎧。けれども、使い込んでもいないし、手入れすら怪しい。彼らはここで、何か魔物がやってくるのを待ち構えているのではない。ただ座り込んで、時間が過ぎるのを待っている……


 日給目当て、か。

 しかし、それにしても。ここでの生活には、一日に金貨二枚が必要だ。食費と宿代。ギルドの支給金だけでは足りない。とすると、彼らは宿代をケチっていることになる。だが、それではアリ地獄だ。このドゥミェコンを出て、他の土地で頑張ろうにも、ここから旅立つ資金も貯まらない。といって、迷宮に巣食う強力な魔物と戦う気概もない。結局、迷宮に縋りつくニートで居続けるしかないのだ。

 さっき迷宮に入るとき、係員が改めて日給のルールを説明したのにも、意味はあったのだ。この迷宮にこもる連中にとっては、それが最大の関心事だからだ。


 こんな……

 期待していたのとは違った。もっと何か、みんな自分の欲望のために、それなりに頑張っている場所なのかと、うっすら思っていた。

 とんでもなかった。なるほど、ここはバイローダが言うように、ゴミ箱みたいなところだ。少なくとも、ここで無気力に座り込んでいる連中は、とっくにゴミになってしまっている。


 なぜか気分が悪くなった。


「帰ろう」

「えっ」

「宿に引き返そう。いろいろ準備してから、中に潜る」


 とにかく、仕切り直すべきだ。

 こんな連中のことはどうでもいい。俺が目的を果たすのとは、何の関係もない。


 ……本当に?


 彼らも、もともとは普通の人間だったのではないか。何があってここまでやってきたのかはわからないが、今は夢も希望もなくして、ただ時が過ぎ去るのを待っている……

 俺と同じではないのか。石像になって永遠の時をやり過ごそうとしているのと、何が違う?


 頭を振って、その思考を追い出した。

 俺は、こうはならない。

 自分の手で、自分の意志で、すべてを終わらせるのだ。

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