真夜中の検証作業
窓を開ける。薄くかかった灰色の雲の下、控えめながらも時折輝きを見せる黒い海が横たわっていた。北向きの窓からは月が見えなかったが、夜間にしては明るい。
ムスタムはそれなりの規模の都市だが、さすがに真夜中ともなれば寝静まる。眼下に見下ろす日干し煉瓦の街並みに、ほとんど光は見られなかった。
ずっと一人になれるタイミングを探していたのだが、結局、この時間帯しかなかった。日中はノーラの目があるし、何かあるとサーシャが駆け付けてきて甘えだす。そんな状況では、一人でじっくり考えたり、検証したりといったことができない。
俺はリュックの中に手を突っ込んだ。取り出したのは、黒い蝶だ。小さくはない。大人の掌くらいの大きさがある。
あの、使徒にもらった腐蝕魔術の魔道具だ。奴のことはまったく信用できないが、道具に罪はない……かもしれない。正直、背に腹は代えられない。スーディアではたまたま命を拾ったが、今度もし、またあれだけの危険に遭遇したら、次は生き残れないかもしれない。手元に力があるのなら、可能性を確かめずにはいられないのだ。
だからムスタムに到着して二日、今は能力を組み替えてある。
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(自分自身) (12)
・アルティメットアビリティ
ピアシング・ハンド
・アビリティ マナ・コア・身体操作の魔力
(ランク9)
・アビリティ マナ・コア・腐蝕の魔力
(ランク9)
・マテリアル プルシャ・フォーム
(ランク9+、男性、11歳、アクティブ)
・スキル フォレス語 6レベル
・スキル サハリア語 5レベル
・スキル 身体操作魔術 9レベル+
・スキル 腐蝕魔術 9レベル+
・スキル 剣術 9レベル+
・スキル 格闘術 9レベル+
・スキル 隠密 5レベル
・スキル 料理 6レベル
空き(1)
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腐蝕魔術の有用性は、既に部分的ながら、調査済みだ。
まさしく魔術体系そのものの名前にもなっている『腐蝕』の威力は凄まじい。人体はもちろんのこと、金属だろうが何だろうが、一方的に破壊し、溶かし尽くしてしまう。また、原理は不明ながら『反応阻害』を使うと、火魔術など物理現象を引き起こす魔法を、瞬間的に妨害することもできるらしい。
他にも気になる術はある。『汚染』、『壊死』、『老化』……明らかに不吉な響きのものばかりだが、どんな効果があるかについては、ほとんどわかっていない。多くは推測するだけだ。
ただ、恐らく腐蝕魔術の行使は代償を必要とする。犠牲といってもいい。何かで世界を汚染する力に違いない。しかも、浄化手段もないようだし。
テーブルの上には金属の小箱と、ちょっとした土産物が並べられている。木彫りの人形だ。なるべく小さなものを、いくつも買ってきた。それと、実験の対象になる物を置くため、小さな陶器の皿も用意した。
脇にあるランタンに点火すると、俺は窓を閉じた。気休めかもしれないが、最悪の場合でも、汚染を広げたくはない。
準備することも、そんなにはない。気持ちを落ち着けると、これらの生贄を相手に、実験を開始することにした。
さて、この蝶の形をした魔道具。どう使えばいいんだろうか?
手に持ったまま、目の前の人形に向けて詠唱を開始するが、何の手応えもない。途中でやめてしまった。
使用方法くらい、教えてくれればいいのに。
いや。
思った以上にシンプルということはないか? 考えるまでもなく、誰でもそうするような操作であればこそ、彼も説明しなかったのだ。
これは髪飾りだ。少し大きくて目立ってしまうが、ちゃんと蝶の腹側には、髪を挟み込むピンがついている。彼の愛妾が使っていたものだという。女なら、これを普通のオシャレアイテムのように着用していたとしても不思議はない。まさか、俺にもこれをつけろと?
坊主頭にしていたら、どうするつもりだったんだろう。とにかく、物は試しだ。頭の左側に、この大きく嵩張る髪飾りをつけてみた。
そしてまた、人形に向けて手をかざす……
「おっ?」
その瞬間、無数の光の束が、頭の中に挿し込まれた気がした。そして、やがてそのそれぞれにグリーンランプが灯っていくような感触をおぼえた。つまり、繋がれたケーブルが使用可能になったような。
妙に頭の中がクリアに感じる。他の思考には影響しないが、腐蝕魔術のこととなると、奇妙にイメージが加速する。
「まずは詠唱……」
そうして一言ずつ唱えていくが、それがあまりに冗長に思われる。もしかして、と思い、詠唱を止める。
言葉として呟くのをやめても、思考の中では詠唱が続いている。それも、言葉で唱えるより何倍も速い。そしてすぐさま最後まで詠唱を終えてしまった。勝手に発動するのでもなく、実行するかどうかについては、俺の確認を待っている。
(いや、本当にやるわけには)
キャンセルしよう、と思ったら、自然とそうなった。
じゃあ、最初から何も詠唱せずに『腐蝕』をこの木彫りの人形に……
無詠唱でも一秒かからない。恐らくだが、威力の減衰もなさそうだ。いや、それどころか、相当に上積みされるような気がする。
しかし、なんと便利なことか。瞬間的に魔術の使用準備が終わっている。あとは「やれ」と念じるだけで、この人形は汚泥になるだろう。
でも、実際にはそれは怖い。何か汚染されたものがここから溢れ出すかもしれない……
そう思った瞬間、今度は視界にフィルターがかかった。
「わっ!?」
見えているのは、テーブルの上の木彫りの人形だ。
しかし、拡張現実でもあるまいに、そこに赤い点のようなものが重なって見える。
なんだこれ?
意味を考える。もしかして、俺が知りたいと思ったから、魔術の影響範囲を示してくれている?
じゃあ試しに。このテーブルの上にある六つの木彫りの人形すべてに同時に……
「やっぱり!」
テーブルの上に、赤い塵みたいなものが散らばっているように見える。もちろんそれは実在するものではなく、視界を補助するマーカーのようなものだ。
これを消せないと、ちょっとうっかり魔法を使うわけには……
「おぅぇえっ!?」
そう考えた瞬間、また俺は驚かされた。
解決方法が自動的に頭に浮かび上がってくる。
どうやら『反応促進』と『反応抑制』を同時に行使すればいいらしい。
なんだ、そんなに簡単に浄化……
と思ったが、そうでもないらしい。
視界の上のほうに、ゲージのようなものが見えた。
まさか、と思ったが、そのまさかが多分正解なんだろう。これは、俺が腐蝕魔術を行使できる残量を示している気がする。
この木彫りの人形一つを『腐蝕』で消し去るには? ゲージの予測値は、ほとんど削れない。コストは限りなくゼロに近いようだ。
では、この人形を『腐蝕』で破壊した後、ばら撒かれる汚染物質を浄化するには? ガクンとゲージがへこんだ。こんな小さな、せいぜい五センチくらいの高さしかないものから出る汚染物質なのに、きれいに消し去ろうと思ったら、利用可能なエネルギー残量のうち、少なくとも五パーセントはかかってしまうという。
魔術を行使した場合の結果を予測する機能があるのなら。
俺はまた、窓を開けた。そして、眼下に広がる港町を見下ろす。
隣の家一軒を溶かしつくすには?
破壊だけを目的とする場合、コストはほとんどかからない。ゲージが減る予測は出てこない。しかし、視界は真っ赤になってしまった。大量の汚染物質が発生するらしい。
では、これを浄化……ゲージがゼロになってしまった。それでも除去が終わらないらしい。
範囲の指定は?
これもいろいろできる。一番時間がかからないのは、単に空間を直方体に切り取って、その範囲内に魔術を行使することだ。しかし、複雑な形にもできる。
また、対象の種類や材質を選ぶことも可能だ。木材だけ、金属だけ、生物だけ……その場合も、シミュレーション結果が見える。
距離は?
あの、遠くにポツンと見える船には、魔術の発動は可能? なんと、届くらしい。
かなり大きな船だが、あれを破壊するのにも、コストは微小。かかる時間もほんの数秒。デタラメなんじゃないかと思う。
ただ、例によって汚染がひどい。
これは……なんと言ったらいいか。
腐蝕魔術は、攻撃手段としては秀逸だが、その悪影響を除去するには多大なコストを要求される。その意味では、本当に割に合わない。まさしく、破壊のためだけにある力といえる。これで人間一人を腐蝕させたら、汚染を除去するのに全力を使い切ってしまうだろう。いや、それでも足りないかもしれない。
もっと垣根の低い魔法はないものだろうか?
そう念じると、リストが頭の中に表示された。
『反応促進』
『反応抑制』
『反応阻害』
『汚染』
『老化』
『変性毒』
『壊死』
『活動停止』
『腐蝕』
これだけの術を行使できるのか。
実際に頭の中で詠唱すれば、そして実行に踏み切らなければ、影響を事前に知ることができる。俺は一つずつ、確かめてみた。
結果からすると『汚染』が一番悪影響が大きかった。名前の通り、汚染するための魔法だからだろう。続いて影響が大きかったのは『腐蝕』だった。幸い、他の術については、赤いノイズのようなものは見えなかった。つまり、環境を汚染したりはしないらしい。
ただ、『老化』、『変性毒』については、どうも発動条件があるらしい。木彫りの人形が相手ではダメで、生物が対象でないといけない。名前からして生命体に対する術なのだろうから、それは理解できる。
ただ、『壊死』だけは、行使しただけでは効果を発揮しないようだ。更に何かの条件を満たさないといけないらしい。『活動停止』もよくわからなかった。
「よし」
覚悟を決めた。窓を閉じる。
ついに人形の一つを陶器の皿の上に置いて、念じた。使うのは『腐蝕』だ。溶けてしまえ。
ズッ、と崩れる。ムーアン大沼沢でみたように、全体がジュッと溶け、その場に沈み込んでいく。もう、この人形は汚染されている。人形の形などしていないが。この皿の上は、小さいながらもあの呪われた沼地と同じになった。
この汚泥に対して、俺はすぐさま浄化を試みることにした。『反応促進』、そして『反応抑制』を同時に行使する。
汚染の状況をモニターしながら術を行使すると、細かいことにいろいろ気が付いた。まず、汚染は周囲にどんどん広がっていく。腐蝕した木彫りの人形は、周辺の物質、例えば陶器の皿にも付着し、そこも腐蝕させていく。
と同時に、その皿の一部だった物質が、やはり汚染物質に成り代わる。但し、すべてではない。ほとんどは一緒に溶かされて、崩壊していくだけだ。『反応促進』をかけると、この腐蝕による破壊が加速した。しかし、同時に行使される『反応抑制』によって、溶解する範囲が絞り込まれていく。
言ってみれば、『反応促進』というのは、この汚染という火災を消すための迎え火のようなものかもしれない。汚染の原因となるものを急速に消費させるための術。そう考えれば、納得できる。
結果、木彫りの人形は完全にこの世界から消失した。一部、陶器の皿の表面もえぐれている。溶かされ浄化されて、今は何もない。
これは、火魔術などとは全く異なる結果だ。汚染された物質を浄化すると、その物体自体がこの世界からなくなってしまう。どういう理屈なんだろうか?
しかし、こうして『反応促進』をしないと、つまり汚染した物質はその汚染による悪影響を出し切らないと、その毒性を失うことはないようだ。そして、周囲の物質に付着したまま、その汚染は時間をかけて悪影響を広げていく。
これは、本当に時間がかかるのだ。汚染はすぐさま死をもたらすものではない。アイクの恋人だったラズルは、ムーアンで汚染にさらされた後、フォレスティアを横断して、結局タリフ・オリムにまで辿り着くことができた。
どうしてこんな使い方が魔道具に準備されているのか。汚染を減らそうなどという良心的な理由ではないだろう。使徒としても、術者である愛妾や、その仲間である自分自身が汚染されるのは避けたかったから、こうした機能を付与したように思われる。
まだまだわからないことは多いが、とにかく……
「なんてこった」
俺は溜め息をついて、椅子に体を預けた。
凄まじい。昼間のラシュカではないが、本当に「すごーい」としか言えない。
使徒は、こんな便利な道具を当たり前に使っているのか。そりゃあ強いわけだ。考えるより速く魔法を繰り出せるんだから。しかもその威力も大きく底上げされる。はっきりいってメチャクチャだ。世界のバランスブレーカーといって差し支えない。
しかし、そうしてみると、アーウィンを狩れと使徒が言ったのも、納得はできる。これが彼にとっての常識なのだ。一発、この魔法を使っただけで、何もかもを破壊できる。それだけで、それ以上、何の手間もかからない。ちょうど、大金持ちが「百万円くらい、さっさと払えばいいじゃん」と言い放つのに似ている。庶民にとっては一万円と百万円は大違いだが、富豪にとっては区別する必要などない。
ついでに言うと、これは彼が自分の愛人に持たせていた道具だ。わざわざ設計して作らせたのだから、使徒にとっても安物ということはなかろうが、それにしたって自分で独占する必要などない、ただの道具として下げ渡している。要するに、彼にとってはこんなもの、脅威でもなんでもないと、そういう結論になってしまうのだ。
とにかく、これはすごい。
これさえあれば、多分、ほとんどの魔物は一瞬で倒せてしまう。代償としての汚染を気にかけないのであれば、だが。
そこを配慮するなら、残念ながら、ありがたみは大きく損なわれてしまう。『変性毒』などの術を、搦め手として用いることになるだろう。
当面の検証は終わった。
あとは、俺にとっての最大の問題は……これが女物の品ということだ。俺がこんな大きな髪飾りをつけて歩いていたら、絶対に変な目で見られる。使徒め、もうちょっとマシな形にしてくれたっていいのに。
「ふう」
気が抜けた。
そしてやるべきことが終わると、じわじわといろんな思考が夜の闇の中から這い出てくる。
頭を振って忘れようとするが、意識すればするほど、逃れられなくなる。
物音のしないこういう夜には、いつも思い出す。
俺は、道を踏み外したような気持ちでいる。
ドロルのことだ。俺が手を下したわけではない。だが、殺したという実感がある。顔の見えない誰かではない。顔も名前も経歴も知っている人を、殺した。
彼が俺を殺そうとしたのは、そんなに悪いことだろうか?
世界をひっくり返して、彼の視点から描いてみよう。
貧しい農村に生まれ、大酒飲みの父と、我が子を虐待する母親の間で育った。この辺は、俺とあまり変わらないスタートだ。この後、俺の場合はリンガ村の破滅と虐殺があったのだが、彼の場合は普通に売り飛ばされた。どちらにせよ、奴隷になった。
売り飛ばされるというのは、理不尽な体験だ。俺だって納得して収容所に入ったのではない。そんな中、俺もドロルも、それぞれ手持ちのカードを切りながら、最善の選択をしようとしていた。ただ、その結果が大きく違った。俺の場合は、とにかく学ぶことだった。前世の知識と思考力があったおかげで、これは有効に機能した。
彼の場合は、そうでもなかった。特別な才能があるのでもなく、間もなく顔にはそばかすが浮かんできた。こうなっては売れない。歳を重ね、不安が募ってくる。どうすれば一発逆転できる? そのために彼は素晴らしい一手を思いついた。ミルークの財宝を盗んで逃げる。これだ。
彼の立場からすれば、それは悪いことでも何でもない。親は同意なしに自分を売り飛ばしたのだし、ミルークは買い取ったのだ。こいつらは敵だ。
うまくいくはずだった。ただ、最後の最後でしくじった。自分の中の怒りに動かされて、タマリアに手紙を届けてしまった。そして、想定外の思考力で原因を突き止める少年がいた。しかし、これを愚かといえるだろうか。当時の彼は、まだ十歳にもならない子供でしかなかった。それが感情を完全に抑制し、冷静に計画を遂行するなど、できなくても不思議はない。
計画失敗の報いは、言葉にならないほど絶望的だった。山深いスーディアに送り込まれ、そこで永遠に消えない傷を負った。不潔な振る舞いを受け止め、更に媚びさえしなければならなかった。ここでも、やはり世界は敵だった。
いったい誰が彼に手を差し伸べたというのだろう。
後になって、俺は彼に報いると言った。でも、その前に俺は確かに彼の背中を刺した。ヤシュルン達に、伯爵殺害犯の汚名を被せる人物として、彼を指名したのだから。
つまり、この時点で俺は、既にドロルを殺害していたのだ。
しかし、彼と俺と、どこが違ったのか。前世の知識と、生まれつきのこの異能。その差じゃないか。恵まれていたから、恵まれていない誰かを犠牲にした。強いから、弱いものを踏み台にした。それだけじゃないのか。
他にもある。
俺はニドをも殺そうとした。これも同じだ。奴がパッシャのメンバーになったから。敵意を抱いているから、殺すのだと。
だが、ルークはどうした? あいつが庇わなければ、俺は間違いなくニドの命を奪っていた。
俺は……歩く災厄だ。
身近だった人達のことばかり考えているが、実はそれでは片手落ちだ。スーディアを旅しているとき、山中で出会った四人組。あれも殺している。ほとんど罪悪感も何も抱かずに。
もちろん、彼らは山賊だった。こちらを殺して、金品を奪うつもりだった。だから、正当防衛ではある。それでも、心の中では、何かが引っかかっている。
思いつめても意味はない。もう一度頭を振って、出口のない思考を打ち切ろうとする。
だが、自分の罪悪感以外にも、気になっていることがある。ピアシング・ハンドの挙動についてだ。
俺はヘミュービに、そしてアルジャラードにこの力を使おうとしたとき、恐ろしいビジョンを目にして、思わず手を引っ込めた。
だからこう考えた。彼らは神霊で、人間とは違う。そのせいでこの力が通用しないのだ、と。
だが、ゴーファトから肉体を奪おうとしたときにも警告があった。人間でしかなかったのに。
しかし、警告を無視した結果は、目も当てられないほどひどかった。ただ、あの場合はどちらにせよ、ああなっていた可能性が高いが。
つまり、ピアシング・ハンドが警告を発する状況というのは、相手が誰であるかを問わない。何かが起きる場合は、起きると知らせる。それが証拠に、シュプンツェそのものを奪い取ったときには、何も起きなかった。
他にも、奇妙な現象がいくつかあった。アーウィンにはまったく通用しなかった。あれはどうやって説明を用意すればいいのだろうか。
俺はあまりに意味不明な力に頼っている。このことは、しっかり意識しておく必要がある……
思考が煮詰まると、俺は立ち上がった。
そして、部屋の壁に立てかけてある剣を手に取り、抜き放つ。
相変わらず、美しい。
昼間に見た、オルファスカのミスリルの剣など、比べ物にならない。真っ白な、どこまでも真っ白な光は、すべてを清めてくれる。
何も考えなくていい。身を委ねてよいのだと。どこを目指すのか、何をすればいいのかは、この切っ先の向けられるところに従えばいい……
いいじゃないか。
もうすぐ、すべてが終わる。人形の迷宮の最下層で、俺は行方不明になる。
だが、邪魔なものが一つ。ノーラだ。
自分でもうまく説明できないのだが、彼女のことを考えると、途端に気持ちが沈んでくる。
彼女は、俺が何をするために旅をしているのか、まだ知らない。知らせるつもりもない。どうせ妨害するだろうから。
なんとしてでも、ピュリスに送り返してしまわなくては。多少、強引な手段を使ってでも。ムスタムで追い返せなければ、もう迷宮の近くまでついてきてしまう。それではだめだ。
この家に引き取られたのも、計算違いだった。ハディマはノーラの体調にも気を遣っている。よく煮沸した水を使うこと。食べ過ぎを避け、特に食事の後に冷たい水を飲まないこと。水が不足する土地での過ごし方を、それとなく教えてやっているせいで、彼女は今もピンピンしている。
いったいどうすれば、ノーラを……
よろしい。
解決してやろう。
剣がそう囁きかけてきた。そんな気がした。
鞘に戻す。
なんだか最近、この剣の輝きを目にしないと眠れない。すっかり日課になってしまった。
作戦は明日、考えよう。
身軽になって、南を目指すのだ。
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