ミスコン見物が決まりました

「お暑い中、わざわざどうも! 皆さん、こちらが今日の賓客、あの若年にして竜を討ったという王の騎士、ピュリスのファルス・リンガ氏です!」


 壇上に立たされた俺は、軽く会釈をする。微笑んでみせたつもりだが、顔の筋肉があんまり動いていない。


「それだけではありません。たった一年でピュリスの市場を掌握した彼の右腕、少女ながらにこれまた稀有な才能の持ち主であるノーラ氏まで、わざわざムスタムを訪ねてくださったのです!」


 ホールの中に、拍手が鳴り響く。

 室内には、既に立食パーティーの準備が整えられている。冷えた果汁や酒、パンで挟んだ肉や野菜。お手軽な料理ばかりだが。


 司会役の男は、ターバンもどきを頭に載せたサハリア人だ。生き方は顔に出るものだが、彼の覗き見るような眼差し、弱々しい口髭は、そのまま立場と人生を示していた。逞しい水夫と抜け目ない商人達の街で、彼は下働きの身分に甘んじている。


「このような素晴らしい会合を持つことができたのも、こちら、バイローダ・フリュミー氏の尽力があればこそ! こんな機会はまたとございません!」


 また拍手喝采。

 だが、そろそろ苛立ちから足踏みし始めるのもいる。顔は笑っているが、体は笑っていない。みんな、俺やノーラと話したい。それに、この焼けつくような暑さを我慢して、わざわざ商業ギルドまで歩いてやってきた。地下室で冷やした酒を、すぐにでも飲みたいのだ。


「それでは、皆様、ご歓談ください! それとファルス氏とお話したい方は、ぜひ順番を守ってください。以上、あとはお好きにどうぞ! 乾杯!」

「乾杯!」


 司会役の男はフォレス語で挨拶したが、乾杯に唱和する声の半分は、サハリア語だった。


 商談を、それでなくてもまずはお近付きに。そう考える商会の主達が、日焼けした凄みのある顔に笑みを浮かべて、歩み寄ってくる。

 そんな彼らに、溜息をつくわけにはいかない。俺は引きつった笑顔を浮かべたまま、立ち尽くしていた。


 正直、こんな場所に引っ張り出されるなんて、面倒なだけ。これから人形の迷宮で行方不明になろうというのに、金儲けなんかしてどうするのか。手元の旅費になるならいざ知らず。

 だけど、ここで儲け話に振り回されて、ノーラが一時的にピュリスに帰ることになればどうか。或いは、俺が一人で戻るのでもいい。もちろんその場合は、請けた商談なんかほっぽり出して、いきなり一人でまた別の港を目指す。今度こそ、シャハーマイトから陸路で西に向かう、なんてことになるかもしれない。

 だから正直、何を話しても全部上の空だ。


「いやぁ、フリュミーさん、今回は本当に楽しみにしてましたよ。まさかご本人とお会いできるとは」

「弟がね、いい縁を繋いでくれたということだよ。私自身では、とてもとても」

「僅か九歳にして、王都の内乱に立ち向かい敵将を討伐! つい最近も、もうじき十一歳という若さで、黒竜の主討伐者とは。どんなに素晴らしい少年なのか、一目会いたいとずっと思っていた」

「光栄です」


 ぎこちなく右手を差し出し、握手する。

 なお、頭を下げるのは、基本的にあちら側だ。こちらのが年少だが、身分が違う。


「ところでファルス様は」

「様なんて結構ですよ。なんなら呼び捨てでも。気楽に話してください。黄金の腕輪があるといっても、まだこの年齢ですし、修行中の身でもありますから」

「ははは、それじゃあファルス君、改めてムスタムまで来てくれて、ありがとう」

「盛大な歓迎、痛み入ります」


 だが、我慢はする。

 この中の誰か一人でも、役に立ってくれればいい。


 ノーラをピュリスに追い返す。

 ノーラをピュリスに追い返す。

 ノーラをピュリスに追い返す。


 今、俺の頭の中には、それしかない。


「まだ十一歳になって四ヶ月とのことだけど」

「はい」

「もう黄金の腕輪とは……陛下の騎士なら、帝都の学園にも通うのかな?」

「そのようにせよと、陛下はおっしゃいました」

「なるほど、あと三年半もある」


 その前に、俺は世界中を歩き回って不死の秘密を暴いてみせる。何なら、すぐお隣の人形の迷宮で。


「それまでは、どんな風に過ごすつもりなのかな」

「特にこれと決めているわけではありませんが、修行を重ねたいと思っています」

「立派な心がけだけれども、私としてはお勧めしないね」

「それはまたなぜですか?」


 丸い帽子をかぶったフォレス人の中年男は、大袈裟に手を広げて強調してみせた。


「それは、ファルス君が強く逞しくなることと、将来の身分とは、まったく関係がないからだよ。君は優秀で賢明だろうが、まだまだ経験が足りない。個人としての力をどれだけ磨いても、それで地位が上がるなんて思わないほうがいい。一人でできることなんて限りがある。私が思うに、陛下はその辺をよくわかっておいでだよ」

「おっしゃること、ごもっともです。一人の人間になし得る仕事はあまりに小さいですから……ただ、どうして陛下が?」

「帝都の学園に行きなさいと命じておいでなんだろう? つまりは、仲間を増やしなさいと、そういう話をなさっているんだよ」


 こいつ、余計なことを。

 隣に立つノーラは無言のままだ。しかし、うっすらと微笑んでいるようにみえる。


「そこでだ、ファルス君」

「は、はい」

「あちこちを放浪して、個人としての技と力を磨くよりは、残りの時間はここムスタムに腰を据えてみるというのはいかがかね」

「えっと」

「なに、快適な別荘が一つあると思えば……ああ、今は真夏の最中だから暑いだけだが、冬になったらまた海を渡ってここまで来たらいい。ピュリスは冬になると寒いが、こっちは違う。年中暖かいから、快適というのがどういうことか、きっとよくわかる」


 俺に家をあてがおうとしている?

 いや、つまりこれって。家を持つ、即ち。


「急なお話ですし」

「なんのなんの。商人は、急な話をまとめるから商人なもので。ノンビリじゃあ儲からないからねぇ。もし望むのなら、明日には間に合わせるよ。もちろん、ちゃんと使用人もつけるし……」

「あ、あははは、お気持ちはありがたいのですが」

「おやおや、用心深くてらっしゃる」


 俺の拒絶にも、彼は笑ったままでいた。

 いったい何をしでかすつもりだったのか? そんなの、わからなきゃ嘘だ。要するに、家と一緒に嫁をあてがおうとしていたのだ。


「残念だね……いや、私はこんなお腹をしてるが、これでもほっそりとした、まるで水仙のように美しい娘がいてね……君よりは少しばかり年上なんだが」


 家柄にもよるが、富裕層なら、十代に差し掛かる頃には、婚約者がポツポツと決まり始める。もちろん、貴族階級ともなれば、帝都の学園で暮らすので、本格的に結婚しだすのは留学後だ。しかし、騎士階級でも学園に行くことはあるし、こちらの場合は結婚が先になるケースもあるらしい。

 早すぎる、と思わないでもないが、これは致し方ない措置なのだ。


「これは私の持論だが、最初の妻は年上のほうがいい。何かと気配りもできて、役に立ってくれる。それで自分がそこそこ歳を重ねたら、若い妾をもつとちょうどいい。若い男は年上の女と、若い女も年上の男と。そういう組み合わせの方がね、うまくいくものなんだよ」


 貴族の場合は、息子の性的欲求と結婚は別に処理される。貴族の令嬢も学園で学んで帰国してから結婚するので、必然、貴族の息子達も卒業まで結婚はお預けだ。しかし、十代後半からの学園生活、しかもそこには親の目もない。周囲は同年代の若者か、自分に逆らえない従者達ばかり。だから、恋の手管に長けた帝都の女に絡めとられないよう、愛人をつけて送り出す親もいる。そして貴族には、それを可能とするだけの身分と資金がある。

 だが、ただの富裕な市民や騎士階級からとなると、そんな余裕はない。愛人だって人間、三年間の学生生活の後に、ポイ捨てなんてできない。生涯にわたって面倒を見なくてはいけないのだ。しかし、帰国後から死ぬまでずっと、本妻相手に主導権を求めて喧嘩を吹っかけることも考慮に入れると、やはり妾など採算が合わない。特に、本人が未熟なうちには。

 それならいっそ、早めに結婚を決めて、夫の監視をさせるのも悪くはない……そういう思惑なのだ。


 というわけで、少し早めの新婚生活はいかが?

 俺は騎士階級にはなった。しかし、貴族になる可能性は決して高くない。なれるとしても、常識に沿って考えるなら、成人後に十年、二十年と宮廷で役目を果たしてからだ。なら、これは妥当な取引なのだ。


「女性が嫌いなわけではありませんが……慎重さは、騎士には必要不可欠な資質ですから。商人のような機敏さは持ち得なくとも、いえ、いっそ鈍重であってさえもですよ」

「ははは、なるほど」


 そんな会話に、横からサハリア人の太った男が割り込んできた。結構な年齢で、髪も白くなっている。


「それなら、ちゃんと自分の目で見て相手を選んではいかがかね」

「といいますと」

「知らないのかね。あと数日で、ムスタムのお祭りがあるのさ」


 そういえば、小耳に挟んでいたっけ。何か祭りがあるんだったか。


「紅玉の月の終わりに、ここを出たすぐの大通り、ここを女神達が練り歩くんだよ」

「女神?」

「ああ、正しくは、女神に扮した女の子達がね」


 ムスタムにとって一番大切な水源地から、大勢の人々が混じり合って暮らす下町まで。南北を貫く大通りを歩くという。


 上からムスタムの街を見下ろすと、まず北側の海岸に港があり、そこからすぐのところは、例のネギ添え高野豆腐のような日干し煉瓦の家々が立ち並ぶ。テントに凸凹の石畳、ところによっては赤茶けた土。迷路のような曲がりくねった細い路地がみられる場所だ。翡翠の魚亭も、この雑然とした市街地の中にある。

 その混沌とした市街地を抜けたところで、標高差のある場所に差し掛かる。それがちょうどここ、商業ギルドのある辺りだ。この辺は小さな公園になっていて、市街地と高級住宅地の境目でもある。公園といっても、木々がまばらに植えられていて、そこにいくつか記念碑らしきものが建てられているだけだが。幅もそんなにない。

 そこでまっすぐ階段を登ると大通り。すぐにアーケードに入る。そこを抜けると、大通りの向こうには、ムスタムの水源地となる泉がある。そのまた向こうは……前にディンとこちらに来た時に見て回った、あのデーツ畑が広がっている。


「ここを出たところにある記念碑を見なかったかね」

「え? ええ、まだ」

「あそこに歴代の女王の名前が刻まれているんだ。どんな風に人気を集めたかまで、ちゃんと書かれている。何人もの艶姿を見て、最後に市民が一番美しかった女性を選ぶんだ」

「美しさだけじゃないな。派手さとか、演出とか、面白さとか……何か他の要素でもいい」

「いつも、泉の傍から出発して、下町を抜けるまで歩くんだ。でも、特等席はといえば、やっぱりアーケードの下だけどね」


 要するに、女神の名を借りた、ただのミスコンだ。


「もともとムスタムは帝都の管轄下にあった都市でね……ご存じかな? その昔、ピュリス王国に併合されて独立を失っていた。それから市民が立ち上がってもう一度自由を取り戻したんだが、それがちょうど紅玉の月だったんだ。それを記念したお祭りということで、まぁ、女神を称えるわけだよ」

「そういう由来があるんですね」

「もちろん、祭りはそれがすべてじゃないが、ま、一つの見どころと言えるかな」

「なかなか笑えることもあるのさ。人気を取ろうとして、ちょっとした芸を見せてくれるような娘さんもいるからね」


 正直、大した演目とも思えないが、元気いっぱいの水夫達の街としてみれば、楽しめるイベントということか。


「若者なんかは夢中になるよ。これで娘さんを見初めて、頑張って口説いて結婚した、なんて話もあるのさ」

「ご縁ができるきっかけでもあるんですね」

「それに大きな声じゃ言えないが、要は賭けにもなるからね」

「ははは、なるほどです」


 納得だ。でなけりゃ、見ておしまいなんだから、面白くもなんともないだろう。

 だけど、そうなるとこの賭け、公平な勝負になるんだろうか。票集めとか、なんか事前準備がいろいろありそうな気もする。よっぽど強烈なインパクトでも残さない限り、後押しを受けた有力候補達に勝つなんて難しいんじゃないか。


「優勝した娘さんはね、名前が残るんだよ。さっきも言ったが、ちょうどここを出たところの石碑にね。飛び入り参加もできるから……だからノーラさん、あなたも出ていいんだよ」

「ありがとうございます。でも、私は」

「うちは衣類を扱っていてね、そりゃあ見栄えのするドレスがたくさんあるんだが」


 だが、どこか女の子らしくないノーラは、まったく心を動かされた様子もなく、軽く肩をすくめるばかりだった。現に今も、黒一色のローブを身に纏ったまま、オシャレの一つもしていない。

 結局、余所行きの笑顔だけ浮かべて、軽く拒絶した。


「せっかくですけど、華のあるムスタムの娘さん達と張り合って恥をかきたくはないんです」


 ノーラなら、逆に恥をかかせる側になると思うが。

 ただ、彼女には人目を惹きつける一芸がない。それに愛嬌もない。美人ではあるが、まだやっと十二歳だ。そうしてみると、そこまで勝算があるのでもない。ただ、そんな勝ち負けなんか、彼女は気にしてないだろう。どうでもいいからやらない。それだけだ。


「そりゃあ残念」


 そこでこのサハリア人の商人は、横に立つフォレス人より控えめな提案をした。


「じゃあせめて……せっかくだし、ファルス君……とわしも呼んでいいのかな? わしはあのアーケードに面したところの建物を一軒持っておってね。そこの二階がちょっとした飲食店になっている。ベランダ沿いの特等席を予約しておくから、よかったらぜひ、そこから見物してはどうかね」

「そんな、でも」

「なになに、遠慮なんぞなさらんでいい。貸しにするつもりもない。ああ、特等席はもちろん貸し切りだがね! せっかくピュリスからここまで来てくれたんだから、形ばかりのもてなしってやつだよ。せめてこれくらいは受けてもらえんかね。ま、わしの名前くらいは憶えて欲しいがね、ははは」

「ははは……はは」


 着飾った女どもなんか、どうでもいい。

 俺が望んでいるのはただ一つ。


 ノーラをピュリスに追い返す。


 これだけだ。

 でも、こいつらは、どうにも役には立ってくれないらしい。いったいどうしたらいいんだろう。


 思いつめた俺の胸の中に、あの魔宮の剣の白い閃光が突き抜けていったような気がした。


 ……この際、手段など選んでいられないのかもしれない。

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