裸の女王様

 ムスタムの大通りは、左右に高級住宅地を、背後に都市の水源たる池とデーツ農園をもつ街の中心部だ。その出入口は公園になっている。アーケードのある大通りとは段差があるが、そこは下り階段になっており、そのすぐ下の通りの周囲に植え込みや石碑などが立ち並んでいる。普段は商業ギルドに出入りする僅かな人々を除けば、人通りもない静かな場所だ。

 だが、今日に限っては別だ。紅玉の月の末に開催されるこの独立記念祭のために、下町から大勢の人が詰めかけている。そこに出店が立ち並んでいて、喧騒の合間から、時折、客引きの声が突き抜けてくる。あちこちから煙があがる。肉が焼けて、香ばしい匂いがここまで漂ってくる。

 彼らがここで出店を開くのは、やむを得ないことだ。というのも、普段、店を開けている広場の一部が祭りの通路として使用されるため、立ち退かなくてはいけないからだ。


「すごい人込みだ」

「なんだかわくわくするわね」


 俺とノーラ、それにバイローダ、サーシャの手を握ったままのハディマは、五人連れだって、例の約束の店に向かっている。とある商人が、俺のためにアーケードの下の二階席、それもベランダの一番いい場所を空けておいてくれたからだ。あの時は使い道のない話だと思っていたが、今となっては実にありがたい。感謝しなければなるまい。


 あと少ししたら、祭りの目玉たる『女神』達が通りを練り歩く。一人ずつ、自分と衣装を見せびらかしながら、ゆっくりと。

 ルートとしては、まずアーケードの南側、ムスタム繁栄の源たる泉から始まって、まっすぐ北に通りを抜けていく。それからこの大通りの終点にして公園でもあるこの場所で階段を降り、下町に向かう。そこは普段は、木の棒と布だけで場所取りされる市場のある場所だ。凸凹の石畳に気を付けながら、彼女らは大きく左に蛇行する楕円形の仮設通路を歩く。そこでほぼ一周したら、その女性の出番は終わりだ。

 この出し物は、賭けにもなっている。しかし、どの女性が今年の女神として選ばれるかは、投票による。そこで胴元は、少しでも勝負を公平にするために、賭けに参加する人間には自分の投票券を差し出すように要求しているという。胴元自身がイカサマをする可能性をなくすために、それらは金属の箱の中に保管され、結果が確定されてから開けられる。そういう事情もあって、毎年なかなか出来レースにはならないのだとか。

 しかし、博打云々は別としても、美しい女性が美しい装いをして目の前を歩くのだ。娯楽の多い世界ではない。男達は美女を冷やかすべく、通り沿いに殺到していた。もし、あの商人が自分の店を提供してくれなかったら、俺はあの群衆の中に混じって機会を見定めなくてはいけなかったのだ。それはさぞ暑苦しかったことだろう。


「大丈夫かね」


 バイローダは、この祭りの高揚の中でも、まるで暗い建物の中にいるかのように重苦しい表情をしていた。


「何がですか?」

「昨夜、結局、あのまま服を渡したのだが」


 オルファスカ達を、ちょっとした小芝居で騙して祭りに参加させることにしたその日、いくつかの出来合いのドレスを見てもらった。彼女らはキャーキャー言いながら何度も着替えを繰り返し、これという一着を選び出した。多少、丈が合わないところがあったので、メイドが手直しするということで、いったん引き取った。

 それが昨夜、手直しが終わったのでもう一度、屋敷で着てみてもらった。今度はピッタリだった。針仕事は完璧で、それこそ思いっきり引っ張るのでもない限り、服が破れたりすることもなさそうだった。散々確認を繰り返した後で、オルファスカ達は自分達の宿に引き返した。


「何の仕込みもしていないし、できなかったぞ? どうやって悪戯とやらを仕掛けるのか」

「それでいいんですよ。まぁ、見ててください」


 ノーラは「使徒の思い通りになっていいのか」と俺に言った。

 それなら、今回ばかりは奴の裏をかいてやろう。今日だけは、人間の、それも子供みたいに振舞おう。これからすることは、ただの悪戯、悪ふざけ。


 ちらと横に建つ石碑を見やる。

 そこには、独立記念祭において優勝した女神達の名前と、ちょっとばかりのメモが刻まれていた。


『九七三年 シャムサ・シャーフル 太陽のように美しい娘だった……金色の髪に金色の衣装が真夏の太陽の下で輝いていた』

『九八一年 ジーナ・ウォーソーフェン 誰が知ろうか? あのような可憐な少女に、あのような力強い美声があろうとは!』

『九八五年 エミュラ・ドゥハハビア 剥き出しの白い足は、撒き散らされた銀貨とともに、男達の正気を奪った』

『九九〇年 サビハ・ハイリシュ 婚約者に生涯で最も美しい姿を見せるために出場したが、妬む者はいなかった……その日々の善行を知ればこそ』


 いろんな女性がこのお祭りに参加したのだろう。ルイン人らしき金髪の描写もあれば、明らかにサハリア人と思しき名前もみられる。地元はもちろん、外国人でも、垣根なく出場を許可してきたのだ。

 さて、まもなく、オルファスカもここに名を刻まれることになるのだろうか?


 アーケードのちょうど真ん中に、その飲食店はあった。顔パスで、俺達は入口を通り抜け、二階に案内された。ベランダの一番前に置かれた丸いテーブルに、それぞれ腰かけた。すぐ下は大通り。黒い金属の柵があるばかりで、視界を妨げられることもない。まさに特等席だ。

 ウェイターがやってくる。線の細そうなフォレス人の若い男だ。


「まずはお飲み物から……」

「ああ、適当に頼む」


 バイローダが振り向きもせず、そう言う。あまり客の機嫌がよさそうでないと悟った彼は、慌てて頭を下げて引っ込んだ。


「そろそろ昼食の時間ですね」


 生ハムとサラダ、それに酸味のあるドレッシング。小皿に取り分けて、周囲に勧めつつ、俺は遠慮なく食べた。


「正直、喉も通らんよ」

「そんなに心配しなくても、ちゃんと僕には作戦がありますって」

「そちらの心配もあるが」


 バイローダは首を振った。


「妻にチクリと言われたよ。わざわざ出かけてまで若い娘を見に行くんですってね、と」

「まさか。かわいい姪っ子が、お祭りの日にも一人きりではかわいそうだから、こうして出てきたんですよ」

「もちろん、そうは言ったとも。だが、屋敷に若い女達を連れ込んだことが、どうも使用人達から漏れていたようでな」


 そういえば、彼は恐妻家だったっけ。直接に説明されたことはない。ただ、ベルはそう言って彼を脅していた。


「やましいことなんかありません。いい年して独身の、大事な弟のために、嫁候補を見定めようとしてのことなんですから」

「そういう口実はあるが、気が気でない」

「奥さんの方は、申し訳ないですが、ご自身で何とかなさってください……それより、おいしそうなスープがきましたよ」


 ノーラとハディマの間に挟まれたサーシャは、大人用の椅子では高さが足りず、テーブルにしがみつくような格好で皿にフォークを突き立てていた。


「おいしい?」

「うん! おいしい!」


 そっとノーラは手を伸ばし、頭を優しく撫でた。

 ハディマはというと、お行儀が悪いと叱る余裕もないようだ。無理もない。ここでしくじったら、あのオルファスカを「奥様」と呼ばなくてはならなくなる。しかも、俺から作戦の詳細は伝えられていないのだ。


 スプーンで透明なスープを掬って一口。噛むようにして飲み込んだところで、通りを貫くようなラッパの音が響いた。


「始まった、な」


 さっきから食事に手をつけもせず、バイローダは手を握り締めた。

 彼にしてみれば、ここでオルファスカを撃退できないと、その後もずっとベルに脅迫され続けるのだ。なんとしても好ましい結果になって欲しいのだろう。


「っと、一人目ですね」


 フォレス系の女性だ。涼し気な水色のドレスをゆったりと身に纏って、ゆっくりと大通りの真ん中を歩いている。通りの左右にいる男達に笑顔を振りまきながら手を振っているのだが、横を向くたび、長い亜麻色の髪がアーケードの下を抜ける風に巻き上げられて、顔にかかってしまっている。


「結構、風が強く吹くのね」

「おかげで涼しい」


 冷たい空気は下に向かう。だからアーケードの空気は、南側の泉を風上に、階段を風下にして流れ続ける。


「二人目だ」


 出されたパンにバターを塗って頬張りながら、すぐ下の通りを見下ろす。

 今度はサハリア系らしい。黒い髪はポニーテールに纏められていて、そこに赤い花が飾られている。小柄ながら、手足はスラッとして、形がいい。身に着けた真っ赤なドレスが、彼女の浅黒い肌をより魅力的に見せてくれる。


「何番目になるかは、わかりますか?」

「いや、順番は前後することもあるから、明確じゃない。ただ、歩いた順番でみんな投票するから、そこは運営も認識しているんだが」


 それはそうか。余所者が参加することもある。名前なんて誰も知らないだろうし、第一、字の読み書きができないのもいるだろうし。

 ただ、それなら、もうそろそろ準備をしようか。


 俺は、懐からあの黒い蝶の髪飾りを取り出した。


「なに? それ?」


 気付いたノーラが尋ねる。

 俺は悠々と構えて、それを自分の頭に取り付けた。


「どこで手に入れたの?」

「その辺で拾った」


 適当に流しながら、俺はフォークとナイフで肉を切り分けた。冷めてしまってはもったいない。

 その時、通りの向こう側から、どっと笑い声が巻き起こった。何事かと思って慌てて振り返る。


「やーやー、どーもどーも!」


 妙に明るい、よく通る声が響いた。


「なんだ、あれは!?」


 思わず素が出てしまった。

 年齢は俺やノーラと変わらない。まだ十一歳の少女だった。出場者としては、かなり若い部類だ。しかし、その格好ときたら。

 赤一色。左右の腕には大きなヒラヒラがついており、頭の上にはやけに長い飾り……いや。あれは首をもたげた赤竜、か? すると両腕のあれは翼、そして、尻尾までつけてある。赤竜の着ぐるみで出場とは。顔が出ているのが赤竜の首の付け根なので、そこも赤い鱗を再現しているのか、顔にもしっかり赤い塗料らしきものを塗りたくっている。


「わー、変な恰好!」


 サーシャが身を乗り出して、もっとよく見ようとする。ノーラが慌てて手を伸ばした。この子は、うっかりベランダから落ちかねない。


「今年もやってるのか」


 バイローダが皮肉な笑いを浮かべた。


「ご存じなんですか?」

「あの子は毎年、変な恰好で出てくるんだ。確か、名前はフリッカとかいったかな? ギャラティ家というムスタムの名家の娘なのに、変人だと有名でね。去年は確か、船の格好をしていたっけ」

「船の格好? どうやって」

「本当に木で、こう、テーブルくらいの大きさの木材を体に括り付けて、船みたいに見えるように着飾っていたんだよ。重そうにしていたな」

「へぇ」


 面白いやつだとは思うが、今回の計画には関係ない。まぁ、お祭りだし、こんなのもいていいか。さっさと頭を切り替えて、俺は次の候補者を待つ。

 そのうちに一通り食べ終わって、小さなケーキを少しずつ口に運びながら、紅茶を飲んでいた。数人が通り過ぎたが、まだオルファスカは出てこない。だが、気に病むこともない。出場を勝手に取りやめたのなら、それも口実にできるのだし……


「今年は小粒だな」

「旦那様」


 最初は気が気でなかったバイローダだったが、今ではすっかり女の子の鑑賞に夢中になっているようだ。頬が緩んでいる。ハディマも呆れながら、たしなめている。いったい何しにきたんだか。


「きれーな服!」

「うん、きれいね」


 ベランダに手をかけて乗り出しそうなので、ノーラはサーシャを自分の膝の上に座らせて、しっかりと抱きとめてくれている。


「おっ」


 南側の通りに、さざなみが巻き起こる。男達の興奮が、ここまで伝わってくるようだ。


「……やっとお出ましか」


 上品なクリーム色の衣装を身に着けたオルファスカは、どこかの姫君でもあるかのように華々しく通りの真ん中を歩いた。背筋はしっかりと伸ばして、けれども、どこか儚げな雰囲気を漂わせながら。男心を掴むコツを知り抜いた女の仕草だ。あどけなさを装う彼女の本性を知ったら、みんなどう思うだろう?

 とはいえ確かに、その美貌は一人だけ頭抜けていた。あっさりとした印象を与えるセミロングの黒髪、蠱惑的な暗い瞳、白い肌、均整の取れた体つき……とりわけ男達の視線は、形の良い乳房と細い腰に向けられていた。


「こ、これはまずい、な」


 さっきまで余裕をみせていたバイローダだが、ここに至って本気で冷や汗を流し始めた。


「比べてみると、段違いだ。このままでは、本当にあの娘が優勝してしまう」

「優勝してもいいじゃないですか」

「なっ! 何を言っているんだね!」

「要は彼女が結婚を諦めればいいんですよね」


 俺は目配せをした。


「ノーラ」

「うん」


 これだけで彼女は察した。『人払い』の魔法で、オルファスカに発見されないようにする。でないと、俺達はもうムスタムを発ったはずなのだから、バイローダと一緒にいるとなると、疑いの方向がこちらに戻ってきてしまう。

 バイローダもハディマも、息をつめて彼女を見つめている。サーシャはというと、通りを歩いているのがオルファスカだとわかると、途端に黙りこくった。


 だんだんと彼女は近付いてきた。何度も立ち止まりながら、声をあげる男達に手を振ってやっている。そうして、やっと俺達の真下で足を止めた。

 さて、俺の出番だ。


 オルファスカは、笑顔で手を振っていた。満面の笑みではない。顔の形が崩れるような笑い方はウケない。上品さを取り繕って、微笑むだけにとどめている。男達に媚びているようにみえるのかもしれないが、内心では、男達を見下している。だから、そこに必死さはなく、余裕だけがあった。

 その時、アーケードを抜けていく冷たい風が、そっと空気を押し流した。


 何が起きたか、最初に気付いたのは、彼女を注視していた男達だった。

 ふっ、と衣装の形が崩れ、スカートのひだがずれた。見る間に、白い花が散るかのように風に流されていく。一方、本人は観客にばかり意識を向けていたので、まだ何が起きたかを自覚していなかった。一つには、ムスタムの暑苦しさも原因だったのだろう。

 だが、やがて違和感を覚える。視界の隅を、白い何かが横切ったとき、やっと彼女は我が身を顧みた。


「えっ……きゃっ、な、なに、これ……!?」


 やけに涼しいと思ったら。

 はっとして通りの向こうを見る。まさに風に舞って遠ざかっていく衣装の切れ端。そして自分はというと……なぜか下着まできれいに消え失せている。


「どっ、どうして? どうしてよ!」

「う、うおおお!」


 戸惑う彼女だったが、男達はお構いなしだった。

 この女はとんでもない! 人気取りのために、わざわざ自分の服を吹き飛ばしてみせた! 全裸をさらした! すごい美人なのに、ここまでやるのか!


 俺の横で、ガタッと椅子を蹴る音がした。

 やれやれ……


 この世界、娯楽はそんなにない。特に、白昼堂々、若い女性の裸体を拝める機会など、そんなにはないのが普通だ。前世と違って、コンビニにエロ雑誌が置いてあったりもしない。ネットにアダルト動画が無料でアップロードされていたりもしない。娼婦を買うことならできるが、それだって普通は薄暗い部屋の中でことを済ませておしまいだ。

 下の通りの男達は、この珍しい出来事を目に焼き付けようとした。それは、思わず一歩前に出るという行動に繋がった。その行動は、他の観客の視界を妨げるという結果を引き起こした。するとその観客は、更に前に出るという対処を必要とした。


「ちょ、ちょっと……」


 それは、裸のまま、茫然自失に陥ったオルファスカに、言い知れぬ恐怖を感じさせた。いきなり裸になった。原因はまだわからず、混乱している。そんな状況で、血走った目を向ける男達がにじり寄ってくるのだ。


「い、いやあ!」


 いきなり弾かれたように走り出した。反射的な行動だ。逃げる。とにかく、どこかに身を隠したい。

 だが、男達はもっと見たいのだ。いきなり走り去られては、目の楽しみがなくなる。思わず彼らも歩き出した。

 オルファスカが逃走に利用できるルートは、しかし、この大通りにおいては、前方か後方にしかなかった。そして、退路はというと、興奮した男達によって遮られてしまった。ゆえに彼女は、祭りの順路通りに走るしかなくなった。


「おおっ!」

「すげぇ!」


 北側の通路から、男達が口々に叫ぶのが聞こえてくる。


「これで」


 ふう、と息をつきながら、俺は蝶の髪飾りを外した。


「彼女はおしまいです。優勝しようがしまいが、公衆の面前で全裸になる娘なんて、嫁にはできませんからね」

「あっ、ああ」


 やっと我に返ったバイローダは、おずおずと椅子に座り直した。しかし、ハディマも目を白黒させている。衣装には、ほつれ一つなかったはずなのに。


 仕掛けというほどのものはない。すべては腐蝕魔術のおかげだ。

 この高性能の魔道具は、材質を指定して術を行使することもできる。だから、オルファスカが視界に入ってから、俺は絹糸だけを選択することにした。仕立て直すとき、衣装の継ぎ目をすべて絹糸に変えるようにとお願いしたのは、このためだ。まずは『腐蝕』で破壊し、それを同時に浄化した。質量としては決して大きくないので、不可能ではなかったのだ。おかげで服がバラバラになった。

 ついでに下着まで消えたのは、これもシルク製品だったからだ。上に羽織るドレスが白いのに、下着が目立つ色だと、季節柄、透けて見えたりする可能性もある。それははしたないので、下着も白、またはベージュが好ましい。こちらも、バイローダの屋敷で用意されたものを与えていた。


 俺にとっても、これはちょっとした反抗だった。

 使徒は、この最高の魔道具で更なる殺戮に勤しんで欲しかったのだろう。だが、俺が最初にこれを使ったのは、殺人のためではなかった。本当に男の子が好んでやるような、どうでもいい悪戯のため。

 どうだ? 見ているか? この間抜けな様子を。そうそうお前の思い通りになったりはしない。


 横でノーラが溜息をついた。


「くだらないけど、殺すよりはマシね」

「だから悪戯だって言ったろう?」

「はぁ……」


 ノーラは苦笑して、肩をすくめた。


 明るい真夏の太陽の下で、大勢に凝視されるオルファスカ。気分はどんなだろう?

 今頃、ラシュカのことを疑っているに違いない。もともと信頼関係もなかった。それに、あの衣装の仕立て直しには、ラシュカの手が入っている。

 せいぜい仲間割れでもしていてくれ。それが奴らにはお似合いだ。


 俺はもう、後のことは気にせず、残ったケーキをフォークで突き刺すと、口を大きく開けて頬張った。


 結局、祭りは滅茶苦茶になった。全裸の痴女があまりに人目を引いてしまい、通路に男達があふれた結果、残りの出場者は大通りを歩けなくなったのだ。しかし、それでも投票は行われた。ダントツで一位を獲得したのは、他ならぬオルファスカだった。早速、彼女の華々しい実績はムスタムの石碑に刻まれた。


『九九六年 オルファスカ・サロペス 前代未聞、まさに原初の女神そのものの姿でムスタムを混乱に陥れた! 歴史上、これほどまでに票を独占した候補者はいなかった……彼女はこの街の女王となった』


 しかし、オルファスカはその日のうちにムスタムを発ったらしい。仲間達の姿も消えた。


 その三日後、俺とノーラはフリュミー家を辞した。

 不死に至る第二の目的地、あの人形の迷宮を目指して。

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