三文芝居と悪だくみ

「では、結果を残して欲しいと」

「そういうことですな」


 時刻は昼。場所は白一色の邸宅、その一階。数人の来客を受け入れるための中規模ダイニング。

 植え込みの緑が眩しい。すぐ横の窓は大きく、広い庭の向こう側、外の通りからでも室内の様子がよく見える。


「我がフリュミー家は名家ではあるが、ここムスタムでは新参者。侮られたくはない」


 バイローダは、なるべく威厳ある風を装って、重々しくそう言った。恰幅のいい体をもっと大きく見せるために、柘榴色に染まったサハリア風の長衣を身に着けていた。


「一方で、多少の融通と言おうか、少々型に外れたことをしても許される家風もある。思えばディンもそうだった」

「えっと……はい」


 彼が何を言わんとしているのか。それをオルファスカやその仲間達は、見抜こうと身構える。


「弟は、あまり大きな声では言えないような形で離婚した。既に知っているとは思うが、妻の側から強く要求されて、やむなくエンバイオ家を離れることになった。その後添えにとなると、やはり恥をかかせるような娘を抱え込むわけにはいかん。これが簡単ではなくてな」


 人差し指を真上に突き立て、眉を寄せながら彼は首を振った。


「面子の問題だ。妻に捨てられた男が、なんとか適当な女に拾ってもらった……などと陰口を叩かれるくらいなら、独り身のほうがマシなのだよ」

「では、どうすれば?」


 もってまわった言い回しに苛立ったベルが急き立てる。本当はバイローダを脅しているのだが、ここにはハディマも同席している。強く出るわけにはいかない。


「近々、もう四日後だが、祭りがあるのは知っているかね」

「う、はい」

「オルファスカさん、その『女神』役の一人として、出場して欲しい」

「えっ?」


 ミスコンに参加せよとの要請に、彼女は真顔になった。


「別に優勝せよとは言わん。ただ、入賞くらいはして欲しい。ムスタムの男達が認めるような美貌の持ち主、それを妻にとなれば、弟も恥をかかずに済む。ただもちろん、勝てばいいのではない。あまりはしたない真似をしてもらっても困るが」

「という……いいますと?」

「美しい芸を見せるならいいが……例えば、素晴らしい歌声を響かせるとか。だが、人気取りをしたいがゆえに、以前は銀貨をばら撒いた娘もいたという。そういう極端な振る舞いは認めないということだ」

「えっ、ええ、しませんけど」


 思いつきもしなかったらしい。そんな金もないだろう。


「無論、私もしっかり協力はする。ディンが独り身のままでいるのは心配でもあって、確かに家を切り盛りする妻がいたほうがよいとは考えていたのだ。オルファスカさんは遠くから来たので、衣装の持ち合わせもあるまい。それはこちらで手配しよう。夕方までにいくつか届けさせるから、一番気に入ったのを選んで欲しい。うちのメイド達に急いで針仕事をさせて、体に合うよう直させよう」

「えっと、それは」

「何か問題でも?」


 オルファスカもベルも、それぞれ別個にバイローダを脅してきた。それがいきなりこんな提案をされたのだ。だから訝しんでいる。裏でファルスが何かしているんじゃないかと。

 その推測は、当たりだ。


「いえ」

「衣装に問題がないか、体を締め付けすぎたりしないかは、自分でもよく確認してくれたまえ。生地のしっかりした、立派な出来栄えの服だけを用意するから、その辺の心配はないはずだが。そこのラシュカさんかな、前に聞いた話では、針仕事も得意だとか」

「あっ、はい」

「しっかり助けてやってくれたまえよ」


 あまりにもハキハキと喋り、堂々とした態度で事を進めようとするバイローダに、彼らは戸惑うばかりだった。


「あの、これ」

「なんだね」

「やらないと言ったら」


 怪しい。あまりにも変だ。

 だからオルファスカは拒否しようとした。


「となると、家長としては、あなたの要求を呑むわけにはいかん。氏素性の知れない女をいきなり弟にあてがうのかね? アメジストの冒険者証を持っていても、ここムスタムとの繋がりが何もない、我が家の名誉に寄与しない女性を、軽々に引き受けるのは、やはりどう考えても無理だ」

「で、でも、いきなりそんな、恥ずかしいです」


 恥ずかしい。伝家の宝刀だ。思ってもないことだが、言葉にすれば強い力を発揮する。

 バイローダも、内心はおっかなびっくりだろう。こんなに強気に出て大丈夫なのかと。しかし、もともと愚鈍な人物でもない。これくらいの役目はこなしてくれなくては困る。


 溜息をついてみせて、彼は条件を緩めた。


「仕方がない。本音を言おうか。入賞といったが……まぁ、最悪、それさえ無理でも構わん。要はだな、言い訳ができなくてはいかんのだ……実際には、わしは先に君らに会ってはいるんだが、弟にはこう言うつもりだよ。毎年の祭りを見に行ったら、魅力的な女性がいるのを見つけた。それで話しかけてみたら、お前の知り合いというじゃないか! という感じでな。そこでわしが気に入ったということにしないと、道理が通らんのだ」

「ああ、そういうことですか」

「うむ」


 巧みに話をすり替えた。

 バイローダは、オルファスカの罠に嵌って男女の関係になったと思い込んでいた。いずれにせよ、目が覚めたとき、すぐ隣に裸の女が寝ていたのだから、抗弁の余地もない。

 しかしまさか、脅されたからこの女をお前の妻にと勧めるんだ、なんて言えるわけもない。じゃあ、どうやって知り合ったんだ、とディンに尋ねられたとき、逃げ道がなくては。という口実。


「旦那様」


 そこでハディマがきつい声で割り込んだ。


「私は反対でございます」

「何を言う、ハディマ。使用人の分際で」

「そうは申しましても、私が今、直接にお仕えしているのはディン様です」


 じろりと一行をねめ回し、彼女は疑念を口にした。


「私は最初から、胡散臭いと思っていたのです。確かにお持ちのネックレスは間違いなく旦那様の持ち物ですが、それだけでどうして身分の証明ができようものでしょう? もしかしたら、旦那様が帝都で売ったり人に譲ったりしたものかもわかりません。いいえ、盗品かも」

「なんてことを言うのよ!」

「かもしれない、というお話をしただけでございますよ」


 図星を突かれて、オルファスカは多少の動揺をみせた。


「こんな冒険者ともゴロツキともつかない娘をフリュミー家に入れたとあっては、世を去った母に私が叱られてしまうでしょう。ええ、旦那様、私は断じて反対でございます」

「とはいえ、ハディマよ。船乗りの仕事は家を長く留守にする。サーシャにも母親代わりが必要ではあるし」

「私がしっかり教育しております」

「わかった。それはよくてもだな……」


 四人組を盗み見ながら、バイローダはなおも言い募った。


「留守の間に、ここムスタムでの人付き合いを代わりにやってくれる誰かがおらねば。といって、わしがずっと代わりをするのもなんだし、お前の立場ではそれもできまいし、やはり妻がいたほうがよかろうに」

「道理ではございますが」

「それだけではないぞ。船乗りは、ときに海で命を落とす。そうなったら、誰がサーシャを守るのだ」

「そこまでおっしゃるのなら」


 腕を組み、椅子の上で肩を怒らせながらも、ハディマは渋々承諾した。


「旦那様の条件で、私も反対を取り下げましょう」

「わかってくれたか」

「但し」


 もう一度、彼女は四人組を見据えた。


「その旦那様のネックレスは、私がお預かり致します」

「な! なんでよ!?」

「おや? 私に手渡して何の不都合がおありでしょう? あなたはただ、街の大通りを練り歩いて、ディン様に相応しい娘であることを示されるだけでよいというのに。それともやはり、何かやましいところでもおありなのですか」

「ふざけないで!」


 怒って、或いは怒りを装って、オルファスカは席を立った。そして指差して怒鳴りつける。


「バイローダさん、この人をクビにして! 冗談じゃないわ!」

「ま、待て!」


 片手をあげて遮ると、彼はまたもやハディマを掻き口説いた。


「ハディマ、確かに今のお前の言い方は失礼だ。まるでオルファスカさんを泥棒みたいに」

「私は、それくらいのことがあってもおかしくないとさえ思っておりますから」

「なんてことを言うのよ! 人のことを証拠もなしにそんな」

「そうだ。この件については、お前が非礼に過ぎるぞ」


 バイローダまで席を立った。

 だが、当主の叱責にもかかわらず、ハディマはそっぽを向いた。


「いいえ、今申し上げたことは決して撤回致しません!」

「な、なんだと?」

「この程度の条件も飲めない怪しい人をフリュミー家に……おお! 寒気が致します!」


 四人組は、あくまで意地を張るハディマに冷たい視線を向ける。


「ああ、オルファスカさん、では、座ってくれ……ハディマ、お前に暇を取らせる」

「なんですって!」

「やった!」


 喜ぶオルファスカと、驚くハディマ。


「だが」


 バイローダはそこに条件を付けた。


「クビにするのは四日後だ。お前の最後の要求は、わしが呑もう」

「どういうこと」

「オルファスカさん、それならそのネックレスを、わしに預けてくれんかな」

「えっ」


 改めて着席し、笑顔を作って、バイローダは説明した。


「ハディマは、長年フリュミー家に仕えた家の女だ。無論、だからといって、客人への無礼が許されるなんてことはない。だが、それはそれとして、当主といえども、その申し出を軽く見るなどできはせん。ならば間をとって、わしがそれを預かろうというのだ。なに、問題なかろう。ディンが帰ってきたら、このネックレスもあの家も、どうせあなたのものなのだし」


 喧嘩腰での要求には拒否できても、笑顔で下手に出た上での提案を蹴るのは難しい。

 バイローダは、ハディマをクビにするという大幅な譲歩をしてみせた。なのにその上、ネックレスを預けることさえできないとあっては、それこそ自分にやましいことがあると、そう解釈をされてもおかしくない。


「じゃ、じゃあ……」

「うむ。これはこの小箱に入れておく。今、この通り鍵をかけた。これはわしの私室の金庫に収めておく。四日後まで、誰にも触れさせはせん」


 肝心のものを回収できた。これで一安心だ。


「あ、あの」


 ラシュカがおずおずと声をあげる。


「なにかな」

「ファルスさん達はどちらへ」

「ああ」


 大袈裟に頷いてみせたバイローダは、当たり前のように言い放った。


「今朝、わしのところに挨拶に来たよ。ピュリスに帰るとか」

「ええっ?」

「なんでも、あちらの商会を任せていた……イーナ・カトゥグ? とかいう、まぁ商会の女性なんだが、後押ししている総督のムヴァク子爵と揉めてしまったとかでね……代表が顔を出して頭を下げないと済まないことにまでなってしまったんだとか」

「本当ですか?」


 疑うのも無理はない。


「ディンの家にも、もう荷物はないはずだが」

「で、でも」


 不自然だとは思うだろう。あんな事件があった直後だ。普通なら、バイローダに告げ口するはずだ。


「気になるなら、ムスタム中を探し回ればいい。ああ、いっそこれを」


 バイローダは懐から鍵束を取り出した。


「わしの家にもおらんよ。なんなら、家探ししてくれたって構わない。だが」


 テーブルの上に鍵束を放り出す。椅子の上にふんぞり返って、彼はぼそりと言った。


「普通なら、このムスタムでわしに楯突く人間は、長居はできんのだ……」

「えっ?」

「そういうことだよ、オルファスカさん」


 言いながら、彼はそっとウィンクしてみせた。それで彼女も追及を取りやめた。

 つまり、バイローダはファルスの報告を受けたが、握り潰したのだと。というのも、その事実を大っぴらにしようものなら、火の粉はバイローダ自身に降りかかるから。そう思わせたのだ。


「では、これでよいかな。いやぁ、四日後が楽しみだ……アーケードの二階の席から、見物させてもらうとするよ」


 彼は笑顔で話を締めくくった。


 ……四人組が立ち去ってしばらく。


「見ていたとは思うが」

「はい、上々です」


 その裏手の部屋で、俺とノーラは、二人と話をしていた。


「ネックレスも回収できましたし、これでオルファスカは祭りに参加しなければならなくなりました」

「だが」


 バイローダは不安を顔に出した。


「そのために、わしは随分と甘い条件にしてしまった。あれでは、ただ出場しただけで結婚の許可を出さなくてはならん」

「いいんですよ。彼女は確実に、そこで不祥事を起こすんですから」

「しかし」


 周囲を見回しながら、彼はなおも懸念を口にした。


「どんな仕掛けでやるのかも、教えてもらえないのでは」

「そこはご安心ください。絶対に始末してみせますよ」


 なんなら祭りに出たオルファスカを精神操作魔術で動かし、事件を起こしてやってもいい。しかし、さすがにそこまで強引な真似をしでかすと、後で本人が気付いてしまう。そうなると、ここでの約束も無効だと、そう申し立ててくるかもしれない。それではいけない。


「ですがファルス様」


 ハディマも心配そうに言う。


「衣服に何か細工を、というのも……気付かれてしまうでしょうし」

「はい。ですからさっき申し上げた通り、細工はしません。白い衣装を選ばせ、生糸で肝心の場所を縫い留めてくれさえすればいいのです。その部分をわざと破れやすくしたりする必要はありません。ちゃんとした仕事をしてください」

「いったい何をするつもりなのかね? いきなり飛び出していって、服を破いてしまうとか?」

「まさか、それでは僕が捕まってしまいますよ」


 肩をすくめて、俺は笑顔を浮かべた。


「要は、何かあったとき、誰が何を疑うかってことが肝心なんです」

「というと?」


 俺は皮肉めいた笑みを浮かべてやった。


「まぁまぁ。これは悪戯なんです。悪戯は、タネが割れないほうが楽しいでしょう?」

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